ファーストコンタクト
さて、この事態にどう収拾をつけるべきか。13号は頭を悩ませた。
暴走した登山客を倒したのは、カービィと名乗ったこのピンクのボールだ。登山客の暴走と山崩れの報告を受けた時に軽く確認した程度だが、少なくともこんなピンクボールのようなヒーローが近くにいるとは聞いていなかった。このピンクボールが実は13号の知らないヒーローで、偶然非番か何かで近くにいたから応戦した、という線も考えられるが……
そこまで考えて、13号は自身を見上げるカービィを再び見やった。ピエロのような二股帽とステッキはいつの間にか消えていて、もちもちとしたピンクの手には白銀の羅針盤が収まっていた。青い瞳がキラキラと13号を見あげている。どこからどう見ても、無邪気にしか見えなかった。
まずは、話を聞いてみよう。それから判断をすればいい。
雄英高校で教師も務めている13号だからこその判断だった。これが他のヒーローだったら、すぐにカービィを確保しようと動いたかもしれない。
「……君は、ヒーローなのかい?」
「ヒーロー? この星にはヒーローが居るの?」
……この返しは予想外が過ぎた。13号の困惑を余所に、カービィは話し続ける。
「ヒーローが居る星なんて凄いなぁ。ボク、友達を探してワープスターで宇宙を旅していたら、ディメンションホールに吸い込まれちゃって。それでこの星に飛ばされてきたんだ」
「ええと……つまり、君は宇宙人……ってことかい?」
「? ボクはカービィだよ?」
「いやそうだけど、そうじゃなくて……君は、宇宙から来たのか、ってこと」
「あー、そういうこと? うん、そうだよ。ポップスターっていう星から来たんだ」
「ディメンションホール、っていうのは、何のことだい?」
「うーんとね、空間にぽっかり空いた穴……みたいなものだと思う。多分。又聞きしただけだけど」
次から次へと自身の常識の外側の情報を齎され、13号は若干の目眩を覚える。何処の誰が、“個性”を使って勝手に戦闘を行っていた者に話しかけられたと思ったら、その人物が宇宙人だと名乗る、だなんてケースを想定出来るだろうか。根津校長でも不可能じゃないかと思ってしまうのは、13号の頭がかつてないほどのパニック状態だからだろう。
彼の発言は全てただの妄言である、と冷静な部分は訴えかけるが、それにしてはあまりにもカービィの瞳には淀みがない。そのことが、13号をさらなる混乱状態に陥れていた。
しかし、例えどれだけ混乱していようとも、本当のことが何一つとして分からないとしても、13号にはヒーローとして、それ以前に教育者として、カービィに確認しなければならないこと、そして、言っておかなければならないことがあった。
「ええっとね……まず、一つ確認させてくれ。君はさっき、暴れていた人と戦っていたけれど、どうしてだい?」
「どうしてって……大暴れしてて、危なかったから。あのままじゃ、山がなくなっちゃうなぁ、って」
「うん、そうだね。その通りなんだけれど、だからといって君が戦う必要はないんだ。勝手に人に向かって“個性”を使うことは、この星では禁じられているんだよ」
「“個性”ってなに?」
カービィはこてん、と全身を傾げた。“個性”という言葉が何を指しているのか、いまいちピンときていないらしい。
この世界で“個性”と言われれば、皆一様に自分が持つ各々の人体を超越した特殊な能力を説明するだろう。この世界は総人口7の約8割が何らかの特異体質を持って生まれてくる世界であり、かつては空想でしかなかった超常能力が突如として現実のものとなった世界である。原因も判然としないまま時は流れ、超常能力という空想はマイノリティという過程を経てマジョリティ……つまりは、普遍的なものへと昇華していた。それが、今この世界で“個性”と呼ばれているものである。
その“個性”を知らないとは、いよいよ宇宙人だというカービィの発言が現実味を帯びてきた。13号は改めて、自分が未知の存在と遭遇しているかもしれないという可能性に背筋を震わせながらも、教育者としての役割を遂行しようとする。
「君はさっき、ビームを撃っていたよね。そういう特殊な能力のことを、この星では“個性”っていうんだよ。
“個性”は普通、公共の場所では使うことを許されていないんだ。“個性”を使いたいんだったら、特別な免許や許可を取って、使ってもいいよ、って認めてもらわなくちゃいけないんだよ」
「それが、この星のルール?」
「そうだよ。わかったかい?」
「うん、わかった。ごめんなさい」
まるで幼子を相手しているかのようだ、と13号は思った。このカービィという人物、本当に宇宙人なのかどうかという話はこの際置いておいて、話してみた限りは、「聞き分けのいい世間知らずの幼い子供」という印象を強く受ける。自分のしたことが悪いことなのだと理解すれば、こうして素直に謝るような所なんてまさにそれだ。
普段は高校生(それも国内最高峰の)を相手に教鞭を取る13号にとって、小学生かそれより幼く思えるカービィとの会話はなんだか新鮮なものに感じた。
かといって、いや、だからこそ、このまま彼を放置しておくわけにはいかない。カービィの戦闘力は、その愛らしい見かけによらず高い。それは先程の戦いを見ていれば明らかな話だ。底が見えない未知数な能力もそうだが、それ以上に、彼の動きはまるで戦い慣れしている者のそれのようにしか見えなかった。
もしも、彼が
そこまで考えて、13号はある決心をした。
カービィが宇宙人かどうかは、この際二の次で構わない。本当に彼が宇宙人だった場合、新発見どころの騒ぎではないが、今気にするべきことではない。
今重要なのは、カービィが高い戦闘力を持っていて、なおかつこの世界に対してあまりにも無知であるということだ。
「カービィ、少し僕に着いてきてほしいんだけど……いいかな?」
「うん、いいよ。えーっと……」
何かが頭に引っかかっているのか、言葉の途中で言い淀むカービィ。どうしたのか、という思考が13号の脳裏に溜まる、その前に、そういえば自己紹介をしていなかったな、という考えが彼女の頭を過った。カービィは、彼女をどう呼べば分からなくて詰まってしまったのだろう。
「ごめんね、まだ名前も教えてなかったね。僕はスペースヒーロー、13号だよ」
「13号? ロボットみたいな名前だね」
「ヒーローとして活動する時の名前さ。本名は黒瀬亜南。13号でも黒瀬でも亜南でも、君の呼びやすい名前で呼んでくれ」
「んー、ロボットみたいだけど、なんかカッコイイから、13号って呼ぶね!」
自分のヒーローネームを素直にまっすぐと褒められて、13号はなんだか少し照れ臭く思った。
雄英高校の校長室。諸々の報告を終えて雄英高校に戻ってきた13号は現在、腕に羅針盤を持ったカービィを抱えた状態でこの部屋を訪れていた。雄英高校の校長であり、「ハイスペック」という人間以上の頭脳という“個性”を発現させた動物である根津に、カービィの件を相談するためだ。
根津は興味深そうに13号の腕に大人しく収まっているカービィと、13号とカービィの隣でリュックサックを乗せながらぷかぷかと浮かぶワープスターに交互に視線を向ける。事のあらましを13号から聞いた根津は、ふむ、と考えるような素振りを見せた。
「……そうして、この子を保護した、と」
「はい。警察に預けることも一応考えたのですが、この子は大型敵を単騎で真正面から無力化出来る強力な“個性”を持っているようですので、まずは校長に相談しようかと……」
「ふむ……カービィ君、と言ったね。君は自分が宇宙人だと名乗っているようだけれど、何かそれを証明できるようなものはあるかい?」
「うーんとね、ちょっと待っててね」
カービィはおもむろに羅針盤の蓋を懐中時計のようにぱかり、と開くと、何やらカチャカチャと操作する。何をしているのだろう、と13号と根津が首を傾げていると、やがて、羅針盤の蓋が発光し、空間ディスプレイが現れた。更にカービィが何やら操作を続けると、空間ディスプレイに何かが表示された。
映し出されたのは、ナイトキャップにパジャマらしきものを身に着けた……水色のペンギンのような何かだった。黄色いクチバシのペンギンのような何かは眠っていた所を叩き起こされでもしたのだろうか、睡たげに目を擦っている。そんなペンギンのような何かに、カービィは片手を上げていつものように挨拶をした。
「やっほーデデデ!」
『やっほー……じゃねーよ! 今何時だと思ってるんだ!』
「こっちは夕方くらいだけど」
『星間時差を考えろ星間時差を! こっちは深夜だぞ! 何のためにプププランドの時刻を表示するようにその羅針盤を改造してやったと思って……』
「あ、ごめん、忘れてた。でもさぁ、目ぼしい星に着いたらなるべく早めに連絡しろって言ったのはデデデの方じゃん」
『それはお前に定期連絡なんて概念がねーからだろうがこのピンクボールが!』
「なんだとこのくちびるペンギン!」
いつの間にやら、カービィは羅針盤片手に、空間ディスプレイに映し出された相手と口喧嘩を始めてしまった。オロオロと困惑する13号をフォローするかのように、根津が分かりやすく「ゴホンっ!」と咳払いをする。
「失礼、カービィ君。色々と聞きたいことはあるけれど、まずは君が今話している人を、僕らに紹介してほしいのさ」
「あ、ごめんなさーい」
カービィはくるり、と羅針盤を根津の方へと向けた。羅針盤と共に空間ディスプレイも動き、根津はペンギンのような何かとディスプレイ越しに顔を合わせる形となった。
「紹介するね。ボクの友達のデデデ!」
『オレ様はプププランドの大王、デデデだ。一応言っとくと、このピンクボールとは友達じゃなくてライバルだからな!』
「素直じゃないなぁ」
『んだとこの』
「はいはい、喧嘩は取り敢えず後にしてほしいのさ!」
『……すまん』
またしてもカービィとペンギンらしき何か……もとい、デデデが口喧嘩を始めてしまいそうな所を、根津がなんとか諌める。この2人、どうやら気を抜くとすぐにケンカを始めてしまうらしい。ケンカ友達というやつだろうか。
「この羅針盤ねー、どんなに離れててもポップスターと通信できるようにデデデが改造してくれたんだ。凄いでしょ!」
『改造っつっても、外装を取り付けただけで、羅針盤本体にはノータッチなんだけどな』
「これでボクが宇宙から来たってこと、信じてもらえる?」
正直な所、根津は13号から詳しい報告を聞いた時点で、カービィが宇宙人だということを信じていた。
幼さは感じられながらも、彼の言葉の全てを妄言だと片付けるにはハッキリとした受け答え、“個性”やヒーローのことを何も知らない世間知らずさ、そして、“個性”という何でもありな力が世の中に溢れている以上、宇宙人が存在していることが何もおかしなことではないという現実。
その全てを加味した上で思考を回した結果、根津はカービィが宇宙人であることを信じた。それだけである。ただ、その全てが状況証拠でしかなかったがゆえに、何か決定的な証拠がないか、と問いかけただけだ。
そうしてカービィから提示された証拠……羅針盤を使った通信が、状況証拠を確定的な証拠に押し上げた。空間ディスプレイの技術はこの世界にも存在するが、彼が持つそれはあまりにも小型で、この世界では個人で所有できるようなものではない。
「それで、カービィ君。君は友達を探して旅をしているんだってね。さっき、この星のことを目ぼしい星って言っていたけれど、それは君の友達がこの星に居るかもしれない、ということなのかな?」
「凄い! よく分かったね!」
カービィは真っ直ぐな称賛と共に、針が振れて止まらない羅針盤を指した。
「こんな反応、他の星では見せたことがないんだ。だから、友達がこの星に居るかもしれない。暫くこの星に留まって探したいんだけど……」
「その羅針盤で友達の詳しい居場所は分からないのかい?」
「んー、多分、反応が大きすぎて星全体を指しちゃってるんだと思う」
13号の素朴な疑問にカービィが答えている間にも、根津は思考を回し続けていた。
そして、一つの結論を出す。
「ふむ……それなら、僕にいい考えがあるのさ!」