会社の後輩が悪魔っ娘なのだが魔族恐怖症の俺はどうすればいい   作:足洗

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後輩は七大悪魔が一

 

 

 自分は魔人種差別主義者だ。

 

 

 少なくとも、魔界からやって来たあの見目麗しい女性達を手放しに歓迎することができない程度に。

 原因はわかっている。

 幼少期、同級生の友人が魔族の女に襲われる様を目の当たりにしたからだ。

 種の本能として人間の男性を異常なまでに好む彼女ら。その欲求が暴走し、暴行事件に発展するようなケースも一つ二つではない。

 まあその多くは事件化すらせず終息するが。

 

 証拠隠滅や事実隠匿や示談が魔界資本の法律関係者の人外じみた手腕により巧みに、スマートに、スムーズに成立させられるのだから、それは何の不思議もない当然の帰結なのだろう。

 被害者は被害者ではなくなり、魔族女性の伴侶、悪く言えば性奴としてその後の人生を約束される。

 ……異種交流それ自体が悪なのではないことは理解できる。

 男余りの人間社会と、女魔族余りの極まった魔界が合流し、人類史上類を見ない勢いで婚姻と出生率が増加した。

 同時に人間女性もまた異界の多種多様な男型女型 種生物の区別なく交際機会を得ている。

 Win-Winの間柄。

 世界は魔界との交わりを通して新たな段階へ進むことができるだろう……などと、どこかの偉い学者先生は宣った。

 そうなのだろう。

 個人の思い願いなど、人類、魔族、世界、そんな大きな概念には敵わない。及ばない。擂り潰され、路傍の砂と同じように扱われる。

 

 会社への道すがら、すれ違った長身の美女が青黒い瞳を縦に細めて見詰めてくる。その好色な、恋する乙女のような、獲物を見定めるような視線から俺は肩身を縮め、逃げ去った。

 間違っているのは俺なのだ。世を拗ねて、捻くれて、偏見と怖れで歪んだ視野でしか彼女らを捉えられない俺こそ。

 異物、差別主義者。

 

「大丈夫ですか? 顔色が悪いみたい。肩を貸しましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

「お兄さん、今から仕事? 今日だけちょっぴりサボってさ、そこのカフェで休憩してかない?」

「お構い無く」

 

 道を歩くだけで、妖艶な夢魔が慈悲の女神のような顔で語りかけてくる。凛々しい男装の麗人が邪妖精らしい軽妙な、甘やかな声色で誘い文句を囁く。

 ナンパだ。

 毎朝のことだが、一向に慣れない。

 見渡せばそこかしこで人間の男性会社員や学生が魔族と思しい女性に捕まっている。美しい人外の美女に求められる。冴えない独身男にとってこれは天国のような状況である筈だ。男の姑息で浅ましい欲求が現実になった光景。都合の良い世界。

 諸手を上げて喜べよ。拝して感謝して、彼女らの手を押し戴けよ。何を気取っているのやら。

 ただ、どうしても。俺は泣きじゃくり、震え上がって、掠れた声で助けを求める友達の姿と声が。

 それに覆い被さって、獣のように息を荒げる魔のモノが。

 悦楽するあの笑顔が忘れられない。

 

 今、その友人は魔族の旧家の婿養子になっているそうだ。

 玉の輿というやつ。それはめでたい。めでたくて笑える。

 酷い話だった。酷い話もあったものだ。

 

 

 出社して早々に上司が課員全員を集めた。

 周知や報告事項を記載する掲示板代わりのホワイトボードの前で、一人。彼女は凛と佇んでいた。

 背筋に鉄芯でも埋められているかのようにとても姿勢が良い。それは、手足の長さやプロポーションの完璧さが形作る外見的なものばかりでなく、その立ち居振舞いこそ。 纏う気配や受け取り手たるこちらの印象がそう見せる。

 真新しいパンツスーツ、糊の利いた純白のブラウス。磨り立ての墨の如く澄んだ黒髪が、化粧気の薄い顔立ちの白さを際立たせた。

 銀縁の眼鏡が、実に短絡的なのだが、ひどく理知的に見える。

 綺麗な女性だ。 間違いなく美貌ではあるのだが、なにより清潔な、清廉な造形美にこちらの背筋が伸びてしまう。精緻な裸像をしてエロティックだと即座には思えず、厳粛な心持ちにさせられるのと同じように。

 素直に見惚れていられたら、その日一日幸福に過ごせたのだろう。心底そう思う。

 

 ────彼女の側頭部から歪曲して生えたその角を発見するまでは。

 

「はい、じゃあとりあえず軽く自己紹介と挨拶を」

「本日からお世話になります。アスモデウスと申します。人界に帰化してまだほんの数年で、至らない点も多々あるかと思います。どうかご指導ご鞭撻のほどを」

 

 衒いのない真っ直ぐな口上に、小所帯なりの盛大さで拍手が響く。己もまた条件反射的に手を叩く。頭の方は案の定、思考を手放していた。拒絶と言ってもいい。

 

「じゃあさっき言った通りデスクはそこの魚蔵の隣でお願いね。しばらくは彼が貴女の教育係になるから」

「はい」

「じ、自分がですか!?」

 

 殊の外、大きく激しく、絶叫に満たない悲鳴じみた声が事務所を反響した。

 視線の過剰集中を感じて二の句は喉奥で停滞した。

 課長がいかにも悪びれたように苦笑する。

 

「すまんな。事前に報せとくのが筋なんだが、なにせその、急な話で……」

「気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ。いわゆる縁故採用なんです、私」

 

 悪いものを飲み込んだような顔をする課長に、彼女は爽やかな微笑を向けた。

 

「ですが、入社したからには私も組織の一員。この課では新人で、一番後輩です。厳しく指導や指示を振ってください。遠慮は要りません」

「そういう訳だからさ、頼むよ、魚蔵(うおくら)

 

 真っ直ぐな目。人ではありえない紫紺色の虹彩が俺を見詰める。

 断りたい。拒みたい。御免被る。

 そう叫びたい。恐怖心に近い忌避感が血を粟立てた。けれど。

 

「……わかりました」

 

 所詮、俺は会社員だ。 私情で自己都合を押し通すような度胸などない小心者の小市民に過ぎない。

 それに、それとこれとは別だ。目の前で生真面目に直立して次の言を待っている女性には、何の落ち度もない。

 俺の過去のトラウマなど彼女には何の関わりもないし彼女がそれに頓着する義理とて微塵もない。

 彼女の社会人生活を個人的感情で阻害する権利など俺にはないのだ。

 いや、誰にもありはしない。

 

「今日から、よろしく」

「はい! よろしくお願いします」

 

 日本人的な礼節もきちんと心得て、彼女はその場で行儀よくお辞儀した。

 その姿が可愛らしかった所為だろう。男性社員から色めき立つような気配を覚える。

 対して俺はといえば。 彼女の形の良い旋毛を見下ろしながら、勝手に一人で気落ちした。

 

 

 社会人三年目。 俺はその日、人生の転機とやらに出会ってしまったのだ。

 ひどく、恐ろしいまでに、悪魔的に美しい形をしたその女に。

 

 

 

 

 

 

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