彼女はすごく、いい匂いがする  ~「匂い」をテーマとした、ウマ娘の掌編連作~   作:木下望太郎

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3話  彼女に似合う家庭料理  ――ナイスネイチャの匂い――

 

 びし、とナイスネイチャを指差した。

「肉じゃがの匂いがする」

 そう言った、彼女の担当トレーナーは。練習前、トレーナー室で。

 

「へっ? お、おう」

 ナイスネイチャは目を見開き、困惑したように後ずさった。両手を腰の後ろに回したまま。

 

 昨日の飲み会での話題について説明した後、トレーナーはまた彼女を指差した。

「で、ネイチャは肉じゃがの匂いがする、今! だからウマ娘からいい匂いがする、っていうのはホントなんだね! さすがマルゼンスキー担当、先輩の感覚は鋭さヤバいなあ!」

 

 曇りなく笑うトレーナーを前に、ネイチャの頬がわずかに引きつる。

「変態ですか皆さん、揃いも揃って話題がそれって」

 

 トレーナーは腕を組み、何度も深くうなずく。

「変態でもいい……たくましく育ってほしい」

 

「いやダメでしょ、変態の時点で」

 ネイチャは右手をツッコミに繰り出したが、左手は腰の後ろに回したままだった。

 

 トレーナーは首をかしげる。

「でも考えてみなよ。変態だけど優秀なトレーナーと、変態でしかも優秀じゃないトレーナー……どっちに指導してほしい?」

 

「いや、変態じゃないトレーナー呼んできてよ!?」

 今度は左手をツッコミに繰り出したが。右手はその前に背後へ回されていた。まるで左手に持っていたものを受け取るみたいに。

 

「さっきから思ってたけどそれ、後ろに何持ってんの?」

 トレーナーが背後に回る。

 

「へやっ!?」

 尻尾を逆立ててネイチャが身をよじらせ、背後に持っていたものを隠そうとするが。結局トレーナーはそれを目にする。巾着袋に入った、大き目の弁当箱くらいの何か。

 

「あ~、これは、その……」

 ネイチャは視線をそらしながら、おずおずと袋から中身を取り出す。

大振りなタッパーにいっぱいのそれは、肉じゃが。

 

 彼女は視線を泳がせつつ、引きつった顔で無理に笑った。

「その~……家で? アタシが、作ったんだけど……作りすぎちゃったの☆ てへ☆  みたい、な……? だから、良かったら――」

 

 ぱ、と花が咲くようにトレーナーは笑う。

「え! いいの!? ありがとう、いただきます!」

 いそいそと棚から紙皿と割りばしを持ち出し、タッパーからいくらかを取った。

 大きく開けた口にそれを運び、ゆっくりと噛み締める。

 

「う……美味い! 美味いなこれ、スゴいなネイチャは!」

 

 ネイチャは目を見開き、トレーナーの顔を見たが。すぐに視線をそらせ、緩みかけた表情を引き締めた。無表情を装うかのように。

「そ、そう? あ~そりゃ良かった、変なもの食べさせなくてネイチャさんも一安心だわ~」

 片手をうちわのようにうごかし、若干赤らんだ顔に風を送る。

 

 トレーナーはなおも皿からかき込む。

「美味いなあ! いや~男子はなんだかんだ言って好きだもんな肉じゃが! 恋人に作ってほしい手料理と言えば肉じゃが! このしっかりとしたダシと、ほどよい甘味が染み込んだほくほくのじゃがいも……これなら毎日でも食べたいなあ!」

 

「な……っ」

 絶句するナイスネイチャの、顔がたちまち――それまでよりも、いっそう――赤らむ。

「そ……それってあのっ、やだなーまるでアレじゃん、『君の作ったみそ汁を毎日飲みたい』とかいう(いにしえ)の時代の常套句(じょうとうく)、プっ、プププ、プロポーズみたいな――」

 

「こうしちゃいられない!」

 タッパーを手に、トレーナーは突如駆け出す。

「こんな美味い肉じゃが初めてだよ、料理上手なマルゼンスキーもビックリするよ!  おれ一人食べたんじゃもったいない、先輩とマルゼンスキーにも食べてもらおう!」

 

「え? なっ、えっ、ちょっ待」

 

 目を見開いて固まるネイチャをよそに、トレーナーは廊下を走ってゆく。

「せんぱあああい! マルゼンスキー! 皆あああ! 聞いて聞いて、スゴいからあああ! うちの学園に家庭料理の革命児が誕生しましたああああ!」

 

「ちょっあっなっ、え、え? ま……待てええぇぇぇ!!」

 最高に引きつった顔で、追って駆けるナイスネイチャ。

 

「この……クソボケがあぁぁ!」

 思い切りはたく音が、廊下で盛大にこだました。

 

 

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