ダメ人間、海に出る   作:仮置き太郎

3 / 5
ダメダメの実のダメ人間

 深海を渡る船の上、慎重な足取りで男部屋へと向かう影が一つ、ランタンの淡い灯りと共に移動する。

 多くの者が乱雑に手足を伸ばし、いびきをかいてはシャツからはみ出た腹を掻く。__何かを引きずる影も知らぬままに。

 

「……! ゅぅ……ぃ!!」

「騒ぐなよォ、後輩。下手に起こすと機嫌悪くなる奴もいんだから、な?」

「! ぁ……誘拐だッ!!!」

「人聞き悪いな、お前!! 人の親切心を……!」

 

 その“何か”とは人であり、ダミーであった。今は船員たちが起床し出す少し前、朝食作りへと取り掛かる時間である。気を利かした船員が、朝食担当となったダミーを起こしに来ていたのだ。

 

「サッチさんから指名を受けるなんて、そうそうないからなァ……元はコックでもやってたのか?」

「あ゛ァ!? おれは働くのが、大嫌い(・・・)だ!! そこらの平凡野郎と一緒にすんな」

「ただの質問だろが! 子供じゃねェんだから、冷静になって物事を考えることを覚えろ!」

 

 ズリズリと床に引きずりながら、会話を盛り上げようとしたこの船員は、比較的まともな枠である。その“まともさ”が、ダミーと渡り歩けない大きな壁になるという事には船員はまだ気づけていない。

 

「おれは、まだ十七の子供だ!! 冷静になれねェ、可愛いからな」

 

 そこらの大人はゆうに越しているであろう身長と、抱える色恋沙汰から判断していた部分もあってか、ダミーを引きずる船員は驚いた。

 まあ冷静に考えてみれば、ただ精神年齢と肉体年齢が、想像までかけ離れていなかっただけなのだが。

 

「十七はもう子供じゃ(可愛く)ねェよ」

「? そりゃアンタらの場合は、十三が可愛いの限度だろ」

 

 まだ可愛い子供(クソガキ)である。

 

**

 

 海中なこともあってか、まだ薄暗い船内は下準備を進める船員たちの話し声で賑わっていた。同じ船を共にする兄弟、下っぱやらが一人増えれば、その話題が一週間もつのが当たり前。

 ましてや新しく入った野郎が問題児となれば尚更である。

 

「三番隊の教育はどうなってんだよ! 親身になって話を聞こうとすりゃァ、こっちをバカにしやがって!!」

「三番隊に入って一週間も経ってねェんだから、“いい子”になってる訳ねェだろ」

「お前の入りたてよりかは、可愛いもんだ。いざこざ(兄弟喧嘩)で壊した備品で迷惑したもんだぜ」

 

 長年、この船に乗ってきた船員は遠い故郷に置いてきた娘、息子に思いを募らせ、毎度恒例とも言える“新人へのクレーム”に耳を傾けては懐かしい思い出話に盛り上がっていた。

 その新人はというと、心底嫌そうに水に浸された干しエンドウ豆と向き合っていた。本人曰く、水を吸収して生き返ったエンドウ豆を逃さない様に見張っているらしい。

 

「備品を壊しても、おれは上の奴らにゃ敬意をもって接して__」

「ベーグルの解凍始めたか!! そろそろ解凍し始めねェと、前歯折れる奴出てくるぞ!」

「手が空いてる奴、エンドウ豆潰してスープ作り始めてくれ!!」

「オーケー……あ? でも、昨日スープ作るとか言って張り切ってた奴いなかったか?」

「昨日のバカ騒ぎで寝坊しやがった!!」

 

 干しエンドウ豆を取り上げられてしまったダミーは、船員たちが駆け回る厨房をぼーっと眺め続けていた。

 あわよくば、船員たちが忙しく駆け回ってるのをいいことにこの場を抜け出せないものかと、甲板へと続く出口へと視線を動かし、だるそうに大きな欠伸をこぼす。

 

「サボりか、ガキンチョ」

「ウゲェ……あー、見て学んでんだよ」

 

 さっさと出れば、案外バレないものかもしれない__そう思い立ったタイミングの悪さは、日頃の行いの悪さもあるだろう。

 ダミーの太もも辺りに足蹴りをクリーンヒットさせ、痛みはないといえどバランスを崩させた男というのは、ダミーをここに引き込んだ張本人のサッチであった。

 

「……出口()から何かを学ぼうとでも?」

「寝過ごしも戦略、退散も戦略。模範的なセンパイから、ありがたーい教えを貰ったんだ」

「仕事から逃げることを戦略とは言わねェよ」

 

 適当な言葉を並べて、目の前に隔たる扉のドアノブに手をかける。

 サボりがバレたなら仕方がない。逃げるが勝ち、幼少期の微かな記憶の中で、酒に酔った“親父(実の父)”が使い古されたソファに踏ん反り返って偉そうに足を組み直しては、まるで一つの教訓かの如く語るのだ。「顔がよけりゃァ、人は狂う」と。

 そんな教訓もあって、逃げ足は同年代の男に比べれば随分と速い方となった。次に感謝すべきはストーカー気質の彼女か、はたまた借金取りの男共か。

 

「んじゃ、おれは__」

「お、おれのエンドウ豆スープッッッ!!!」

 

 ダミーは初めて自分の運を恨んだ。いや、今日という日を、おまけにこの日を当番に設定したサッチを恨んでいた。

 捻ろうとしたドアノブは、反対側から押される力に従ってダミーの腹部へと直撃する。先程までダミーが“模範のセンパイ”としていた寝坊した船員が、急いで厨房へと駆け込んできたのだ。

 腹部の痛みはない。だがしかし、一歩遅れたことによって掴まれた腕がキリキリと痛み出したのは、多分気のせいではないだろう。

 

 

 

**

 

 

 シャボンに閉ざされた船の上、朝を知らせる鐘の音が脳を震わせる。陽の光もささない深海で、この船鐘は大きな役割を果たしていた。

 不寝番は欠伸をこぼし、朝食担当の船員たちは解凍が終わったベーグルに齧りつく、モビー・ディック号の朝がやってきたのだ。

 

「……許せねェ〜〜!!」

 

カチッ

 ライターの石が擦れる音が聞こえ、タバコから細く白い煙が上がる。

 男部屋から厨房を繋ぐ通路が足音で騒がしくなり始めた頃、ダミーはたった今起き出した船員たちへの怒りを露わにしていた。

 なんてったって金が支払われない。“タダ働きでみんなの笑顔に”、なんていうのが許されるのは絵本の中だけ、純粋無垢な子供相手のときだけである。

 

「そもそも一緒に作ったぐらいで食べれんなら、カジノ以外の飯にも手出してるっての__」

「カジノの飯は“つまみ”って言うんだよ……これが世間の朝食(・・)だ」

「……」

 

 “一日目から料理に手をつけてない奴”というコック最大の敵とも言えるこの男へ、めげずに朝食を運んでくるサッチもまた強い男であった。それもこれもコックの名をかけた戦いなのだが、そんな戦いを知らないダミーは嫌そうに顔を顰めるしかない。

 

「今回、エンドウ豆スープ作った奴がぜひ食べて欲しいってので__」

「朝ご飯は食ったし、おれはいらん」

「食ってねェだろ、んなタイミングなかった……お前、さては保管庫の果物食ったな?」

 

 咎めるようなサッチの視線に、ダミーは「あったものを食べて何が悪い」とでも言うかのように口をへの字に曲げている。

 何せ料理にこれっぽっちも興味がなかったのだ、コックから直接スープを勧められるとは思いもしない。

 

「あのなァ〜! こちとらお前らの健康を考えて食事作ってんだ、爆食のやつも少食のやつもバランスよ〜く食べれる__」

「……へーへー」

 

 ダミーの肩をバシバシと叩いては「おれたちの飯食えば大きくなんだよ」と絶妙におっさん臭い言葉を言うサッチに、ダミーは心底面倒臭そうに相槌を打つしかない。

 「ありがとう、コックのお兄さん!」と言えるのはよく教育された子供たちのみである。そんな子供たちとダミーとが、同列に並んでいるはずない。

 

「あと、シャボンの中でタバコ吸うなって言われたろ……臭うし……」

「え゛ここの船ってストレスケアも認められないんスカ……!?」

「……お前本当によくシャボンディで殺されなかったな」

 

 海の中へと入る前に要注意事項として言われていた“禁煙”を、ダミーは堂々と破っていた。なにせ閉ざされたシャボンの中、臭いがこもる。嫌煙家がいるわけではないが、臭いを嫌う者は少なからずいるのである。魚人島までの短い旅だがルールはルール、守ってもらわねばいけないのだ。

 

 まるで初めて聞いたかのようにダミーは目を丸くさせているが、そんなことはない。強いて言うならば、二回言われている(先輩船員からと、隊長から)。

 ダミーが覚えていないだけだった。

 

「はァ……もうなんでも良いから消しとけよ」

「……」

 

 この目の前の問題児には、頭を抱えるしかない。今までの船員たちよりかは大人しい癖に問題行動が多い、だからこそ扱いにくい。

 まさに今もそうだ。

 

「ちょ、待て待て待て!! なんでシャボンの膜に捩じ込もうとしてんだよ!?」

「えぇ……アンタ、甲板の床で消したら怒るだろ」

「“灰皿”というものをご存知でない……?」

 

 携帯灰皿がなかったからシャボンの膜に捩じ込んで消そうとする奴が、他のどこに居るだろうか? どんなに素行が悪い人間でも、シャボンに穴を開けた時の代償が自分に降りかかってくると分かれば一度は考え直すものだ。

 あくまでもこれは“考え直そう”と思える人物であって、“顔の良さ”を取り柄として何年間もの生き方を“許されてきた人間”になど、考え直そうと思い立つことさえないのである。

 

「んなもん、シャボンディで必要なかったし、そこら辺にやっとけばシャボンがさっと吸収して、空に飛び立って__自然に還って……なァ?」

 

 その言葉にサッチは言い淀んだ。

 ポイ捨て云々という細かい素行に、海賊船で育った身であるサッチが文句を入れる筋合いはない。殺し合いなどに比べれば可愛いもので、ただの迷惑野郎にしか成り下がらない行為である。

 かと言ってポイ捨て行為を認めるのは癪であり、何やらまともな奴が現れてダミーを否定することを願っていた。

 

「よォ、ダミー!! ……おぉ、三番隊隊長サマもいんじゃァねェか」

「お前かァ〜……ティーチ……」

 

 そんな希望を打ち砕くのは、あの男だ。

 船首の方からティーチが大袈裟に手を振っている。腰布に刺された刀身の短いカットラスはティーチの動きに合わせて大きく揺れ、装飾の金属と擦れ合う音が響いた。ケロリとした顔で船首から飛び降りてはいるが、今日も今日とて彼は寝ていない。ダミーが朝に甲板で鉢合わせた時に「おれじゃなくて、コイツが朝食作れよ」と思ったくらいには朝から元気いっぱいな船員である。

 この場に来た人間がティーチだったことに、サッチが肩を落とすのは仕方がない。ティーチとは意気投合する場面があるといえど、日々の奇行を人一倍見ているのはサッチである。

 

「ぅぐえっ__!!」

「今日も元気そうじゃァねェか! 何度殴ろうがアザの一つも出来やしねェ」

 

 そして今、ダミーがこの船に乗ってきた時と同じようなことが起きていた。まさにデジャブである。元気よく駆けてきたティーチは、勢いに乗ったままダミーの腹へと拳を埋めたのだ。

 朝早くから顔を合わせているというのに、ダミーが「こいつが朝食作れよ!」と喚き散らしていないのはこれが理由だった。

 小さな子供がオジギソウの葉で遊ぶように、ティーチはただダミーが能力者であることを楽しんでいるのだから、喧嘩こそしない方がいい相手なのだ。

 

「__ア゛ー……今日も“おはようぱんち”されたわ。コイツ、ハイタッチは腹と拳でするもんだとでも思ってる?」

「……んまァ、“特別”だろうな」

 

 朝から殴られようと少しの気持ち悪さで済む“衝撃吸収”という能力は、何かと追われているダミーにとっては便利なモノである。かと言って、このような実験道具にはされたくないのだが。

 “おはようぱんち”の当事者であるティーチはというと、面白がるようにダミーの背を叩いていた。

 

 ティーチの平手が筋肉もなくヒョロヒョロの背に当たった、その時だ。

 平手が打たれた場所を中心として、何もかもを吹き飛ばさんとする限りの衝撃が生まれ、船を軋ませる。予想だにしなかった爆発音と突風に、パチクリと目を瞬かせた船員たち(ギャラリー)は、目の前で起こった情報を理解するにも時間がかかった。

 

「“衝撃貝(インパクトダイヤル)”……?」

 

 肌を切るようにして放たれた衝撃__この船の上では日常的に使う奴こそいないが、お遊び程度に使われる小さな貝殻の性質によく似ていた。

 遠い空に浮かぶ島に転がっているという貝、衝撃を吸収し放つ貝……

 

 思わぬ衝撃により甲板にのびてしまったダミーの能力を、分かりやすくモノに例えた存在である。

 

 

**

 

 

 子供たちがキャッキャと遊び回り、風で揺れた草木がざわめいて、木々の合間から覗く空はどこまでも青く、のんびりと背を伸ばす彼らの日常は__不気味なほどに平和であった。

 

 駆け回っていた子供の一人が、ぱっちりと開かれた瞳をこちらに向ける。風に揺れる派手なピンクの髪、丸メガネ、陽の光を反射するように揺れた黒い瞳、成熟しきっていない純粋無垢な少年である。

 ここに立つダミーをそのまま幼くしたかのようにそっくりで、違うとすればダミーは細目であり、黒目でもないことぐらいだろうか。

 

「にいさん、」

 

 引き結んでいた小さな口から呟かれた言葉は、目の前のダミーへとかけられたものだった。求めるようにこちらへ手を伸ばすその姿は、可愛らしく兄へ甘える弟に相応しい。

 

「ぼくも“かいへい”さんになるから__」

 

 自分へと甘えてくる弟へ、ダミーは生暖かい目を向けるだけでピクリとも動かずにいた。

 ようやっと何度か目を瞬いて、笑みを浮かべる弟へ手を伸ばす。

 

 伸ばした手を宙にあげると、勢いよく弟の頭部を叩いた。七歳にも満たない幼なげな少年に、なんの躊躇もなく手を上げたのだ。

 

「なんだ、夢か」

 

 叩かれたというのに顔色一つ変えずにニコニコと満面の笑みを浮かべる弟を見て、ダミーは一人合点をつく。物を叩いた時のヒリヒリとした感触もない掌で、ひたすらにグーパーを繰り返していた。

 夢であるという確信からか、はたまたただの衝動か__どちらにしろ、確認と称して家族を叩けるほどには情も何もない男である。

 

「にいさん」

 

 親しげに“兄だ”と言う弟は青空の下にぴったりなほど、晴れやかな笑みを浮かべ続けている。“かいへい”の敵である海賊に成り下がった男へ、希望に満ちた瞳を向ける。

 ダミーの視界が大きく揺れ始め、夢は終わりだと世界が告げた。笑みを浮かべる弟の顔も、ぼやけて曖昧に歪んでいった。

 

 現実へ戻ろうとする意識の中で、歪んだ弟の表情へ安堵のため息をつく。

 

「おまえは出来た弟だからねェ」

 

**

 

 意識が戻って最初に聞いたのは「危険な(・・・)海中を渡っている時に、怪我人が二人も出るとはなァ……」という半ば呆れたような、船医の言葉である。

 何やらその後も説教らしい言葉が続いたが、ダミーの耳は自動的にシャットダウンし欠片も聞こえてはいなかった。

 

 ダミーの意識が失われたのは、五分にも満たない短い間で。しかしまあ、魚人島まで“絶対安静”は叶わないため、すぐに意識が戻ったことを船医たちは心底喜んでいた(怪我人であることに変わりないが)。

 

「……おれ、ふわふわベット派なんだけど」

「脊髄がやられてるって話したよな?」

 

 上半身を硬いギプスに固定され、慣れない窮屈さに身じろげば、背中から走る痛みに顔を顰める。その行為を数回繰り返したのち、ダミーは一つ文句を垂れた。

 苦しげにダミーが息を吐こうと、目すら向けない船医__マルコは、眉を顰めて手元に広げられた本と向き合っていた。

 

「おれ、この船乗ってからイイコトあったの、一回くらいしかねェんだけど」

「……あー、オトモダチでもできたのかよい?」

「おねーサン達からのお小遣い」

「買い物の時間がやたらと短いと思ったら、お前が元凶か……」

 

 ブラケットライトが淡く照らし出す木目を眺めて、ダミーが不満そうに呟いた。望みである衣食住に加えてヘルスケアもされているのだが、今や“普通”となったので彼の中ではもうノーカンとなった。

 彼は重ねられた親切に感謝を忘れる男である。そもそも、この船のナースたちから“お小遣い”をもらった時点で、感謝の“か”の字も頭になかっただろう。

 

「処置はもう出来た、動いても問題ないよい」

「背中痛い」

「んな早く治ってりゃ医者なんかはいらねェだろが……」

 

 マルコの言葉を言い換えれば「さっさと医務室から出ろ」ということである。戦闘後でもない医務室には怪我人こそいないが、素人にはわからない薬品が並んでいる。__特に問題児共に近づけられない高級なものも含めて。

 

「あー、ついでにだ。お前さんの隊長に用が__」

 

 マルコはサイドテーブルに置かれていた紙へ何やら書き込むと、一向に起きあがろうとしないダミーを急かすように呟いた。最もその言葉がダミーに響いたわけではないのだが、マルコの声に被せられた怒声で反射的に身を起こすことになる。

 

「っだから!! 動くなっつってんだろ、ティーチ! てめェは、治療の度に麻酔を打って欲しいのか!?」

「ただの脱臼に大袈裟な……ちょ、ジョーダンだろ、ジョーダン! 脱臼ごときに注射は必要ねェ、その物騒なもんは仕舞おうぜ、な?」

「ティーチを止められる隊長がいない今、やるときゃやるしかねェんだよ! 歯食いしばれ、ティーチ!!」

「ぎゃ、マルコォーーーー!!」

 

 ここは医務室である。怪我を負った船員たちが不貞腐れながらも集う場所。

 問題児の一人でもあるティーチだが、先ほどの衝撃の近くでそれも片手を吹き飛ばされて、ケロリとしている奴では流石にない。ダミーほどではないとは言えど、肩の脱臼は免れなかった。

 怪我人とは思えない、手足を縛られた状態で喚くティーチと船医の図というのは、ダミーが見れば腹を抱えて笑い転げていただろう。

 

「……急用ができたよい、この紙をジョズに渡しといてくれ」

「えェーー!! 自分の仕事は自分でやれよ!」

「見張りをすっぽかして、呑気に麻雀してたのはどこのどいつだよい」

「……」

 

 マルコが放っていったとしても無事に治療は済むだろうが、夜も寝ずにいるティーチへ麻酔を打ってどうなるかは全く予想ができない。麻酔の無駄になって終わるか、妙な拒否反応を起こして怪我が悪化するか……どちらかだろう。

 他の船員に紙を託して、事態を収めに動く。その考えは間違っていない。

 

「隊長にってことは、船長に渡しゃ済む話だろ!」

 

 その頼んだ船員、治療が終わった船員というのに問題があるだけである。

 ちょうど甲板に出ていたニューゲートが悪いわけでも、自分の部屋にいたジョズが悪いわけでもない。甲板を上からのぞいたダミーが真っ先に見つけてしまった相手が、船長であったのだ。

 

「おやじ! 今日の新聞はどこに置いときましょ!!」

「今日の薬を飲めって船医が……酒で流し込もうとしないでください! おやじ!!」

「おやじぃ〜!! 今日のエンドウ豆スープはおれが作ったんだ!」

 

 船員たちが親しげに口にする“おやじ”という言葉に、ダミーは足を止めた。恐らくいつものダミーであればなんの躊躇もなく「おやじ!」と声に出していただろうが、弟を夢で見たダミーにとって“おやじ”と言うのには憚りがあった。

 数年前にパタリと言わなくなっただけで、ダミーにはクソッタレな“親父(実の父)”がいるのである。

 故郷の人々からも、ダミーの生まれ持つクズさは間違いなく彼の遺伝だ、と断言されるほどの、救いようのないクズ親父だった。

 そもそも白ひげの船員たちだって、ダミーの記憶の中で、そんな“親父(実の父)”と“おやじ”とを一緒にはされたくなどないだろう。

 

 この出来事から七年も経った頃、船員たちはダミーがわざわざ呼び名で区別する意味を知ることになり、その区別が大きな亀裂へとつながるのだが__

 

「パパ!!」

 

 代用として叫んだ代名詞は、幼く、可愛げのある呼び名であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。