会社の後輩が悪魔っ娘なのだが魔族恐怖症の俺はどうすればいい   作:足洗

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魔の力

 

 

 

 不可解を抱えた帰路。

 高架下、在来線が頭上を過ぎ去っていく。線路と車輪が擦れ合う金切声。逆巻く風。

 一瞬、周囲はその騒音で満ちた。音が音を蹴散らすものだから、正常な聴覚がその瞬間失われ。

 そして。

 そして。

 俺はそれを聴いた。

 

 ────放せ

 ────いいから来い

 

「ぐっ、お……!?」

 

 頭の内側に突如、それは響いた。

 歩道で(たたら)を踏む。ガードレールに手をついて傾ぐ身体をどうにか支える。

 

「なんだ……!?」

 

 ────顔をやれ

 ────大人しくしろよ

 

「これ、は……声、なのか……?」

 

 皮膚を震撼する。頭蓋を叩く。脳髄を抉る。

 音か、言葉か、電気刺激か、あるいは刃物を刺し込まれているかのような鋭い痛みが、頭の中から発して。

 ……いや、発生源は内部ではない。

 外部だ。どこからか響いてくる声だか信号だかを俺のこの脳味噌が頼みもしないのに拾い集め抱え込み抱えきれず破裂させている。

 脳に痛覚などない。知っている。他愛のない知識として。だがそんな理屈や事実、知ったことではない。

 

「痛づっ、どこから……」

 

 耐え難い。これは。

 痛みの根をどうにかしなければ。

 これが自分自身の疾患であるならまずは医者にかかって治療するのが筋なのだろうが、どうも、気にかかる。癇に障る。

 先程の物騒な言葉。声。

 声には色が付いていた。それは、いわゆる共感覚と呼ばれる脳科学で定義された知覚現象のこと、ではなく。

 もっと、それは実相を伴っていた。物理とは程遠いが、確かに現象だった。

 人が、心持つ何もかもが、放出せずにはいられない色彩。

 感情だ。

 俺の脳が持ち主の意向を無視してまで回収したものの正体は、誰かの感情とそれを乗せた声だ。

 何故。

 まさか突然テレパスにでも目覚めたというのか。超能力。

 それ自体なくはないそうだ。魔術、呪術、祈祷、卜占、あるいはそうした体系化された術法に該当し得ない先天的異能。魔界人との交配によって人類もまたその技術を、能力を継承し始めているという。

 しかしそれは、十分な指南とある程度の濃さの血縁があってようやく成立するものだ。突然異能力が降って湧くことなどありえない。

 では、これはなんなのだ。

 俺は何を。

 俺の身に何が。

 

 よたよたと高架を逸れて路地に入る。

 先達て一悶着起こした手前もあり人目を避けて裏通りを歩いていたが、入り組んだ路地には人影はおろか猫の子一匹見当たらない。

 気配すら。

 あまりにも、静かすぎる。

 

「?」

 

 朽ちた雑居ビルが群れを成す。ここは、魔界の境界に近いこともあり人間向けの店舗や住居が少ない。

 だがそれを差し引いても、この静寂は異常だった。

 まるで異界。

 そう、これは、あの日。あの夜。

 後輩の彼女に誘われた、あの闇夜の街並みを想起させる。

 

『手間取らせやがって』

『すばしっこいやつだ。さっさと済ませるぞ』

 

「!」

 

 今度こそ、それは音声だ。声帯から発し空気を振動させて響く、物理現象の声である。

 石柱のアーケードを潜り、レンガ造りの舗装道を越えると、その先で地下道の入り口が開いていた。

 声はそこから。

 気付けば俺は駆け出していた。

 闇の入口へ飛び込んでいた。

 誘われるように、追いかける。

 何を? 俺は何を、こんなにも。

 囚われて。

 ただ、その声を放置することはできなかった。その声を────許すことができない、そう思った。

 地下道に己の足音が反響する。水の流れる音。汚物の臭いはしなかった。地下水だろうか。

 今、影と共に行き過ぎた物体は鍾乳石か。濡れた岩が地肌を晒している。

 ここは、本当にどこなのだろう。

 今更に過ぎる疑問に呆れるより自省するより、俺は驚く。この状況に戸惑いこそすれ、恐怖を感じない自分自身に。

 

 光。

 出口?

 迷わず踏み込む。飛び出す。

 そこは外だった。

 厳密には地下のままだが、そこは円筒状の広大な空洞だった。それこそ下手な雑居ビル一棟を楽々収めてしまえるほどの広大さ。

 その中央に、誰かがいる。複数人。

 笑止。この期に及んで“人”などと。

 

 まず目に入るのはその小山のような巨体。それも二つ。人型には違いないが、人ではありえない体高と厚み。

 

「オーガ……」

「あん?」

 

 一体のオーガの女が俺の呟きを聞き取って振り返った。

 筋肉の隆起と収縮。その一挙動だけで、圧倒的な筋骨が鎧のように全身を覆っていることがわかる。それは特注サイズと思しい服の上からでも容易に見て取れた。

 片や黒のTシャツにダメージジーンズ。片やパーカーにショートパンツ。街中であれば特に何の違和感もなかったのだろうが、この極めてファンタジックな地下大空洞(シチュエーション)においては驚くほど似合わない。場違いに過ぎる装いである。

 

「おい、あれ」

「は? 人間? なんで?」

「……」

 

 ざんばら髪の額から二角を生やしたオーガが顎をしゃくり、一角のオーガがこちらを見やって至極当たり前の疑問を口にした。

 場違いというなら自分も他人のことを言えた身ではないが。

 しかし、どうやら自分以外にももう一人、あるいは自分以上にこの場にそぐわない者が、いた。

 

(人間……?)

 

 この空間の中心、円形舞台に立つ役者のように堂々と、その人物は佇んでいた。

 ロングコートにタートルネックセーター、ワイドパンツ。ファッション雑誌の表紙でも眺めている心地だ。

 立ち姿、手足の伸び、なによりオーラとでも言うのか、そういうものを纏った人。

 俺には、咄嗟にそれは男性に見えたが、よくよくつぶさに観察すると女性のような気がしてくる。細く、かなり長身の。

 やや距離があり、キャスケットと分厚いサングラスで顔容を半分近く隠している為、俺にはその人物が彼なのか彼女なのかを判別することができなかった。

 いや、男女の別などこの際は些細なことだ。

 問題は、この場に彼あるいは彼女がいること。そして、当該人物の前に、武器を持った鬼が二体立ち塞がっているこの状況。

 それも、明らかに危害を加える意思と宣言を、俺は()()()のだ。この耳で、この脳内に現れた不明領域で。

 

 オーガ達を止める

 彼(仮)を保護する

 

 以上、要件。

 俺はまず手始めにスマートフォンを取り出して掲げ、声を上げた。

 

「魔警に通報する。貴女達、武器を置いて」

 

 俺の声は空洞の内部を微かに跳ね回り、しばらくして上空へ抜けた。

 後には、気まずい沈黙だけが残る。

 さらにたっぷり十秒間。それだけの時間を使って、彼女らは目の前の奇妙な人間の奇行を咀嚼した。

 噛んで含め、そして。

 

「ガァーッハッハッハッハ!!」

 

 それはそれは豪快に笑った。

 地響きを起こすまでに大笑した。

 俺は誤解の余地もなくはっきりと、なんとなれば指を差されながら、嘲笑われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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