万病に効くと言われるそのポーションは、
淡く光を、湛えているという。
人が立ち入らぬ広大な森。集落の近くはまだ普通の森の様子を呈しているのだが、ひとたび奥地に入ると、そこは魔獣が闊歩する魔境そのもの。先の店主を襲ったジャイアントベアもその魔獣の中の一匹であり、森の動物はすべからく凶暴である。
そんな森の奥、木々すらも魔獣化しつつある魔境を超え、その先にある小さな泉。こんこんと湧き出る清涼な地下水は、魔獣の瘴気が湛えられている森の空気を浄化しているようで、この泉から広がる湿地一帯は障気が一切なく、美しい尾瀬が広がっていた。
「うん。キミたちの生育は問題ない」
その尾瀬の沼地の
「水も……うん。美味しい」
尾瀬の水を手で掬い、ひとくち。嚥下した彼女の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。そして、そのままの流れで水面から顔を出していた白い花を摘む。
「今日のポーションの材料はキミだ。どんな効能があるのかな?」
そう言って彼女が軽く息を吹きかけると、白く、淡く光る。目を細め、彼女はそれを満足そうに見つめている。
「そう。キミは精神の安定に効くんだね。良いポーションに仕立ててあげる」
彼女はそう言いながら、湖面を歩く。その美しい足元はまるで、アメンボのように軽やかだ。
■
尾瀬から少し離れた森の中。そこに彼女の住居兼工房は存在していた。石造りのそれは、彼女の魔法によって魔獣除けと、瘴気除けが掛けられている。
彼女の腕前は相当なものと言えよう。ジャイアントベアをはじめとする凶暴な魔獣達は、一切、立ち寄らないのだから。
「ただいま」
彼女の歌うような鈴声が、部屋に満ちる。すると、それを金切りとして、部屋中の明かりが灯った。暖炉にも火が灯り、うすら寒い森の空気を暖かく染め上げる。
「さてと」
さっそくといった体で、彼女は部屋の奥にある一枚のドアの前に立った。そして、そのドアを軽く押す。すると、そのドアは一人でに開く。彼女がそのドアを潜ると、これまた先の部屋と同じように、明かりが満ち、なにがしかの機械たちに火が入った。
あるものはゴリゴリと何かを削り、あるものは丸い容器のを温めふつふつと湯を沸かしている。あるものは、ぽたぽたと、何かを抽出しているようだった。
「……溶液は一本分はありそうだね。うん」
なにがしかを抽出していた瓶。透明で見事な成型をなされているそれを掴み上げて、彼女は自らの翡翠の目の前に持っていく。
瓶と、その中の液体を通して、部屋の反対側が見事にくっきりと見える。透明度、つまりは液体の純粋具合をよく示している。
「純度も、問題ないね」
そう言って、彼女は沸騰している何かの機械に手をかけた。すると、シュウ、という音と共に、丸い容器にとりつけられた細いノズルの先から水蒸気があふれ出す。それを確認すると、先ほど採取した白い花をその蒸気に当て始めた。
「うん。うん。生きも良い」
熱い蒸気に当てられているはずの白い花。だが、その花がしおれる様子はなく、むしろ、生き生きと花が立っていくようにも見えていた。そして、蒸気で花を十二分に温めた後。
「今」
なにがしかの溶液に満たされた瓶の中に、その白い花を、す、と入れる。
「ふ」
そして、軽く彼女が息を吐くと、驚くべきことに、瓶の水が
「いそげいそげ」
小瓶を持ち、工房の中央に置かれた、なにがしかの台にそれを静かに置いた。脚は木製だが、どうやら天板は黒曜石のようなつるりとしたものだ。よくよく見れば、その天板の上には円と幾何学模様からなる図形が描かれている。
彼女は台から2歩下がる。そして、両手をその台と瓶に向けると、目を瞑り、鈴のような声で、言葉を紡いだ。
「光れ」
その言葉に答えるように、黒曜石が少し光を湛え始める。しばらく時間が経つと、その光は徐々に光量を増していき、気づくと、幾何学模様が浮かび上がる。それと同時に部屋の中央の代から部屋の外側に向かって、風が吹き始めた。
「……そして、癒せ」
風を感じた彼女の口が、その一言を発する。すると、風が不意に止む。彼女は未だ両手を台と瓶に向けたままだ。が、次の瞬間。光り輝いていた幾何学模様の光が、ひとときで瓶へと移った。
「……よし、白のポーション完成。名前は――」
光輝く白の透明なポーション。中には白い花が儚げに浮かんでいるそれを見ながら、彼女は少しの間だけ固まる。
「ベラドンナでいいかな」
うん、と頷いた彼女は台から小瓶を摘まみ上げ、足早に工房の隣にある倉庫へと足を運ぶ。
「どこに、おこうかな」
倉庫と工房の間にドアは無い。故に、彼女は門を潜るだけでいい。
そうやって彼女が潜った倉庫には、大量の光り輝くポーションたちが棚いっぱいに置かれていた。赤、青、緑、他にも金色や黒、藍色桃色、様々なポーションが絵の具のように並んでいる。
「うん。黒の『キビ』の隣だね。丁度、白黒でバランスも良い」
コトリ、と満足げにポーションの瓶を置き、倉庫を後にした彼女。その棚の一角には、不思議と、2個分程度の瓶の置き場所が空いていた。