酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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夏休み、始まります!


⑪サマーバケーション

 ついに夏休みが始まった。問題集はコツコツとやってもらいながら、ぼくは読書感想文とレポート課題の二つを全面的に支援していた。流石に文章全部を考えることはないが、読書感想文はテンプレを作って穴埋め形式にしておいて、現社のレポートは抑えるべきポイントを、歴史はましろの興味に合わせてぼくが授業をすることで進めていった。

 

「わぁ……こんなに早く終わりそうなの、生まれて初めてかも」

「……ましろはギリギリにやるタイプだったんだねずっと」

「やらなきゃ、とは思うんだけどね」

 

 面倒ごとからは逃げ出したい性格である以上、ましろはそういうタイプだろう。だが少なくとも今年はぼくがいるのだから逃がしはしない。

 バンド練習とライブ、そのバンド仲間と合宿、更には先輩たちの新婚旅行と予定はそれなりに詰まっている。サボればあっという間に息が上がってしまうのは目に見えていた。

 

「ごめんね、セーくん、夏期講習もあるのに」

「大丈夫だよ、ぼくがましろを手伝うって決めてるんだから」

「……じゃあ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ましろがぼくという存在そのものをモチベーションにしているのなら利用しない手はない。高校生の夏休みは、きっとできることがいっぱいある。特にましろの変わりたいという気持ちで前を向いた先にあるものをぼくは期待しているから。

 

「セーくんちなら勉強合宿してもいいなぁ……なんて」

「いいけど、その場合本当に勉強漬けにするから、毎日八時間くらい」

「え~! それは困るかな、デートは?」

「勉強合宿でその先生とデートしようとしないで」

 

 とはいえ、ましろは期末のテストの結果がよかったからご褒美にデートの約束もしたのは事実だ。水族館みたいな場所であることを祈っているけど、おそらくましろのことだからそうはならないだろう。

 

「デートの約束だけどさ」

「うん?」

「少し遠くでも大丈夫だよ、ぼくが車を出すから」

「本当?」

「疑うところはないでしょ」

「えへへ、ドライブデートだ」

 

 それだけでましろは楽しくなってしまったようで、休憩中だったのにまたシャーペンを滑らせていく。本当にぼくがモチベーションになっているんだな。不思議と嫌な気持ちはしないのはぼくもましろに影響をされているからなんだろうか。

 

「プールに行きたい」

「……デート?」

「うん、清瀬さんの新婚旅行先、ビーチらしいから海に行くし、モニカの合宿も海なんだって」

「それは聞いたね」

「だから高校生になったし、新しい水着にしようと思うんだ」

「そっか、いいと思うけど」

「それをセーくんと一緒に選びたい」

「……それくらいなら、まぁ」

「それをセーくんに見せたい、誰よりも最初に」

 

 なるほどね、だからプールか。まぁ夏休みのプールならそうそう関係を怪しまれることはないだろう。せいぜいましろのプロポーションとあどけなさ、ビジュアルの良さに惹かれる蟲が蠢く程度のことだ。その時はぼくが引率として一匹ずつ丁寧に踏みつぶしてやればいいだけのこと。

 

「……セーくん、目が怖いよ」

「考え事」

「そ、そっか……あとは、もう一つ、セーくんにしか頼めない行ってみたいところがあって」

「それは?」

「……ナイトプール」

「桐ヶ谷さんでもいいのでは?」

 

 別にナイトプールは恋人と行かねばならないという法はないはず。それこそ女子会のようなことをしているのも見たことがあるけれど。

 だがましろは首を横に振って「モニカはだめ」と言い切った。

 

「透子ちゃん、ナンパしてきた人と仲良くなっちゃうから」

「……そうなの?」

「うん、前に買い出しした時にも、駅で待ち合わせた時もそう」

「……それは、すごいね」

 

 下心を持って近づいた相手と純粋に仲良くなれるってどういう魔法を使っているんだろう。だが逆を返せばましろの知らない異性と一緒に遊ぶということになるのが不安、ということらしい。確かに桐ヶ谷さんとは下心のない関係になったとしても、ましろには抱くかもしれない。そもそもましろ目的だったら関係ないのか。

 

「でもナイトプールがいいと」

「はい……」

「ぼくを男避けにしようと?」

「男避けじゃなくて、誘惑?」

「……行かないからね」

 

 どうやら下心を持っているのはましろの方だったらしい。そりゃあ、ナイトプールなんていう雰囲気で水着姿のましろと二人きり、というのは男の理性は揺らぐものだろう、暗がりでくっついていればぼくらの年齢差なんて気にならないし、カップルとしか思われないだろうけれど。

 

「……だめ?」

「そんな目で見ないでよ……誘惑はなしにしてくれ、ぼくがましろをどんな目で見てるか、知ってるでしょ」

「うん、だから……私はいつでもいいよ、ってこと」

「ぼくはよくない」

 

 これで一度したのだからと二度三度となし崩し的になってしまうのをぼくは止めているんだ。あの一晩の過ちはただの一過性のものだったと証明しなければならない。

 強い意志を示したぼくの拒絶に、だがましろが下を向いてしまったことでその強い意志とやらはガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまった。

 

「ましろのこと……嫌い、というわけじゃないんだ、それはわかってほしい」

「うん」

「曖昧な関係はぼくだってすごく心苦しい、でも、これに色を付けるのは間違っているんだよ」

「でも、セーくんのことすきだよ? セーくんだって、私のこと嫌いじゃないって」

「ごめん、でもこればっかりは」

「……じゃあ、不安にさせないようにして」

「……うん」

 

 後から思えば何が過ちを一過性だったと証明しなければならないだ、と自嘲すらしてしまえるほど、ぼくはましろに勝てない。

 不安になったからとちゃっかりぼくに身体を預け抱きしめられて、上目遣いでキスをねだる強かさを持った小動物だ。生き残るための、ぼくを繋ぎとめるための術を彼女は既に熟知しているというのに。

 

「もっと」

「も、もっと?」

「そうしたら、ナイトプールでもセーくんのこと、誘惑しないから」

「……それは本当にやめてね」

「うん、だから……もっとちゅー、して?」

 

 一度許してしまえば、二度三度のハードルが下がってしまう。まったくその通りだとぼくは実感しているよ。しかも熱情のこもった、悩ましい吐息を間近で聞かされて気づかされる。

 ましろの誘惑は以前より確実に、的確にぼくを刺激してくるものになり始めている。

 

「セーくん、すき」

「うん」

「夏休み、いっぱい、デートしたい」

「いいよ」

「やった」

 

 強い意志なんて、ぼくは持ち合わせていない。あるのは薄っぺらいプライドと倫理観だけだ。相手は高校生、子どもだからとなんとか必死に自分を抑えているだけ。きっと今自制できないほど酔えば、あの時よりもましろを抱くのにブレーキは掛からないだろう。あるいはぼくからましろを誘うこともあり得るのだろうか。

 

「すき」

 

 その言葉は甘い、甘い毒のようだった。舌に乗せると蕩けるくらいに熱くて、ぼくの理性を蝕んでいく。

 ──ぼくは、彼女を無垢で純粋、名前の通りの白一色だと思っていた。ともすればまるで天使のような、そういう無害なものをイメージしていた。

 だけど実際の彼女は驚くほど色彩豊かで、澄んだ青色がぼくを掴んで離さない。その微笑みはまるで悪魔のようにぼくを染めようとしてくる。

 それに抵抗できず、ましろを受け入れてしまう時がいつか来るのだろうか。ぼくはその日が来るのが──とても怖かった。

 

 


 

 

 それからすぐ後のこと、ぼくはとある二人に呼び出され、不本意ながら羽沢珈琲店へとやってきていた。

 だが出迎えてくれたのは羽沢さんではなくましろのクラスメイトでありバンド仲間の二葉つくしさんだった。

 

「いらっしゃいませ……あ、確か、ましろちゃんの」

「どうも……桐ヶ谷さんと広町さんはいるかな?」

「あ、え……二人が待ち合わせしてる人って、あなたですか?」

「そうなんだよ」

 

 ぼくを呼び出した相手は桐ヶ谷透子さんと広町七深さん。連絡先は一応交換しておいたのが功を奏したのか、ましろに誘われた先輩たちの新婚旅行の件で相談、というかおそらく先輩たちの人となりを知りたいのだろう。明らかに変な誘いではあるからね、水入らずのハネムーンに友達が誘われてそこに呼ばれるなんて経験は一生に一度だってないだろう。

 

「え~、マジで付き合ってないんすか!?」

「していませんよ、ぼくとましろはあくまで従兄妹で元家庭教師です」

「うわ……ちょっと待って、今一万円札しかねーななみ両替できない?」

「いやいや気にしないで、お会計の後で大丈夫~」

「……なんの話ですか」

「なにしてたの二人とも」

 

 まずは先輩夫婦二人の概要をざっと、そしてましろの周囲、結婚式で何があったのかを説明した。その感想が、ぼくとましろの関係に関してのものだったのは少し驚いたけれど、まぁ怪しまれていて当然だろうとぼくは平気で返す。

 嘘は言っていない。従兄妹で元家庭教師、付き合ってはないけど家に度々泊まるし偶にとてもじゃないが他人に言えないことはしている。それだけだ。

 

「いやぁ、ぜってー隠れて付き合ってるもんだと」

「いや~しろちゃんの言い方が、なんか違うな~とは思ってたからさ」

「名探偵かよ」

「……もしかして、賭けてたんですか?」

「そうっすよ」

「とーこちゃんがふっかけてきまして」

 

 この子たちはこの子たちで結構個性的だ。ぼくから見た限りはモニカが騒がしい原因の八割が二人にあると言っていい。残り二割を二葉さん、八潮さん、ましろの順に大きくわけているという印象を抱いている。

 

「先輩は無駄にカッコつけて口説いてくるときは無害ですね」

「それ、先生なんですよね?」

「はい」

 

 残念ながら、という方が正しいかもしれないが。ぼくからは先輩のことをよく言うことはない。美城先輩はまた別だが、清瀬先輩は全くいいところなんてしゃべらないでおく。というのも桐ヶ谷さんと広町さんは色々言いつつもこうしてぼくを呼びつけるくらいにはましろのことを大切に思ってくれている。彼女たちに護衛をさせよう、というのがぼくのねらいだった。

 

「確かにそんな中にシロだけってのも不安か」

「つーちゃんはどう思う?」

「わ、私は……確かに、ましろちゃんってぽやぽやしてるところあるから」

「クラスでもそういう感じなんですか」

「は、はい」

「つーか、セージさんは一緒に来ないんすか?」

 

 行けないんだよね、そもそも生徒たちならまだしもぼくがハネムーンにおじゃまするのは少し違うと思っているし、ましろが居ない日に纏めて色々とやっておかないといけないこともあるんだよ。合宿中もそんな感じだ。

 ぼくとましろの関係は決して周囲に歓迎されていいものじゃない。だからこそ根回しとかいない間にやっておくことが多いというか。

 

「用事があるんです」

「しろちゃんを置いて、ですか?」

「はい、ぼくとしても不本意ではありますが」

「……だってさ、とーこちゃん」

「だからそんなぼくの代わりとしてと言ってはなんですが、ましろのことよろしくお願いします」

 

 桐ヶ谷さんと広町さんは少しだけ顔を見合わせた後、同時に頷いてくれた。やはり頼れる友人、というましろの評価も間違ってはいない。トラブルメーカー気質という二葉さんのことはそう言っていなかったのが非常に気がかりだったが。

 

「……ところで、幾ら賭けていたんですか?」

「五千円」

「ごっ……随分大金ですね」

「そう?」

「いや、別に、なぁふーすけ」

「ま、まぁ……五千円くらいなら」

「……そうですか」

 

 忘れていた、この子たち裕福な家庭の出身で幼稚舎から数えて十年目の歴戦の月ノ森生なのか。金銭感覚が明らかに狂ってる。確か桐ヶ谷さん「一万円札しかない」と財布を開いた時に紙幣が結構な枚数見えた気がする。

 

「あ、奢りますよ? 先生って給料安いって聞くし」

「そうなんだ、そんなイメージないけど」

「つーちゃん、それ月ノ森(うち)の先生だよね」

「いえ結構です、ぼくが一括で払っておきますので」

 

 確かにぼくの給料は決して高くはない。私学で車を買えているだけまだマシな方だ。だがこれはプライドの問題だ、大人が子どもに払わせるなんてあってたまるか。というか親のお金でそういう贅沢はやはりよくない金銭感覚のバグを生み出すだろう。痛い出費だが、自分で働いた金を使う、これが大人というものだ。

 

「二人とも自分で稼いでるよ?」

「……それはアルバイト?」

「ううん、透子ちゃんはアパレルブランドのデザイナー、自分で立ち上げてて、七深ちゃんはハンドメイドと透子ちゃんのブランドのお手伝いしてるって」

「……そう、なんだ」

 

 だが月ノ森は特別な才能を持った生徒がいるというましろの言葉は嘘じゃないということを身に染みて感じてしまった。高校生でアパレル製品の自社ブランドって、言ってる意味がわからなくなりそうだ。それでインフルエンサーとしての面も持ち合わせているのか、あの子は多才だ。そして広町さんもそれにあっさり認められるほどの小物を作ってみせていると、なるほどね。どうりでましろが見せてくれた「Morfonica」の衣装がやたらお金掛かってそうな気がしたんだ。

 




自分で言った通り、自家用車持ってるだけ恵まれてるよセージくん

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