人が立ち入れない。
この国の内には、そのようにまことしやかに囁かれるほど広大な森が広がっている。
魔獣が闊歩するだとか、人々を迷わせる魔法がかかっているのだとか、様々な噂もあり、好き好んでこの森に入る人は少ない。
だが、その森の近くには小さな集落が存在している。その集落では、様々なポーションが手に入り、世界中の人々が集う。
「こちらが傷に良く効くブルーポーション、金貨2枚。こちらが内臓の病に良く効くレッドポーション、金貨5枚でございます」
「10個づつ頂こうか」
「ありがとうございます。ただいまご準備させていただきます」
金貨。この世界でも、大変に価値があるお金のひとつの形である。金貨はおおよそ、現代価格で言えば10万前後である。それをポン、と出す人が集うのがこの集落であり、それだけの薬を提供できる技術力が、この集落の価値を高めている。
「ブルー10本、レッド10本でございます。金貨70枚でございます」
「足りるハズだ」
ドシャリと、カウンターに置かれた袋。それを店主が数えるうちに、商人はそういえば、と言葉を紡いだ。
「店主。この集落以上に良い薬を作る場所は知らぬだろうか?」
「良い薬、ですか。薬の方向性によりますので、目的を教えていただければ」
「……少々、胃の腑に重い病を抱えている顧客がいてな。レッドポーションで症状は抑えられるのだが、どうにも完治には至らんのだ。無論、医者はお手上げのご様子でな」
「ふむ……。医者がお手上げ……レッドでも症状を抑えるにとどまる、と。しかし、正直これ以上のポーションは世の中には……あ、いや」
店主が不意に言葉を止める。もしやと商人は希望の光を以って、店主の顔を伺う。
「噂程度のもの、ですが」
紙と羽ペンを取り出した店主は、さらさらと紙に地図を描く。どうやら、そこに書いてあったのは、広大な森へと足を踏み入れるような、そんな地図であった。そして地図を書き上げ終えた店主は、商人へと地図を手渡した。
「この集落の背後に広がる、この国が誇る広大な森。その森の奥に、万病に効くポーションを提供するエルフの薬屋があると、この集落には伝わっております」
「ほう。万病に効くポーションを作るエルフ、か。確かに聞いたことがあるな。この村の始祖の話だったか?」
「ええ。しかし、エルフの存在そのものが架空でありますし、森の奥には強大な魔獣が潜んでおります。まず、そのようなお話は、あくまでおとぎ話である、というのが一般的です」
「だろうな。眉唾の話と言っていいのだろう?しかし、そうなるとこの地図はいったい?」
店主はひとつ呼吸を吸い込むと、それを長く吐く。そして、少しお待ちいただきたいと手を軽く上げてから、店の奥に一度その身を消した。
数十秒立った後、ふたたび商人の前に店主が姿を現すと、その手には、何かが握られていた。
「こちらをご覧ください」
その手が開かれると、そこにあったのは小さな瓶。しかし、それは明らかにただの瓶ではなかった。
「……美しいな」
それは見惚れてしまう物だった。まず、瓶であるが、ガラスで作られていることは判る。しかし、表面に曇りや歪みがなく、非常に高度な技術で作られていることが伺える。しかも、蓋は普通のポーションであればコルク栓を使う物なのだが、この便は蓋すらもガラスである。注ぎ口の加工精度の高さも見事と言えよう。その上で、透明度も高く、中身もよぉく見えている。
「はい。非常に美しく、そして、素晴らしい効能を持つポーションでございます」
まず目につくのは青い液体。店で売っているポーションは不透明なのだが、このポーションは澄んでいて、瓶の反対側もよく見える。そして、このポーションの特徴といえば、瓶の中に浮かんでいる、なにがしかの植物だ。
薬液に浸かっているはずなのに、その植物は瓶の中で、生き生きとしているようにすら見える。そしてその液体と植物は淡く光っていて、ほのかに、店主の手のひらを青く染め上げている。
「ポーション、なのか?レッドやブルー、それに、この集落で売っているものとはかなり違う物に見えるのだが」
「はい。間違いなくポーションでございます。それも、特級品です。それが証拠に」
ふいに店主が服をめくって腹を見せた。
「この傷が見えますかね」
その腹には、大きな傷跡が見て取れた。まるで、えぐり取られたようにも見える、酷いものだ。
「これは……一体どうされた?」
「ジャイアントベアにやられた傷です。森に薬草を獲りにいった矢先にやられましてね、死ぬ直前でした。ですが、このポーションを服用したところ、傷が一瞬で塞がれたのです」
「ほお……それは、それは」
商人はポーションにくぎ付けだ。目には明らかな光が灯り、欲望が溢れているようにも見える。
「そして、お渡しした地図。それが、このポーションを頂いた場所なのです」
「ほう?頂いた?」
「そうなのです。2本頂いて、これが残りの1本となるのです。
小瓶を見つめながら、店主は懐かしそうに語っていた。だが、対して商人はそれどころではない。この集落以上のポーションを手に入れられるとなれば、確実に、儲けになるからだ。その嗅覚が、この時を逃すまいと鋭く働いている。
「有難いお話、感謝する。店主。情報料だ」
ドシャリ。置かれた金貨の袋。明らかに、先の金貨よりもそれは多い。つまりこれは、『ほかの商人には教えるな』という口止め料という意味でもある。
「またのお越しをお待ちしております」
それを正確に受け取った店主は、頭を深々と下げていた。その手の中では、淡く、青く、小瓶が光を湛えている。