十五分物語(短編集)   作:網浜

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記憶喪失(R6.4.15)

 影太は記憶を失った。やべえ。なんも覚えてねえ。そんな彼が下した決断とは!

「ねえちゃん、おれ外国に行くわ」

「金は?」

「世知辛いこというなよ姉ちゃん」

 影太は姉の花子に金をせびっていた。外国に行くための金、決して安くはない。当然花子は渋る。

「そもそも外国になにしにいくの。あんた記憶もないのに」

「記憶がないからだよ姉ちゃん。俺、予感がするんだ。外国にこそ、俺の失われた記憶があるって。旅立つべきだって」

「ないよ」

「えっ」

「あんたそもそも外国なんて一度も行った事ないんだから。行った事ないところに何の記憶があるっていうの」

 姉の無情なる言葉に影太は打ち震えた。

「そんな! 今日日海外旅行に行ったことないなんて! ありえない! 信じないぞ俺は」

「まあ別に信じようと信じまいとどーでもいいけど」

「姉ちゃん、とにかく俺は外国に、インドに行くんだ。インドに行けばなんかわかるような気がするんだよ!」

「なんでインド?」

「インドに行けば、人生観が変わるって」

「自分探しの旅じゃないんだから……いや、記憶を求めていくなら自分探しの旅であってるのかな?」

「だから姉ちゃん金をくれ」

「ないよ」

「えっ」

「そんな金ない。うちが貧乏なことくらい、記憶喪失のあんたでもわかるでしょ」

「馬鹿な! そんなインドに行く程度の金がないなどと!」

「結構な出費やろがい」

 影太は絶望した。しかし考えてみれば記憶を喪失した彼に対し家族は特にこれと言ってケアをしてはくれない。その治療に一円たりとも払っていないように思われた。

 さては、影太はこの家の鼻つまみ者なのだろうか? だからむしろ記憶喪失になったのを影から指をさして笑っているのだろうか。なんたることであろうか。影太はマッハの速度で被害妄想を募らせる。

「また馬鹿みたいなこと考えているんだろうけども、とにかく金がないのは本当だからね。外国行きたきゃ自分で稼ぎな」

「そんな! 記憶喪失者ができる仕事なんて今の日本にはないよ!」

「いやあるでしょ。あんた、記憶を失う前からだけど、仕事探してるの見たことないよね?」

「はー? そんなわけないし。記憶失う前は何か公務員とかやってたんでしょどうせ」

「あんたが公務員だったらこんなマッハで無職になってないでしょ」

「いや、なるね。この国は弱者を切り捨てるのが早いんだ。あーあ、インドだったらなあ。インドだったらこうじゃなかったのに」

「インドならとっくに死んでガンジス川に浮かんでたんじゃない?」

「なんだ姉ちゃん、インド人差別か? インディアンに謝れ」

「インディアンはインド人じゃないし、ネイティブアメリカンをインディアン呼ばわりするのも今日日コンプラ違反も甚だしいぞ馬鹿」

「馬鹿っていうやつが馬鹿なんですぅ!」

「そんな定型文をいう方がむしろ知能低そうだけどもね」

「姉ちゃん。俺は記憶喪失者ぞ? それ以上は社会的弱者へのヘイトクライムと見做します」

「弱者を盾にすることに躊躇いがない。やべえな。あんたそれで飯食ってけるんじゃない? プロ弱者」

「はー? 人を乞食呼ばわりですかー? あんな人類のクズどもと一緒にしないでいただきたい」

「相手もあんたと一緒にされるのは嫌だろうしね」

「っべーわ。なんか腹立ってきたのでその辺で子ども殴ってくる」

「っべーのはお前だやめろ」

「大丈夫大丈夫記憶ないから忘れるから責任能力ないから」

「最低にもほどがある」

 花子はため息を吐く。以前の影太もこうだった。記憶はあるが大概最低だった。殴れば治るかと思ったが治らなかったし記憶を失った事でなにか加速したような気がする。

 仕方がないので花子は再度、影太をぶん殴り殺害した。仕方がないよね、とみんな言ってくれたのでめでたしめでたし。

 

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