彼女はすごく、いい匂いがする ~「匂い」をテーマとした、ウマ娘の掌編連作~ 作:木下望太郎
――タマモクロスはお好み焼きソースの匂いがする、きっとそうだ。もしくはタコ焼きソースの。
間違いない、かいでみたことはないけれど――。
私――タマモクロス担当、
そして同時に。NO! と言ってやりたかった。
――タマちゃん? 私ね、思うんだ。アスリートとしてのタマちゃんはスゴいしカッコいい、そうなんだけど……女の子としても、幸せになってほしいんだ。
親しみやすい関西キャラもいい、いいとは思うんだけど……それだけじゃなく、キレイな女の子にもなってほしい。
だから! ババン(効果音)! タマちゃんはお好み焼きソースの匂いなんてしない! させない!
今日の
まあ私自身、指導できるほどキレイかと聞かれたら「すいません」と即座に謝るしかできないワケだけど……やってみせる、できる限り! 全身全霊……自分なりに手の届く範囲で前向きに善処してみせる――!
ともかくそういう感じで、タマちゃんと冬の街を歩く。今日の予定は二人で服を買って、街をぶらぶらした後に食材を買って帰り、我が家でピザパーティー。そんな
「おっ、ここや、ここ」
ネットや雑誌で評判のいい服屋の方へ、私は歩いていたつもりだが。その途中、タマちゃんが足を止めたのは別の店だった。
作業服専門店『ワーカーマン』。
「え? ちょっ、タマちゃん。さすがに女の子が買い物するのはギャグにしても――」
こわばった顔で笑う私に構うことなく。タマちゃんはにこやかに笑い、迷い無く店内へ歩を進める。
「いやいや、エエねんてこういうトコが逆に。ウチらみたいに外で体動かすモンにはな」
十分後。
私は店内で防風極暖ジャンパーを羽織ってみて、感動に包まれていた。
「ちょっ……! 何これ超絶あったかい……いや、ちょ、何これ……!」
得意げにタマちゃんがうなずく。
「せやろ? しかもあったかいだけじゃないねん、風を通さんのがミソなんや。冬場はオシャレ系よりスポーツ系、スポーツ系よりガテン系ファッションのがマストやねんなー。普段使いだけやのうてウィンタースポーツにもオススメやで。んで、はいこれ」
彼女が手渡してきたのは、支払いを済ませて包装された品物。包みを開くと、中から出てきたのは。超ヒート素材の
鼻の下をこすり、照れたようにタマちゃんが目をそらす。
「コミちゃんにはいっつも世話になっとるさかいな。ウチからの、クリスマスプレゼントや。風邪、ひかんようにな」
「タマちゃん……!」
私は、音を立てて包みを抱き締めていた。
ワーカーマンで二人とも色々買った後、街をぶらついて買い物する。
「へー、百均で加湿器なんて売ってるんだー」
「三百円でUSBケーブル別売りやけどな」
「でも割とカワイイ」
「大判焼き……うま……っ」
「なー、冬はなー、つぶあんのあったかいんがエエねんなー」
「ホームセンターがこんなに楽しいなんて……」
「なんかなー、よう分からん機材とか木材とかズラッと並んでんのついつい見てまううよなー」
「向こうの婦人服屋! バーゲンやってんで!」
「走れっっ!」
……いや。いやいやいや、違う。予定と全然違う。
いいや、まだだ。ここからが私のターン! この後の女子会で取り戻してみせる……! 思い知るがいい私の女子力を!
そんな風に思いながら、バーゲンでの戦利品――勢いで買ったヒョウ柄のシャツ――を握り締める。
まずはスーパーで食材の買出し。ピザを生地から作る時間は――上手くできる自信も――ないので、市販の生地を買って好きな具材やチーズを載せ、オーブンで焼く。
そう、デキる女子の家にはオーブンレンジがあるのだ。トーストを焼く以外は電子レンジとしてしか使ったことないけど。
店内をぶらつきながらタマちゃんが言う。
「せやなーどんな味がエエかなー。ここは定番のブタ玉か、あえてマニアックにモツ玉か――」
それをあえて無視し、私は足早に買い物カートを押していく。
「ちょ、そこは『いや、お好み焼きかーい!』ってツッコむところやろ!」
私は歯を食いしばってタマちゃんの声を無視する。
ごめん、タマちゃん。これ以上タマちゃんのペースには、関西ノリには乗せられない……! これも全てあなたのためなの……!
その後は――お好みソースのコーナーに近寄らないよう気をつけながら――、二人でひたすら買い物かごに具材を入れていく。トマト、パプリカ、サラミ、ピザソース、ブロックベーコン、冒険してチャーシュー、あえてしらす、シーフード類、よく知らない種類のチーズ各種……生地も何枚かあるので色々なピザが焼けそうだ。
レジに向かおうとしたとき、タマちゃんが不意にお菓子の棚へ手を伸ばした。
「そや、これもついでに」
彼女がかごに入れようとした飴の大袋へと手を伸ばし、私は反射的に押し留めていた。
それは……アメちゃん! 関西のオバちゃんがポケットに常備し、ことあるごとに手渡してくるといわれる関西アイテム! 今それをタマちゃんに許すわけにはいかない!
彼女はけげんそうに目を瞬かせたが、笑って息をついた。
「練習中の糖分補給用のがなくなったんで、買い足そう思たけど……せやな、今日はオシャレな女子会やからな。練習のことなんか持ち込むんは不粋っちゅうもんやったな」
「タマちゃん……!」
今日私のやってきたことはムダじゃなかった。思わず目が熱くなる。
心の中の
私のマンションに着き、部屋に荷物を下ろす。部屋の中は事前にマルゼンスキー流片付け術(とりあえず全て押し入れにぶち込む)を駆使してキレイにしてあるので抜かりはない。心の中の
タマちゃんは買い忘れたものがあるとかで、近所のコンビニに寄ると言っていたが。私はその間にオーブンを温めておく。オーブンは電子レンジみたいにすぐに使えるわけではなく、予熱を与えておかないといけないのだ。以前冷凍ピザを焼こうとしたときに学習済みだ。
そうするうちにタマちゃんもやってきた。
「邪魔するでー」
そう言って入ってくる彼女に、普段なら『邪魔すんなら帰ってー』『あいよー、ってなんでやねん!』というやり取りをするところだが。女子会に関西ノリ不要……! あえてスルーした。心の中の
とにもかくにも、二人で具材を切って、生地へ思い思いに載せていく。チーズを散らしてピザソースをかけて、温まったオーブンに入れて焼き始める。
「ありがとな、コミちゃん」
焼き上がりを待つ間、紅茶のカップを手にタマちゃんがつぶやく。
「楽しかったわ、今日。たまにはエエな、競技のこともうちのチビどもの世話も忘れて、ぶらぶらすんのも」
「タマちゃん……」
良かった。本当に、私はそう思った。トレーナーとしてでなく、彼女の友達として。
心の中の
そうこうするうちオーブンの電子音が鳴り、焼き上がりを知らせる。
腰を上げようとした私を制し、タマちゃんが立ち上がる。
「エエで、ウチが持ってくるさかい座っとき」
私は息をついた。
良かった、今日は本当に。最終的には
さて、食事が終わったら私直伝オトナのメイク講座でも開催しようか――そう思っていると、彼女がお盆に載せたピザを運んできた。
「お待っとさん! エエ感じに焼けてんで~!」
大皿のピザは上手い具合にチーズがとろけ、市販のものに見劣りしないできばえだったが。
なぜか、そのお盆には。ピザだけでなくサラダ、そしてご飯と、みそ汁の椀が載っていた。
「な……っ!?」
バカな。なぜご飯、ピザがあるのにご飯――コンビニで買ってきたのはこれか――。いや、これは。炭水化物に炭水化物を重ねるこのスタイルは。
関西名物、お好み焼き定食……! そのピザ版……だと!!?
絶句する私をよそに、タマちゃんはテーブルにお盆を置く。
「美味そうやなー、ほな早速」
手早くピザを切り分けていく。まず縦にいくつか切れ目を入れ、そして直角に、横にいくつも切れ目を入れた。
「が……っ!?」
これは。ピザの切り方じゃない、これは――四角く切っていく
関西風、お好み焼きの切り分け方……だと!!?
「あ……あぁあ、あ……」
ガタガタと震える私を気にした風もなく、タマちゃんは笑って手を合わせる。
「さ、いただきまーす! せや、二枚目はどんなピザ焼く?」
タマちゃんは。私の思惑を遥かに越えていた。
タマモクロスは、お好み焼きソースの匂いがするウマ娘だ、その魂から。
「ふ……ふふ、あはははは……」
私は力なく笑い、ふらふらとキッチンへ歩く。二枚目のピザ生地と、冷蔵庫の奥深く隠しておいたお好みソースを手に取る。
「あはは……さぁタマちゃん、二枚目はブタ玉!? それともマニアックにモツ玉がいいかしら!? 焼きそばとか載せてもいいかもね!?」
「ちょ、どないしたんやコミちゃん!?」
「ははは……あはははは!」
「待って、ホンマに待てぇや!?」
お好みソースを力の限り搾り出そうとする私と、必死に取り押さえようとするタマちゃん。
ひと
そんなにソースものが食べたいならと彼女が言い出し、一緒にタコ焼きを買いに出た。
タコ焼きを提げて歩きつつ、二人の息が白く上がる。
「タマちゃん」
「ん?」
「ごめんね」
「いや、エエけど」
二人の息が白く上がる。パックの中のタコ焼きも、白く湯気を上げていた。
タコ焼きは、ソースの匂いは。いい匂いだ。
だからタマちゃんはいい匂いだ。そのままで。
部屋に戻り、ピザやご飯の載ったテーブルにタコ焼きを加え、一緒に食べる。
カツオ節と青のり、濃厚なソースが香ばしいタコ焼きも、トマトとチーズがハーモニーを奏でるピザも、それぞれに美味しかった。あとご飯やみそ汁も。
「美味しいね」
「なー、美味いなー」
「またやろうね」
「せやな!」
「次はタコ焼きパーティーにしようか、タマちゃんちからタコ焼き器借りて」
「いや、関西人やからって皆タコ焼き器持っとるワケやないからな?」
二枚目のピザを焼き始める。
チーズとソースと何やかやと、混じり合った匂いが部屋に立ち込めて。
私たちはきっと、同じ匂いになって笑った。二人とも、青のりを歯にくっつけたまま。