十五分物語(短編集)   作:網浜

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ある日、突然すべての音が(R6.1.25)

 ある日、突然すべての音が消えてしまった。

 

 その時、俺は音ゲーをしていた。

 太鼓をたたくタイプの音ゲーだ。何も取り柄がない俺だが、このゲームにだけは自身があった。実際、インターネッツでのランキングで一位をとったこともある。これはとんでもない才能ではないか。誇ってもよいのではないか。誇らしい。

 その時の俺もまた、誇らしかった。凄まじいスピード、そしてパワーで流れていく譜面を正確無比に撥でとらえる。判定は常にEXCELLENT。百点満点が続出だ。なんだったら、いつにないほどに絶好調であったと言ってもよい。もはや音すら聞いていなかった。譜面も見ていなかった。ただ何百何千と繰り返した経験が、俺を突き動かしていた。

 完璧だった。完璧という感覚が、俺を支配し、凄まじい快感をその脳髄にもたらしていた。よどみなく動かされる手、弾ける撥、おもちゃの太鼓から発せられる安っぽい音。なにもかもが一体となり、俺の快楽を、絶頂へと導き――その時、全ての音が消えた。

 全ての音が消えた。

 しかしそれは、喪失ではなかった。

 解放だ。

 俺はその時、音という枷から放たれ、ひとつ上の次元へとアセンションを果たしたのであった。

 

 

「ということが先日あってだね」

「――――――――」

 友人の太郎にその事を告げると、彼は大層馬鹿にした顔をして何かを言った。その声は聞こえない。俺にはもう音がないからだ。

 だが、内容はわかる。何を馬鹿な事を言っているんだと、ついにイかれたかと、音ゲーで絶頂はヤバいだろと、そういう事を言ったのだ。

「俺にとっては朝飯前なんだよ。現に今日も朝から一発かましてきた」

「―――――――」

 太郎が眉をひそめて何かを言った。内容はこうだ。イカ臭いから去れ。失礼な奴である。俺はイカ臭くはない。何故なら射精をしたわけではないからだ。確かに絶頂はした。だが、それは精神的なものであり、肉体的なものではない。その辺りを理解していただきたいものであるなあ。

「―――――」

 太郎は理解したくない様子。

 と、その時、教室に先生が姿を現し、ほとんど同時にチャイムが鳴った。音はないが、チャイムが鳴った事実はわかる。俺は世の中を音ではなく流れで理解する。

「―――――――」

 先生はいつものように生徒たちを席に座らせ、チャイムが鳴る前に着席していたまえよという旨の短い説教を行い、それからしめやかに授業を開始した。世界史の授業だった。

「―――――――――――――」

 流れるような抑揚のない先生の解説は、以前であればよい子守歌であった。今は違う。そもそも聞こえない。だが、何を言っているかはわかる。脳に直接刻まれる。これは大変便利であった。なるほど。パリはうんこだらけだったんだね。先生の豆知識もばっちりだ。

 

 

 帰宅したのちに、音楽を聴いてみることにした。今の俺にとって音楽はどのように感じられるのか。

 意味はないが、イヤホンを耳にあてる。そして、プレイヤーの再生ボタンを押す。音楽が、流れ出す。聞こえない。

 だが、俺はその音楽を堪能することができた。メロディ込められた意味、感情へ与える効果、歌詞。それらが意味の塊となって、魂に直接刻まれるかのようであった。音楽っていいものですね。俺は音から解放されてその事を真に理解した。なるほどね。

 

 そこでふと気が付いた。

 なぜ、聞こえないのに聞く動作が必要なのだろう。今耳に当てているイヤホンの事だ。音の本質を俺が摂取するのに、空気の振動が必要なのか? 必要はないはずだ。何故ならば振動とは結局音であり、俺はそれから解放されているはずだからだ。

 つまり、この行為はこれまでの様式をなぞっているだけの無意味な行為にすぎない。無意識に自分自身を過去の行いで縛り付けているのだ。

 俺は目を閉じ、横たわり、そのつまらぬこだわりを、解放した。

 するとどうだろう。瞬く間にあらゆる音が。情報で。俺の脳に。魂に。刻まれ。ああ。

 あ。

 気持。

 

 快。

 

 

 

かくして世界と一体化した彼は如何なる描写も出来ず、必然的に物語は終わる。




なんか音がない世界とかそんな感じのお題で書いたような気がします。
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