彼女はすごく、いい匂いがする  ~「匂い」をテーマとした、ウマ娘の掌編連作~   作:木下望太郎

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5話  微妙なお年頃(トレーナーの方が)  ――オグリキャップの匂い――

 

 別に昨日の飲み会の話題を、気にしたつもりはないけれど。

 北原は無意識にか、鼻を動かしていた。練習中、ジャージ姿のオグリキャップのそばで。

 

 ――土と、しょうゆの匂いがする。

 

「? どうかしたか、キタハラ?」

 オグリキャップは澄んだ目を瞬かせる。

 

「へ!? いやあ別に、なんでも!」

 分かりやすく顔を引きつらせ、北原は身を引いたが。

 

 オグリは――表情の少ない彼女にしては珍しく――ほほ笑んだ。

「聞いてるぞ、ウマ娘の匂いがどうとかって、昨日話題になったんだろう」

 小さく頭を下げる。

「すまない、私は多分いい匂いはしないな。匂ったとして、土と汗のすえたにおいだろうな」

 

「へ……」

 視線をそらして、北原は帽子のつばに手をかける。

 

 ――何言ってるんだオグリ、いい匂いだよお前は。努力する奴の匂いと、皆大好きな匂いがするさ。土と、しょうゆの匂いが――

 

 そう言ってやりたかったが。口は上手く動かず、もたもたと声を発するに留まった。

「あー……オグリ? そんなお前、卑下することはなくてだな……あぁ卑下するって分かるか、つまり自分を変に下に――」

 

 言葉が終わらぬ間に、ベルノライトが資料の束を手に駆けてきた。

「オグリちゃん! 聞いて聞いて、今度のレースの参考になりそうな資料がこんなに――」

 

 ぱくぱくと口を空振りさせた北原を目にして、ベルノが言う。

「あっ、ごめんなさい横から急に、お話の途中でしたら――」

 

 その言葉の正に途中で、オグリはベルノに覆いかぶさった。

 

「ひゃっ!?」

 身を震わせるベルノをよそに、オグリは鼻をうごめかせた。

「なるほど……ウマ娘はいい匂いがする、っていうのは本当だな。ベルノは、たんぽぽの匂いがする」

 

 辛抱強く地中深くに根を伸ばし、小さな小さな花を咲かす。それでも、春を象徴するような明るい花を。

 なるほど、たんぽぽなら。ずっとオグリに寄り添った、その活躍を支えたベルノにふさわしい。

 そんな風に思い、北原は笑顔でうなずいたが。

 

 オグリはなおも貪欲に鼻を動かす。

「匂いがする……たんぽぽの匂い。刺身の上に乗ってるあの匂い」

 

「それ食用菊だよ!?」

 身を震わせて、ベルノはオグリを振るい落とす。

 

 オグリが悲しげに眉の端を下げた。

「そう、なのか? でも私は好きだぞこの匂い、ご飯何杯でもこれでいける」

 お腹を鳴らすと、きびすを返した。

「小腹がすいたな……ちょっと白ご飯のパック買ってくる、丼五杯分ほど」

 

「正直嫌だよ私の匂いでご飯かき込む親友とか!?」

 

 ベルノの声を気にした風もなく、オグリは言う。

「本当にいい匂いがするんだ、あのたんぽぽの香りと。脂の乗ったブリ……中トロ……サーモン……いい……」

 じゅるり、と唾の音を立てる。

 

「それ、生魚のにおいがするってこと私!? 殴っていいかなあ!? ねえ殴っていいかなあグーで!?」

 購買部の方へ走るオグリと、顔を引きつらせて追うベルノ。

 

 北原は肩を落とし、息をついた。

「何だかなあ……オレ」

 

「よ」

 その傍らへ。六平(むさか)が杖を片手に姿を見せた。

 

「ろっぺいさん。何だか……上手くやれてませんよね、オレ」

 

 六平は口の端を持ち上げて笑う。

「そう思えるんなら上々よ。ソクラテス言うところの無知の知、ってやつだな」

 

「いや、何なんですそれ」

 

 そうこうするうち、温めた白米パックを大量に抱えたオグリと、その背をぶつベルノが戻った。

「ろっぺいも来てくれたのか。……ん?」

 

 不意にオグリが眉根を寄せ、北原と六平に顔を近づける。鼻を動かし、息を吸った。

「おんなじにおいがする、キタハラとろっぺい。やっぱり叔父と甥なんだな」

 

 そう言ってほほ笑み、座り込んでご飯をかき込み出す。

 

「同じ、におい? それって――」

 

 つぶやく北原の肩を、六平は静かに叩いた。

「加齢臭」

 

「……え?」

 

 大きく口を開ける北原へ、六平は静かに告げた。

「年取ると誰でも出るにおいだ、男はな。何、やりようもなくはねえ。後頭部、特に耳の後ろをよく洗ってだな、シャンプーは炭成分入りのやつを薦める。ボディソープは柿渋入りのもいいな、特にオススメは――」

 

「え? 加齢臭……え? いや、オレ……そんな、歳……?」

 呆然と目を瞬かせる北原。

 

 オグリは六平の横でまた鼻を動かす。

「でも、六平のにおいは何か違うな……なんていうか、深い匂いがする。もっと嗅いでいたい匂いだ」

 

 六平は胸ポケットから香水の瓶を出してみせた。

「紳士だからな。今日はムスクの香りで決めてみた」

 

 北原はその肩をつかんだ。

「ちょ! それ、それオレにも教えて下さいよ!」

 

 六平はそっぽを向いてみせた。

「嫌だね。叔父と甥で同じ香水とかどうだよ」

 

「えーー!?」

 

 声を上げる北原の横で、オグリはご飯をかき込んだ。

「うまい! うまいぞ!」

 

 ベルノが悲鳴のような声を上げる。

「だから! 私の匂いきっかけに白ご飯かき込むのやめてーー!?」

 

 ふ、とオグリは笑った。

「安心してくれ」

 ポケットからしょうゆを取り出し、ご飯へと垂らした。

「こんなこともあろうかと持ち歩いているんだ。これで白ご飯じゃあなくなるんだ、味わいが深まるんだ」

 

「そういう問題じゃないからー!!?」

 

 ベルノの悲鳴をよそに、オグリはひたすらしょうゆご飯をかき込む。

 

 

 




 ここまでで完結の予定でしたが、しばらく時間を開けて続ける……かも?
 キング、クリーク、タマ辺りを予定(変更あるかもしれません)。
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