酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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⑰失われた輝き

 ぼくは変われた、変えさせてあげたと思いあがっていた。

 モニカとの関りで、ましろを通して、先輩たちに手を引っ張られて。でも、その手が離れるといつも気付く。ぼく自身は何も変わってない。何色でもなかった、透明人間だったあの頃のまま、輝くことも導くこともできない臆病で、弱虫で、そのくせ自尊心だけは人一倍あるようなしょうもない男だ。

 ──中学生の時『山月記』を読んで腹を立てた。だってそこで描写された「虎」は自尊心だけを膨らませ獣になってしまった「李徴」であり、そしてそれはぼくの胸の裡にも獣を秘めているということを指摘されたような気がしたからだ。

 

「んん……? えっと、12ひく4だから……んっと?」

「これ、夏休みの宿題?」

「……え、あ、う、うん……そう、だよ?」

「繰り下がり? 苦手なの?」

「……ん」

「叔母さん、少し教えてもいいですか?」

「どうぞ~」

 

 そんなぼくが、教師になるなんて思ったきっかけも最低なものだ。高校生の頃、まだ小学校に入って間もない親戚の子と会った時に、適当に教えたら妙に懐かれた、それだけでぼくは誰かを教えられるんだって気分になっただけ。その子が物覚えはいい方だって聞いたから、最後は繰り下がりのパターンを全部覚えさせるという力業で解決しただけなのに。

 

「せ、せいじお兄ちゃん……ばいばい」

「ましろったら、すっかり懐いて」

「……また、お正月にね、ましろ」

「うん」

 

 たったそれだけがぼくを教師の道へと歩ませた。我ながら思い出すだけでくだらない理由だ。その時は小学校の教師だった。

 その道が高校教師に変わったのは大学生になってすぐのことだった。

 

「倉田くんって面白い人ですね……真昼なのに頑張って輝こうとする星、私と同じ」

「……はぁ」

「おい香織、あんまり新入生を不思議ワールドに引き込んでやるなよ。悪いな、コイツは変人なんだ」

「三年の加賀谷香織です、こっちは留年した先輩」

「してねぇ、ちゃんと単位足りてるっての」

「ギリなんですね」

「お前もう黙れ」

 

 加賀谷香織先輩に、ぼくは一目惚れをした。でも、ぼくが人生で初めて好きになった人は、隣にいた太陽に強く焦がれていた。

 勿論、清瀬先輩にも付き合っている相手がいるからチャンスがありそうな気がしたこともある。でもあの三人はそれ以上の繋がりがある。ぼくはそう感じて、輪の中には入れずにいた。

 

「くそ! なんで、なんなんだ、なんであの見た目チャラい男に!」

「わかるよ伊丹、ぼくも同じ人に想い人の目線を取られた側だから」

「騙されてる、ぜったい」

「というかなんで酔って……もしかしてウーロンハイと烏龍茶間違えてるじゃないか! さっきすごいペースで飲んでなかった!?」

「ははは!」

「笑ってる場合か!」

 

 ──思えば、先輩たちが卒業してからも騒がしい大学時代だった。そしてぼくはほぼ全ての単位を「秀」で通過、卒業生の代表として証書を授与し、先輩たちが成った高校教師に、同じ場所に再び戻ることができた。

 

「ぶっちゃけ、好きなんだろ? そのましろってやつのこと」

「……ぶっちゃけ」

「あはは、だよねぇ」

「けど、相手は高校生ですよ? ぼくは教師として、生徒と同じ年の、しかも親戚に、迂闊かことできませんって」

「関係ねぇだろ」

「……なくは、ないでしょう」

「いや、ねぇよ。子どもとか大人とか、親戚とか、些細な問題だろ」

「なっくんも酔ってきたねぇ」

「そういう安直な道に逃げんなよ誠二……逃げたら、お前は絶対に後悔する」

「だね、なっくんが言うと説得力ある~」

 

 安直な道、それを選んで後悔するのは自分だってわかっていても、つい選んでしまうのだから安直なんだ。酔っている時のぼくはそんな反論すらできずに、拗ねてような顔でわかってますよと言うだけだった。

 ぼくが憶えてる最後の会話がこれだった。今なら言える、先輩が正しいことを言っていたんだって。自惚れて、自己満足に走った、それがぼくの安直な逃げ道だった。

 

「……なんて、バカなんだろうな」

 

 あれから、ましろから連絡があって数日、ぼくはただ屍のように仕事をして、遅くまで学校に残ってそれから帰って寝るだけという生活を繰り返していた。その間に透子やつくし、七深から連絡が来ていたけれど返事をするどころか中身を見る気にもならなかった。

 ──いっそ休めばよかったか、いや休んだらそれこそ逃げ道だ。そういう大人としてのくだらないプライドでなんとか仕事だけは行っていたある日のこと。

 

「メッセージ、先輩から──なんだって?」

 

 それは透子たちがぼくの家に来たいって言うから送っていくぜ、というメッセージだった。自分のでは無視されて門前払いされると踏んだのだろう、まさか清瀬先輩を使ってくるとは予想もしていなかった。その中にましろはいない、本当に辞めたのだろうか。そもそも何があったのかもぼくは知らなかった。

 

「どこ行ってたんだよセンセー」

「仕事してた、当たり前だろ」

「先生、大丈夫~? ちゃんと寝てる~?」

「顔色、すごく悪いです」

「……平気だよ、気にしないで。それより、ぼくのところにましろはいないよ、ぼくも連絡取ってないから家にいるんじゃない?」

 

 もう、知りたいとも思わない。彼女たちを生徒として、なんてバカバカしいことはもう考えたくもない。一人にしてほしい、ぼくを元のくだらない大人に戻してほしい。

 そんな自暴自棄になったぼくの様子を見てヒートアップした透子が掴みかかろうとしてくる。

 

「この──」

 

 ──だが、その手首を抑えたのはぼくではなく、清瀬先輩だった。力づくでそれでもぼくへと距離を詰めようとするが、先輩はそれ割って入ることで止めた。

 その顔は生徒を諫める教師の顔であり、後輩を思いやる先輩でもある。つくづく、この人は、いざという時にカッコつけるとカッコがつく。

 

「おい桐ヶ谷、それ以上はやりすぎだ、気持ちは解るがコイツは気持ちじゃ動かねぇよ」

「けどセンセー!」

「そもそも誠二は何があったのか知らねぇんだろ? オレだってなんも聞かされてねぇのに掴みかかろうとしたら止めるに決まってんだろ、少しは冷静になれよ」

「……っ!」

 

 ド正論だ。ぼくもましろからの連絡を伝えていないし、そもそも何故ましろが辞めるという選択をするに至ったのかを教えてもらっていない。その状態で言葉を交わしても無意味な応酬になってしまう。実際、今のやり取りに意味もなにもないのだから事実だ。

 

「……清瀬先生の言う通りだよ、透子ちゃん」

「私たちは、先生を責めたいんじゃなくて、しろちゃんのことを知りたいだけだから」

「だとよ、情報共有くらいしっかりしろ、大人だろお前は」

「……すみません」

 

 説教で全員がちゃんと冷静になったのを確認したのを確認した先輩は、ぼくを先頭に立たせて家の中で仕切り直そうと場を取り持ってくれる。

 ──結局、最後に頼るのはこの人なんだ。まったく自分が嫌になる。

 

「や、やめる……!? どうして!」

「し、しろちゃん……月ノ森、辞めちゃうってことですか?」

「ぼくは、そう捉えてる、実際、学校に来てないんでしょ?」

「はい……でも、なんで」

「理由なんてしんねーけど、バンドどころか月ノ森やめてどうすんだよ!」

「──ヒートアップすんな、んで? バンドがどうにかなってんのか?」

「実は……るいるいが」

 

 七深が、透子の茶々を躱しながら説明してくれた内容は、三回目の「CiRCLE」のライブも盛況だったことでモニカとしての実力アップとして「アオゾラバンドコンテスト」というライブへ出演しようと決めたところ、八潮さんが突如バンドの脱退を宣言、それからましろが「言の葉の集い」というスピーチのクラス代表に挑戦したものの結果は満票三十のたった一票、惨敗という結果だったというものだった。

 

「まさか、それだけで学校辞んの?」

「とーこちゃん……きっと、それだけじゃないよ」

「倉田にとっちゃバンドはそれこそ、輝く場所だったんだろ。スピーチの題材にするくれぇにな」

「あの……実は、私、ましろちゃんが捨てた原稿、持ってて」

「見せて」

「は、はい」

 

 ──そこには、ましろがモニカに出逢い、月ノ森に入って五人で過ごす中で感じたこと、変われると思ったことが等身大の言の葉に込められていた。これで一票というのは、幾らなんでも、贔屓目のせいかそう感じていると、つくしが最後の一文を指して言った。

 

「……ましろちゃん、この言葉を言えずに終わっちゃったんです」

「八潮さんが抜けて、ましろの中でこのスピーチの大前提が崩れたから……か」

「だからなんだっての! それが学校を辞める理由になるとかぜんっぜんわかんねーんだけど!」

「透子、黙ってて」

「……意味、わかんねーし」

 

 透子には、わからないだろう。これは無理解とか、不寛容とかそういう話じゃない。人間性とかそういう根本が違うんだから。

 説明とか、納得さえも必要ない。ましろにはこれが月ノ森を辞める理由になる。透子にはならない、それだけのことだ。

 

「意味わかんねぇだろうよ、誰もお前にはなれねぇし、お前は誰にもなれねぇ」

「そんなん、当たり前じゃん」

「じゃあ倉田にしか、倉田の内面はわかんねぇのも当然だろ」

「……そ、そりゃそうだけど」

 

 こういう時に先輩は強いよな。透子をちゃんと上からトーンダウンさせられる能力は貴重だと思う。あの圧に怯まず正論を言い放てる胆力は特に、癪だけど見習いたい能力だ。

 そのまま、先輩が透子を抑え込んでくれることを期待して、話を続けていく。

 

「目下の問題は、ましろが学校を辞めたいと言っていること、それと……八潮さんだ」

「ルイはもうよくね?」

「桐ヶ谷、口開くの禁止な」

「はぁ!?」

「そうですよね~、るいるいも、何かを抱えてる」

「……うん、八潮さんの言葉、ぼくは少しだけ覚えがあるよ」

 

 バンドを続けて得たものが自惚れと自己満足──それは、ぼくにも刺さる言葉だった。だけど、その場にぼくはいなくて、居たのは五人だけ。

 透子は自惚れがある、でもそれは自信ともいえる。ちゃんとトーンダウンするべきと感じた時には立ち止まれる。ましろも、自己満足していた部分はあるだろうけど、彼女の場合はそれすらも前はなかった気持ちだ。七深とつくしにはそれらしい反省点は見当たらない。

 

「……八潮さんは、ぼくと、七深に任せてほしい」

「わ、私も?」

「何か、言いたいことがあるって顔してる」

「……うん」

「じゃあシロはあたしとふーすけ?」

「うん、つくし、よろしくね」

「あたしは!」

 

 透子は、正直八潮さんに対して何かを響かせることができるとは思えないし、ましろ相手だと茶化したり話を遮ったりしそうで、拗れそう。

 そんなぼくの考えが伝わったようで、つくしと七深が笑ってくれた。それに、つられてぼくも少しだけ笑うことができた。

 

「……誠二、いいのか? 倉田の方ほっといて」

「はい……ましろは、ぼくだけの手を取って生きてるわけじゃないですから」

「そうか、んじゃあ後輩に一言」

「はい」

「未来なんてのは、一寸先すら見通せねぇ真っ暗闇だ。どんなにキラキラした言葉で埋め尽くしても、この瞬間に倉田も、お前も、どうなるかわかんねぇ」

「はい」

「けどその真っ暗闇に飛び込んで、色んな景色を見出すのが青春ってやつだってオレは思えるようになった、だからお前はお前の生徒に、それを伝えてやれ」

「……先輩」

「なんだよ」

「一言じゃないですよ」

「うるせぇ」

 

 先輩の言葉と、後は何故か八潮さんの居場所を教えてもらった。なんで先輩が知ってるんですかとストーカーを疑ったところ、どうやら弦巻さんに訊ねたら返事が来たと言っていた。あの人にできないことはないんだろうな、きっと。

 

「……この住所」

「どうしました~?」

「いや、ましろの家の近くだ」

「んじゃあちょーどいいじゃん!」

「そうだね──先輩、後はぼくに」

「おう頑張れよ、誠二センセイ」

「──はい」

 

 車の助手席に七深、後ろにつくしと透子を乗せて、ましろの家方面へと走らせていく。

 本当なら、ぼくは関わり合いにだってなりたくないはずなのに、結局こうして三人の笑顔に救われている。

 ──つくづく、教師ってロクでもない仕事だと思う。こんなことしても一銭にもなりはしないのだから、けど無償だとか有償だとか、気にならないほどに生徒たちの青春にアテられてぼくの足はアクセルを踏み込んでしまうのだ。

 

「もっとスピード出そうよセンセー!」

「透子、ここは40キロ制限だから」

「じゃあ80くらいまでヨユーじゃね!」

「……とーこちゃん、免許取る時にはやらないようにね」

「というか40キロ制限って40までしか出ないようになってるんだよ?」

「つーちゃん……」

「ふーすけ、マジで言ってる?」

「わ、私、おかしなこと言った?」

「──そんなシステムあれば、透子みたいなスピード違反で罰金食らう人もいなくなるだろうね」

「あたしはまだ免許すら持ってないっての!」

 

 スピードメーターは46キロ、気持ちとは裏腹にぐんぐんスピードが上がっているわけじゃないけれど、それでも着実に、ましろの家がある方面へと進んでいった。

 河原の方に八潮さんがいる。ぼくはこうなって初めて、八潮瑠唯さんと、モニカ最後の一人ときちんと話をする機会を作ることが出来たのだった。

 




しれっとクズに立ち直らせられてる誠二くん。やはりクズパワーは相手が数枚上手。
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