十五分物語(短編集) 作:網浜
影太には死ぬまでに一度は見てみたい絶景というものがあり、長年、今年こそはそこに赴こうと決意していたのだが、結局一度たりとも目にすることなく、死期を迎えることとなった。
枕もとに立つ死神に、影太は言った。
「見てえ光景があったんですよ」
「じゃあ見にいきゃ良かったのに」
死神は呆れたように答える。
「九十五歳だろ。退職して三十年間、別に寝たきりでもなかったんだろ」
「そうは言いますがね」
布団に横たわり、立派な老人と化した影太は年甲斐もなく口をとがらせる。
「もちろん、行こう行こうとは思ってたんですよ? 金だって別に困ってなかった。でも、ほら、あるじゃないですか。ある日いざやるぞって思っても、なんか次の日には萎えちゃう、みたいな」
「そりゃあるけどもさ。三十年も暇な時間がありゃあ、お前さん」
「三十年って言えば長い期間に思えますがね、老人の三十年なんて瞬ですよ瞬。それにそもそも、十年だろうが百年だろうが、結局は一瞬一瞬の積み重ねなわけです。その一瞬一瞬を大事にしなければどうなるか? 私のようになります」
「そんな威張って言うようなことじゃねえよなあ」
「それにね、思うんですが、時代も悪いと思いますよ。なにより悪いのは、インターネッツです。あれは良くない。時間をいくらでも無駄にできる。いったいどれほどのネトフリ漬老人を生み出したことでしょうね連中は」
「便利で結構なことじゃないか。俺からして見りゃ、サブスクって登録するだけして意外と使わなかったりして金無駄にしちゃうから、むしろ活用できててすげえと思うよ」
「そりゃ、死神さん。あなたがお仕事なさってるからですよ。私だって現役時代はサブスクでカネドブしてたもんです。でもね、退職して時間が無限にできるとどうなるか――そう、時間をいかにして潰すのか、これを考えなくてはいけなくなる」
「潰す前に見に行けよ見たかった光景とやらを」
「それができない! できなかった! そして今に至る。おわかりですね」
「まあ、そういうこともあるんかもしれんね」
「で、死神さん。お願いがあるんですが」
「あ? 死ぬ前にその光景を見せてくれって?」
「あ、いえ、死亡届出してくれる人がいないのでなんとか上手いことやってくれねえかと」
「今までの話なんだったん?」
「頼みますよ。ここ自分の土地だし、親戚もいないので届出人がいないんですよ。行政に迷惑かけちゃうんですよ」
「それ死神に頼むことかね? 死んだあとで行政がどうなろうがどうでもいいだろうに」
「いやでもこれは深刻な問題ですよ。今日日、私のような孤独な老人は増えてきている。これからもっと増えることでしょう。天涯孤独、死神さんが言ったように逝ってしまう人はまだいいですが、問題は人が死んだら死体と手続きが残るということです。誰も処理しようとしない死体が増え、その負担が行政に向かう。しかし行政もまた、人口減少のあおりを多方面から受け、リソースが減らされている。私はね、案じているんですよ。自分の死体を通して、この世界の行く末を」
「めっちゃ語るやん」
「いっそ生前に死亡届できるようにならんかな。あるいは、死ぬ前に入る施設を作るとか……安楽死、的な? 死神さんは安楽死についてどういう立場を?」
「知らん知らん。神をお前らの社会問題に巻き込むな」
「私は正直、あったらいいなと思いつつも、あったらあったで嫌な事も世の中に多くなるのかなとも思うので何ともなんですよねえ。そういう割り切れなさっていうのは、しかし人間社会を営む上では決して切り捨てるべきではない事なんでしょうね。どっち方面でも」
「あんたいつ死ぬん? 今際の際に語れる文量じゃないと思うんだが」
「死神に聞かれてもこまっちまいますなあ」
その後もふたりは益体もない話をダラダラとつづけ、三年後ぐらいに影太は死んだ。
ほっとしつつも、ちょっと寂しい気持ちになり驚く死神であったとさ。
完
毎日書いていると、なんか全然書ける気せえへんって日もあります。
そんな日はこんな感じで、地の文の少なさも多様性の一つと自分に言い聞かせ、とりあえず登場人物に会話させてお茶を濁すことが多くありました。
これはその中でもまだ小説っぽくなってる方かなってやつです。