「真実」の歩み   作:ライダー☆

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第二十二話 詰み

 紅き鎧が、月光を纏って立ち上がる。

 ロームの戦意が、夜気を震わせた。先ほどまでの余裕の仮面は完全に剥ぎ取られ、その下から剥き出しになったのは、純粋な闘争の意志だった。三千年を生きた女神族の、積み重ねた憎悪と誇りとが溶け合った、燃えるような敵意だった。

 

「……いいだろう。」

 

 ロームは立ち上がった。膝の泥を払い、首を鳴らし、両手を広げる。その指先から、白銀の魔力光が滲み出す。先ほどとは桁が違う。領域を広げるように、支配権の魔力が夜の空気を侵食し始めた。シエルでさえ、その圧が皮膚を押す感覚を覚えた。

 

「死に損ないが一度奇跡を起こしたからといって、調子に乗るなよ。ガラン。今度は範囲を最大まで広げてやる。お前の力を、文字通り塵の一粒まで根こそぎ吸い上げてやろう。」

 

 支配権(ザ・マスター)——その真価が、ここで初めて解き放たれた。

 

 半径三十メートルから、五十メートルへ。そして七十メートルへ。膨張する支配の領域が、夜気に溶け込むように広がっていく。目には見えない。しかし確実に、その範囲に踏み込んだ存在のあらゆる力が、砂時計の砂のように零れ落ちていく。

 ガランの魔力が、下がり始めた。

 少なくとも、そう見えた。

 

「そうだ。感じるだろう。お前の力が削れていく感覚が。…今度こそ完全に零にしてから聖櫃で消す。十戒だろうが何だろうが、力のない存在に意味はない。」

 

 ロームが踏み込んだ。拳に支配の魔力を纏わせ、一直線に迫る。その一撃は先ほどの比ではない。支配権によって弱体化した相手に叩き込む、必殺の一撃のつもりだった。

 だが。

 拳は、空を切った。

 

「……?」

 

 確かに見えていた。ガランの巨体が、その場に立っていた。それなのに、拳は何も捉えていない。空気だけが揺れた。残像のような熱だけが、指先に微かに残っていた。

 次の瞬間、背後から衝撃が来た。

 

「ぐっ……!」

 

 双刃槍の柄による打撃。骨が軋み、肺から空気が漏れる。ロームは前方へと弾き飛ばされ、体勢を崩しながらも振り返る。

 ガランは、すでに支配権の範囲外に立っていた。

 

「……何、をした。」

 

 ロームの声が、初めて低く揺れた。

 

「お主の支配権、儂との先の戦いで大体の範囲は掴めておったわい。」

 

 ガランが静かに言った。その声音には、戦闘の興奮も余裕の演技もなかった。ただ、事実を述べる声だった。

 

「攻撃する刹那のみ、お主の元へ近づく。それ以外は常に範囲の外じゃ。……見えておったじゃろう?儂の姿が範囲の中に。」

 

 ロームの脳裏で、先ほどの光景が巻き戻る。確かに見えていた。あの巨体が、支配権の範囲内に留まっているように見えていた。しかし実際には——。

 

「残像……!お前の速度で範囲の内外を往復し、視覚を欺いていたというのか……!」

「往復というほど大袈裟なものでもない。攻撃の一瞬のみ踏み込み、すぐさま離脱する。それを繰り返しておっただけじゃ。」

 

 言葉は簡潔だった。しかしその実、それがどれほど精緻な身体制御と、どれほど鋭敏な空間把握を必要とするかを、ロームは誰よりも理解していた。支配権の範囲は目に見えない。その不可視の境界線を正確に感知し、瞬時に内外を切り替える——それは理屈で説明できても、実行できる存在がどれほどいるか。

 

「ふざけるな……!」

 

 ロームは魔力を爆発させた。支配権の密度を極限まで高め、範囲内の空気そのものを支配の刃へと変える。見えない壁が四方から迫り、踏み込む隙間を消そうとする。

 だがガランは止まらない。

 超高速の踏み込みが夜気を割く。残像だけを残し、支配権の境界を瞬きの間に突き抜けて、槍の一閃がロームの脇腹を薙ぐ。衝撃が骨を揺らし、血が飛ぶ。ロームが体勢を立て直す間もなく、ガランはすでに範囲外へと退いていた。

 

「あ、有り得ない……!支配権の中では、どんな存在も力を落とす……!なのになぜ、お前だけが……!」

「落ちておるよ。儂の力も、確かに落ちておる。」

 

 ガランが静かに答えた。

 

「じゃが、落ちた力でもお主には十分。それだけのことよ。」

 

 その一言が、ロームの胸に深く刺さった。力が落ちてもなお届く——それはつまり、最初から埋めようのない格差があったということだ。支配権は確かに機能している。しかし機能した上で、なお足りていない。

 ロームは歯を噛んだ。額に脂汗が滲む。

 

(……認めたくないが、これ以上の消耗は拙い。策を変える!)

 

 次の瞬間、ロームの両手に白光が集まった。しかし今度は聖櫃の収束とは異なる。もっと拡散的な、眩い閃光が周囲全体へと解き放たれた。

 ——光の目くらまし。

 聖櫃の応用による光爆。夜の暗闇を昼よりも白く塗り替える強烈な輝きが、視界のすべてを奪い去った。シエルが思わず目を庇い、ガランが微かに動きを止めた——その刹那を、ロームは逃さなかった。

 

「シエル……!」

 

 踏み込む方向は、ガランではなかった。光の中、ロームは脇目も振らずシエルへと向かった。ガランが届く前に、あの娘の首を折る。それだけでいい。それだけで、この男の動きを乱せる——そう直感していた。

 シエルには見えなかった。光で目が焼け、音しか聞こえなかった。足音が近づく。速い。速すぎる。

 

「お前からだ…!」

 

 ——終わる。

 そう思った瞬間だった。

 地が、鳴った。

 轟音とともに、城壁が砕け散った。崩れ落ちる石塊の向こうから、夜の闇を引き裂くように、巨大な蔓が噴き出した。

 それは一本ではなかった。十本、二十本——大蛇の群れのように、うねり、絡み合い、ロームの全身を余すところなく包囲した。石造りの壁すら砕いた鋼線のような蔓が、一瞬のうちにロームの四肢を縛め上げ、その場に縫い止めた。

 

「なっ……!」

 

 ロームが拘束を引き千切ろうともがく。しかし切断した断面から新たな芽が即座に伸び、さらに深く、さらに強く絡みついていく。まるで生きた鎖だった。

 光が薄れていく。シエルの視界が戻り始める。

 城壁の崩れた穴の縁に、一つの影が立っていた。

 スプレッドだった。

 

 そしてこの男を縛り上げた瞬間、スプレッドは気づいた。

 

(……そういうことか。)

 

 

────

 

 

 城内の廊下は、もはや廊下と呼べる形を保っていなかった。

 石柱は根元から砕け、天井の一部が崩れ落ち、床には深い亀裂が幾筋も走っていた。燭台は倒れ、炎だけが瓦礫の隙間で細々と揺れている。その荒廃した空間の中央で、ゴウセルは立っていた。

 いや——立っていた、と言うには語弊がある。

 左腕がなかった。肘の少し上から、きれいに断ち切られていた。断面から血は出ない。人形の体はそういうものだ。ただ、そこにあるべきものがない、という事実だけが静かに残っていた。右足も、膝から下が消えていた。それでもゴウセルは、残った右膝と左足だけで体を支え、ハンゾウを見据えていた。

 ハンゾウは、動かなかった。

 猫背のまま、首を垂れたまま、だらりと腕を下げたまま。生きている人間の姿ではなかった。しかし確実にそこに存在し、確実にゴウセルへと標的を定めていた。その周囲から溢れ出す黒い魔力は、先ほどよりもさらに濃く、さらに重く、廊下の空気を塗り替えていた。

 

(……やはり、精神がない。)

 

 ゴウセルは静かに思考していた。この状況において、彼にできることを冷静に整理していた。「侵入(インベイジョン)」は効かない。侵食できる意識が存在しないからだ。四肢の欠損は戦闘能力を著しく削いでいる。スプレッドとマキシリアは壁際に倒れており、今すぐ動ける状態ではない。

 残された選択肢は、一つだった。

 耐える。

 ガランが何かに気づいて戻ってくるまで、あるいはスプレッドかマキシリアが意識を取り戻すまで、この男の前に立ち続ける。それだけだった。

 

「……何秒、耐えられるかな。」

 

 誰にともなく、呟いた。自嘲のような、覚悟のような、あるいはその両方が入り混じったような声だった。

 ハンゾウが動いた。

 疾い。視認できない。ただ気配が消えたと思った次の瞬間、衝撃がゴウセルの胴を直撃していた。残った左足が地を離れ、体が宙を舞う。石壁に激突し、崩れた天井の破片が雨のように降り注いだ。

 ゴウセルは、転がった首を拾い上げ、胴に接合した。

 立ち上がろうとした。右膝に体重をかけ、左手で壁を押さえ、ゆっくりと上体を起こす。

 またハンゾウが動いた。

 今度は右腕だった。肩口から、音もなく断ち切られた。断面を眺め、ゴウセルは小さく息を吐いた。これで両腕がない。壁を押さえるものがなくなり、体が傾く。

 それでも、倒れなかった。

 膝と、残った左足だけで、体を垂直に保った。

 

(……まだ、立てる…)

 

 ハンゾウが、距離を詰めてくる。今度は首を狙っていた。首を断てば、接合する手がない。それが理解できているのか、それとも単純に最短で機能を止めようとしているのか——意識のない存在の思考は読めない。

 ゴウセルは、動けなかった。回避する腕がない。跳躍する足が足りない。ただ、その場に立ち続けることしかできなかった。

 刃が迫る。

 

 ——その瞬間だった。

 

 ハンゾウの動きが、止まった。

 唐突だった。何の前触れもなかった。踏み込んだ足が、途中で力を失ったように止まり、振り上げた腕が、糸が切れた人形のようにだらりと落ちた。

 黒い魔力光が、揺れた。

 先ほどまで周囲を塗り替えていた濃密な魔力の奔流が、急速に薄れていく。まるで嵐が突然凪いだように。まるで燃え盛っていた炎が、燃料を失って急速に萎んでいくように。黒光が散り、霧散し、やがて完全に消えた。

 残ったのは、静寂だった。

 そしてハンゾウの体が、前のめりに崩れ落ちた。

 音もなかった。抵抗もなかった。ただ重力に従って、地に沈んだ。その体は動かなかった。先ほどまでの「死んでいるのに動いていた」という異様な気配が、跡形もなく消え去っていた。

 ゴウセルは、しばらくその場に立ち尽くした。

 思考が、状況の整理を試みる。しかし答えが出ない。なぜ止まったのか。なぜ魔力が尽きたのか。戦いの中で消耗したとは考えにくい。あの魔力量が、この短時間で底を尽くすとは——。

 廊下の奥で、瓦礫をどかす音がした。

 スプレッドが、上体を起こしていた。壁際で意識を失っていたはずの彼が、荒い息を吐きながら、ゴウセルの方へと視線を向けた。その眼が、ゴウセルの両腕のない姿と、床に倒れたハンゾウを順番に捉えた。

 

「……何が、あった。」

 

 掠れた声だった。

 

「わからない。」

 

 ゴウセルは正直に答えた。

 

「突然、魔力の減少が大幅に増加した。魔力が…消えた。理由はわからない。ただ——止まった。」

 

 スプレッドは立ち上がった。傷だらけの体を引きずるように、ハンゾウの元へと歩み寄る。膝をつき、その体に触れた。冷たかった。今度こそ本当に、生の気配がなかった。

 

「……死んでる。」

 

 スプレッドの声は、平坦だった。感情を押し殺しているのか、それとも処理が追いついていないのか、その声音だけでは判断できなかった。

 

「さっきまで、あれほどの魔力を持っていたのに——なぜ。」

 

 答えは出なかった。ふたりは沈黙の中で、倒れたハンゾウを見下ろしていた。

 その時、城外から轟音が響いた。石が砕ける音。魔力がぶつかり合う音。ガランがまだ戦っている。その事実が、スプレッドを引き戻した。

 

「……行く。」

 

 立ち上がりながら、スプレッドはゴウセルを見た。

 

「お前は——」

「動けない。でも、マキシリアの意識を戻すことはできる…。」

 

 ゴウセルは静かに言った。マキシリアはまだ壁際で倒れていたが、呼吸はある。意識が戻れば動ける。それで十分だった。

 スプレッドは一度だけ頷き、城外へと向かった。

 その背中が廊下の闇に消えていく直前、ゴウセルは呟いた。誰にも届かない声で。

 

「……なぜ、力が尽きたんだろう。」

 

 答えは、この場にはなかった。

 

 

────

 

 スプレッドの眼が、ロームを鋭く見据えた。

 

「お前の魔力……。あれは範囲内のあらゆる力を削ぎ落とす。城内でゴウセルが戦っている最中、お前はこの領域を広げていたのか。」

 

 ロームは答えなかった。ただ拘束を引き千切ろうともがき続けていた。

 

「城の中で、一人の男が死んだ。」

 

 スプレッドの声は、低かった。感情を抑え込んだような、しかし確かに何かが滲む声だった。

 

「女神族の男だ。死を力に変える異形の魔力を持っていた。本来ならそう簡単に倒れる存在ではなかった。……だが、その魔力が底を尽きた。力を根こそぎ吸い続けるお前の魔力が城内まで及んでいたなら——答えは一つだ。」

 

 ロームの動きが、一瞬だけ止まった。

 その止まり方が、答えだった。

 

「……なるほど。お前が殺したんだな。」

 

 スプレッドは、ふっと短く息を吐いた。皮肉とも安堵ともつかない、乾いた笑みが口端に浮かぶ。

 

「助かったぜ。ずっと引っかかってたんだ——なぜあいつが、あの場で突然力尽きたのか。おかげでようやく合点がいった。」

 

 ロームは、一瞬だけ黙った。そして——笑った。

 

「……そ……そうか。あいつも消えたか。まぁ元々、使い捨ての駒だ。惜しくもない。」

 

 その言葉が落ちた瞬間、スプレッドの目の色が変わった。それまでの冷静さが、音を立てて消えた。代わりに宿ったのは、静かな、しかし底のない憤怒だった。

 蔓が締まった。ロームの鎧が軋む。

 

「……そうか。」

 

 スプレッドは、それだけ言った。

 ガランも、その言葉を聞いていた。城外で戦い続けていたガランには、城内で何が起きていたか知る由もなかった。ハンゾウという男が死んだことも、スプレッドとマキシリアが何と戦っていたかも、詳細は何も届いていない。

 だが——「使い捨ての駒」という言葉の意味だけは、十分すぎるほど伝わった。

 ガランの眼が、静かに細まった。

 

「仲間を駒と呼ぶか。」

 

 その声は低かった。怒りの形をしていなかった。むしろ、深く沈んだ静けさだった。それが却って、空気を重く変えた。

 

「女神族の事情など、儂には関係ない。……じゃが、共に戦った者を道具として使い捨てる——そういう者を、儂は好かん。」

 

 ロームは拘束を引き千切ろうともがく。しかし支配権の効力が、ここでは完全に機能しない。スプレッドは範囲の外から蔓を伸ばしている。削れるのは蔓そのものの力だが——その消耗を差し引いても、この拘束は揺るがない。

 

(詰んだか。)

 

 ロームの脳裏で、冷静な計算が弾き出した答えはそれだった。支配権は機能している。しかし機能した上で届かない。聖櫃は封じられた。退路はない。仲間は死んだ。シエルは立っている。ガランは。

 眼前に立つ紅き鎧を見た。その瞳には、怒りがなかった。興奮もなかった。ただ深く、静かに、何かを見通すような光だけがあった。

 それが、ロームには最も不気味だった。

 

「……わかった。なら…!」

 

 ロームは低く呟いた。蔓の拘束が、緩む。いや——緩んだのではない。ロームが自ら、すべての力を一点に収束させ始めたことで、その圧力に蔓が耐えきれなくなってきたのだ。

 支配権の全領域が収縮し、凝縮し、ロームの全身に叩き込まれていく。自らの魔力を自らへと向け、ありったけの力を一撃に注ぎ込む——それは最後の手段だった。勝算があるからではない。他に道がないからだ。

 蔓が次々と千切れていく。ロームの全身から白銀の魔力光が溢れ出し、夜を昼へと変えるような輝きが放たれた。

 

「この力は…お主、本気を出すつもりか。」

「…三千年だ……!三千年、俺たち女神族はこの日のために耐えてきた……!聖戦の雪辱を、あの御方の悲願を、俺が……俺の手で……!!」

 

 叫びとともに、ロームは地を蹴った。全力だった。文字通り、全ての力を振り絞った突進だった。支配権のすべてを攻撃へと転化し、その密度は先ほどまでとは比べ物にならない。大地が割れ、衝撃波が夜気を爆発させ、石片が雨のように四散した。

 ガランは動かなかった。一歩も退かなかった。双刃槍を、静かに構えた。それだけだった。

 ロームの突進が迫る。白銀の光が夜を切り裂き、その速度は閃光に等しかった。

 ガランの眼が、細まった。

 

 ッ――――

 

 音が、消えた。世界が一瞬だけ止まったような、そういう錯覚が場全体を満たした。風が死に、砂塵が静止し、燃えていた炎すらも動きを忘れたように凝固した。

 そして次の瞬間——槍が、閃いた。

 それは一閃だった。ただの一閃だった。しかしその軌跡に触れたものは、魔力も、鎧も、三千年の誓いも、何一つとして例外なく等しく、断ち切られた。

 轟音はなかった。むしろ静かだった。

 ロームの体が、縦に割れた。

 白銀の魔力光が霧散し、支配権の領域が音もなく崩壊する。収縮していた力が四散し、夜の空気に溶けていく。三千年分の執念が、一閃の前に、あまりにも呆気なく、霧のように消えた。

 

 ロームは、前のめりに倒れ込んだ。

 地に手をついた。しかし腕に力が入らない。支えられない。ゆっくりと、崩れるように横へと傾いていく。憑依していた人間の体が、急速に朽ち始めていた。ひびが入るように、砂になるように、その輪郭がじわりじわりと崩れていく。

 ロームは何も言わなかった。言葉を探しているのかもしれなかった。あるいは最後まで余裕を装おうとしたのかもしれなかった。しかし口から出たのは、言葉ではなかった。かすかな息だった。人間の肺が絞り出した、最後の空気だった。

 体が、塵になっていく。指先から、腕から、胸から、少しずつ、静かに、夜風の中へと溶けていく。

 

 ガランは、その場に立ち続けた。双刃槍を下げ、ただ静かに、消えていくものを見届けていた。

 シエルは、声が出なかった。膝が震えていた。全身が震えていた。それでも目は逸らさなかった。最後まで、その場に立ち続けた男の背中と、消えていく白銀の欠片を、ただ見続けていた。

 スプレッドが壁の縁から降り立ち、瓦礫を踏みながら歩み寄る。その足音だけが、死に絶えた戦場に、かすかに響いた。

 

「……終わったか。意外と呆気なかったな。」

「それでええ。終われば、それでな。」

 

 その言葉は、誰に向けて発されたわけでもなかった。自分自身に言い聞かせるような、そういう呟きだった。

 ガランは答えなかった。ただ夜空を一度だけ仰いで、小さく息を吐いた。

 風が吹いた。白銀の塵が舞い上がり、月光の中に溶けて、消えた。

 

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