なに、どうしたの?
わたしたち、友達なのに、名前、知らなくない?
確かに……それは、盲点だったわ。
わたしの名前はアヤ。ずっと宇宙人さんって呼ぶのもあれだから、あなたの名前を、教えて?
そうね……わたしの名前は、エリー。エリーよ。よろしく、アヤ。
「あなたは、どうしてこんなところにいるの?」
女の子に話しかけられて、アヤは静かに目を開けました。さっきまで大切な友達といっしょにいたはずなのに、その顔はもう、思い出せません。
「わかんない、気が付いたらここにいたんだ。」
「だったらあなたは、どこから来たの?」
「宇宙だよ。わたし、宇宙人なんだ。」
「嘘だ。宇宙人が自分のこと、宇宙人だなんて、名乗るはずがないわ。」
アヤは女の子が何を言っているのかわかりません。だってアヤは『宇宙人』なんです。確かにアヤが、そう言って……。
アヤって、誰だっけ。アヤは首を傾げました。自分がアヤな筈なのに、確かにもう一人、アヤという、大切な友達がいたような気がしたのです。
「じゃあ、宇宙人だって、証明してあげるよ。それっ!」
アヤは倒れた木を持ち上げました。勿論、手は使いません。目に見えない細さの糸で、動かしているのです。
「すごい……! あなた、本当に宇宙人なのね!」
女の子は笑顔になって、手をパチパチと叩きました。
「でも、こんなことするのも、結構疲れるから……。一つだけ、お願い、聞いてくれる?」
アヤが上目遣いでそう頼むと、女の子は元気よく、何度も頷きました。
「あのね……わたしの『おともだち』になってほしいんだ。」
「勿論! 私とあなた、今から友達よ!」
どうしてでしょう。アヤの心が、ちくりと痛みました。この女の子が言っている『ともだち』と、アヤの言う『おともだち』は、本当に同じなんでしょうか。
「あ、でも……。」
「どうしたの?」
女の子はちょっとだけ恥ずかしそうに、あなたの名前を知らないわ、と言いました。
「そうだった、完全に忘れてたよ。わたしの名前はアヤ。あなたのなまえを、おしえて?」
女の子は素直に答えました。アヤはいい名前だと思いました。この子がもし自身の名前を忘れていたら、自分がその名前を名乗ってしまおうと、考えるほど。
「それじゃあ、わたしたち、これからずっと、『おともだち』だよっ!」
アヤは女の子を抱き締めました。女の子は少しだけ恥ずかしそうにしましたが、すぐに大声を上げます。それもそのはず。『おともだち液』を入れるのには、少しだけ、痛みも伴うのです。
十分か、十五分か。とにかく、アヤにとっては一瞬でしかない時間が過ぎて、女の子はようやく大声を上げるのをやめました。アヤはその女の子の中身を、針から吸い出します。
お互いの脳みそが溶け合って、混ざり合う感覚。あまりの嬉しさに、アヤは思わず、身震いしました。しかし、すぐに目を閉じます。
アヤの中の世界──つまり、アヤに食べられている間、女の子が幸せに過ごせる夢の中。そこに女の子を、迎えに行かなければいけません。勿論、しっかりと吸収し終わるまで待つだけでもいいのですが、彼女は既に、女の子のことが、大好きでした。一秒でも長く、大好きなお友達と、一緒にいたかったのです。もし夢が終わっても、その先はずっとずっと、一緒にいられる。アヤはこれからの幸せな生活を夢見て、思わず微笑みました。夢の途中で殺されてしまえば、アヤは消えて、代わりに女の子が宇宙人になってしまいます。ですがきっと、そんなことはないと、アヤは思っていました。だって、二人は『おともだち』なんですから。同じ体の中で、ずっと一緒にいるのが、一番の幸せなんです。アヤが殺される理由なんて、どこにもありません。
アヤはもう一度、ふふふ、と微笑みました。なんとなく、覚えているような気がしたのです。目が覚めた女の子は多分、いろいろな記憶を失っている。そしてアヤを見て、確かに友達だ、と思うのです。
誰かの声がしました。女の子のお父さんでしょうか。二人に向かって駆け寄ってきたその人にも、女の子越しに、アヤは針を刺しました。別におともだちにする気はありません。でも、どうせなら、色んな人を招いたほうが夢の中がもっと楽しくなる、と思ったのです。そのためなら、少しだけ不純物を飲むこともやぶさかではありません。
女の子が目を覚ましたら、なんて声をかけましょう。おはよう? おかえり? いいえ、違います。アヤは既に、その答えを得ていました。そして辺りには風の吹く音が広がって、その中に、アヤの静かな寝息が響きます。
夢の中で、ついに、女の子に会えたのでしょうか。眠っているアヤの顔に少しだけ微笑みが浮かび、その口が少しだけ動きました。音にすらならなかった彼女の声は、誰に聞かれることもなく、空に消えていきます。きっと誰かが見ていたとしても、彼女が言葉を発していた、と思うことはないのでしょう。それでもアヤは、確かに、こう言っていました。
なまえを、おしえて。
これは本当に百合なのだろうか?ボブは訝しんだ