ダメ人間、海に出る   作:仮置き太郎

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ダメ人間、火拳と出会う

 黒地に描かれたジョリー・ロジャーは余裕そうな笑みを浮かべて、テンガロンハットを身につけた男を見下ろした。新世界で名を上げようと躍起になった新人(ルーキー)を牽制するかの如く、悠々とたなびき、彼らに“高み”を示したのだ。

 男は“高み”に渇望した喉を鳴らして、陽樹イブの光に照らされたジョリー・ロジャーにパチリと火の粉を散らした掌を重ねる。静止の声をあげたマスクの男に一瞥をくれたが、止まるつもりはないらしい。

 

 マスクの男は半ば諦めつつも、隣で大人しく事の行方を見守ろうとしていた“蓋骨頭”の男を少しこづいて、「スカル……」と呼びかけた。お前も何か言え、という意味である。

 スカルは困った様に首の裏をかいた後、今にも旗を燃やしそうな男へ視線を移して、“情報屋”としての忠告を口にする。

 

「旦那。その旗を燃やせば、白ひげ海賊団の十数人の隊長、千人を超える部下、それに傘下の数十の海賊団を敵にすることになるぜい」

「そんなに頭数いるのかよ、白ひげってのは」

「総戦力は数万とも」

 

 その忠告に怖気付くような仕草も見せない男とスカルの会話に、マスクの男は抱いていた淡い期待を捨てて口を引き結んだ。抗うよりも覚悟を決めた方が手っ取り早いと考えたようだ。

 スカルがその様子に堪らず肩を揺らせば、マスクの男は不満そうにスカルの肩を叩く。影から顔を突き出した船員たちは固唾を飲んで、船長である男__ポートガス・D・エースの様子を伺った。なんてったって、彼らの航路は船長()によって、今決められようとしているのだから。

 

「そこが“高み”か__おれは旗を掲げるぞ。おれの名声を掲げるスペード海賊団の旗だ。さァ、新世界に……!」

 

 燎原の火の如く燃え上がった旗と共に、彼らは“新世界”へと足を踏み入れた。

 

 

 

________※一部『ONE PIECE novel A.』より

**

 ボンヤリと浮かぶ島の影。見張りの手に持たれたランタンのガラスが細かな水滴を浮かべている。ここ一帯を包む霧は濃く、メインマストの端すら霞んで見えた。

 はっきりと島が見えるわけではない、故にみなが(・・・)騒ぐことはないのは分かる。しかし神経的な不調和のような嫌な空気は、異常な程までに重々しい。

 

「♪ かいぞく しろひげ オニより こわい__」

「何呑気に歌ってんだ、もう着くぞ」

 

 ダミーが口ずさんだ子供じみた遊び唄は、ひりついた空気を少しばかり緩ませる。先程まで目的の島を睨みつけていたサッチでさえ、呆れたように笑っていた。

 緊張感のない会話。マルコかイゾウに見つかれば、鋭い目つきで釘刺される事間違いなしの緩み切った空気。慣れない緊張感に息苦しさを覚えていた船員にとっては、何よりもありがたい時間だった。それこそ、場の空気を読めないダミー()だから出来たことであるわけだが(それはそれで気に食わない)。

 

「ここって秋島? なんか寒いし、霧で見えないし」

「……ダミー、本気か?」

「…………何が? 一ヶ月もまともな島に上陸してないことなら、おれも本気か疑ってる」

「嘘だろ、お前!! 例の島の前で!」

 

 島への到着を知らせる鐘の音が、ダミーの吐いた煙を揺らす。一面を覆った霧が薄らいで、海岸で揺れる人影が目立ち始めた。

 いつもであれば甲板に設けられた椅子にどっしりと座り込んでいるエドワード・ニューゲートが、船首で仁王立ちして薙刀を構えている。張り詰めた殺気。裏腹にザワつく海岸。明らかにこれは“ただの上陸”ではなかった。少なくとも、島だなんだとはしゃぐ雰囲気はない。

 

 「はぁ……?」と間抜けな声を漏らして、ダミーは断片的な記憶を思い返す。噂のルーキーやら、”白ひげのジョリー・ロジャー”が燃やされたのやら、騒々しい船内の雑談。やけにティーチがはしゃいでいたなという思考に至って、ようやく彼は理解した。

 ティーチのパンツに挟まっていたNO七武海のルーキーとその一味があの影だと。ああ、そういえば魚人__オヤブンだとかカナブンだとか言われていた奴が珍しく船に居た時もあったなと。

 

「母船以外が出払ってるのに戦うのはバカだろ!?」

「おうおう、手柄が増えるぜ。喜べ、兄弟!」

 

 はたと気づきを得たダミーが、前のめりになって船体の周囲を見渡した。そこには子船の一つもない。__当たり前といえばそうだが、白ひげの領海で暴れる海賊の鎮圧に向かった彼らがこうも早く帰ってきてる訳が無かった。

 手柄なんぞ望まぬダミーにとっては、”彼の安全を保証する仲間”が減る、即ちプラスなどないただのマイナスである。それを知って直ぐに、サッチの足元で「嫌だ嫌だ」と駄々をこねるのも「死にたくない」の意思表示で、自分の弱さを自覚した(悪い意味で)救護要請とも言えるだろう。

 

「ダミーってこういう類の話になると、面倒臭いよな……」

 

 甲板に転げ回るダミーを見てサッチが呟いた小言に、ダミーが文句を言おうとした。ちょうどその時だろうか、ニューゲートが霧の影の正体を目に写したのは。

 

「__おれの首をとりてェのはってのは、どいつだ? 望みどおり、おれが相手してやろう……!」

 

 ニューゲートが薙刀で船縁を叩いた。その威風に誰もが息を呑み、理解する。戦いが始まるのだと。

 ダミーの片手から放り出された吸い殻が、海の飛沫に揉まれて消えていく。サッチはダミーの襟首を掴んで、舷墻(げんしょう)から身を乗り出した。今頃文句を言ったって遅いんだぞと教え込むかのように。

 

 __王者(ニューゲート)の斬撃が風を切る。

 

 海岸から悲鳴が上がった。開戦一番、適いそうもない相手の一発を喰らえば、情けない声もでるだろう。ましてや、自分たちは何も出来なかったという無力感は、意気揚々と新世界に足を踏み入れたルーキーたちにとって絶望以外のなんでもない。

 ダミーですらルーキーたちに同情し、哀れんだ。「可哀想に、白旗でもあげればいいのに」とそう思った。闘争心は打ち砕かれ、勝機も見えやしない、ただの負け試合。おまけにルーキーの船長は手負いであった。

 ダミーが出る必要もない、この戦いは白ひげが勝つ。

 

 それでも尚、立ち上がる者がいた。心を燃やす男がいた。

 

「__“炎上網”ッ!!!」

 

**

 

 “炎上網”、強者を前にして腰を抜かした仲間たちを庇うかの如く、炎が地を這った。一時的に仲間の安全を確保し__一か八かの取引を持ちかけるために必要な猶予を作り上げる。彼なりの“落とし前”のためにも。

 ルーキーと呼ばれた海賊団船長、ポートガス・D・エース、若くして培ったその判断力は所謂“才能”というものだろうか。

 

「仲間たちは逃がしてもらう……!」

「……」

 

 前提として、エースは取引を持ちかけられるような立場にない。故にその要求に対して、鼻を鳴らす者は少なくなかった。

 “おやじ”に喧嘩を売るような若造たちに対する期待値が高くなってはいたが(昔の自分達がどうだったかは別として)、「勝手に裏切られて残念がった」という方が正しいかもしれない。

 

 しかしながら、ニューゲートはそうすぐにはエースの要求を蹴れずにいた。エースの勇気を汲み取る意思もあったろうが、それよりも大きな理由は“エースの厄介な能力”である。

 火拳として名を馳せたように、彼の火を扱う能力は強力である。偶然であれ、必然であれ、船にでも飛び火すれば非戦闘員たちにも被害がでかねない。無駄な被害は避けたかった。

 

 そんな思考を巡らせていたのも束の間、エースが大きく肩を揺らして口を開いた。

 

「その代わり……おれが逃げねェ……!!」

 

 一呼吸置かれて呟かれた言葉に、一部の船員が嘆息する。擦りむけた肌は見ているだけでも痛々しく、ふらついた身体を支えているのは根気だけのように見える。そんな男はいまだに野心を燃やしているのだ。

 ニューゲートは目を細めて、小さく笑う。今や、彼の決意を曲げてまでぶつかり合う必要はないと結論づけたようだ。

 

「ハナッタレが、生意気な……」

「うぉォああァァァ!!!」

 

 威勢の良い咆吼と共に、海岸での戦いは再び幕を開けた。

 

 ダミーは安堵した。ひとまずは自分が戦う必要のない戦となったことに。

 大いなる自信によりのし上ってきたルーキーといえど、彼が敵うような相手ではない。何より相性が悪く__覇気の一つ、まともに扱えない彼では、かすり傷すら付けられないようなロギア(能力者)である故に、彼が得意とする“衝撃”が通らない。これでは死に走るようなものである。

 

「うひゃー、寒ぃ……」

 

 ダミーは肩をすくませて、さっさと船内の温かい毛布にでも包まろうと踵を返す。船が沈むような事件も起こりそうにないため、もう海岸に用はない。冷え切った甲板で、鼻水を垂らしながら見守るような戦いでもあるまい。

 おやじの戦いに興奮しきった甲板の上では、ダミーを掴んでいたサッチの手も離れている。戦いから目を離してまで、ダミーに注意を向ける者はいなかった。

 ただ一人を除いて。

 

「ダミー!!!」

「……」

 

 視界の端で戦いの火の手を見るような、視界の八割を海が占め、観戦席だとすれば“訳あり”であろうその場所を占領するティーチは、声を張ってダミーを呼び止めた。右手には空の樽ジョッキを掲げ、ワハワハと愉快そうに駄弁っている。

 ダミーはこの制限された船の上にいたことを恨んだ。わざわざ船内へ戻ろうとする船員へ声をかけて、手元の空のジョッキを見せつけるなんぞ、酒か食べ物のパシリを頼もうと考えている以外に何がある。

 

「今、どれほど溜め込んでる(・・・・・・)?」

 

 予想よりも可愛げのある目的語のない問いに、ダミーは拍子抜けした。何ヶ月海で揉まれたか分からないビール樽でもよこしてやろうという結論まで至っていたというのに。

 

「……一ヶ月分くらいじゃねーの。ナースちゃんに手を出せばマルコが飛んでくるからな__この前なんかぶ……? “ぶっ殺パンチ”? みたいな、おれにも痛いやつで殴ってきやがった!! 金と誘いはナースからだってのに!」

「武装色で殴られたんなら、何も問題ねェな。お前の夜事情に関する誤爆はなにも関係ない」

 

 空になった樽ジョッキが船縁に置かれ、ティーチは数メートル離れたダミーに大股で歩み寄る。漂う酒の匂いにダミーはうげっと声を漏らして鼻を摘んだ。

 わずかに噛み合わない会話に突っ込むわけでもなく、ティーチは満足げに頷いてダミーの首に腕を回し、挟み込んだ。まるでこれから逃げようとする野生動物を押さえ込むように。

 

「お前もいくだろ、ルーキーのお仲間確保に」

「…………なにが、どうして、そうなるんだよ」

「なあに、お前は仲間を守るだけの簡単な仕事だぜ」

 

 ここでようやく、ダミーは目的語のない疑問の意図を理解した。

 ティーチはダミーの夜事情なんざに興味はない。身の回りにも影響を与えるであろう“誤爆(能力)”への懸念__「お前を盾にしたいけど、誤爆されたらおれの腕が折れるかもしれねェな」という自分の身の安全を心配しての質問である。

 

「衝撃はもう吸収できそうにない……おれの体が悲鳴をあげてるもんで__」

「ゼハハハ!! お前が真っ先に能力の限界を嘆かない時点で、ここ最近の戦闘じゃァ葉っぱ一つ体に掠っちゃいねェんだ! お前はそういうやつだろ、ダミー!?」

 

 これならば、たった一つのビールジョッキ配達の方がマシだったと嘆かざるをえない。

 ティーチに首根っこを掴まれた今、ダミーは一瞬見えた船影のようなものがただの岩であることを願っていた。それか、ルーキーの仲間が船長の命など捨て置いて逃げるような“ザ・海賊”共であり、間違っても仲間意識だとか友愛だとかに振り回されるような輩でないことを。

 

 

**

 

 

 海を揺らすほどの覇気がビリビリと肌を焼き、爆発音と共に島の土が舞い上がる。舵輪を握る手は小刻みに震え、握り返す度にあの常人離れした戦いに自らの船長はいるのだと息を呑んだ。

 ここはスペード海賊団の船の上__操縦を担うデュースは荒波に揉まれる船の舵をきっていた。

 

「あの中に船長が__」

「あいつは死なねェ! 助けてェんなら手ェ動かせ!!」

 

 焦燥感にかられた仲間の弱音、“もしも”と考えてしまう自分の思考を振り払うかのように、デュースは叫んだ。

 あの白ひげを目の前にするまで、苦戦を強いられながらも戦いを続ける自分たちを夢見ていた。敵船を沈める度に日々確実に成長する自分たちを喜んでいた。__そんな理想を覆い隠すほどに“世界”は広く、強大だった。その現実はあまりにも絶望的で、それでも船長の夢を止めるような野暮なんて出来ない自分は、尊大な自尊心を未だに抱え持っている。

 

「ゼハハハハ! 利口なのがいるな……だが相手は選べよ」

「!?」

 

 心臓の音が異様に高進する。首筋に伝う汗を感じとる程に緊張した体は、喉を上下させて唾を飲み込む音でさえ耳障りだった。隠密に船へと近づき、船長を救い出すこの作戦ですら白ひげに読まれていたとでもいうのだろうか。

 岩場には大柄な男が愉快そうに口を歪め、こちらを見下ろしている。……それだけではない、周りの岩陰から顔を出した白ひげの船員たち、十人程に囲まれていた。冷静に物を考えるような時間はない。

 

「生きてナンボだろ? この世界……!!」

 

 岩と剣先が擦れ合う音が、嫌に響く。大柄な男はまるで常識を問うように片眉をあげて、珍獣でも眺めるように目を細めた。

 

 ああ、クソ。そうだ、そうじゃないか、死んだら何になるっていうんだよ。「生きる意味が見つけられれば、死んだって構わない」なんて、エース__船長の持つ野望ってのは死んで未練なく終われんのかよ! 神妙な面して、重々しく抱え込んでる未来ってのは、そんなもんなのかよ。エース。

 したり顔でこちらを見つめる大柄な野郎はきっと、エースの望みを聞けば、夢でも見てるのかと顔を顰めるに違いない。それが憎らしくも、事実じゃないかと思う自分がいる。

 

 ……それでも尚、心底船長へ惚れ切った自分は船長を支えきろうと躍起になっている。お前についていくと決めたその日から、お前を死なせる気なんてないんだぞと言ってやる気でいる。ポケットにしまいこんだ炎貝(フレイムダイヤル)を布越しに握りしめ、“死ぬ未来”を跳ね除けられると信じている。

 

「__生死なんざ心配される筋合いはねェだろうよ。……それにおれたちはアイツの夢が終わるまで死ぬつもりはねェからな!!」

「それがこれか? 死に急いでるってんだよ、そういうモンを__おい、ダミー! 前に出てこい!! お前の出番だ」

 

 こちとら内臓がひっくり返ってしまいそうな緊張感に飲まれそうだというのに、大柄な男は焦りもしていない。“ダミー”とかいう人物名を叫んで、出番だなんだと呼びつけるほどの余裕がある。

 おれだけじゃない、この場にいるスペード海賊団の全員が、この男に随分と舐めた態度を取られて苛立っていた。仲間の一人が、銃口を大柄な男に向けた。それを発端として、次々と仲間たちが武器を構え始める。空気を断ち切るような硬く澄んだ音と共に、戦いの火蓋が切られる__

 

 ことはなかった、否、出来なかった。カットラスを引き抜いて雄叫びを上げることも、大柄な男を撃ち抜いて宣戦布告をすることも、全て。そんなことをする間も無く、この船の甲板にいた仲間の全員が息を呑み、目を見開いたのだ。

 “ダミー”と呼ばれたその男。美男子という表現でさえ足りないほど完璧に整った顔は、性別の垣根を超えて人をドキリとさせる力があった。綺麗にセンター分けされた前髪がさやさやと海風に揺れ、隙間から覗く冷え切った眼光でさえ美しいと感嘆してしまう。

 

「自分が弱いと分かっておきながら死にたくないってなァ。欲張りなもんだ、おれでも自制してるってのに__船長が自惚れてんのにつられたか?」

 

 そんな胸の高鳴りはほんの一瞬であった。

 彼の顔に気をとられたことがよくなかった。無遠慮で、人を小馬鹿にするような彼の言葉にイラついたのは確かだが、そもそも敵の前で隙を作るべきでなかった。

 スペード海賊団の行動が固まったあの瞬間、白ひげの船員たちは船に飛び乗ってきたのだ。皮肉めいた彼の言葉が終わる頃には、岩場にいた白ひげの船員のほとんどはこの船に乗り込んでいた。

 

 今や大柄な男と憎たらしい美男子ばかりを気にしている場合ではない。

 

「お前なんか我慢してたか?」

「船の上の生活を七年も許してんだぞ、おれは」

「乗船を望んだのはお前だろ」

「下船を拒むのはパパだからな」

 

**

 

 モビーディック号の甲板で、戦いに敗れたルーキーの船員たちが縄でまとめ上げられていた。その戦いというのもかなり呆気なく、彼らの海賊船が木片にならなかったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。

 ほとんどの船員が気絶し、運び込まれる時に掴まれたシャツがよれて皺が目立つ。地面を擦った時にズレたズボンで半ケツになっている者もいた。

 

 その中でも一風変わったマスクを身につける副船長ことデュースは、朦朧とする意識を辛うじて保ち続けていた。とはいえ、貧血による吐き気や打撲の痛みによって、まるで現実から切り離されたような放心状態に陥っていたが。

 呻き声のような低い声を出したのも、ティーチに頭から海水をかけられた時が初めてだろう。

 

「ぅぁ……ぉまえ……!!」

「ほら、生きてる。死んじゃいねェよ」

 

 ティーチは乱暴にデュースの襟を掴み、後ろにいるマルコに突き出した。マルコは青紫に変色したデュースの頬の打撲痕を一瞥すると、「ならいいよい」と言って後ろ首をかく。

 生死の確認を促したマルコだが、特別気に留めるつもりはなかった。あのルーキーとやらが身を挺して仲間を守ろうとしたのは確かで、おやじもそれを受けたのだから最低限の情けとして確認したに過ぎなかった。

 

「……一人も死んでねェとは驚いたよい。お前なら……船を大破させてるもんだと」

「気持ちに添えず悪ィな、マルコ。アイツがさっさとアップ(・・・)を終わらせりゃ、そうなってた」

「ダミーの“戦いたくない病”をアップと呼んでる奴はお前くらいだよい……」

 

 マルコが顔を上げて周囲を見まわし、意外そうな声を漏らす。気絶して床に倒れてる者もいるが、致命的な外傷には至ってない。もちろん、戦いの終盤に止めに入った船員がいたからこそ、少しの犠牲で済んでいるだろうが。

 

「__んな……」

「? なんか喋ってねェか、そいつ」

 

 恨みのこもった鋭い視線がマルコを射抜き、掠れた声がデュースの喉から絞り出される。襟を掴んでいたティーチの腕にデュースが弱々しく爪を立てた。

 

「ふざけんな……!! 何のつもりだ、船長への見せしめか脅しにするなら今すぐに__」

「なわけあるか、何への脅しだよい」

「ゼハハハハ!! 確かに、あの船長なら効果はありそうだ、その場で靴でも舐めるかもな!!」

 

 なんとも下品な笑いである。デュースが恨みがましくティーチを見たとて、ティーチは何の問題もないだろうとヘラヘラ笑っていた。

 残念ながら彼らは海賊なのだ。言葉の美しさやらを気にするような陸の人間ではない。今は恨みを買いそうな言葉を使わないだけで、呆れたように肩をすくませるマルコもそうである。

 

「この__っ!!」

「バカ野郎、ウンウン頷けば流れる話だろォ〜……」

「適当な生返事じゃ、海に放り投げるよい」

「……残念だな、マルコの意見はそうらしい。だがな、おれは死に際にも戦うお前にゃ期待してんだぜ。おれなりのアドバイスってもんだよ」

 

 ティーチは自身の腕に爪を立てるデュースの手を振り解き、デュースの首を力任せに掴み上げた。期待している人物にするような行為ではないのは、誰でも見てとれるだろう。

 

「要は頭を使って生き残れってこった」

 

 ティーチはルーキーの副船長が、まるで船長に同調するだけの“友人(クソったれ)”であったことを少しばかり悲しがっていたわけである。

 この助言はスプーン一杯分の情けであり、どうも強いと聞く船長を繋ぎ止めるくらいは出来るだろうという期待であったのだ。

 

**

 

「最悪、火ィつかねェじゃん!」

 

 アップの遅いダミーはというと、新品のタバコの先一ミリにすら火をつけれないライターを恨めしげに見つめていた。どうやら潮風に晒されて錆びついてしまったらしい。

 

「マッチはこの前取られたし……」

「__はァ〜〜〜、だーれが好き好んで野郎を運ぶってんだ……しかも重い!!」

 

 通りかかった船員からライターをねだろうかなァとかギャレーにでも忍び込んだ方が早いかな、なんて考えている時だった。

 床を蹴るブーツの足音が近づいてきて、甲板を繋ぐドアの前で止まった。声色は明るく、大きくついたため息も興奮しきった体を冷ましているのだろう。一息ついた窓越しの影はぐっと伸びをした。

 

「ラッキーじゃん」

 

 敵の負傷者を運ぶ雑用だったとしても、わざわざ甲板の裏手に来る必要はない。十中八九サボりに来た船員である。

 なにしろサボり魔というのは大方喫煙者である(ダミー調べ)。白ひげ(パパ)とルーキーの戦闘の後で、急激に減少したドーパミンによりタバコが恋しくなったのだろう。

 

 勝手にそう結論づけて、ダミーはドアノブを捻った。

 

非喫煙者(ハズレ)かァ……」

「人の顔を見た一言目が最悪だろ……お前がモテる理由が分からねェ、今すぐ全おれに謝れ」

 

 ドアの前に立っていたのはサッチであった。彼は突然開いた扉に驚いて目を白黒させていたが、膝から崩れ落ちたダミーに眉を顰めて愚痴をこぼした。

 ダミーはそれらの文句を完全スルーして、どうしたものかと頭を捻った。非喫煙者、ましてや隊長がここにいる今、喫煙者がわざわざタバコを吸いにやってはこない。他人のライターに縋る作戦は消えたに等しかった。

 

「しかも連れてるのは敵の非喫煙者(ハズレ)っぽい男かよ……」

「ルーキーに対してハズレと言えんのは、世間知らずのお前だけだろうな」

 

 ダミーが少し視線を上げて、サッチの足元に横たわった重傷の男を心底面白くない顔で見つめた。どうせならいかにもタバコを吸ってそうな……少なくとも半裸ではない男を捕まえていて欲しかった。

 どこからどう見ても若気の道楽にハマってそうな男じゃないか!

 

「あー……こいつが例の__モエモエ能力のおにーサン?」

「悪魔の実の能力者ってのは合ってるよ、モエモエかは知らねェけど。“火拳(・・)のエース”だ」

「火?」

「ああ、“火拳”」

 

 ダミーは初めて運命の神に感謝し、自分の日々の行いの良さにあるだろうと改めて歓喜した。

 逐一話題になった能力者のルーキーは、噂によると“自然(ロギア)系”という部類らしい。詳しいことをダミーは聞いていなかったが、体が火になるのには変わりはない。ダミーが最も求めていた人材である。

 

 ダミーは右手に挟んだタバコの先をつまんで、ぴくりとも動かない男の腕に押し当てた。土埃で汚れていたが、この際ニコチンへの愛が勝ったのだろう。

 

「バッッッカ!? 何してんだよ。確かに敵だが……まだ目が覚めてもない人間にすることじゃ__」

「なんだ……つかねェのか……火ィつくと思ったんだけどなァ」

 

 そんな事情を一ミリも知らないサッチは、突然ダミーが敵の腕に根性焼きを始めたのかと驚いて、ダミーの右手を蹴り上げた。

 先の潰れたタバコは火も灯さずに床を転がり、ダミーの胸に膨らんでいた期待を萎ませる。サッチは転がったタバコとダミーに対して交互に視線を動かし「もうなんなんだよ」と疲れ切った声を漏らした。

 

「ギャレーまで距離あんだよなぁ」

「ギャレーでタバコを吸うなよな……この前のボヤ騒ぎの原因、さてはお前だな!?」

 

 行いが良く可愛い自分(ダミー)がこうも理不尽な怒りを買うのだから。やはり神はいない、と確かにダミーはそう思った。

 

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