十五分物語(短編集)   作:網浜

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アンセスター唯(R6.1.6)

 アンセスター唯。それが彼女の名前である。その名の通り、彼女は祖先だ。誰の? あらゆる全てのだ。

 祖先であるが故、彼女はすべてを司る。彼女はあらゆる元祖であり、始祖であり、元素ですらあり、つまりはやはり、先祖なのだ。

 

 先祖を敬わぬ文化は糞だ。それが彼女の信条である。

「つまりジブンを敬えと、そういうわけやね」

「そういうわけなのさ。言わずもながな」

 鼻くそをほじりながらいかにも興味なさそうな顔をする女、花子に自信満々に告げるアンセスター唯。当然、先祖であるからして一挙手一投足全てが自信でぱんぱんに満ちている。

 対する花子。華の女子大生の身分でありながら、寝転がって漫画を読みつつ鼻に人差し指を突っ込みねじり回し、同じ手で以てポテトチップスを摘まむ怠惰と食欲の化身。彼女は無論、子孫だ。あらゆる全ての先祖たるアンセスター唯から見れば、この世の全てが子孫であるが故、言うまでもないわけだが。

「この私を敬い、崇め、奉るべきだと。つまりはこういうわけなのね」

「ふうん」

 自信を過剰積載したる声にて子孫に迫るアンセスター唯。そのあまりのしょうもなさに小者っぽさが醸し出されるアンセスター唯。否。そうではない。彼女は偉大なのだ。先祖であるが故。

 対する花子、その態度の不遜さたるや、もはや人類史に刻まれるべき勢い。恐るべしZ世代。先祖をないがしろにすることにかけては右に出る世代は無いとまで言われたる世代(アンセスター調べ)。きっと墓石を破壊し落書きをすることすら厭わぬ世代に違いない。怖ろしい。世界は終わりだ。

「ふうんじゃないんだよ。きみ、いまいち崇めてないよな」

「どうかなあ」

 どうかなあ、と言いつつも首の一つすら傾げて見せぬ花子。当然、視線をちらりとも向けはせぬ。何故か。敬っていないからだ。どうでもよいと思っているからだ。何ならうっとうしいとすら思っているからだ。つまり、そう、Z世代だからだ。

「許せねえよ」

 アンセスター唯、義憤を抱かずにはおられぬ。先祖を敬わぬ世代に罰を。これは彼女の信条、すなわち、世界の信条。いわば世界是である。これに従わぬ存在は非世界民として永遠に被差別階級として差別され続けることとなるであろう。彼女が今そう決めた。先祖たれば、そう決めつける権利がある。だって先祖だもの。先祖は何してもいい。選民なのだ。

「というわけだよ非世界民」

「なるほどなあ」

 なるほどなあ、といいつつ頷きすらせぬ被差別階級非世界民花子。漫画にすら飽き、うつらうつらとしながら上の空での返事である。そんなに退屈ならせめてもうちょっと相手をしてほしい。先祖に意識を割いてほしい。そう思うアンセスター唯は、わがままな先祖であろうか? いや、違う。むしろ控えめで愛らしい、そんな理想的な先祖であろう。世界是に忠実な筆者はそう思う。

「聞いた、今の。筆者がそう思ってるんだよ。だからきみもさ、もうちょっと私に向き合ってくれてもいいんじゃないかな」

「……ああ、うん。ええと」

 直後、花子は大きな欠伸。むにゃむにゃと口の中でなにかをつぶやいて、目をしばたかせる。

 そして、寝た。

 電気を消して、寝た。

「…………」

 アンセスター唯、沈黙。

 何故ならば、子孫たる花子が寝たからだ。全ての根源ともいえる偉大なるアンセスターを前にして、寝たからだ。

 寝た以上、何も言えぬ。何故ならば起こしてしまうかもしれないからだ。寝入りばなで起こされる。これほど不快な事はあるまい。可哀そう。

 アンセスター唯はあらゆる全ての先祖である。

 故に、あらゆる全てに、甘い。祖父母が孫に極めて甘いのと同じ理屈だ。油断するとすぐに何か買ってあげたくなる。でもそれは却って本人のためにならないし、法定代理人たる両親にとっても迷惑となりかねぬ。故にぐっと我慢する。そんな思慮深きアンセスター唯である。

 仕方がないので彼女は退場することとした。いや、あらゆる全ての先祖たるアンセスター唯は、実のところあらゆる場面に常に存在している。故に退場もなにも無いのだが、とにかく一度、その場を去る的な雰囲気を出すこととした。花子が寝たからだ。寝た子孫と同じところに居続けたとて、ただぼんやりするほかなく、なんというか虚しいばかりであろう。そう思ったのだ。

「ふん。これだから最近の若者は」

 アンセスター唯の捨て台詞。ある種典型的な老害台詞とも言えようが、この世のあらゆる言葉にとって大事なのは「何を言ったか」ではなく「誰が言ったのか」であるというひとつの観点からすれば、それはむしろ天啓的とも言える素晴らしい捨て台詞と言えなくもない。だってアンセスター唯が言ったのだもの。「これだから」だろうが「うんこ」だろうが、その口から放たれればそれは素敵な詩なのだ。筆者はそう思います。

 そんな素敵な捨て台詞に、花子は、

「んん……また来てね」

 別れの言葉とも、寝言ともつかぬ、うめき声。

 また来よう、とアンセスター唯は思った。

 彼女はあらゆる子孫を愛している。

 




アンセスター唯という言葉ありきで書き始めたのだけど割とうまくいったと自分では思っていたと思う。
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