ダメ人間、海に出る   作:仮置き太郎

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ダメ人間、海に出た

 ダミーがエドワード・ニューゲートを父親(パパ)と呼び始めてから、七年の歳月が流れた。

 不健康体とも言うべきヒョロヒョロな体にはほどよく筋肉がつき、極度の偏食生活には“スープ”の概念が取り入れられるようになる。何よりその変化を喜んだのはコックたちであり、食事の席でスープを啜るダミーの姿に、毎度勝利のガッツポーズを決めていた。

 ダミーの変化と言ってもこれのみで、この七年間、真面目に鍛錬を重ねた訳でも、自己中心的で捻じ曲がった思考を直せた訳でもない。“七年間で成長したことは?”と問われれば、度重なる戦闘に少しは慣れたことぐらいしか言うことがないだろう。

 

 

 そして今日、三番隊の彼らは武器を片手に陸へと飛び出していた。

 拳銃から放たれた銃声が響けば、数秒後には敵か味方かも分からぬ呻き声が聞こえてくる。潮の匂いと交わった血(なまぐさ)さは硝煙と共に風に流れ、高揚した体から汗が吹き出した。

 戦場では数秒の油断が命取りであり、行動一つ一つに自分の頭がかち割れるか否かがかかっている。ましてや戦場で座り込むなど、命を投げ捨てたようなものであった。

 

「無理だ、もう戦えねェ……」

 

 前線で武器を振るう仲間達に比べれば、それほど動き回った訳でもないダミーが早々に根を上げた。前線ではないとはいえ戦場で、肩を揺らして荒く息を吸いながらその場に倒れ込む。

 慣れたからといって戦えるわけではない。七年前と比べても、戦闘力に関しては大差ないのが事実である。

 

「どうした!? 攻撃を喰らいすぎたのか!?」

「ああ、おれの心臓が……限界だ……」

「クソッ医療班!! 急患!!」

 

 突然倒れ込んだ彼を心配しないほど、白ひげの船員達は薄情ではない。

 これは単なる仁義ではなく、人間として大切な部分がことごとく欠落している彼のための、情操教育もかねていた。こうして他人を気遣うんだぞと、家族ぐるみで体を張って教えてやっているのだ。

 だからと言って、今後ダミーが仲間の窮状を気にするかどうかは、全く保証できないのが悲しいところである。

 

 それに、ダミーの持つ“ダメダメの実”のデバフについては、彼らもきちんと理解を示していた。

 七年前に起こった衝撃波騒ぎで、溜め込んだ衝撃の限度を超えると起こり得る“誤爆”の破壊力は、皆が身をもって体験している。

 

「愛する兄弟が傷つき……罪なき市民の悲鳴が響いて……町は壊れていく……こんな世の中、間違ってる……」

 

 かといって、ダミーが正直に限度を伝えるはずがない。サボれるとわかれば、平気でウソをつくような男である。

 あからさまに“いい子”を演じている時など、申告はウソだと考えて間違いはないだろう。

 

「医療班いらねェ」

「いやむしろ医療班コイツの戦いたくない病どうにかしろ」

「ケツ撃ちゃ治るだろ、弾は一発無駄になるが」

「おれァもうこれ以上戦いたくねェ……やめましょうよォ……命がもったいない……」

「バカかお前、戦闘中に寝っ転がるな」

 

 世界を憐れむようにえんえんと泣き声をあげ、戦いを拒む無邪気な子供の如く駄々をこねる。これが“仮病”であることは明白であった。

 仮病で人を騒がせるダミーを叱るべきか、分かりやすくウソを吐くダミーはまだ良い方だと諦めるか、七年間で船員たちがとった行動は後者であった。……それが後に仇となって帰ってきたわけだが。

 

「……ったく。愚図らずとっとと行け、バカ息子」

 

 いつもは大事でもない限り気にも留めず、船員(息子)たちへ説教やらを任せている親父が、ぐずるダミーの襟首を掴んだ。

 その物珍しい行動に船員たちも目を丸くさせたが、扱いに困る船員の相手を自ら受け持つおやじの寛大さに、感謝していた。

 

「あっヤダ、ちょっ、激しッ——パパァァアアアーーッッッ!?!?!?」

「オヤジが今までにねェくらい嫌そうな顔してる」

 

 それはそうと、これはあくまでダミーを戦場に出すのが目的であり、おやじの特段素晴らしいお言葉が聞けるわけでもない。

 そこにあるのは、有無を言わせず船員を投げて飛ばすおやじだけだろう。

 

「……大丈夫なんスか、あれ」

 

 若手の船員が綺麗な弧を描いて飛んで行くダミーを目で追って、マスケット銃を構え直した先輩船員に耳打ちする。

 慣れ親しんだ存在でもない若手の船員でさえも心配そうな声を上げるのは、鍛錬にしろ仕事にしろ、五日に一回はサボりの呼び出しがかかり、三日に一回は誰かに投げ飛ばされているような男がダミーであったからである。

 

「そりゃァ、ダミーが弱いって?」

「……まあ」

「だっはっは! んな正直に言われちゃ、世話ねェな……んまァ、安心しろ」

 

 返答の一つ前に、低く乾いた音と白い煙を漂わせる。マスケット銃の弾を放った先、こちらの攻撃を気にするそぶりも見せない敵の動きを見つめていた。

 先輩船員は肩を大きく揺らして笑うと、構えていたマスケット銃を地面へと放り投げ、地面に突き刺さったカットラスを手に収める。

 

「あいつの食った悪魔の実は、“誤爆”以外の攻撃方法がある」

「あー、“誘爆”とか?」

「……少なくとも、おれたちがさっさと前線に行かねェと、今日の手柄がなくなるくらいにゃ利口な能力だ」

「前線って……先輩!?」

 

 身を守っていた障害壁を乗り越えて、騒がしくなった戦場に駆け出して行く。遠距離武器よりも短距離に魅力を感じる先輩であった。

 前線になど出るつもりのなかった若手の船員は、この状況に絶望した。近距離の才能は、ダミーよりも酷いという己の難点をよく理解しているからこそ、今頃になって「前線行くか!」などと息巻く先輩の気がしれない。

 

「……前線で長銃使う気か?」

 

 混乱と焦りでパニック状態に陥った船員が、放り出されたマスケット銃を拾い上げ、怖気付いて震える足を無理矢理前に踏み出す図というのは、なんとも不憫なものである。

 

 

**

 

 

 舞い上がった土埃、虚しくも空からの落下物に下敷きとなった野郎の唸る声、どよめく戦場。敵味方関わらず、皆が武器を上げる手を止めて、落ちてきたであろう“ダミー”の存在を確認しようと目を凝らす。

 

 土埃が晴れたそこには、乱れた派手なピンク色の髪を揺らして咽び泣くダミーが、地に伏せる大柄な(・・・)男を下敷きに座り込んでいた。

 『尻に敷いた男のクレームすら耳に入らない、ただしくしくと泣く男』というだけであればダミーへの興味など失せて、再び激しい接近戦が巻き起こったのだろうが……ダミーの生まれ持った美貌(・・)がそれを許さなかった。

 

「てめェ……!!」

「あ?」

「歯ァ食いしばりやがれ、ナンパ野郎!」

「おれの女を私財諸共盗みやがって、このコソ泥がァ!!!」

「挙げ句の果てに、おれの飯まで食って行きやがったのは忘れねェからな!?」

「おれの、おれの金はヒョロヒョロへなちょこ野郎によォ……!!!」

「はァ??」

 

 容姿云々のコンプレックスを抱えて、海を渡ってきた海賊たちは少なくない。全く関係のない赤の他人であろうとも、“顔がいい”という一つの秀でた特徴は、極端な思想を持った海賊たちにとって、“(イコール)憎たらしい”という等式が成り立つのだ。

 そして今、ダミーの整った顔面により彼らの怒りボルテージは著しく上昇している。分かりやすく言えば、理不尽な怒りの矛先がダミーへと向き始めていた。

 

「おいおい、コイツらひょっとして……本当にアイツのオトモダチなんじゃねェのか? __料理以外はダミーのエピソードと言われても可笑しかねェぞ」

「流石はサッチ料理長!! 長年ダミーの世話をしていただけある。アイツの潔癖は筋金入りってこった!」

「褒めてねェぞ、それ」

「……聞こえてるからな!! そこの失礼なやつら!」

 

 想像の斜め上を行くような反応しか貰えなかったことで冷静になったのか、ダミーは小声でボソボソと言い合う仲間を不服そうに睨みつけた。

 ところでダミーが落ちた場所というのは、三、四番隊が戦う前線から少し離れた__若干敵側で、まだ白ひげ海賊団が斬り込んでいない場所であった。そう、味方に文句を垂れるダミーだが、自分の状況は大ピンチなのである。

 

「空から突撃してくるたァ予想外だが……丸腰の色仕掛け野郎なら話は別だ、返り討ちにしてやるよ……!!」

 

 ダミーの前に立つ男は額に青筋を浮かべ、片手に握ったサーベルを、彼に向けて振り上げた。

 怖気付いて動けもしないダミーにほくそ笑み、敵が力任せに振り下ろしたサーベルは、急所を外していた。「ギリギリまで痛めつけよう」そんな考えが浮かぶほどに、この男が持つ恨み辛みは根深かったのだ。

 刹那、ダミーが我が身を庇うため、十字に交わらせた腕と、敵の鉛色の刃がぶつかった。

 

「人の心とかないんか!?」

「……てめェに人の心を言われちゃァ、世話ねェな」

「おれは!! お前と!! 知り合いじゃねェだろ!!!」

 

 なんの躊躇もないその攻撃には、流石のダミーも驚いた。ダミーが少しでも攻撃を受け流したとしたら、その刃は彼の下敷きにされた仲間の肉を割くことになる。流れ弾ならぬ流れ刃で仲間を殺してしまうなど、滑稽にも程があるだろう。

 

 ……まあどちらにしろ、ダミーが下敷きにしている男は、彼からすればただの敵である。戦いの後で隊長に何やらどやされるような、重要人物という訳でもない。「人質の仲間がいれば敵も怯むのでは?」というダミーの“ワンチャン”が外れただけの話だ。

 

「……なッ!!」

「おお、あいつ抜けやがった!!」

 

 ダミーは下敷きにしていた男の背を尻で滑り、その弾みを活かして敵の剣を押し返しながら、前へ飛び出る。そのまま剣を弾き飛ばし、敵の腰に左手を回すと、固定するように右手の拳で敵の腹を押さえつけ__我らが二番隊の頼もしい船員、マーシャル・D・ティーチのおはようぱんちで鍛え上げられた、初歩的な挨拶(反撃法)であった。

 

「“他拳奔砲(タリキ・ホンガン)”!!」

「ぁが……っ……!?」

 

 衝撃波が敵の腹を突き抜けて骨を軋ませ、戦場を包む熱気が微かに揺れ動く。敵は痛みに唾を吐いて(うずくま)り、霞んだ視界の中でその“元凶”を睨みつけた。

 この衝撃波を放ったのは、間違いなく目の前で仁王立ちする“ダミー(クソったれ)”であった。

 

「で……め゛ェ……!!」

 

 羞恥心や焦燥感に囚われた思考は、憎しみと共に大きな原動力となり得る存在である。肋骨がイカれてしまった男が、痛みに耐えながら足を踏み出して腕を伸ばせたのも、タガが外れた思考のおかげと言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、例えこの男が背後に立つ者の存在に気づいたとて、ろくに回らない頭で応戦することは無理難題に等しかった。

 

「ッ__!?」

「動かなけりゃァバレねェもんを!」

 

 刃こぼれが目立つカットラスの柄を握り、男を背後から突き刺したのは__マーシャル・D・ティーチ、“頼もしい船員”の一人であった。

 ダミーは返り血で汚れた拳を、手元の布(目の前で倒れた男の服)で拭うと、漂う鉄臭さに顔を顰めた。文句こそ言わなかったが、少なからず“血が飛び散るような戦闘”を好んでいないのが彼であった。__決してこれは、目の焦点すら合わなくなっていく男への同情ではない。服や体に染みつくであろう臭いを躊躇なく発生させた仲間(ティーチ)への軽蔑である。

 

「最悪だ……お前は!!」

 

 オブラートに包まずとも言葉を交わせる仲であることを、まずは誇るべきなのだろうか。

 

 

**

 

 

 結論、この戦いは白ひげ側が勝利した。ダミー参戦の少し後、敵方の船長が前線に立ち、三番隊が誇る隊長ジョズと対峙したのである。湧き上がる歓声(主に三番隊)の中『煌びやかで誰もが憧れる“ブリリアント・パンク”』によって決着がついたのだ。

 そうして勝利の宴の場は、心底ジョズに惚れ込んだ三番隊隊員の独壇場と化した。

 

 多くの船員が酒を飲み、我らがコックの手料理に舌鼓を打つ。ここで大事なのは全ての船員が同じように、飲み食いしたわけではないということである。調理を担当するコック、本日の見張りとなった船員も然り、飲酒は控えるようマルコ直々に釘を刺されていた。

 

「あ、飲酒はダメっスよ先輩!!」

「こういうのはバレなきゃいいんだ、バレなきゃ」

「バレなきゃいいって、絶対バレますよ」

「そもそもこの戦いにゃ勝ったんだ。罰則を受けるのは可笑しいだろ? マルコたいちょーだって分かってる筈だぜ、前線に行かなけりゃ今日の手柄は無かったって!」

 

 片手には木樽ジョッキを掲げて酒を煽り、つまみに“宴の犠牲者(見張り)”を哀れんで同僚が置いていったアヒージョを口に運ぶ。

 隊長も行き交う食堂で隠れもせずに宴を最大限に楽しもうとするその精神力は、図太さが取り柄の海賊ならではであろうか。

 

「あれは放置でいいのか、マルコ」

「“悪魔の実”に魅力された奴に何を言っても聞かねェんだよい。……スケスケの実とかな」

「す、スケスケの実は、いや、あれだろ、うん、ロマンだ」

「……きょどると余計に気持ち悪いよい」

 

 芯を取り除いて、舟形になったパイナップルの実と皮の間に包丁を入れ、丁寧に皮を切り離す。微かに漂ったトロピカルな香りに釣られてか、サッチが作業を進めるカウンターでマルコがバーチェアに腰掛ける。

 最初は冗談に冗談を返す形で返事をしたマルコだが、予想の斜め上をいったサッチの反応には拍子抜けしてしまう。……同年代のおっさんが恥ずかしそうに頬を染める姿を、目の前で拝むなんてことは全くもって求めていなかった。強いていうならば、初々しいおっさんの手元にあるパイナップルの方が数百倍魅力的である。

 

「ま、我慢した所で三番隊の悪酔いに巻き込まれ、泥酔するのがオチだ……“ロマン”は関係ない、全く、スケスケの実もな」

「絡み酒なら三番隊に限った話でもねェがな……お前も大概だよい、サッチ」

「……悪いな、おれは酔ったら忘れるタイプだ!」

 

 マルコからの指摘にサッチは肩をすくめたが、あまり気にしている様子もなく。これでチャラだと言わんばかりに、盛り付けの終わったパイナップルをマルコの目の前に置いて、ウインクをして見せた。

 マルコの脳内ではパイナップルが圧倒的勝利(対泥酔サッチの看病の記憶)を収め、満足気に艶やかな果肉へとフォークを突き立てた。

 

「__なんだ、ここら辺は隊長がいんのか」

「皿の上にはチェリーパイ、飲み物は酒、小脇に抱えたダミー。全力で楽しんでんな、ティーチ」

「ぅ……ぃき……ぁ」

「ダミーはもれなく死にそうだよい」

 

 黄金色のパイ生地を口いっぱいに頬張って、ジョッキに並々と注がれた酒を喉にながしこむ。そんな“幸せ一杯のティーチ”が身動きするごとに、小脇に抱えられて泡を吹いているダミーの首は絞められて、その度に小さな呻き声をあげていた。

 

「……いつか、いつか、コイツの脇で人が死ぬ」

 

 小さくえずいてから呟かれたダミーの言葉に、酒のまわった会場は哄笑した。

 

**

 

「よく続いたもんだ」

 

 サッチは独りごちる。

 マーシャル・D・ティーチ__彼はひどく風変わりな男だと思う。時折見受けられる“奇行”は、どれだけ時を共にしようが予想できないものばかりで、七年前の“ダミー乗船”もその一つだ。

 突然ティーチが見知らぬ男の乗船を船長(おやじ)に打診したのである。おれが取り巻きの船員と共に驚嘆したのは記憶に新しい。

 

 しかし、その“奇行”に負けず劣らず“問題行動”の多いダミーは、日が過ぎるごとに所謂“ダメな部分”が露わとなっていった。彼のそのタガの外れた言動や他人任せな思考には、呆れる兄弟も少なくはない。

 海賊にはあってないような、“物好きな世話焼き”でなければ日夜を共にするのは難しいだろう。

 それこそ、彼はティーチが好まないタイプの__否、普段なら興味すら抱かないような相手ではないかと、おれは思うのだ。故に、七年間も成功している良好な関係を、甚だ疑問に思ってしまうのである。

 

「まあ、今日は宴だぜ、兄弟! そうかっかするなよ」

「……臭いも圧迫も最悪だ、環境破壊でもする気かよ」

「もっと嗅ぎてェなら、そう言えよ。ハイリョする」

「耳クソ詰まってんの__やめろやめろ、強制的に嗅がせようとすんな!!」

 

 まあ、兄弟としては“良好な関係(?)”を築けているのは嬉しい限りのことで__ちょっと寂しさを感じたりもするが。……あー、そうだ。嫉妬だ、嫉妬!! おれだって寂しいの!

 

「ダミーーー!!」

 

 三番隊のテーブルから怒りを滲ませた叫び声が、“問題児”を呼びつける。当の本人は拘束が緩んだティーチの手から逃げ出して、焦った様に妙な膨らみを持ったポケットに手を突っ込んだ。

 “類は友を呼ぶ”……いや、そう言ってしまえばおれに飛び火してきそうなのだが、多分間違っちゃいないだろう。

 

 

**

 

「どさくさに紛れて財布とってんじゃねーぞ!!」

「………………おれじゃない」

「今の間は怪しいだろ」

 

 バレるのは想定外、といったようにダミーは視線を泳がせた。下手な言い訳も吐かずして何とかこの場をやり過ごせないものかと、口を窄ませ下手くそな口笛が物語っている。

 

「だから、知らねェ__」

「おれはお前がティーチに引きずられてた時、ポケットから財布落としてんの見てんだよ!!」

「……ティーチ!!!」

「おれは悪くねェだろ、お前がもっと上手くやれ」

 

 認めざるを得ない、現行犯である。

 ティーチに引きずられていた時は、他人の財布などに気を回せるような余裕はなかったわけだが、ティーチへせめてもの抵抗として暴れたのが良くなかったらしい。

 

「あいつも懲りないねい」

「……隊の中で止めてんのは、アイツなりの計らいってことだろ? 前よりかはマシになった、多分な」

「いや、あれは甘えが効く範囲を見計ってんだろい」

「あー……否定しきれねェのが悲しいよ、おれは」

 

 そう口では言いつつも、マルコはパイナップルを食べ進める手を止めるそぶりは見せなかった。

 ダミーを叱る気は端からない__違う隊であるのもそうだが、何せ相手が悪い。話など三割も頭に残っちゃいないダミーに幾ら時間をかけようと、結局は有難い言葉すらも残っていないのだ。

 ダミーを受け持っているジョズには同情したとて、それとこれとは別問題ということである。

 

「にしても、この島って何か使い所あったか? わざわざ人からくすねる様な真似__」

「ポーカーする奴、金出せ〜!!」

「__あれか」

 

 首を傾げたサッチを他所に、適当な樽をテーブル代わりにトランプを掲げる集まりから声が上がった。

 参加するであろう面子は揃ってほろ酔い気味で、発する声量がやたらとデカい。端っこに近いこの場所まで声が届いているのだから、相当だろう。

 

「は〜〜〜い!!!」

 

 先程まで、盗んだ金がなくなった(取り返された)と、肩を落としていたというのに、“その一声”でパッと顔を上げる。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、全く説教には関係のない船員の方がその行動にヒヤヒヤしていた。

 

「お前……ダミー、ギャンブルができるのはいい子だけだ」

「なんだそれ、海賊がいい子ってか?」

 

 そんな張り詰めた空気の中で呆気らかんとして呟かれたダミーの一言に、船員(被害者)が拳骨を落としたことを誰も咎めはしない。

 ダミーに非があったのは確かだが、それ以上にここは海賊船である。

 

「だっはっは! ブレねェな、ダミー!!」

「こいつのコソ泥癖を誰か注意しろよ!」

「盗られたてめェが悪い」

 

 下品な笑いが場内に沸き起こる。

 七年もの間、ブレずに“クソガキ”ムーブを続ければ悪ノリする者が現れるのも無理はない。海賊は、如何せん“身内ネタ”を求める集団だった。自分達がとばっちりを受けるのは心底嫌なくせに、何もないと分かれば容赦のないヤジを飛ばす、言わば”おちゃらけ集団“なのだ。

 まあ勿論、「“身内ネタ”って海賊っつーか、家族っぽいよな!」という安直な思考も込みでの行動だろう。

 

「……とにかく、ダミー。今日のポーカーは出場権剥奪だッッ!!!」

「はァ!? そりゃねェよ、……頼む、兄貴ィ〜〜!」

 

 「いや、おれ殴っても……」と困ったように下げられた八の字眉は、怒っている相手に向けてするような表情ではないだろう。強いていうならば、相手を逆上させかねないソレである。

 ここで、アレコレ浮かんだ罵りをグッと堪えて(眉間に深い皺を作ってはいたが)、処罰のみ伝えることのできる三番隊は、付き合ってきた年数が違う。

 

「……怒りMAXじゃん……ギャンブルが何したっていうんだよ……」

「反省ゼロだ」

「……おれには兄貴分向いてねェや」

「ダミーをコントロール出来るのは、おやじくらいだからなァ!」

 

 “処罰”といっても、ダミーが反省するとは言っていない。今回は、“海賊”のくせに人に物を取られるくらいでギャーギャー騒ぐな、というのが彼の言い分であるために改善は見込めない。

 それを踏まえて言えば、彼の思考を最もよく理解しているのはティーチであり、彼が難癖付けずにいう事を聞くのはパパ(おやじ)である。

 

 いやはや、所構わずズボンとパンツの間に挟んだ新聞を広げ出すくらいには、豪放(・・)でないといけない訳だ。

 

「な、なっ、何普通に読んでんだ、ティーチ!?!?」

「……ただの新聞だろ?」

「何処にしまってんだよ、お前!!!」

「机に置くな、バカ!! 誰か台ふきん持ってこい!」

 

 徐にズボンとパンツの間から取り出された新聞紙にマルコはギョッとして、パイナップルが乗った皿を急いで避けた。

 必要以上に服を着込むやつなど殆どいない船ではあるが、“海の上”である以上、衛生管理には人一倍気にかけている。それこそ闇雲に腹から出した物を机の上に広げる事は……ドン引きする者が現れてもおかしくはない。

 

「なあダミー! 少しは世の中ってもんを知っておけよ、知っておいて損はねェ……」

「……野郎のパンツに挟まった新聞に何が書いてあるって?」

「ゼハハハハ!! そうだ、お前はそういう奴だ!」

 

 ティーチが広げた新聞には、大きなゴシック体で『火拳の“エース”七武海加入を拒否』と記されている。派手な見出しになれば多くの人の目に留まるのは当たり前だが、ダミーはそれを出来る限り視界から外していたから全く気が付かなかった。カウンターに置かれたマルコの(・・・・)パイナップルに夢中だったのもあるかもしれない。

 もちろん、ティーチは決して彼がこの話題についてきていると思ってなどいないのだが。

 

 ティーチの愉快そうな笑い声と、マルコのデコピン(武装色の覇気)を喰らったダミーの呻き声が混じり合う。陽は沈み、闇が船を包み込む、“愉快な宴”はまだ始まったばかりだ。

 

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