十五分物語(短編集)   作:網浜

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逆さまの街(R6.1.14)

 旅人影太が迷い込んだ町の奇妙さは、視覚的にあからさまであった。

 逆さまであった。あらゆる家が、逆さまに建てられていた。

 逆さま、故にその入口は、影太の感覚で言うならば天井付近に設置されており、家の中に入ることはできない。

 民家も、店も、なにもかもがこのありさまだ。眺める分には奇怪で楽しい。しかし、眺める以外の事ができそうにもない。そんな町であった。

 町にはひとつとして三角屋根の建物はない。どの建築物も四角で、屋根は平らだ。、きっとこの逆さまさを成立させるためであろう。理由はわかるが、意図は不明だ。

 

 逆さまの町を歩くこと数分、影太ははじめて人とすれ違った。シルクハットをかぶった髭でモノクルの紳士であった。

 住民であろうか。影太は少し迷ったが、思いきって声をかけてみることにした。

「もし」

「なんでしょうか、旅人さん」

 紳士は立ち止まり、気さくに応じてくれた。

「あなたはこの町の方でしょうか」

「まさか」

 首を横に振り、紳士は大げさに両腕を広げて辺りの建物を見渡した。

「こんな有様です。人が住めるように見えますか」

 影太は目を瞬かせ、考える。入口が頭上遙か高くに、それも逆さまに設置された家。どの様に過ごせばよいのか見当もつかない。

「ええ、まあ、見えませんけども」

「旅人さんは、この町を通るのは始めてですかな」

「そうですね」

「この町に住む者は、今となってはひとりもいません。なのでここはもう町ではなく、ただの道とも言えるでしょう」

「なるほど」

 影太は紳士の言葉を聞いて、顎に手を当て、首をかしげる。

「今となっては。ということは、昔はそうではなかったのですか」

「そりゃあ、町でしたからね。こんな風になる前はそれなりに賑やかな場所でしたよ」

「こんな風になる前があったのですね」

「そりゃあ、町でしたから」

 同じフレーズを繰り返し、紳士はおかしそうに笑った。

「気になりますか、旅人さん。この町がこうなった経緯が」

「もちろん」

 気にならない人間がいるのだろうか、と影太は思った。無論いるかもしれないが、そういう人間は旅人などはしていないだろう。

「教えていただけませんか」

「まあ、いいですよ。私の知っている範囲でよければ」

 紳士は髭をなぜ、どこか遠くへ視線を馳せた。

 

 立ち話もなんだろうということで、二人は近くの石垣に、並んで腰を掛けることとした。

 公園のベンチなどがあればよかったのだが、見当たらなかった。紳士曰く、昔はあったらしい。

「昔はね、普通の町だったのですよ」

 影太の横に座り、視線は遠くにやったまま、紳士は語りだした。

「逆さまの家など一軒もなかった。しかしある日、ある男が町に引っ越してきた。そして大工に無理を言って、逆さまの家を建てさせたのです」

「なぜ」

「わかりません。しかし男は金払いがよかった。なので大工は言われるがまま、逆さまの家を建てました。到底人が住めるとは思えない構造の真四角の家です。家への出入口は、遙か頭上」

「男はその家で暮らしたのですか」

「暮らしました。梯子をかけてなんとか家に入り、天井に逆さまの家具を置いて過ごしていたそうです」

「奇妙ですね」

「ええ。奇妙です。しかし、それで他の人に迷惑をかけるわけでもありませんでしたから、町の人たちは深くは追及しませんでした」

「なるほど。それが一軒目の逆さまの家だったわけですね。しかし、そこからどうしてこのような」

 影太の問いに紳士はすぐには答えず、話を続けた。

「それからしばらくして、男が急に姿を消しました」

「姿を?」

「ええ。きっぱりさっぱり、いなくなってしまった。やっぱり住みづらくて出ていったのかなどと、町の者は噂しておりました」

「まあ、確かに天井暮らしは辛そうですしね」

「それからさらにしばらくして、二軒目の逆さまの家が建ちました」

「え?」

「正確には、一軒目の逆さまの家のお隣さんが、自らの家を逆さまにリフォームしたのです。お隣さんはお金に糸目をつけませんでした」

「なぜ」

「わかりません。それからちょっとして、今度はお隣さんが姿を消した。そうすると、お隣さんのお隣さんが、家を逆さまにしようとしたのです」

「それは……」

「そこからは、早かった。瞬く間に町は逆さまになり、人は姿を消しました。今、そこにある家。あれが最後に逆さまに作り替えた家です」

 紳士が指をさす先には、長方形の逆さまの家。

「私が建てました。私、昔は大工をやっていたもので」

「なるほど。しかし、それは、ええと……断るという事はしなかったのですか」

「みなさん、金払いが妙によくて。また私はこの町の住人でもありませんでしたし」

「なるほど」

「それで、今に至るというわけです」

「なるほど、わかりました。いえ、わかりはしませんが、経緯は理解しました。しかし、その、いなくなった方々というのはどうなったのでしょう。町ひとつとなると、結構な人数ですし。行く当てのある人ばかりでもなかったのでは」

「ああ、その辺りは大丈夫だと思いますよ」

 紳士は何の気なしと言った調子で言った。

「さっきも言った通り、他所に行ったというのは町の者の噂です。実際には落ちていかれたみたいです」

「落ちて? どこに?」

 その問いに、紳士ははじめてその顔を、影太に向けた。

 そして、その人差し指をぴんと突き立てる。つられて影太は指の先に視線を向けた。

 突き立てられた指の先には、大きな雲がいくつも泳ぐ、気持ちのいい青空が広がっていた。

 青空から視線を戻し、影太は紳士の顔を見て、何度も何度も瞬きをする。

 紳士は不意に、にっこりと笑みを浮かべた。モノクルの向こう側で、緑色の瞳が優し気な光を放っているように見えた。

 




なんかこう、おとぎ話っぽくすればオチがなくてもこう、許されそうみたいな。
他のよりちょっと長いので、おそらく十五分では書けてません。
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