Emotion   作:小淵良樹

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前回「傷だらけの手を取って」のえぴろーぐ。
相変わらずクッソ雑です。まともな小説を書けるようになりたい。


変わらないもの

「……この話は、ここでおしまい」

 パン、と手を叩き、その女性は座椅子から立ち上がった。嘗てツインテールにしていた筈の黒髪は腰程まで伸び、彼女が少し動く度、ふわりと、風に舞う。

「たった数ヶ月だけの友達……なんだか、夢みたいな話ですね」

「まあ、そうね。そもそも精霊なんて、この世に存在するとは思えないもの」

 彼女と相対する一人の女子生徒は、真新しい制服を纏い、未だ長さの会わない袖口を手で握り締めていた。その姿に懐かしさを覚え、女性は口元を緩ませる。

「ほら、そろそろ最終下校でしょうし。安藤さんもそろそろ帰りなさい……それと、ちゃんと勉強もするのよ?」

「……まあ、善処はします」

 それでは、()()()()、さようなら。丁寧に別れの挨拶を済ませた少女は、軽い足取りで横開きのドアから去っていく。此処は嘗て、女性──木下美希が通っていた、高校の教室だった。

 足音が遠ざかっていくのを聞き、美希は軽く溜息を吐く。あの少女は何処か、昔の自分に似ている。決して一人ぼっちだとか、階段で寂しく昼食を食べているだとか、そういう訳では無い。しかし何処か、自分の身体を望んで傷付けてしまうような、危うさがあった。

 だからこそ、教師になった美希自ら、彼女と積極的に関わり、できる限り良い高校生活を送ってもらえるようにしているのだが。

「夢みたい、ねぇ……」

 美希は深く、深く溜息を吐いた。積極的に関わるとは言っても、やはり会話の内容は無限ではない。彼女は沙羅との日々を、物語として語り聞かせていた。

「夢なら、よかったのに」

 この高校はあくまで公立校。彼女が此処で教師として働くことができたのは、全くの偶然、或いは運命だった。沙羅との再会を望み、態々母校まで戻ってきたわけではない。寧ろ彼女がその役目を全うするその日まで、何十年経ったとしても待ち続けよう。そう思っていた、筈なのに。

「やっぱり、寂しいな……」

 左手首に埋め込まれた種を見上げ、彼女は再び、溜息を吐く。まだたった七、八年。こんなに別れが辛いのなら、最初から全部が夢で、沙羅となんて会っていなかったほうが、よかったんじゃないか。そう思ってしまう自分自身が、心の底から嫌だった。

 教師。確かに、“誰か”から求められる筈のその存在になって尚、彼女は満足していなかった。誰からでも良いから求められたいという彼女の欲求は、いつしか、沙羅だけを想う、また違った欲望へと変わっていた。

「もっと早く気付いてれば、なんか変わった……のかな」

 音の割れた予鈴が鳴り響く。生徒はもう帰らなければいけない時間だ。教師の中にもそろそろ、帰る者が現れ始める。

 蛍光灯やカーテン、暖房の確認を済ませ、美希は教室を出た。向かう先はただ一点。職員室でも家でもない、思い出の、あの場所。

 その場所は扉のガラスから差し込む月明かりに照らされ、青白い、幻想的な景色を晒していた。

「はじめて、此処で会ったんだよね」

 誰にとも無く、何処にとも無く、美希は一人呟く。その声を拾ってくれる“誰か”はもういない。彼女の頬を、光る何かが伝った。

「……会いたい」

 ただ、会いたい。ただ、その手を握りたい。

「いつになったら、戻ってくるのさ……!」

 階段に腰掛け、蹲る。知っていた筈だ。彼女は帰ってこない。例え帰ってきたとして、それはきっと、もう人生が終わりかける、その瞬間のこと。

 彼女に求められたい。彼女に、自分だけを見てほしい。そんな歪んだ欲望が、美希の頭の中を埋め尽くしていく。

「……だめだ」

 きっとこのままでは、再会の時も、笑うことが出来ない。例え一瞬しか会えなくても。せめてその一瞬だけは、真っ直ぐに想ってくれた彼女の為に、微笑んでいないと。

 頬を二、三度叩き、美希は立ち上がった。項垂れていてもどうにもならない。そう思い、階段を下り始めたその時、踊り場の下から、確かに誰かの足音が響いた。

 もしその“誰か”が、同僚だったら。絶対気まずい空気になるよなぁと、乾いた笑みを浮かべる美希。そしてその目に映ったのは、色素を失った、長い、長い髪だった。

 

 嘗て翡翠色だった筈のそれは、白くなって尚、羽が舞うような美しさを感じさせて。

 光を失った、生気のない瞳は、それでも大粒の雫を浮かべていて。

 

 

「……おや、先客ですか」

 

 

 余裕ぶった言葉とは裏腹に、その声は、酷く震えていて。

 

 一段一段なんて、そんな悠長なことは、していられない。足が縺れるのにも構わず、その女性は、美希の胸へと、飛び込んでいった。

 

 

 ****

 

 

「……随分と変わってしまいましたねぇ」

 帰り道。自然の少なくなった、何処か冷たい街を沙羅は見渡す。そんな彼女の手を握り締めながら、美希もまた、寂しそうに笑った。

「私なんて全然変われてないのに……」

「変わらない、というのも悪いことではありませんよ?」

 その声色は教師のそれではなく、嘗ての彼女自身のように、幼さを感じさせた。口端は緩く上がり、体重を沙羅に預けるその姿は、正しく幼子である。

「貴女も貴女で、変わったような気もしますが……以前ならば此処まで引っ付いてこなかったでしょうし」

「引っ付くって……仕方ないでしょ、もうずっと会ってなかったんだし」

 刹那、静寂。言葉を発さない、しかし気まずくはない空間が二人の間に広がる。それから数歩ほど進んで、先に口を開いたのは美希だった。

「私、さ。教師に……“誰か”から求められるような職業に、なれたよ」

「えぇ」

「もう担任も持ててるし、みんな、いい子たちだし……」

「えぇ」

「……でもね。やっぱり、足りなかった」

 明かりの漏れ出す、工事現場の入口の直ぐ側で足を止める。美希が言葉を紡ぐその前に、その口は、目の前に躍り出た沙羅によって塞がれた。人差し指を唇に触れさせ、関節キスですね、と沙羅は笑う。

「今更名前を求めなくとも……私達にはもう、私達だけの関係があるでしょう?」

 いや、違いますね、と。美希の手を両手で包み込み、彼女は()()

「精霊と人との関係なんて……私達はそれを言葉にして表現できるほど、物を知ってはいません。だから、教えてください。いつか全てを理解し尽くすまで。この世界のことも、貴女のことも、私のことも」

「当たり前でしょ」

 間は空かなかった。相手の全てを理解し尽くすなど不可能。それを承知して尚、いや寧ろ、承知していたからこそ、彼女は沙羅を受け入れた。それは即ち、一生、隣にいてほしいと言っているのと同じことだった。

「私は貴女の奥までも、何もかもを知りたい。それでも……いいんですね?」

 拒否権などなかった。何も言わず、美希はただ沙羅を抱き締める。それから左腕に埋め込まれた種に目をやり、薄く微笑む。

 二人とも、変われてなんていなかった。

 所有したい者と、されたい者。互いに求め合い、互いに愛し合う。

「……そう言えばさ」

「何か問題でもありました?」

「いや、大したことじゃないんだけど……何十年も戻ってこれないって言ってたのに、なんで戻ってきてくれたのかなーって」

「おやおや、まさか私が質問される側になるとは」

 顔を見合わせて、二人で笑った。

「この工事現場……元々、はしご橋公園なんですよ」

「えっ」

 沙羅と別れた後、美希は一度もこの公園に来なかった。もしかして、彼女は帰ってくるんじゃないか。そんな期待を裏切られるのが、怖かったのだ。

「そもそもの森林がなくなってしまったので……まあ、貴女と再び会えた事を考えると、私としては有り難いことですかね」

「そ……っか」

 思い出の場所だったんだけどな、と美希は溜息を吐く。そんな彼女の顔を覗き込み、沙羅は嘗てのように、静かに笑みを浮かべる。

「でも、この森がなくならなければ私とは再会できなかったんですよ?」

「いやまあ、そうなんだけどね……」

「おやおや……思ったよりも、欲張りになりましたね」

 美希が遠ざかっていく。沙羅がそれに続こうとする直前、彼女はふわりと、風に舞うように振り向いた。

 漏れ出た明かりを反射し、美希の髪が、翡翠色に輝く。

 

 呆れたような、喜んでいるような、そんな表情を浮かべて。

 差し出したその腕に、薄い傷跡と、種を残して。

 

「はいはい……もう行くよ、()()

 

 例え芽吹の時を迎えようと。例え何千年、何万年と生き続けることになっても。

 

 もう二度と、美希(沙羅)を、離さない。

 

 

 ──この美しい、傷だらけの手を取って。




Q.結局何が言いたかったんですか?
A.お互いに愛が歪んでて尊いねってお話でした。表現しきれてませんねくちょが
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