彼女はすごく、いい匂いがする ~「匂い」をテーマとした、ウマ娘の掌編連作~ 作:木下望太郎
びし、とナイスネイチャを指差した。
「肉じゃがの匂いがする」
そう言った、彼女の担当トレーナーは。練習前、トレーナー室で。
「へっ? お、おう」
ナイスネイチャは目を見開き、困惑したように後ずさった。両手を腰の後ろに回したまま。
昨日の飲み会での話題について説明した後、トレーナーはまた彼女を指差した。
「で、ネイチャは肉じゃがの匂いがする、今! だからウマ娘からいい匂いがする、っていうのはホントなんだね! さすがマルゼンスキー担当、先輩の感覚は鋭さヤバいなあ!」
曇りなく笑うトレーナーを前に、ネイチャの頬がわずかに引きつる。
「変態ですか皆さん、揃いも揃って話題がそれって」
トレーナーは腕を組み、何度も深くうなずく。
「変態でもいい……たくましく育ってほしい」
「いやダメでしょ、変態の時点で」
ネイチャは右手をツッコミに繰り出したが、左手は腰の後ろに回したままだった。
トレーナーは首をかしげる。
「でも考えてみなよ。変態だけど優秀なトレーナーと、変態でしかも優秀じゃないトレーナー……どっちに指導してほしい?」
「いや、変態じゃないトレーナー呼んできてよ!?」
今度は左手をツッコミに繰り出したが。右手はその前に背後へ回されていた。まるで左手に持っていたものを受け取るみたいに。
「さっきから思ってたけどそれ、後ろに何持ってんの?」
トレーナーが背後に回る。
「へやっ!?」
尻尾を逆立ててネイチャが身をよじらせ、背後に持っていたものを隠そうとするが。結局トレーナーはそれを目にする。巾着袋に入った、大き目の弁当箱くらいの何か。
「あ~、これは、その……」
ネイチャは視線をそらしながら、おずおずと袋から中身を取り出す。
大振りなタッパーにいっぱいのそれは、肉じゃが。
彼女は視線を泳がせつつ、引きつった顔で無理に笑った。
「その~……家で? アタシが、作ったんだけど……作りすぎちゃったの☆ てへ☆ みたい、な……? だから、良かったら――」
ぱ、と花が咲くようにトレーナーは笑う。
「え! いいの!? ありがとう、いただきます!」
いそいそと棚から紙皿と割りばしを持ち出し、タッパーからいくらかを取った。
大きく開けた口にそれを運び、ゆっくりと噛み締める。
「う……美味い! 美味いなこれ、スゴいなネイチャは!」
ネイチャは目を見開き、トレーナーの顔を見たが。すぐに視線をそらせ、緩みかけた表情を引き締めた。無表情を装うかのように。
「そ、そう? あ~そりゃ良かった、変なもの食べさせなくてネイチャさんも一安心だわ~」
片手をうちわのようにうごかし、若干赤らんだ顔に風を送る。
トレーナーはなおも皿からかき込む。
「美味いなあ! いや~男子はなんだかんだ言って好きだもんな肉じゃが! 恋人に作ってほしい手料理と言えば肉じゃが! このしっかりとしたダシと、ほどよい甘味が染み込んだほくほくのじゃがいも……これなら毎日でも食べたいなあ!」
「な……っ」
絶句するナイスネイチャの、顔がたちまち――それまでよりも、いっそう――赤らむ。
「そ……それってあのっ、やだなーまるでアレじゃん、『君の作ったみそ汁を毎日飲みたい』とかいう
「こうしちゃいられない!」
タッパーを手に、トレーナーは突如駆け出す。
「こんな美味い肉じゃが初めてだよ、料理上手なマルゼンスキーもビックリするよ! おれ一人食べたんじゃもったいない、先輩とマルゼンスキーにも食べてもらおう!」
「え? なっ、えっ、ちょっ待」
目を見開いて固まるネイチャをよそに、トレーナーは廊下を走ってゆく。
「せんぱあああい! マルゼンスキー! 皆あああ! 聞いて聞いて、スゴいからあああ! うちの学園に家庭料理の革命児が誕生しましたああああ!」
「ちょっあっなっ、え、え? ま……待てええぇぇぇ!!」
最高に引きつった顔で、追って駆けるナイスネイチャ。
「この……クソボケがあぁぁ!」
思い切りはたく音が、廊下で盛大にこだました。