酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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丈夫な理性を持て、誠二


⑭夏の熱さに負けないで

 ──先輩たちの新婚旅行のお土産をもらうのに、どうしてぼくがわざわざ直接、先輩たちの新居まで出向かなくちゃいけないんだ。

 こう文句を言える関係はある意味で健全と言えるのかもしれない。ましろや桐ヶ谷さんと広町さんに持たせればよかっただろうに、何故か二人揃って「取りに来い」なんて言い出すのだから、正気とは思えなかった。

 

「いらっしゃーい、入って入って」

「おじゃましま……なんですかこの状況」

「なんだろうね」

「おう、ナイトプールどうだった?」

「最初に言うことがそれですか」

 

 先輩の新居はバンド女子のたまり場になっている。そんな作品、ネット小説でも探せばどこかにありそうだ。

 うっかり現実逃避でそんなことを考えながら大きなTVモニターでパーティーゲームをしているその女子高生の後ろを歩く。

 

「またあたしの勝ち~!」

「強いわね、流石日菜!」

「日菜ちゃん、手加減してちょうだい」

「やだよ~」

「ふえぇ……これ、どっちに進めばいいの……?」

 

 どうやら机を見ると夏休みの宿題をしていたのだが日菜さんが暇になり遊びだした、というところだろうか。弦巻さんと松原さん、白鷺さんの四人で対戦をしているらしい。賑やかだが、ここ防音もちゃんとしているのか、とか思う以前に広すぎない? 

 

「その気になればワンフロアって言われたけど、流石にそれは遠慮しといた」

「……セレブとかそういうレベルですよこの部屋も」

「テラスもあるし、屋上も使っていいんだよ、すげぇだろ」

「……一体何を引き換えにしたらこの生活が出来るんですか」

「人生と引き換えだな」

「悪魔ですか、取引相手」

 

 セレブでしか見たことのない、高級そうなタワマンの最上階の景色、そこにまさか清瀬先輩が住むなんて思いもしなかった。というか安い2LDKのアパートから進化しすぎでは。部屋数も相当余っているらしく、何かの合宿所のような広いリビングにはこうして女子高生たちがたむろしているらしい。何人も何人も連れ込んでると噂になりますよ先輩マジで。

 

「誠二さんだったかしら? あの時はごめんなさいね」

「いえ」

「千聖となんかあったのか?」

「ちょっと、先輩のせいで」

「オレのせいなのか?」

 

 はい、と素直に返事をしておいた。ぼくとしてはもう気にしてはいないが、暢気に聞かれるとそう答えたくなる。

 というかお土産とやらをさっさと渡してください。ぼくだって暇じゃないんですよ、今日はましろが泊まりに来る日ですし。

 

「ナイトプールどうだったんだよ」

「しつこいですね、ましろから聞いてないんですか?」

「中々口が堅くてな、かろうじて電車でトラブルがあったってのは知ってる」

「電車、止まったんですよ、ちょうど混みあってて密着してて……その」

「……なるほどなぁ、確かに、反応に困る柔らかさしてそうだもんな」

「ましろに対するセクハラですか、殴りますよ」

「こわっ」

 

 そこでましろの理性が限界に達してとんでもないことになったのは事実だがぼくは最後まで耐え抜いたんだ。ぼくは責められる覚えはないし、だからといってましろのことをそういう目で見る大人をぼくは許さないからな。

 

「じーたーもお昼食べてってよ」

「いいんですか?」

「元々大人数だからね、問題なし!」

「……美城先輩って料理できましたっけ?」

「失礼な、できるぞー!」

「冗談ですよ……先輩のせいで、大変そうですね」

「まぁね、すーぐ女の子連れて楽しそうな顔しちゃうんだもん」

 

 美城先輩の嫉妬はすごく真っ当なものだ。そもそもこうして奥さんに上がり込んできた自分の生徒の分の昼ご飯まで作らせるなんて正気とは思えない。人によってはきちんと手伝っていると言っても、それが異常なことは指摘されるまでもないだろう。

 

「でも、なっくんが幸せそうだから、わたしは嬉しいよ」

「……甘いですよ」

「そうかもね、でも、なんとなーく、こんなに賑やかなのは後数年もないんだろうって予感がしてるから」

「彼女たちが卒業するまでくらい、ってことですか?」

 

 ゲームをする先輩の生徒たちに目を向ける。彼女たちのほとんどは何かしらの要素で先輩を今の教師にしてきた立役者であり、彼を先生と慕い、時に好意を向ける。

 ──ふと、あの景色がましろたちに置き換わった気がした。そうなれば当然、先輩の立ち位置にいるのは、きっと。

 

「つかいい加減勉強しろよお前ら」

「あたしはもうなんにもないもーん」

「そうだわ、リサたちも呼びましょう!」

「待て、増やすな、そうだわじゃねぇんだよ」

「こころちゃん、未来さんがいないならまだしも、いるのにそれは遠慮したほうがいいわよ」

「いなかったらもっとだめだと思うなぁ……」

「騒がしくてごめんね」

「……いえ、こんなものでしょう」

 

 最近、こういう姦しさにもいい加減慣れてきた自分がいた。つまり自分の周囲にも先輩のように女子高生が常に複数人いるということであり、少し自分を見つめ直した方がいいのかもしれないと思った。特にぼくは今のところ相手が100%月ノ森生だ。善意の市民に通報でもされればまずい。

 

「で、これがじーたーへのお土産!」

「なんですかこれ……ミッシェル?」

「知ってたんだ」

「知ってます、じゃなくて……なんで新婚旅行でミッシェル?」

「売ってたから」

「……どこのリゾート地へ行ったんですか」

 

 お土産は何処かで見たことがあるピンクの、目が煌いているクマのキャラクターのバカンス使用のぬいぐるみだった。海辺のリゾート地というのはましろたちの証言から聞いていたが、終ぞ場所はわからなかったそうで、行き帰りプライベートジェットだったそうだ。

 ──なるほど、先輩たちがこんな広い家に住んでいる理由もわかった気がした。そりゃ人生と引き換えだ。人生を教師として捧げ続ける限りだもんな。重たい悪魔との契約だ。

 

「あ、誠二さん」

「二葉さん、練習終わってすぐバイトですか?」

「そうなんです、ましろちゃんはこっちです」

「ありがとうございます」

 

 バンドの練習が終わり、ぼくもまた先輩の家での用事を終えて迎えにいくことになり、羽沢珈琲店へと向かう。

 最初はこんなところ二度と行くかとか思っていたのだが、気づけばその雰囲気の良さのせいか何度か通ってしまっている。羽沢さんにもついに名前と顔を覚えられてしまっていた。

 

「へぇ~そんなトコ住んでるんですね~、清瀬さんって」

「フツーじゃないとは思ったけど、タワマン最上階て」

「まぁ色々なものを犠牲にした結果なのは伝わってきましたけど」

「あの先生、すごい変な人だったもんね」

 

 ましろと一緒にいたのは桐ヶ谷さんと広町さんで、ましろの変な人、という発言に全員が同意した。

 あの人を変わってるとかテキトーと言う人は多いし、実際そうなんだろうけど、でも不思議とあの人が教師に向いていないと誰も言わない。あの人の後ろには何故か人が付いていく。

 

「セージさんとは全然タイプ違うよな」

「セーくんは真面目だもん、ああいうのとは違うよ」

「確かに~、でも誠二さんの真面目さの方が、広町的にはほっとするな~」

「あたしは、ん~よくわかんないけど、やりたいことやってるやつが最強! って思うから、清瀬先生かな。最初はありえねーって思ってたけど」

「桐ヶ谷さんはそうでしょうね、破天荒ですから」

「わ、私はセーくん一筋だから!」

「しろちゃんのはちょっと意味が違う気がするな~」

 

 広町さんの言葉に桐ヶ谷さんが笑い、ましろが少し頬を染める。そのタイミングで二葉さんがぼくのアイスコーヒーを机に置きながら会話に参加してくる。店内を少し見渡すと、時間も時間だからか、ぼくたちしかいなかった。

 

「私は、あんまりその先生のこと知らないけど、真面目そうな誠二さんかも」

「月ノ森にはああいう先生いないもんね、ああいう人がする授業とか、戸惑っちゃいそう」

「ああ見えて授業はわかりやすいらしいですよ、テキトーらしいですが」

「あるあるだな、意外とちゃんと見てんだよああいうセンセーって」

 

 ──自分でも気づかないうちに、ぼくはましろを通じてモニカの四人とも段々とフラットに会話ができるようになっていた。自分の学校の生徒じゃない、というのも大きな理由で、ましろの友達だからというのもあるだろうけれど、桐ヶ谷さんの距離感が近いところも、広町さんの不思議なところも、二葉さんの空回りしがちなところも、八潮さんの読めないところも、ぼくはそれが自分に向けられるのが嫌いではなかった。

 

「セーくん、今度のライブはね、ここでやるんだ」

「大きなところだね」

 

 もちろん、ましろとの距離感もぼくは嫌だとは微塵にも思っていなかった。困ることはあるけどね、それでもぼくは段々とモニカと関わることへの居心地の良さを感じるようになっていた。

 

「みんな、また明日」

「じゃ、またなシロ、セージさんも!」

「はい、三人とも気を付けて帰ってくださいね」

「りょーかいです~」

「送ってくださってありがとうございます! おやすみなさい!」

「……さて、帰ろうか」

「うん」

 

 結局、二葉さんが退勤するまで待ってから、三人を駅まで送っていき、それぞれの帰路へと別れていく。一緒にいる間はなんとも思わないが、いなくなるとぼくは彼女たちと歩いていて、珈琲店で一緒の席に座っていてなんとも思われなかったのか、と無性に不安を覚えることもある。先輩も、最初はこういう気まずさみたいな感覚があったのだろうか。すっかり開き直るまで、何かあったのだろうか。

 

「どうしたのセーくん」

「いや……すっかりモニカのメンバーと会う機会が増えてしまったなと思って」

「仲良しになったよね、ちょっと妬けちゃう」

「仲良し、か」

「そうだよ、セーくんがみんなを見る目も、みんながセーくんを見る目も、優しくなってるから」

「……そうかな」

「うん」

 

 完全に無自覚なわけじゃない。きっかけはあのキャンプだろうか、それから少しずつぼくの中で何かが変わっている気がする。

 同時にましろへの関り方も、少し変わった。これは自覚しているというか、変わらざるを得ない出来事があったというか。

 

「妬いちゃう、けど」

「うん」

「モニカのみんなといる時と、私と二人きりの時、セーくんの反応が違うから……それで我慢できる」

「そっか」

「お盆休み、もうすぐだね」

「ぼくはましろに近づけないけどね」

「大丈夫、作戦は立ててあるよ、瑠唯さん発案で」

「八潮さんが……意外な人選だ」

「でしょ、私もびっくりしちゃった」

 

 その作戦というのは、敢えて夏休みの宿題を残すというものだった。お盆休み中にラストスパートで終わる量に調整することで、ぼくとの勉強時間を設けるという大胆かつ、ぼくらの関係をうまく使ったもので、なんと八潮さんから提案されたらしい。

 

「それならそのまま仲良くおしゃべりしてても、よっぽどじゃなきゃバレないかなって」

「それでいいと思う。ぼくはそれよりいい作戦をぱっと思いつかないから」

「うまくいったら瑠唯さんにお礼言っとかなきゃ」

 

 夏休み、結構な時間をましろと過ごしたせいかぼくはましろとの関係がこの先どうなるかという恐怖を抱かなくなっていた。曖昧で、気持ちの悪い関係だと心の奥底で思っていたはずなのに、この数ヶ月で色んなましろの表情を知って、感情を知って、ぼくはましろが隣にいる未来を肯定できるようになっていた。

 

「セーくん」

「ん?」

「んっ、おかえり」

「……ただいま」

 

 玄関を潜り、両手を広げたましろを抱きしめて幸せそうに微笑む彼女が踵を上げたのを感じて受け止める。デートやら新婚旅行やらあったこともあり、久しぶりの泊りだったけど、そのせいかましろの「もっと」は留まることを知らない。

 

「ましろ、これ以上は」

「……だめ?」

「うん、だめ」

「わかった」

 

 何度目かわからなくなってきたところで、ぼくが音を上げてしまう。年下の、それも十以上離れた女子高生に、スキンシップで手玉に取られているという悔しさはあるけれど、ましろ以外の女性と手すら繋いだことのないぼくからすれば十分理性的に耐えられている方だと自負している。まさか触れてこなかった女性経験のなさが大人になってこんなに煩わしいものだとは思わなかった。

 

「でも流石にセーくんも、ちゅーするの慣れてきたよね」

「言わないで、今自己嫌悪中だから」

「ちゅー?」

「言ってない、近寄らないで」

「ふふ、やーだ」

 

 ぼくの貞操──は酔った勢いで捨てたけれど、自分から陥落するまであとどれくらいなんだろう。そうカウントダウンしてしまいたくなる自分もいる。

 高校教師が、女子高生に迫られて欲情するなんて本当に最低だ。そんなこともお構いなしに、ましろは今日もぼくの意思を弱める魔法の言葉を使ってくる。囁くように、たった二文字に万感の想いを込めてくる。

 口づけを許しているのか、その先を許していないのかぼくにはもう解らなくなり始めていた。

 

 

 

 

 




女子高生に迫られてタジタジになる童貞()
この世界にまともな教師はいないのか……いないんだよなぁ
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