十五分物語(短編集) 作:網浜
カゲヤマメディカル社の提供するタブレットは我々を制約ある肉体から解放し、あらゆるインシデンツと無縁の生活をお約束します。
ファッキンサイバネティクスアイに強制的に映し出されるダム広告を、花子は苦虫を嚙みつぶしたような表情で眺めていた。
嫌悪感しかない会社のブルシットなコマーシャルが日常の光景に混ざって映し出されるのはかなり控えめに言っても苦痛でしかない。
しかし、月額三万芝コインでこのサイバネアイの恩恵を享受するためには、仕方のない犠牲ではある。
「カゲヤマメディカル。株主諸共地獄の業火に焼かれればいいのに」
「ヘイヘイ花子チャン、またカゲヤマの話かい?」
花子の愚痴を耳ざとく聞きつけ、傍によるなり気安く彼女の肩に手を置いたのは、太郎だ。吉田川太郎。生粋の日本人であり、英語の成績は十段階評価の一とのこと。
「花子チャンも興味深々だよね。カゲヤマの新商品」
「死ね」
肩の手を乱暴に払いのけ、花子は太郎から距離をとる。彼女は彼が苦手であった。彼を苦手ではない女性はおよそこの街に存在しない。彼は女性に嫌われている。そして男性にも嫌われている。だが、その事に彼は気づいていない。
「ンー、冷たい視線がまたチャーミングー」
「死ね」
太郎のウインクを花子は視界にも納めない。その場を速足で立ち去ろうとする。しかし太郎はしつこく付きまとっていた。こういうところが老若男女に嫌われる要因である。
「ここだけの話さァ。ボク、手に入れちゃったんだよねェ。例のあ・れ」
「死ね」
「あれ、って言うのはもちろんあのアレだよ。あれあれ。カゲヤマのタブレット。それも特別使用の、特別強烈なやつ」
「死ね」
「花子ちゃんがどぉーしてもって言うのなら、わけてあげなくもー、ないんだけどぉー」
「死ね」
花子は振り返りざまに拳を放った。遠心力の加えられた一撃が、太郎の顔面を捉える――寸前、彼はひらりと身を交わす。
太郎は大変ガタイの良い、巨漢ともいえる男である。にもかかわらずこのみのこなし。彼は全人類から嫌われているためこうして突如攻撃を加えられることも多いが、この自慢の体格と俊敏さで常に窮地を切り抜けてきたのだ。そしてそのしぶとさもまた彼の嫌われっぷりを加速させる。
「ンー、強烈ゥ」
「死ね」
忌々し気な花子の表情に、微塵も臆せぬ太郎。
「ま、気が変わったら連絡頂戴ね。アディオース、あ、みーご」
「死ね」
ひゅん、という音がして、太郎の姿が消えた。まるでカゲヤマ社の精巧なホログラムであったかのように。
花子は、疲れたようにため息を吐いた。
※
太郎に纏わりつかれて困り果てているのは、なにも彼女に限ったことではない。
およそ地球人類の六割以上が、太郎からのストーキング被害を受けている。
始まりは、いつだったろう。カゲヤマ社が突如メガコーポとして急速な拡大を遂げ始めたころだったか。
何らかの形で機械をインプラントした地球人類の割合が、六割を超えたあたりだったか。
人々が次々と太郎と知り合い、そして嫌悪するようになった。
巨漢の日本人。軽薄な言動。カゲヤマ社との繋がりに関するアピール。全ての人類のみる太郎は、どうにも同一人物のように思われた。
しかしそのような事がありうるだろうか? 全世界で同時多発的に発生する太郎など。ましてそれが、同一人物など。
世はまさに大太郎時代。
今日もまた、新たに太郎に絡まれることとなる哀れなインプラント者が、ひとり――
完
オチがないように見えますが、これでもまだうまくやれたなと思えた部類のやつです。