会社の後輩が悪魔っ娘なのだが魔族恐怖症の俺はどうすればいい 作:足洗
自宅の掃除、不足した生活雑貨の補充。
俺の休日の使い方なんてそれくらいのものだった。
課長が呆れるのも無理はない。独身男なりの侘しい生活だと思う。
とはいえ、自分は明朗快活な人間だ、などと酒席の冗談にも言えない身だ。そういった意味ではまずまず相応しい人生設計だとも思う。
健全かどうかはさて置き。
あの頃から、随分復調したものだ。
一般社会にこうして紛れ紛れて、埋没できる程度には。
しかし腹の内には今も健全とは程遠い暗々とした感情を隠し持っている。
「……」
駅近くの家電量販店を冷やかした後、通りを散策する。平日の午後ということもあって人通りは控えめだ。
しかしだからといって気兼ねなく道を歩けるかと言えばそうもいかない。別の問題が立ち塞がるからだ。文字通りに。
「こんにちは」
わっと広がった甘い香りに一瞬目が眩む。咄嗟に足を止めてしまったのは不味かった。
金髪、褐色肌、ピンクのオフショルダーニットセーターに、もはや端切れか何かにしか見えないデニムホットパンツ。セクシーと下品、二つの印象の間を反復横跳びするような派手な女が身を寄せてくる。
濃い化粧気に負けない華やかな目鼻立ち。ギャル風メイクとでも言えばいいのか。己のような冴えない男に女性コスメだのファッションだの、土台わかる筈がない。
ただ、だからこそ即座にわかることもある。その冴えない男にわざわざ声を掛けてくる美女は、悪質なキャッチか、絵や壺の押し売りか、そうでなければ……。
髪の間から伸びた尖った耳。地球人ではほぼありえない形と色の虹彩。種族までは特定できないが、彼女が人外の者であることは明白だ。
「人間のお兄さんっ! 一人? 私も一人なんだぁ。すぐそこに美味しいマギ・エスニックのお店があるの。一緒に行こうよ。もちろん奢るからさ」
「約束があるので」
「えぇうっそだぁ。今電気屋さんから出てきたよね。でもその袋ドラッグストアのやつだし。用事済ませて帰るついでにちょっと寄り道してる最中……違う?」
「……よく見てますね」
思わず感心する。こう言ってはなんだが、外見に似つかわしくない観察眼だった。
とはいえ数十分もの間尾行していたことを白状するのは潔いのか考えなしなのか、判断に迷うところだ。
ギャル風メイクの魔界人は、華やかで屈託のない笑顔を見せる。
「じゃあ当たり? よっしゃー! じゃあ正解したご褒美にさ、20分……や、10分でいいから! 遊ぼーよ。どこでも連れてってあげるから。ね?」
「君と遊びたいと思ってる男は他にいくらでもいるから、そういう人を誘ってあげて。それじゃあ……」
「えぇーん! そんなこと言わないで! もうね、お兄さんの顔っていうか
魔界人女性にナンパされたことは今までも何度かあった。というより、人間の男というただそれだけで彼女らは目の色を変えるので、それは何の自慢にもならないのだが。
必死に追い縋って懇願するその少女の様は、なにやら愛嬌があった。
……腹の底の黒いものが俺を失笑する。
なにを仄暖かな心地など味わっているのやら。若い女性に構ってもらえるものだから、まさか嬉しくなってしまったのか? 気色の悪い。
自己矛盾を起こしている。感情と印象と思考と記憶。全てがちぐはぐだ。好感と嫌悪感。恐怖と怒り。罪悪感と、憐れみ。
自分自身の感情を偽りなく表現した上で提案を明示する彼女はとても
お為ごかしでその場を凌ぎたいだけの俺は、無様だった。そして卑怯だった。
「すみません」
「あ」
言い逃げの謝罪を置いて踵を返す。
明朗快活とはこの子のような人を差すのだろう。
惨めな気分を抱えてそのまま逃げ去ろうとする俺の肩に────
「顔色悪いよ? もう付き合ってとか言わないから、どこかで休んで……」
彼女が。
触れた。
「ひっ」
絞め殺された鳥の断末魔のような悲鳴を上げて、彼女はその場を跳び退いた。
「?」
「は、は、ぁ、はぁはぁはぁはぁはぁ……」
明らかに様子が変わった。呼吸を乱して、その眼球ではしきりに瞬膜が開閉する。笑顔の名残すら崩れ去って、ただ、ただ、相好は歪み走っていく。
なにより、自分を見るその視線が。
「あ、ぁ、あの、あ、あたし、あ、し、知らなくて、知らなかったんです! 本当です! 信じて、信じてぇ!」
「なにを」
「許してっ。どうか、どうか、お許しを。ご寛恕を! 消えますすぐに。もう触れたりしませんからどうか……ひぃいッッ」
女は先程よりもさらに甲高く、心底からの恐怖を
突如、女の背中から翼が広がった。魔術か肉体操作によって隠していた形質を解放したのだろう。
逃げる為に。
赤い翼を羽ばたかせ、女は一瞬にして都会の空へ消えた。
通りを歩く人間や人外達もまた何事かと空を見上げた。
明朗だった少女の姿はもう見えない。
「……」
訳が分からない。
あの豹変ぶりも、言動も。
ナンパを逃れた、助かった、そういった心持にはなれそうもない。あの奇態は尋常なものではなかった。
首筋を手で擦る。無意識の所作であった。
どうしてか、心なしか少し、そこが