酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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イベントエンカウントなのでね


⑮にげられない!

 子どもからすると、夏休みの約40日というのは長く、そして中身の詰まったものなのだろうけれど、大人であるぼくからすればその一ヶ月と少しの時間もあっという間に過ぎていくものだ。

 お盆の帰省でも特に何か問題があるわけでも、ぼくの理性が限界になることもなかった。流石に親戚の居る前で大胆な行動はとれなかったのが功を奏した。

 

「いらっしゃいませ~、あーもしかして~、待ち合わせですか?」

「あはは……どうも」

 

 八月も終わりに近づいたある日、ぼくはファミレスに足を運んでいた。

 理由としてはその日突然、ましろから「助けて」と連絡が来たからだった。幸い、広町さんが対応してくれたのですんなりと月ノ森生が集まる席に案内してもらうことができた。

 

「セーくん」

「どーも、セージさん!」

「あ、誠二さん」

「ましろ、進捗は?」

「……だめみたい」

「課題終わんないよ!」

「つかなんであたしとふーすけだけなわけ!?」

 

 ──昼前の賑やかなファミレスの一角にあったのは夏休み終わりの風物詩、終わる目途の立たない宿題の山を前に足掻く学生の図だった。

 どうやらバンド練習やその他遊び、アルバイトに時間を費やした結果、二葉さんと桐ヶ谷さんは大量の課題を短い時間で向き合わなくてはいけなくなったらしい。

 モニカの内部では八潮さんは「隙間時間にコツコツやればすぐ終わるでしょう」と既に終わっているらしく広町さんは「フツーに終わらせたよ」とのこと。ましろは事前の計画通りお盆で終わらせていた。

 

「シロ、答え」

「だめだよ透子ちゃん」

「よくぼくの前でそういうこと言えますね」

「だってセージさん月ノ森の先生じゃないし」

「それでも先生としてだめって言うでしょ」

「じゃあ答えなしで終わるのかふーすけ!」

「……それは」

「大丈夫ですよ、わからないことがあればぼくが教えますから、ましろもそのために呼んだんでしょうし、ね?」

「うん」

 

 夏休みの宿題が終わらない二人を向かいに座らせ、ぼくとましろは二人の様子を見ながら、教えられるところは教えていく。主に二葉さんが問題集で躓いていて、桐ヶ谷さんはレポート課題で躓いていた。

 

「セージさんって社会の先生っしょ?」

「でも、ましろの宿題手伝ってますから、歴史の課題はまだしも、現社は手伝えませんね」

「ズル!」

「ふふ、もっと早くセーくんに泣きつくべきだったね」

「自慢になってないよましろちゃん!」

 

 ましろは夏休み前に泣きついてきたから、ある意味では賢い戦略ともいえる。要はどういうペースで、どうルールの範囲内で効率的な手立てを探せるかも大事だろう。自分で考えましょうや自分の感想を書きましょうという課題は、特に「きっかけ」を探すのも重要な時短だ。

 

「二人とも読書感想文が終わってるのだけは安心しました」

「コピペした」

「……そうですか」

 

 まぁバレなきゃ大丈夫だろう。ぼくに素直に言ってしまって、うっかり担任の前でも言わないかが心配だけれど。桐ヶ谷さんと二葉さんがぼくらに頼らなくていい暇な時間が出来てもいいように、ぼくなりに二学期の頭にあるという実力テスト対策も持ってきた。

 

「結局……私も勉強させられるんだ……先生とイチャイチャできると思ったのに」

「これがぼくとましろのコミュニケーションだよ」

「いいもん、くっついていっぱい教えてもらうから」

「それはやめて」

 

 ──モニカに色々とバラしてからというもの、本当にましろはぼくへの好意をメンバーの前でも隠さなくなった。流石に際どい誘いをしてくるわけじゃないが、そうじゃなくとも人の目があるファミレスでは遠慮してほしいところだ。

 

「うん、概ねできてる」

「えへへ、ライブ前にも勉強したから」

「ましろはすっかり勉強する習慣ができてきたね、偉いよ」

「じゃあさ今日頑張ったら、勉強の日だからさ、お泊りだけしてもいい?」

「いいよ」

「やった」

「……イチャイチャしてるんだよなぁ」

「本当にね」

 

 出張費として二人の奢りらしいお昼ご飯の休憩を挟んで、時折モニカの練習風景の話やその他のエピソードを話すという小休憩があったから時間ほど勉強はしていないが、ぼくがいるから手は止めさせなかった。

 やがて昼が過ぎて、ましろは疲れたのか机に突っ伏して寝てしまい、ぼくは二人の話し相手も兼任するようになった。

 

「じゃあセージさんって、恋人とかいたことないんスか?」

「そうですね、高校生の頃は特にそれが正しいと思って生きてきましたから」

「ってかさ、けーご、あたしらももう生徒みたいなもんじゃん?」

「そ、そうですよ。わたしも気になってました、なんで年上の誠二さんが敬語なんだろうって」

「……これは、ぼくの癖というか、距離の取り方の一つなんです」

 

 普段、学校の生徒相手にもぼくは絶対に丁寧語を崩さない。堅物で、画一的、決して誰であろうと態度を変えない、何者にも染まらない黒色、それがぼくの目指す教師だから。

 この教師像を理想とするきっかけは中学生の頃、裁判官の法衣の色が黒である理由を知った時だった。

 

「近づかなければ、ぼくは何者にも染まることはない、そういう理念に基づいて生徒に接してきました……おかげで、つまらない、生徒の記憶にも残らない教師に成ったと思っています。それでいいとさえ」

「……なんか、寂しくね?」

「え?」

「あたし、真逆のセンセー見てきたからかわかんないけど、少なくともアッチの……比べられるのイヤかもしんないけど、清瀬センセーのが、キラキラしてて、楽しそうだった」

「……先輩は、ぼくのもう一つの理想です」

 

 教師は友達であってはいけない、ぼくらはそう教えられる。導く立場であり、子どもと同じ目線になることはあっても、同じ目線で言葉を発してはいけない。

 先輩はそのギリギリのラインで、可能な限りの生徒を導いている。子どものように、だけど大人として、いや時折ラインは越えているのか──だけど先輩の理想はソレのはずだ。

 昔は、そうじゃなかったと言っていた。美城先輩が居てくれたおかげで、それが間違いだったと認めることもできたと。

 

「でもさ、セージさんはシロのこと、特別じゃん? イトコとか、好かれてるとか好きとかカンケーなくさ」

「……そうですね」

「ましろちゃんは、絶対、忘れないと思います。大人になっても、誠二さんのこと」

「忘れられたら……寂しいですね、きっと、ぼくの理想の教師はこのいつかこの寂しさを感じることを恐れての、一つの逃げなのかもしれませんね」

 

 頬が腕のカタチに沿ってへこみ、半開きになった口、凡そかわいらしいとはかけ離れた寝顔を見ながら、ぼくはそう思った。

 彼女が大人になっても同じように呼んでほしい、必要ならば頼ってほしいと思っている。それは理想とはかけ離れたものだ。生徒と呼称するなら絶対にあってはいけないことだ。

 

「じゃ、シロと一緒で、あたしらも逃がさねーって」

「そうですよ、こうやって教えてもらって、その前にも引率とかしてもらいましたし」

「それは……」

「ななみだって、きっとルイだってそう……いや、アイツは何考えてんのかわかんねーけど!」

「そうですね」

「だからさ、あたしらも生徒ってことで、いいじゃん! なっ、セージセンセー!」

「私も、誠二先生!」

「……二人とも」

 

 二人が先生と呼んでくれるのが、こんなに嬉しいとは正直思っていなかった。それは、奇しくも否定した先輩と同じであることなんて分かってる。だからこそ、ぼくは結局あの人と同じ穴の貉だ。ぼくにとって教え導くのに教室は広すぎて、そして学校という枠組みは狭すぎたんだ。

 

「ぼくが先生、というなら……余計に手加減はできないけど? つくしも、透子もね」

「げ……で、でもセンセー、シロには甘くね?」

「そう思うのは、勉強会を知らないからだよ……まぁ甘い自覚はあるけど」

 

 そういう意味ならましろはその中でも更に特別、ということになる。だけど勉強という意味ではぼくはフラットな自信がある。聞くところによると二人は期末の点数、ましろにも負けているようだけど、中間は勝っているみたいだからそういう意味では、まだまだ取り返しがつくだろう。

 

「問題集よりレポートのがヤバいんだけど」

「そ、そうなんです」

「そう言って家で結局動画見ちゃって進まなくなるんでしょう?」

「うっ」

「そうなんです……」

「でもまぁ、ひとまずレポートかな、歴史なら多少教えることはできるけど」

「お願いします!」

 

 二人とも興味のある部分というのがあんまり出てこなくて少し苦戦したが、取り掛かることができれば比較的、時間は掛からなかった。現社は、悩んだが時間もないため裏技的なものをヒントとして教えることにした。

 ──そう、おそらく教師が求めているであろう「正解」だ。今回の課題は「税」について自由に述べなさいとあるが、本当に好き放題述べていいわけじゃない。ある程度触れてほしい部分というものが存在する。その要点を更に突っ込んだところまで教えておいた。

 

「おーなるほど、センセーっぽい視点だ」

「こ、こういうのってアリなんですか……私の思ったことじゃない、というか」

「うん、まぁ思ったことを書いてほしいわけじゃないし、感想文が欲しければその時にそういう課題が出るよ」

「……なるほど」

 

 おそらく内容が似たようになってしまうだろうが、正解があるんだから似通るのは当然という開き直りで解決した。特につくしはまだしも、透子の自由さは課題に求められているものじゃないだろう。新しい税とか考え出しそうで怖い。

 

「このまま、勉強合宿したい!」

「……何言ってるの透子ちゃん」

「だって、終わんねーし、わかんねーし、けど一人だと絶対サボるし」

「サボることを宣言するのはどうだろ~、ね、先生?」

「確かに……でも透子が真面目にやるって保証の方が少ないよね」

「でしょ!」

「だから自慢げに言うことじゃないんだってば!」

「そういうふーすけはどうなんだよ」

「……ま、まぁほら……その」

 

 この子たちは、いやコイツらは本当にもう。七深──話を聞きつけて私も、と言われたからこういう扱いになった、彼女も、ましろですら呆れた顔をした。

 そもそも勉強合宿ってなに、キミたちは明日も明後日もバンドの練習があるんでしょう? 

 

「そりゃ、なぁ?」

「う、うん……」

「あ~、わかったかも」

「どうしたの?」

「先生の、家」

「ぼくの?」

 

 つくしの言葉に驚いてしまう。確かにぼくの家なら閉店時間やジュースだけで粘っているという状況を気にせず勉強に集中できるだろう。お腹が空いたならぼくが夜ごはんを作ればいいし、七深やましろが手伝ってくれたら宿題もかなり進むだろうけど。

 

「泊まる気?」

「そうだよ~、先生の、なによりしろちゃんの迷惑だよ?」

「うんうん」

「シロ~」

「ましろちゃん、お願い!」

「き、今日はお泊りだけの、イチャイチャできる時間なのに!」

 

 思いっきり本音が出たね、ましろ。だけどこれを逃すとかなり、提出日に近くなってしまい、間に合わなくなる恐れがある。確かに今日が最後のチャンスだろう。

 つくしと透子はましろを納得させるためあの手この手で交渉というか懐柔策を取っているが、ましろからすれば急に二人きりの時間が邪魔されるということであり、許されることじゃない。

 

「ましろ」

「……セーくんまでそっち側?」

「今度の勉強日にこの間のわがまま、聞いてあげてもいいって言ったら?」

 

 耳元でそっと囁いておく。この間のわがままは一緒に寝たいだった。ついに来たのかと思うと同時に今まで絶対避けてきたものだった。同じベッドで眠る、セミダブルだからまぁ寝れないことはないんだろうけど、おそらく離れて寝るのは不可能で、ぼくにとっては途轍もないリスクを伴う選択だ。

 

「なになに?」

「なんかあやし~」

「セーくん、嘘ついてない?」

「誓って、嘘じゃない」

「いいの?」

「それでましろが納得してくれるなら」

「──私、本気になるよ?」

 

 その宣言はすごく困る。ましろは今まで手加減してくれているんだろうってことは察しがついていた。きっと彼女の方にも理性のブレーキが多少なりとも効いていたのだろう。だがベッドで電気を消せば、そうはいかない。

 

「ましろが本気でその気なら、ぼくたちの関係はとっくに爛れたものになってるよ」

「……そうだね」

「爆弾発言だ~」

「前から思ってたけどセンセーって結構シロに対してガチだよな」

「……どういうこと?」

「ふーすけ……」

「つーちゃん……」

 

 唯一人、何もわかっていないつくしを置いて、透子と七深が意味深に頷きあっていた。ぼくはずっと、ましろに対してはのらりくらり逃げつつも真剣だったと思うよ。

 彼女の将来が明るく開けたものになるという保障を誰かがしてくれたらぼくは喜んで彼女の恋人になるだろうね。

 

「じゃ、しょうがないから許してあげる」

「ありがとうましろ」

「な、なんだかよくわかんないんだけど……泊まってもいいってことですか?」

「今日だけね、ちゃんと親御さんに事情を説明すること、ああぼくの家がどうとかは言わなくてもいいから、勉強会で泊まるくらいに留めておいて」

「はい」

「りょうか~い」

「私もいいですか~?」

「七深にもいてほしい、面倒見てあげて」

「わかりました~」

 

 こうなると結局、先輩の家が羨ましくなってしまう。だけどこんな風に女子高生がたくさん来て泊まることなんて今後ないだろうから、これくらいでちょうどいいんだろう。

 七深のお陰もあり、なんとか二人の課題も終わる目途を立たせることができた。

 

「どうしたのましろ?」

「優越感」

「なにに?」

「セーくん独り占めできてるから」

「……そっか」

 

 夜ごはんを作っている最中、七深に監督官を任せてましろと二人でキッチンに立っていたけれど、その横顔は終始楽しそうだった。

 機嫌を保てたならよかった、とこうなったら思ったよりもずっと早く、ましろとの関係に決着をつける時がくるかもしれないとそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 




ドツボに嵌っていく、先輩と同じ末路を辿ろうとする男
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