──それは、ナイトプールの前に入った予定だった。
桐ヶ谷さんが突如、練習ばかりで息抜きの予定がほしいと言い出したらしい。それであれよあれよという間に山で川遊びをすることになったのだ、とましろが言っていた。
「それで、セーくんも誘おうと思って、みんなには許可もらったし」
「なんで?」
純粋な疑問だ。引率、とも思ったけれどどうやら広町さんのお父さんがキャンプをするところに一緒に行くらしく、それも別に必要ない。
それなのに子どもの、しかも女子高生の小旅行にぼくが参加する意味は果たしてなんなのか、と問いかけるとそれは意外な答えだった。
「……色々しゃべっちゃって」
「色々って?」
「セーくんのこと好きとか、週2でお泊りしてるとか、ナイトプール行く予定とか色々」
「……ぼくの立場が危うい」
「あ、でもね! えっちしたことは言ってないよ!」
「そこまで言ってたらぼくは今頃塀の中かもね」
どうやら夏休みのはじめの方、合宿をした際に色々と話してしまったらしい。ぼくとしては呆れるしかないけれど、それで普通に受け入れられているのならぼくからは何かアプローチをするつもりはない。
「けど、それが今日の誘いとなんの関係が……?」
「それがね、私……水着を最初に見せるのはセーくんがいいって言ったでしょ?」
「うん」
「だから川遊びもって遠慮したんだけど……そうしたら」
──じゃあセージさんも連れてくればよくね? とのこと。それに対して広町さんは勿論、なんと二葉さんもまだ楽屋での顔合わせしかしたことのない八潮さんすら反対しなかったと言っていた。
「広町さんの親御さんに説明は?」
「引率の先生、顧問みたいなの連れていくって七深ちゃんは説明したっぽい」
「……顧問」
楽器の種類が辛うじてわかる程度のぼくが顧問というのは本当に笑えない。みたいなのですらないんだけど。だがそれで納得したらしく、ぼくもついていくことになってしまっていた。決定事項なんだね。
「つまり桐ヶ谷さんの興味と、ましろのわがままの利害が一致してしまったと」
「……そうみたい」
そうみたい、じゃなくてね、ましろも原因の一つだってことを認識していてほしい。
──しかも、こうなったそもそもの原因はぼくと一緒にいられるならいいやという楽観的かつ短絡的な思考からなる同意だろうということは訊くまでもなく、隠されるまでもなく明白だった。
「しょうがない」
「行ってくれるの?」
「ここで断るのも、角が立つし」
それに、ぼくとしてはこの機会にきちんとましろの「Morfonica」での姿を確認しておくことも重要だとも考えていた。桐ヶ谷さんとはあの交渉の後も少し話す機会があったが、特に八潮さんとは顔合わせ以来一度たりとも話していない。単純に、ましろが普段どうやってバンドメンバーと過ごしているのだろうという興味もあった。
「山か……」
「セーくんは、自然とか好き?」
「いや、ぼくはそんなに……実は山も海も、行ったことはあまりないな」
海は海でどんな生き物が浮いているのかわからないというから、苦手だ。クラゲやハゼ、毒性を持った生き物もたくさんいるのも理由と一つだろうか。
反対に山には虫がいるからね。トラウマのせいもあって単純に虫がひどく汚いものに感じてしまって苦手だ。
「私と一緒、虫が苦手」
「逆に沢や清流とかはそこまで苦手じゃないよ、飲めるくらい澄んだ水というだけあるし」
「そっか」
「川魚も食べ物として好きだからね」
「じゃあ、きっと楽しめるね。バーベキューとかもするみたいだし」
「……焼く専用のトングさえあればね」
「あ……そうだった、言っとかないと」
ぼくはインドア派とかそういうんじゃなくて単純に性質がアウトドアに向かないのかもしれない。バーベキューも加賀谷先輩と清瀬先輩に引きずられるようにして一度行ったことがある。二人は天体観測が目的だったけれど、その空の広さに圧倒されたのをよく覚えている。
「わがまま聞いてくれてありがとう、セーくん」
「いいよ、夏休みは
こうして、ぼくは「Morfonica」のキャンプに同行することになってしまった。正直、ましろにはああ言ったけれど、女子高生五人の中にぼく一人、とてもじゃないがお腹が痛くなりそうだ。こういう時に頼りになりそうな大人は「いいじゃねぇか、引率してやれよ先生?」と煽り気味の無責任アドバイスをしてくる始末だった。他校の生徒なんですけど、という文句を言ったものの先輩は週末には花咲川の生徒と海に行く引率をするらしい。絶対に相談する相手を間違えてるなぼくは。
──駅で広町の父に挨拶をして助手席に乗せてもらい、山道を進んでいく。キャンプ場というからそんなに山でもないのかと思ったけれどそんなことないどころの騒ぎじゃなかった。スマホを見ると圏外になっていて、思わず苦笑いが出てしまう。
「……デジタルデトックスってやつかな」
「そういう捉え方をする若者も偶に来るみたいだね~」
「あはは……なるほど、そういう需要でってことでしょうか」
「そうみたいだよ」
運転しながらサラっと言われて、これはこれで流行りを取り入れたキャンプ場だということを今更知った。求めないのに放り込まれるのは不便以外の言葉が出ないのだけれど、それをよく調べてこなかったぼくも悪いし、その方が思いっきり自然に触れることが出来るのだろう。
「こっちでキャンプの準備しておくけど、先生は?」
「ぼくは──」
キャンプ場で荷物を降ろし、森の中にあるという沢を紹介されテンションを上げるメンバーを後目に訊ねられる。ぼくだって大人だ、そっちの準備をしておいた方がいいだろうと手伝います、と言おうとしたが一瞬、ましろがこっちを見て不安そうな顔をしていた。
なるほど、沢で泳ぐには水着が必要だろう。この天気ならきっとそのままでも乾くと思うけれど、どうやら会話の流れも水着に着替えることになっているらしい。
「──子どもたちの様子を見ています。何かあったら声を掛けますね」
「……セーくん」
引率は建前で、ぼくはましろのわがままを叶えるために来ているのだからそっちを優先すべきだろう。それに、ここは電波が届かないのだから、水遊びの際に救命できる大人がいた方がいいのは事実だ。川の自己というのは大人でも起こりうるものなのだから。
「というわけで、ぼくを一応は引率だから、危ないことはしないように」
「は~い」
「んじゃ、セージさん含めて着替えたらココに集合な」
「ぼくも?」
「セーくんもだよ?」
各自着替えて、当然と言えば当然ながらぼくが一番乗りだったけれど、同じ場所で待っていると意外なことに最初にやってきたのはましろだった。
一緒に選んだ──選ばされたとも言うけど、その水着に日よけのパーカー型のラッシュガードを羽織った姿だ。やはりというか、手に持っている状態と実際に着ているのでは、色々と感想も変わってくるものだ。
「えへへ、セーくんいちばんのりだね」
「う、うん……そうだね」
「……どう? 今度のナイトプールも、この格好だけど」
「かわいいよ、似合ってる」
「……よかった」
この場合はなんと言えば正解なのだろうか、プロポーションの良さは理解していたつもりだったけれど、いざ肌面積が広くなるとその暴力性は威力を増して襲い掛かってくる。こんな子が週2で泊まってるのに手を出していないことの方が、男として何か致命的な問題があるのではという謎の思考まで浮かんできた。
「セージさんってヒョロガリだと思ってたらそうでもなかったんだ」
「まぁ普段のぼくから考えればそう見えますかね」
「たしかに、思ったより引き締まってるかも」
「セーくんは私が中三の冬くらいから筋トレとかしてるよね」
「そうだね、おかげであの頃よりかは見栄えがよくなったと自負しているよ」
そして他の四人もやってきたけれど、やはりと言ってはなんだが、目のやり場に困る。男性の体育教師が女子の水泳授業を教えるケースもあるとは言っていたが、どう乗り切っているのかと真剣に考えてしまう。これはぼくがヤバいのだろうか。慣れれば乗り切れるものなのか。後者ならぜひ、ましろの誘惑に耐えるための方法を伝授してほしいくらいだ。
「セーくん、行ってくるね」
「すいません、荷物よろしくお願いしますっ」
「はい、他に人もいますので、くれぐれも……あの二人にもよろしく言っておいてください」
「わかった」
広町さんと桐ヶ谷さん、そして二葉さんとましろに別れて沢の深いところと浅瀬にそれぞれ向かっていく。
すると一人残るは八潮さん、無表情で何を考えてるのかイマイチ掴みづらい、そして雰囲気といいましろと同じ年かどうかを疑いたくなるような人だという第一印象そのままだった。
「……八潮さんも好きなところに行ってみたらどうですか? 荷物もあの子たちも、ぼくが見ていますから」
「行きたいところがあったら、そうします」
「そうですか……」
「はい」
──恐ろしいほど淡泊なやり取りだ、会話が続かない。家族連れと思われるグループもあって森の中にある透き通った沢、という神秘的な雰囲気の割には賑やかで人の声も多い。
そんな中、飛び込みをしているであろう音が聞こえた。大きな岩の上から緑色の、つまり底が見えないほどの深さの場所に向かって飛び込んでいるらしい。
「……八潮さん?」
「なんでしょう」
ふと、気が付くと八潮さんがじーっとその飛び込みを見ているのに気づいた。興味があるのだろうか、確かにあそこから飛び込むのは気持ちよさそうだ。引率としては少し危険な行為であるため止めたいところだが、今のぼくは別に教師でもなければ彼女たちの顧問でもない。少し無責任な言い方だけれど、事故があった時に適切に対処できればいいのだから。
「興味があるなら、飛び込んでみたらどうですか?」
「……止めるものだと、思っていました」
「止めませんよ、ただ危ない飛び込み方はしないでくださいね、なんて言われなくてもわかっていることではあるでしょうけど」
「そう……ですね」
「はい」
「……荷物、よろしくお願いします」
「……はい」
──前言撤回、八潮さんもやっぱり高校一年生の、子どもの心を持っているのだろう。ここでつまらないと感じるよりはずっといい。
どうやら四人は合流して遊びだしたようで、はしゃぐ声がこっちにまで聞こえてくる。夏の暑さも忘れるような涼し気な風の吹く森の中、本でも持ってきたらよかったかな。喧噪すらもいいBGMになりそうだ。
「ぼくも……少しは水に触れておこうかな」
折角水着にまで着替えされられたんだ、足を付けるくらいはしておこう。自然に囲まれた空間、ぼくも堪能しておかないと損だ。
それにしても「Morfonica」でのましろは、月ノ森に馴染めないと暗い顔をしていたあの頃からは想像できないくらい、明るい顔で笑っている。ぼくといる時には見られない、青春を生きる顔、それが知れただけでもこの一日は有意義なものだと確信できた。
「釣り?」
「セーくんはどうする?」
「……ぼくは遠慮しておく」
釣りはね、疑似餌ならいいけど、そうではないなら──ぼくには絶対に遠慮しておく。アレに触れるなんて、どうしてもトラウマを思い出してしまう。
だからましろを送り出した後、ましろが「知ってたんでしょ」と詰めてきたのは当然だろう。虫はましろも苦手だからね。
「なかなか火が大きくならないね~」
「マジでムズい~! セージさんは何か知らない?」
「さぁ、ただ木炭は長時間燃焼してくれる代わりに着火しにくいので、直接火を点けようとしても無駄だというのは確実ですね」
「早く言ってよ、じゃあどうするななみ!」
「ずばり、燃えやすいものを燃やして、その上に置けば点くんじゃない~?」
「それだ! ななみ、あったまいい~!」
その後はキャンプのための火起こし係に任命された二人を見守る。四人は中々釣果がよかったようで、特にましろが自慢げに見せてくれた魚は大きなものだった。
ただ苦戦しているようで、ぼくが手伝おうかとも言ったが、二人はアドバイスこそ求めても手を貸すことは望んでいないようだった。
「なんとかなりそう、うちら野生爆発してるじゃん!」
「ね~」
「どうだ、セージさん! やればできるっしょ!」
「ええ……文句なし、満点ですね」
煌々と燃える火をバックに笑顔を浮かべる桐ヶ谷さんと広町さん、すると丁度そこに調理班がやってきた。メニューは広町さんの父が作るパエリアとムニエル、それと二葉さんのカレーらしい。余った魚は串焼きにするそうで、ぼくはそっちの方が正直楽しみだったが、他の料理もおいしそうだ。
「誠二さんはどうでした?」
「ぼくですか?」
「引率だから、あんまり楽しめなかったんじゃないかと思って」
「そんなことないですよ、のんびりと自然に触れる、それだけでも楽しめましたよ」
「セーくん、釣りには来てくれなかったけどね、絶対エサのせいで」
「なんのこと? 僕は荷物を見ていないとって思っただけだよ」
「荷物も移動すれば、参加できたと思いますが」
「……なんのことでしょう?」
ましろの様子を見る、ぼくとしてはそれだけのつもりだったのだが、思ったよりもリラックスできたし、有意義な一日だった。
キャンピングカーのような大きな車を運転した経験がないし、しかも高級ということもありぼくはほとんど大人として役立たずだったことだけが気がかりだったけれど。
「ほら見て、夜の山、キラキラしててキレイだねセーくん」
「そうだね」
「……都会とは違う、キラキラ」
「ましろはこっちの方が好きなんじゃない?」
「ううん、すきな人が一緒なら、全部すき」
「……そっか」
──そして、今回で妙に「Morfonica」の面々から認知されてしまったらしく、特に八潮さんを除いた三人とは彼女たちのバイト先などでも顔を合わせて話すようになっていった。
八潮さんとはライブを見に行った時に、また少しだけ話したけど、幾分か表情が柔らかくなっている気がした。ほとんど変わらないからぼくの気の持ちようだと言われたらそれまでだけれど。
ナイトプールはとばします
何故って、シチュエーションだけで何かするわけじゃないから。
そういうところに行ったよってだけでいいかなって