評価ありがとうございます、これからも毎日投稿しますのでよろしくお願いします!
羽沢つぐみさんの声で、迎えられる。結婚式の時に直接話したわけじゃないからむこうは顔を覚えていなかったみたいで何か言われるわけでもなく、席へと案内された。
一瞬だけ何も飲み食いせずに出た方がいいか、とも考えたけれど、眠気のある頭と良心の呵責が踏みとどまらせた。
「アイスコーヒーで」
「かしこまりました!」
──あの男、担任してる生徒の家に入り浸ってるのか、なんて非常識な教師だろうか。そもそも羽沢つぐみさんも内心では迷惑がっていないだろうか、後輩としてどうにもあの男の言動に対して過敏になってしまう。
「お待たせしました」
「あ、どうも」
「……誰か人待ちとかですか?」
「えっ?」
やや居心地の悪さを感じて飲んだらすぐ帰ろうと心に決めていると彼女にそんなことを言われて戸惑う。
どうやらぼくはよっぽど不審な動きをしていたようだ、せわしなくキョロキョロしていたらそりゃあ誰だって怪しんで声を掛けるだろう。
「い、いえ……」
「その人は
どう答えようか迷っていると救いの手を差し伸べるような声が入口から聞こえてきた。羽沢さんと同時に顔を上げて、そしてぼくはそれを女神のようだ、と思ってしまったことを後悔した。あれが女神なものか、少なくとも一般大衆が想像する女神とはかけ離れた妖艶な笑みを浮かべた彼女は、悪魔と言ってもいいかもしれない。
「あ……千聖さん、花音さん! いらっしゃいませー」
「……キミたちは」
「結婚式以来、と言ってもつい最近だけれど、それ以来ですね」
「は、初めましてでいいんだよねこういう時って……?」
「いいと思うわよ、私たちも彼も顔を合わせて挨拶したわけじゃないのだし」
──白鷺千聖、アイドルであり女優活動もしている有名人、隣にいる松原花音さんは「ハロー、ハッピーワールド!」のドラムでどちらも先輩の結婚式に呼ばれていた、つまりは清瀬先輩の生徒ということになる。
「……どうしてぼくを?」
「あら、困っていたから助けてあげたんですよ?」
「その理由を訊ねているんですが」
「少し、あなたに興味があって」
興味、と言うとぞわぞわと鳥肌が立っていく。こういう場合の興味なんてきっとロクでもないだろう。
ただ助けてもらっていたから断ることもできずに相席を許してしまった。真正面にアイドルがいるというのは少しだけ緊張する。
「千聖ちゃんがごめんなさい」
「いえ、ぼくは別に……目的が見えないだけで」
「特に理由はありませんよ? ただ、あなたなら一成さんの過去を話してくれると思っているだけです」
「……理由、あるじゃないですか」
やはり先輩狙いか、というか過去なんて先輩に聞けばいいんじゃないだろうか。いや、先輩は自分語りをほとんどしないか、先輩の元カノだって本人からじゃなくて加賀谷先輩からだったし。
だだぼくは先輩の過去や、大学であったことはよくわからない。少なくとも結婚した美城先輩とは浮気することもなくずっと仲が良かったことは印象に残っている。
「……そうですか」
「はい……なにか?」
「あ、あの……千聖ちゃんは、未来さんと清瀬先生の間に何かあったんじゃないかと思ってるみたいで」
「何か……すみません、ぼくは喧嘩しているところも見たことがないので」
これは隠すことなどない事実だ。ぼくはそれほど先輩たちのことを見ていたわけではないが、あの二人に加賀谷先輩を含めた三人でよくご飯に行っていたし、遊びに行っていたように思える。先輩が卒業した時だって三人で飲みに行ったことを加賀谷先輩は教えてくれたのだから。
「加賀谷先輩とは、誰なんでしょう?」
「すみません、ぼくは大学時代のクセで旧姓なんです。今は荻原香織といいます」
「日菜ちゃんが懐いていた先生ね」
「そうなんだ、あの人も先生なの?」
「元羽丘だそうよ」
「はい、彼女ならきっと詳しいことも知っているでしょう」
そう、ぼくは知らない。加賀谷先輩と清瀬先輩の間で何があったのか、先輩の卒業後、加賀谷先輩がどういう経緯で新しい恋をしたのか。
──ああ、でもぼくが知っている清瀬先輩の過去は一つだけある。これはきっと話していないだろうから。
「……先輩は、最初は教師にはならなかったんです。卒業前にどうやら迷っていたようで」
「迷っていた……先生がですか?」
「いえ……そうよね、確かモカちゃんが言うには24歳で新任だったって」
「二年、遠回りしてたってこと?」
「はい、それがどういうヒントになるかはぼくにもわかりません」
根っからの教師という雰囲気の彼だがもっと上の卒業生が起業した会社に勧誘されたという話を誰かから聞いたような気がする。どういう理由なのかはわからないけれど迷っていたとも。結局その後教師になっているのだからぼくにもその辺りはよくわかっていない。ぼくだって卒業後に清瀬先輩と顔を合わせたのは、一年前にあった加賀谷先輩の結婚式だったのだから。
「あなたから見た一成さんってどういう人でしょう?」
「……どういう人?」
「私や花音から見ることのできる一成さんはあくまで先生で大人、素顔はほとんど見ることができませんから」
「だから、後輩からの言葉が知りたい、と?」
「ええ、後輩で同性のあなたならば、違う一成さんを知っているでしょうから」
ぼくから見た先輩、なんて一つしかない。
──理解できない、それだけだ。ぼくは先輩を理解できないししようとも思わない。真面目からは程遠い態度で、女にだらしない、浮気はしていなかったみたいだけれど未遂ならぼくだって数回くらい思い当たるフシはある。
「ふ、ふえぇ……昔から、そんな感じなんですね……」
「当時の方が若いのだから、むしろ今よりもっと酷いと思うわよ」
「それはさておき……ぼくが理解できないのは、それでもあの人は教師なんです。生徒を教え導き、行くべき道、選択肢を照らしてくれる。それが、ぼくにはわからない」
あの人を教師にしているのは免許を持っているからでも学校が雇っているからでもない。
その燃え上がる理想がそうさせている。都合が悪くなるとその場から脱兎のごとく逃げ出す先輩が絶対にそこから動こうとはしないところからもそれが窺える。
「なるほど……よくも悪くも、誰かに影響を与える、そういうことね」
「千聖ちゃん?」
「ありがとうございます、急に話しかけたのに丁寧に対応してもらって、とても助かりました」
「いえ……知りたいことが少しでも知れたら、もしくは推測できたならそれでよかった」
「ええ、とっても有意義でした」
そう言って白鷺さんと松原さんは店を出ていった。
なんだったんだろうか、というか思いっきり先輩のテリトリーという気配がするな、もう二度とこの店は利用しない。コーヒーもおいしいし、雰囲気もいい、接客態度も問題ないが常連がよくない男だから、とレビューに書き込んだらちょっとくらい改善されるだろうか。
「先生のお知り合いだったんですね」
「すみません、後輩でして」
「男の人の後輩、初めてみました」
「……そうでしょうね」
あの人は女性には年上年下関係なく何故か好かれやすく、また同学年の同性とはノリが合うらしく友人関係を築いているが、後輩と年上の同性には好かれないという特徴がある。ぼくだって別に好きで後輩をやっていたわけじゃないし、荻原先輩が例外すぎるだけだ。伊丹だって直接関わりがあったわけじゃないが苦手に思っていたはずだ。
それから羽沢さんは困ったように眉を下げてぼくに頭を下げた。
「千聖さんがごめんなさい、普段から結構あんな感じで」
「いいですよ、ぼくは迷惑とは思いませんでしたし」
とか言っているけれどよくよく考えると迷惑だったな。おかげで作業が全然進んでいない、眠気は飛んでいるがこれもきっとコーヒーのカフェインがそうさせているような気がするし、ただただ質問責めにあっただけだ。
「千聖さんは、先生に自分を変えてもらった、ってすごく感謝しているみたいです」
「……変えてもらった、ですか」
「はい」
羽沢さんの知っている範囲だと、彼女が先輩に想いを寄せるようになったのは丁度今くらいの時期らしい。アイドルで、芸能人で、だがその中に様々な事情を抱えていた彼女を、先輩はまるで王子様のように颯爽と言葉と行動で解決してしまった。まさに、白鷺さんは恋する乙女だったというわけだ。
「それから男漁りもやめて、一人の生徒として満たされていると、そう言っていました」
「……ん?」
なにか羽沢さんから、そしてアイドルからは到底考えられない単語が飛び出した気がするがまぁいいだろう。相変わらず変な人にばかり好かれる体質のようだ、きっと呪われているとぼくは考えている。スピリチュアル的なことはぼくも先輩も全然信じちゃいないけれど、自称視えるひとだった女性曰く「全身に赤い糸が絡みに絡まりまくってる」らしい。今思えば信じてあげられる部分もある。
「あの人は愛されすぎる体質なのかもしれない……と大人になって思うことはあります」
「去年の秋に倒れた時も、すごかったですよ」
「……倒れた、ああ確か美城先輩が」
──大変だよじーたー! なっくんが急に倒れて! と要領の得ない連絡が来たことをよく覚えている。結局何があったのか詳しいことまでは聞き損ねていたが、どうやら現場はこの羽沢珈琲店だったらしい。その時は「Afterglow」の美竹さんと青葉さんが一緒にいて、二人に何かを言い残して意識を失ったのだと教えてくれた。
「その後、急に卒業生? の方も飛び込んできて、それでもうめちゃくちゃで」
「そうですか……少し、羨ましい話です」
きっとぼくが倒れたと知っても、ぼくが担当した生徒は誰も飛びこんできてはくれないだろう。ぼくにとってのましろが先輩には卒業生にも在校生にも他校にもたくさんいるということだろう。少し羨ましいけれど、ぼくからすればましろだけで手一杯で持て余しがちだから安堵するべきだろうか。
「また来てください! 今度はましろちゃんも一緒に!」
「……機会があればぜひ」
入った時はすぐ出ようと思っていたのに結局、長居をしてしまった。おかげで作業はほどほどに進んで、これなら少し眠って遅めの夜ごはんの前には片付くだろう。先輩と被っているということさえ除けば本当に好条件の場所だ。先輩で慣れてるせいかきっとましろとデートで使っても怪しまれることもないだろうし。
「それにしても、二人の過去か……ぼくには想像もできないな」
あの二人が喧嘩をするなんてやっぱりどうしても想像できない。言い争いはしょっちゅうしていたが、それもぼくからみればバカップルのそれだ。険悪なのではなく、むしろ真逆のやりとりだったのを覚えている。浮気まがいのことをしてもこれなんだから、美城先輩は暢気なのかおおらかなのかと考えたことも一度や二度ではない。
「……まぁぼくには関係ないか」
人が愛でることのできる花には限界がある。先輩はそれこそ両手いっぱいの花、抱えきれないくらいの花を愛で、育てることもできるのだろう。
だけどぼくには一輪の花を枯らさないようにすることで精いっぱいだ。でも、それでいいと教えてくれたのはその一輪の花だった。
『もしもしっ、どうしたの?』
「ううん、勉強してるのかなと思って」
『うん、丁度休憩しようと思ったところだよ』
「夜更かしはしないように、勉強効率が落ちてきたと思ったら素直に睡眠を取ること」
『はぁい』
「それじゃあいい成績を期待してる」
『ご褒美のデートもね』
「それは結果が出てからね」
たとえぼくが急にたくさんの花を愛でられるようになっても、きっと嫉妬されてしまうだろう。もしかしたら寂しさで枯れてしまうかもしれない。だからそれでいい、ぼくは清瀬先輩のようにならなくてもいいんだ。
「……ぼくも、もう少し頑張ろう」
黄昏も沈んだ濃紺の空の下をぼくは進む。
灯りがなければ進めないほどの真っ暗闇だったとしても、その先に道があるとぼくは信じているから。その時にましろが隣にいるのか、それとも別の道を歩いているかは今はわからないけれど。
なんかこう、某サブキャラと他バンドリキャラの関係がしっとりしがちですが、一線は越えていません。カノジョいるのにヤリまくりだったらただのクズだからね