酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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闇でも光でもない高校教師(クズ)は書いたので、次は光の高校教師(クズ)です。


第一章:オーバーチュア
①酒は飲んでも……


 ぼくは「清」という字が好きだ。清い、清める、という通り水が濁っていない、澄んでいるという意味と穢れがないという意味がある。

 幼少期から漠然と、言葉にはできないけれど黒よりも白を、不透明より透明を好んでいたように思える。潔癖症気味なのも手伝っているのだろう、とにかくぼくは好きな漢字に背を向けない生き方をしてきたつもりだ。

 だが、ぼくの生き方は人を拒絶する生き方でもある。家族ならまだ我慢できるが、そうでない友人と同じ皿を共有するのも、回し飲みなんて文化も、ぼくには理解できない。

 とはいえ、こういう場が人間関係を豊かにするんだ、と頬を赤らめながら教えてくれた大学時代に知り合ったゼミの先輩の言葉は正しい、清いとは正反対の人だったけれどその言葉と夢は一つのぼくの目標でもあった。だからなるべくは参加するようにしていた。

 

「うーんと、これは……?」

「それの補助線はこっち、そうすると相似関係になるでしょう?」

「そ、そっか……じゃあ」

 

 生き方は変えられないまでも、他者を言葉で導くという先輩の背中に憧れて、ぼくは大学生になってから本格的に高校教師を目指し、今年で26歳になった。あれから七年、早いものだとしみじみしつつ今ぼくは受験期間まっさかりの中学生を個人的に見ていた。

 ──決してやましいことはない。彼女は倉田ましろ、関係性としてはぼくの親戚、ということになる。両親を早くに無くしたぼくを引き取ってくれた人の兄弟の娘さん、戸籍上は従妹だ。

 

「月ノ森……」

「だ、だめかな……?」

「今の学力じゃ厳しいと思うよ」

「そ、そうだよね……私の成績、中の下だし」

「でもましろは要領が悪いだけ、苦手なところを苦手なままほっといた結果だ」

「……そうです」

「とにかく、夏休みで出来るだけ苦手を潰そう、それからまた進路を決めればいいよ」

「──あ、ありがとう、誠二(せいじ)さん!」

 

 高校生を教えるのとはまた違った、そして大人数と黒板の前で教えるのとも違う体験はぼくの人生を少し豊かにしてくれる気がした。塾や家庭教師というのも考えたそうだが、学習塾は生徒間の競争が激しく、また夜遅くなるケースが多い。ましろの性格上誰かを競わせられるのは少し気の毒だ。また家庭教師はパーソナルスペースの内側まで入りこまれるのが彼女には耐えられないだろうということで気心の知れたぼくを雇いたいというものだった。

 

「誠二さんはさ」

「家庭教師中は先生の方がぼくも切り替えができるね」

「……誠二先生はさ、本当に私なんかが月ノ森に入れると思ってるの?」

「そうだね……」

 

 月ノ森は小学校から高校まで一貫のお嬢様学校、勿論外部生も受け入れているが公立高校や中高一貫ではない私立よりも門は狭いと捉えるべきだろう。そしておそらく、担任教師か進路指導の先生に遠回しかストレートか、とにかく無理だと言われたんだろう。

 

「正直に言うね」

「……うん」

「今のましろには無理、一学期の内申点じゃとても受験していいとすら言われないと思う」

「うん……担任の先生にも、言われた」

 

 やっぱりか、と溜息を吐く。

 ましろには自信というものがない。常に後ろ向きでネガティブ、嫌なことからは逃げてしまう性格、そのくせ承認欲求は高めなのだから困ったものだ。

 自分なんてダメだと否定するけど、自分が何かで認められることに飢えている。そんな餌にありつけず飢えた、けれど自分では食事も満足に探せない小動物、そんな印象だ。

 

「でも、月ノ森の勝負は二学期の成績で決まる、だから夏休みにこうしてぼくがキミを机に縛り付けている」

「……うん」

「それに、一学期は間に合わなかっただけ……六月からじゃどうしたって成績を伸ばすのは不可能だ」

「そ、そっか」

「……少し、準備をさせて」

 

 そんなましろにぼくができる最短距離かつ最適な指導方法は「できる」と認めてあげること。でも空虚な「できる」では腹は満たされない。一時的には満足するかもしれないがツケを払う時が必ずくるからだ。

 特にましろの場合自分の成績と月ノ森合格ラインの間の落差が激しい。それを壁と捉えるから膝を抱えることになる。

 

「はい、これ解いて」

「え、い……いきなり?」

「大丈夫、前にやってるところしかない、おさらいだと思って」

「わ、わかった……」

 

 ぼくはファイルの中から一枚の紙を出す。ミニテスト、という雰囲気に彼女は困惑するがやがて黙々とペンを滑らせはじめる。

 その横顔は真剣だが、確実にできている雰囲気を纏っていた。その証拠に後の採点ではバツはつかず、〇ばかりが赤い線で描かれていく。

 

「全問正解、全教科満点だね」

「……う、うん、満点だった……!」

「ところでこれ、見覚えがあったでしょ?」

「そ、そういえば」

 

 それは当然だ、彼女が解いた問題は最初も最初、ぼくがこの家庭教師を受ける前に学力を知りたいと彼女の両親経由で解かせた問題だったからだ。

 それに漸く気づいたらしいましろは、大きな瞳でこっちを覗きこんでくる。深い青色の瞳は、一点の曇りもない澄んだ空のようだった。

 

「これが今のましろ──キミの成長だよ」

「……先生」

「ぼくは夏休みの結果で進路を考える、と言った。そこで進路を考え直すのか、月ノ森を第一志望のままにするのかは……キミ次第でどっちもあり得ると思ってる」

「つまり……」

「頑張れば、この調子で学習を続けていけば──十分に目指せるよ、月ノ森」

「──うん! 私、頑張るね!」

 

 これがきっかけだったのだろう、ましろは前にも増して意欲的に苦手を克服することに時間を使うようになった。今までは直前にやっているかぼくが見ながらだった予習や復習も、自発的に行うようになると学力はぼくの読み通りの伸びを見せた。

 

「ね、この服はどう思う?」

「ぼくに女性の服を訊くのはどうかと思うけど」

 

 最初は距離のあったましろも、夏休みの終わりごろには休憩中に雑談をしてくれるようになった。

 勉強中は「先生」として、だけどそうではない時には「従兄」として接する機会も随分と増えていった。

 

「率直な感想がほしい、誠二さん的に私に似合うと思うかどうか」

「……同じようなもの着てるの見たことある」

「……そういうのじゃない」

 

 ベッドに寝転がり拗ねたような反応をするましろに苦笑いを向けつつ次までの宿題を決めていく。懐く、という言い方は少し誤解を招くかもしれないが、屈託のない笑顔を向けられると最初に比べて打ち解けたと言ってもいいだろう。ただ、そうすると問題も出てくるわけで。

 

「中学卒業してもさ、誠二さんと一緒にいたいなぁ」

「……どういうこと?」

「こうやって、勉強見てもらったり、お、おでかけしちゃったり……?」

「ぼくと? どうして?」

「そりゃあ、友達いないし……できるか不安だし」

「そういうのも含めて学校生活だとぼくは思うよ。勉強だけなら学校なんてなくても、こうして成績は確保できるんだし」

「……はぁい」

 

 年頃の、多感な時期の女性というのは大人に憧れるもの、というのはよくあることらしい。

 身近に異性の大人がいて、同年代の男性とは違う余裕を見せられると強く惹かれる、魅力的に映るのだという。その異性と長い時間共に過ごせばそれだけ、強く魅せられる。

 

「──合格したよ!」

「おめでとう」

「えへへ、誠二先生のおかげだね」

「ましろが頑張った結果だよ」

 

 そして冬になり、ましろは無事月ノ森へと通うことになった。春からは月ノ森生だということでぼくの役割もようやく終わりだとほっとしたのも束の間、ましろからは連絡が高頻度で来る上に、両親に聞いたのかぼくの一人暮らしの部屋にまで上がり込むようになっていた。

 

「ましろ、遅くなる前に帰ってくれると嬉しいんだけど」

「えー、じゃあ誠二さんが送ってってよ」

「……わかった」

「ふふ、あ、そうだついでに寄ってほしいところがあるんだけどね──」

 

 こんな風になれば言葉にされなくてもましろがぼくにどんな感情を抱いているか、なんてわかってしまうものだ。春前には月ノ森指定の紺色のセーラー服の自撮りが送られてきて「かわいい?」と言葉が添えられていた。幾ら年が離れているとはいえ、興味のない男性に向けるものではないのだと理解するのはそれだけでも十分だった。

 

「ふんふん、つまりは一緒にいるとドキドキしちゃうと、そういうこと?」

「いえ、そういうことではなくてですね……ぼくに対してあからさまに無防備な瞬間が増えて心配である、と言う話です」

 

 そして春になり、ぼくはましろの猛攻に耐えかねて大学時代の先輩、その中でも特に関りのあった二人の先輩に相談を持ち掛けた。二人ともぼくの潔癖を知っていて、それでも気を遣う素振りもなく、でも気づけばぼくに配慮してくれる、優しい先輩だった。二人ともぼくと同じ高校教師で、そういう意味でも尊敬できる先輩だ。

 

「まぁ男だし、いい女ならドキっとくらいさせられるだろ」

「清瀬先輩……そういう問題じゃないんですよ」

「じーたーくんから見ても、その子はかわいいわけじゃん?」

「恋愛方面に話を進めようとしないでください、あとその呼び方はやめてほしいと再三言っているはずです」

 

 だがこれに関しては相談する相手を間違えているのではないだろうかと、ぼくは頭を抱えたくなった。

 特にぼくのことを「じーたー」などという何処かの野球選手のような呼び方をする方の先輩は目をキラキラさせて身を乗り出してくる。ぼくの名前である倉田誠二の苗字と名前それぞれの最後の文字をくっつけて逆にしたものだ。

 

「カタいなぁ、なっくんの後輩とは思えない」

「お前の後輩でもあるだろ、みみの後輩がこんなカタいとなぁ」

「先輩方が緩すぎるんですよ……」

「まぁまぁ、今日は飲め、先輩が奢ってやる」

「いいんですか、ぼく、高いの頼んじゃいますからね」

「おうどうぞどうぞ、なんならみみと勝負してみろ」

「あはは、わたしなっくんより強いよ~?」

 

 懐かしいとすら思えるカップルのノリにすっかり乗せられ、なんだかカッコいい名前の焼酎を頼んで飲みつくした、そこまでは覚えている。

 でも流石に飲みすぎたみたいで、記憶が曖昧だ。そうだ、あの二人に潰されたんだぼくは。

 

「……つまり」

「うん、男の人と女の人に連れられて、酔っぱらって帰ってきたよ」

「……そうだね、そこまでは覚えてる。その後……そうかぼくは、お風呂に入っちゃったのか」

「うん」

 

 それがまずかった、とぼくはベッドの上で正座をした。人生で一度は広いベッドで寝てみたいというぼくの願望が叶ったセミダブルサイズのベッドの上にはぼくのほかに、ましろもいた。

 血中のアルコール濃度が高い状態での入浴は危険、そんな解り切った答えも、酔いで回らなくなった頭では考えつかないものだ、と学んだ。

 ──そして、記憶すらも無くすほど飲むと絶対に後悔する、ということも体験してないと本当の意味では解らないものだ。

 

「わ、私は……嫌じゃなかったから」

「嫌がっててほしかった」

「そ、そんなこと言われても……私、誠二さんのこと、好きだし」

「そうだとしても、だよ」

 

 酔っぱらったぼくが何故か居るましろに対して何を思っていたのかは知らない、ぼくの家の方が月ノ森に近いから、送ってもらおうとでも考えていたのだろうが、帰ってこなかったのだろう。連絡が来ていたことすらも気づかなかった。

 後悔したくなったけど、結果として寒い中で長時間待たせることがなくなったから合鍵を渡したのは正解だったのかもしれない。

 

「せ、説明した方がいい?」

「うん……ぼくの過ちをきちんと脳に刻むためにも」

「えっとね、お風呂から出てきて、最初はお水渡して……そしたら、抱きつかれて」

 

 冷や汗が止まらない。今日が休みで本当によかったと心の底から思う。何を思って、いや解る。ぼくはこの性格だから女性経験がない。ゼミの先輩にはある程度以上に話せる女性が二人いたが片方、美城先輩は清瀬先輩の恋人、ということで知り合っただけ、彼女と二人きりで話した経験は数えるほどしかない。もう片方、加賀谷先輩は変人だからノーカウントだ。

 だからこそましろのアピールに揺れていたのは事実だ。モテた経験もないぼくにとって、それだけ彼女からの好意は刺激的だったのだということに終わってから気づいてしまった。

 

「ぼくは、なんて?」

「確か……ぼくだって男だから、我慢できない時だってあるって、押し倒されて」

「……最低だ」

 

 確かに、悶々としていた時もある。ましろがいつ来るか解らない日々が続いていて、タイミングを逃したというのもある。ぼくにだって人並みの性欲はあるんだから。ああ、なるほど、その時に使う用のコンドームも枕元にあったね。とりあえず最低最悪な無責任行為ではなくてほっとした。

 

「でも、私、さっきも言ったけど嫌じゃなかったよ? 拒絶しなかったし……気持ち良かったし」

「ごめん、今そういうのは……ぼくのメンタルにダメージ入ってるから」

 

 頬を染めないでくれよ、最低だと拒絶してほしいくらいだ。

 ──ぼくは、酔った勢いで教え子に手を出した。こんなこと、先輩たちにも相談できない。

 あまりにも軽率で、軽薄で、ぼく自身が最も嫌悪した筈の結末だ。

 

 

 

 

 

 

 




・倉田誠二(26) 180センチ
 職業:高校教師(歴史)
 誕生日:4月30日
 備考:11歳年下の女子高生を押し倒してヤったクズ。

 類は友を呼ぶんですねぇ~
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