十五分物語(短編集) 作:網浜
クリスマス・イブである。
世界的な意味合いなどどうでもよい。日本では、とにかく恋人たちの為にあるそんな日だ。
老いも若きもカップルたちが集い、最終的にセックスをして、クリスマスを迎える。そういう日だ。
影太には恋人がいなかった。
故に、影太は鬼になる。クリスマスにこの手を血に染める。そう決めた。
凶器に選んだのは、刺身包丁だ。これで一思いにグサリだ。おりしも今年は全国的にホワイト・クリスマス。優しい雪が降り注ぐ。その白が、赤く染まる。サンタ色のクリスマスがやってくる。その光景を想像して、影太は独り震えた。
世の趨勢を握るお歴々は、今宵の事件を見てどう思うだろうか。くだらぬ下級民のくだらぬ騒動と、呆れのため息でもつくだろうか。あるいは、気にも留めぬだろうか。
それでもよかった。ただ、影太は血に飢えていた。
影太には恋人がいなかった。でも、好きな人はいた。
クリスマス・イブの夜が来た。
都内某所、薄暗い部屋に薄暗い男女が集う。
みな、俯きがちで、みすぼらしい身なりをしていた。影太もその一人だった。
彼らは各々、簡単に自己紹介をした。僕はQ田です、私はカップル全頃死子です、俺はカゲッチです。誰一人本名など名乗らない。X(旧ツイッター)のアカウント名だ。彼らは、Xにて知り合い、そしてこの場に集った。
クリスマスを血に染め上げるために。
誰一人として人生が上手くいっている人間はいなかった。怠惰の成れの果てもいた。努力虚しく転がり落ちたものもいた。
誰一人として、恋人はいなかった。
影太にもいなかった。でも、好きな人はいた。好きな人にも、好きな人がいた。
そして彼らは己の凶器を紹介しあった。この包丁で刺します。この液体とこの液体を混ぜます。ハサミです。ブラックジャックです。バラエティに富んでいて、どれも、惨劇を作り出すに十分なものであった。
つまらない人生。陰鬱な人生。俯いてばかりの。でも、それも今日ここで終わる。多くの不幸をばらまいて、最期に全員笑顔で自決する決まりであった。きっと最初にして最後の、本当の笑顔になるそういう予感があった。
影太には恋人がいなかった。好きな人はいた。その好きな人の好きな人は、影太ではなかった。
じゃあ行きましょうか。リーダー格の男、Q田はそういって、玄関へと向いた。皆頷き、後に続く。
影太は、その背中に、包丁を突き刺した。
さして、抜いて、血が飛び散った。Q田は倒れ、皆は唖然としていた。
唖然としている皆を、影太は次々と襲った。何人かの首を切り、抵抗した誰かの手によって、包丁がはじけ飛んだ。
はじけ飛んだ包丁が、誰かが持っていたビニール袋を切り裂いた。偶然だ。偶然によって、二種類の液体が混ざり合う。
影太は、少し面白くなって、笑った。
上手くいくもんだと思った。上手くいかない人生だったのに。最期だからだろうか? 面白かった。
みんな、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げていった。
残されたのは影太と、死体と、死体寸前の人たち。クリスマスを血に染めると息巻いていた、愚かな出来損ない。
影太には恋人がおらず、好きな人はいて、その好きな人の好きな人は、影太ではなかった。
その人は、この日のために誰かに告白をして、今日はその人と過ごすのだという。この東京のどこかで。
その事を、無邪気に、嬉しそうに、影太に教えてくれた。別に、期待などしていなかった。受け入れられるものではないと決めつけていたし、自らの気持ちを伝えるつもりもなかった。それでも、心は痛んだ。それでも、影太は、彼の幸せを願った。
この日放たれた狂人たちの刃が、瓦斯が、彼の幸せを血で染めあげる。その可能性すら許せなかった。
血の匂いと得体のしれない瓦斯を胸いっぱいに吸い込んで、血に染まった手を見上げ影太は笑った。
笑って、そして、クリスマスを迎える前に、事切れた。
後日、犯人含む男女四名が死亡したこの殺人事件は、悲しき負け組の悲しき心中事件としてしばらくマスコミを賑わせ、インターネットの闇とか何とかしばらく騒がれた後、誰の記憶からも失われていった。
完
これをクリスマスイブに書いたみたいなんですけどあまり健全ではないなと思いました。