ちな10分オーバー
「──あら、天野さん。今日も来たんですね」
とある一軒家の縁側。長い黒髪を揺らしながら、少女は後ろを振り向かずに呟く。
「今日もって……毎日来るって言ったでしょ」
そこにいたのは、セミロングの髪を薄茶に染めた、見るからに
対する黒髪の少女──彼女の隣で開かれた手帳の中には、
「……というか、よくあたしだってわかったね。ご家族の人も来るんでしょ?」
「なんて言うんでしょうかね……あの人達より、貴女からは優しい匂いがするんですよ」
「にお……いや、うん。そっか」
匂いってなんだ、と美緒を笑おうとして、萌衣は言葉を詰まらせた。いつか、何処かで
美緒は盲目だった。そして、萌衣はそんな彼女の世話を焼く友人の一人。元は数人で美緒を助けてあげよう、と意気込んだ筈だったが、いつしかそれを続けるのは萌衣だけになってしまっていた。
「……ごめんね」
「なんで天野さんが謝るんです?何も悪いことはしていないでしょう」
「いや、ちょっと配慮が足りなかったなって」
勝手に世話をしていることも、挙句の果てには殆どが逃げてしまったことも。
そして──。
「……うん、なんだろうね。なんで謝ってるのか、あたしにもわかんなくなっちゃった」
「あらあら」
まるで子供の成長を見守る親かのように、美緒は静かに笑う。言いようのない不気味さを感じ、萌衣は彼女に背を向けた。
「──そうだ!冷蔵庫に何かなかったか、見てくるから!ちょっとまっててね!」
そのまま音を立てて走り去っていく萌衣。美緒は足音が遠ざかるのを感じながら、静かに溜息を吐いた。
***
「……疲れた」
美緒の家からの帰り道。萌衣は自分の中の汚い感情を吐き出すかのように溜息を吐く。
決して、美緒の世話をするのが嫌な訳では無い。どちらかと言うならば、彼女の世話を続けたい、と萌衣は思っている。
しかしそれとはまた別に、やはり
「あいつらもちょっとは手伝えってんだ、騒ぐだけ騒ぎやがって」
頭上に美緒の家の合鍵を掲げて、萌衣は毒づく。少しくらい、この苦痛を分け合える奴がいてもいいんじゃないか。しかし、これを望んだのは自分自身。自身の中に広がる我儘でしかない感情に、彼女は再び溜息を吐いた。
「……お、萌衣じゃーん」
そんな彼女に声をかけたのは、
「あ、美緒の世話?まだ続けてるんだ」
「……うっさい、誰のせいだと思ってんの」
素っ気なく返事をし、そのまま帰ろうとする萌衣だったが、ひまりはそんな彼女の肩を掴む。
「……何」
「いや、何って。アンタ知らないの?もうアイツの世話しない方が良いって」
……コイツは何を言ってるんだ?
萌衣の中に疑問符が浮かぶ。自分達が世話に飽きたからと言って、それがやめた方が良い理由になるとでも?
「いや、まあそもそも世話って言い方もよくなかったんだろうけど。……半年くらい前にさ、アイツ、学校やめるからもう世話しに来ないでくださいって言ってきたんだよ。知らなかった?」
「……は?」
そんな話、聞いたことがない。まさか彼女等はめんどくさがって世話をやめたのではなく、他でもない美緒自身に「やめろ」と言われたからやめたと言うのか。
「待って、意味がわからないんだけど」
では、何故自分には言わなかったのか。ただ手伝いがほしいだけならば、他の誰かでもよかっただろうに──混乱する萌衣の頭の中だが、たった一つ、ある強い想いだけは揺るがなかった。
……嫌だ。
もう彼女の世話ができない──会いに行けないことが。ただ仕方なく行っていただけの筈が、いつしか彼女自身、美緒と会うことを楽しみにしていたのだ。
「まあアイツ、萌衣の事気に入ってたっぽいしね。なんか事情が……っちょ!?」
「ごめんひまり、あたし行かなきゃ」
会って、理由を説明してもらわなければいけない。
そしてそれ以上に、今彼女の元に行かなければもう、二度と会えないような──そんな強い予感が、萌衣の中にはあった。
***
「──あら、天野さん。今日はもう帰る筈では?」
「うっさい……もう世話すんなって言ってたって……どういうことか、説明して頂戴」
あらあら、とまるで悪戯の見つかった子供のような声で美緒は笑う。
「そのままですよ、天野さん。私はもう世話をされる必要はないんです」
「じゃあなんであたしには言わなかったの?わけわかんないんだけど」
「逆にあなたは、やめたかったんですか?」
心なしか低くなったその声に、萌衣は身震いする。そうだ。最近ではない。もっと前から、あたしは美緒の世話を楽しんでいた──。
では何故、こんなにも苦痛なのか。
「……まあ、どう思っているかなんて検討がつきますから、態々聞くまでもないでしょう。話は変わるのですが──」
「──私、引っ越すことになったんですよ」
引っ越し。萌衣の頭の中で何度もその言葉が繰り返される。
「……引っ越しって、どこに」
「わかりません。どこか遠く、もっと大きい病院へ引っ越すんですよ」
萌衣は反射的に美緒に掴みかかった。
「……あらあら。どうしたんですか?天野さん。何か気に触ることでも?」
「……嫌だ」
嫌だ。
彼女が遠くへ消えてしまうのが。自分の心の中に、大きな穴が空いてしまうのが。
それほどまでに彼女の存在は、萌衣にとって大きい物だった。
「ごめん、なさい」
「あらあら、どうして謝るんですか?」
「私……貴女に、依存してたかもしれない」
心の中が軽くなっていくのを感じながら、しかし萌衣はどこか納得のいかない気持ちを抱えていた。何かが違う。しかし、その何かがわからない。
「──なーんて、冗談ですよ。引っ越すなんて」
「え」
再び萌衣は混乱する。
「だから、私はどこにも行かない、と言っているんです」
萌衣の体から力が抜けていく。その場にへたり込んだ萌衣の頬に左手で触れながら、美緒の右手は背中に隠した何かを掴む。
「よかった、私、
「ところで」
再び放たれた美緒の声に、萌衣の背筋が凍る。何か大変なことに巻き込まれ、もう戻ってこれないかのように錯覚する程の冷たい声。
「嘘じゃない、嬉しい報告があるんですよ」
「……待って」
言わないで。
嬉しい報告。しかし、何故か萌衣はそれを受け入れられるように思えなかった。
「──実は私の目、もうすぐ治るかもしれないんですよね」
萌衣の心が、何かドス黒い物に染まっていく。
「ねぇ、天野さん──」
美緒が後ろ手に掴んだ何か。それが、萌衣の手の中に押し込まれていく。
「貴女が依存していたのは私?それとも──」
「──目の見えない私を世話する、可哀想な貴女?」
今ここで、萌衣が美緒の目に
きっと美緒は、自分で刺したと言い張るだろう。
そうすれば、萌衣は再び。
「──ごめんね」
「あらあら、全くもう──」
謝らなくていいんですよ、と。
その言葉とともに、美緒の視界は黒く染まった。
ワンライ参加は是非小淵くんのツイキャスから
某氏の癖をかなりパクリました。許してほしいのだ