──ぼくは自分が清い人間だと思ってきた。少なくとも、この一文字が入った先輩よりかは誠実に、名前の通りの生き方をしてきたと思っているしこれからもそうでありたいと思っていた。だからこそ、昨晩の記憶を都合よく失っているという事実に耐えられなかった。
「本当に、本当に申し訳ない……!」
「あ、謝らなくていいから、大丈夫」
「大丈夫じゃない……ぼくに預けてくれている親御さんにも申し訳が……親御さん」
流石に二人揃って生まれたまま、というのもマズイので服に着替え、改めて土下座をして謝意を示す。この土下座で何かが変わるわけではないが、だからと言って切り替えてはぼくが唾棄してきた大人と同じになってしまう。
──そして、ぼくははたと気づいてしまった。ましろの両親は、今頃ましろが泊まったことを知っているのではないだろうかと。
「連絡はしたよ、誠二さん遅いから遅くなるって、もしかしたらお泊りするかもって」
「……返事は?」
「ガンバレって、お母さんから」
一瞬、思考停止してしまった。何がガンバレなのだろう。少なくとも娘をそう送り出すにはあまりにもぼくの家は不適格なのではないだろうか。両親公認だったのか、というかその様子だとましろは自分の恋慕を親御さんに伝えていたのか。
「ぼくは……責任は取る」
「……そういうの、ヤダ」
「というと?」
「お付き合いするなら、ちゃんと、誠二さんからも好きって気持ちがほしい」
「……ぼくは」
「好きじゃないのに、私を押し倒したの?」
言葉に詰まってしまう。好意的であるかどうかという広い視点で見ればぼくはましろを嫌ってはいない。いや、純粋で無垢な好意を向けられてかわいいとさえ思ったこともある。勿論、すぐに自己嫌悪したけれど。
「私は、誠二さんが……す、すき……です」
「……ましろ」
「だから、押し倒された時に、抵抗しなかった。むしろ……私は」
「……そっか」
我ながら、どうしてこう思い切りのいい行動を取ってしまったのだろう。普段のぼくでは、少しでも理性の欠片が残っていれば絶対にしないであろう行動だ。
とにかく、ぼくはこれからましろの「すき」に向き合わなければいけない。大人だから、教師だからと逃げることは、身体を重ねた以上許されていい言動ではない。
「これはぼくの偽らない本音だ、聞いてほしい」
「うん」
「ぼくは、キミの努力を知っている。その真剣さと喜びようも、その姿勢がぼくは好きだった」
「……えへへ」
「でも、
「だ、だよね……」
明らかに落ち込むましろの頭に手を置く。純白の、彼女の心を示すような髪の毛、あどけない顔、大きく深い青の瞳、この輝きをぼくは濁らせるわけにはいかない。一時の過ちで、そして身勝手でくすませるわけにはいかないんだ。
「でもぼくは、責任を取る……ましろのすきを受け止めるよ」
「……誠二さん」
「だから──わっ、と」
「すき、だいすき……私は、誠二さんが好き!」
抱き着いてきたましろを受け止める。この想いが一時の過ちであることをぼくは望んでいるというのに、彼女は嬉しそうに、幸せそうにその言葉をぼくに伝えてくる。
拒絶なんてできるわけがないじゃないか、ぼくはましろの言葉を否定する要素を持っていないんだから。
「いいかなましろ」
「はいっ」
「ぼくらの関係は、秘密ということになる。体裁で申し訳ないんだけれど」
「大丈夫、お母さんには、言ってもいいよね?」
「言ってもいいけど、なるべく秘密なことも含めてね」
「わかった」
こうなれば厳密に取り決めるしかない。ぼくらの関係は祝福されるようなものじゃないから。
ぼくらは約束を交わす。幸いぼくらは血縁関係こそないが戸籍上はいとこということになる。出かけていてもよっぽどましろがくっついているとかじゃなければやましいところはない。
だけど関係は秘密、そしてここからが重要なことだ。
「これ以上の性交渉はしない」
「……私は、気にしないよ?」
「ぼくが気にするから」
「わかった、でも……お互いの気持ちがあれば」
「それは、その時のぼくらが決めることだよ」
少なくとも、彼女が高校生の間に性交渉はしないと内心で誓った。これでも高校教師だ、教え子と同年代の女の子との行為はぼく自身にも悪影響だと判断する。
だが引き続き学校からぼくの家へ直接来てもいいことにはするし、許可が出れば泊まることもよしとする。一緒には寝ないけど。
「そうだ、こんな時にアレだけど……学校生活には慣れてきた?」
「う、うーん……なんか、周りの人がね、みんな違う世界の住人みたいで」
「そっか、幼稚舎からの繰り上がりのほとんどは親がお金持ちだったり、何かしらの才能を認められていたり……そういう子が多いって聞くね」
「うん」
思っていたよりも外部生であるましろとの溝は大きいらしい。流石に入学してからの学校生活についてまでは指導できない。ぼくが出来るのは彼女の親しい仲として相談に乗ってアドバイスをすることくらいだ。
「それならましろも何か趣味を見つけてみるのはどうだろう? 特技でもいい」
「趣味、特技かぁ……うーん」
「最近の流行に乗ってみるとか」
「流行……バンド?」
「そうだね、流行ってるみたいな話は聞いたことがある」
ガールズバンド、つまり女性だけで構成されたバンドが現在は流行している。プロアマ問わず、様々なグループがかわるがわる毎日のようにライブハウスで活動している、というのは教師としては耳を塞いでいても入ってくるものだ。
「……まぁ月ノ森でバンドは、難しいそうか」
「確かに、クラシックなら」
「じゃあ月ノ森に合わせてクラシックっていうのは?」
「……眠くなっちゃう」
そんな作戦を立てながら、ぼくはましろを家まで送り届けた。
その後すぐ、彼女はガールズバンドと運命の出逢いをすることになる。それはましろにとって世界が広がるということであり、ぼくとしては予想外に顔見知りが増えてしまうことの始まりでもあった。
「そういえば、もうすぐ誠二さん誕生日だよね」
「あ、あぁ……ぼくは前日、遅くなると思う」
「祝日だよね」
「うん、その日は飲み会……同窓会? があるみたい」
「そ、そっか」
「待っててくれたら、日付は変わらないはずだから」
「わかった!」
加賀谷先輩……旧姓でつい呼んでしまうけれど、加賀谷先輩と荻原先輩が結婚したのがちょうど一年程前で、それを期にと美城先輩がゼミの中でも仲がよかったグループで同窓会をしたいと言ったのが始まりだった。半分が高校教師だというのにこの新学期シーズンに時間を空けてのお酒の席というのは正気の沙汰じゃないと思うのに。
「いえーい! じーたー誕生日おめでとう! アーンド、りーちゃん結婚一年記念~!」
「纏めるんですね……」
「ふふ、みーちゃんらしい」
「それで済ませんな、お前も主賓だろ」
「香織はいつものことですから」
「……伊丹、大丈夫? ついていけてる?」
「はい……大丈夫です」
メンバーはぼくより三つ上の清瀬一成先輩、一つ上の美城未来先輩、加賀谷、改め荻原香織先輩と荻原征木先輩、そしてぼくと一つ下の後輩、伊丹和巳の六人が参加していた。女性二人がそれぞれ恋人と旦那さんを連れてくるという間違っても間違いの起きない布陣だった。
「正直さ、なっくんちで宅飲みも案にあったんだけど」
「家壊れるっての」
「先輩、まだ引っ越してないんですか?」
「……もうすぐ引っ越し予定」
「新居、めっちゃ広いよ!」
「お前んちでもあるだろ」
「……広いって、お二人はそんなお金あったんです?」
「語ると長くなる、特に去年の夏あたり」
相変わらずガヤガヤしている会話をぼくは黙々と聞いている。これでも楽しいものだ、大学時代と変わらない、その頃は伊丹がいなかったけれど、その頃だって清瀬先輩がいなかっただけで、そこまで大きな違いはなかったように思う。というか先輩たちが卒業した後が静かすぎた。
「そういや、誠二はその後どうなった?」
「え、あ……ぼくですか?」
「誕生日誕生日!」
「は、はい……えと、どうなった、とは?」
昔のように飲み食いして時折話に混ざる程度でいいだろう、そう思っていたのに急に清瀬先輩から話を振られた。そうだった、この二人はましろに会ってるんだった。
なんとか誤魔化そうと思うも、言葉が出てこない。しどろもどろになってしまう。
「ほら、あの子……えっとましろちゃんだっけ?」
「ええっ、倉田くんに……カノジョ!?」
「そーなんだよ! びっくりだよね!」
「カノジョじゃないです」
あー、やっぱり加賀谷先輩が食いついてきた。まずい、これで逃げ場がない。事情をある程度知っている人が二人に他人の恋愛話が大好物の一人、特にこの女性陣に捕まったら最後、清瀬先輩もお手上げの波状攻撃が待っているというのに。
「あの後は、情けないですけど……ましろに介抱してもらって、泊めることに」
「ははーん、あの誠二がねぇ」
「これは……ヤった?」
「下世話ですよ未来先輩」
「えー、ズミくんも気になるでしょ?」
「……まぁ」
後輩にまで裏切られた。というか伊丹は美城先輩に片想いしていた時代もあるくらいだからかなり先輩寄りだった。
荻原先輩もニヤニヤして止めるつもりはないみたいだし、なにより清瀬先輩がノリノリなのが質の悪いところだ。
「ぼくは、別に……」
「みんなの判定は?」
「クロです」
「クロかな」
「クロだろうね」
「クロ、はい満場一致だな」
「なんでですか!」
「この状況で隠しごとできるわけねぇだろ」
「洗いざらい話した方がいいよ~? ましろちゃんのところに帰れないかもね~?」
「それはこ──っ!」
それは困ります、と言いかけて言葉を止めたけれど、もう遅かった。これで家にましろが待っていることが全員に伝わっただろう。かつては荻原先輩と加賀谷先輩や伊丹がイジられる立場だったのに。五年経ってついにぼくの番だとでもいうのだろうか。
「倉田先輩、諦めましょう。未来先輩はともかく、香織先輩と一成先輩には勝てませんって」
「わたしはともかくってなんだよ~!」
「美城、絡み酒みたいになってる」
「その役目は香織で充分だ」
「その通り」
全員に囲まれることになり、ぼくは結局秘密にするとか言っていた関係とそうなった顛末を全て、洗いざらいゲロってしまった。ごめんましろ、ぼくは弱い人間だ。先輩の圧力に耐えかねて秘密をこんなに早く打ち明けることになるなんて。
「まぁ気にすんな、オレの同期なんて去年卒業した教え子と結婚したしな」
「それをフォローにするのはどーかと思う」
「けれど、清瀬先輩だってみーちゃんがいなければそうなっていた可能性だってありますし、というか未遂でしたし」
「おい、サラっとバラすな」
「わたし、まだ許してないからねっ!」
「悪かったって、なぁみみ」
「……これが、付き合って七年経っても結婚できない理由なんでしょうね」
「言ってあげるな」
矛先が清瀬先輩の方へ向いたことでほっとした。どうやら最近テレビで見かけるようになった氷川日菜さんに気に入られたらしく、迫られたことで色々とあったようだ。そういえばその子もガールズバンドか。
「そのましろってやつが?」
「はい、ガールズバンドやりたいみたいで」
「まぁいいんじゃねぇの、羽丘も楽器背負ってるやついっぱいいるしな」
「羽丘といえば、確かRoseliaやAfterglowですか」
「詳しいなお前」
清瀬先輩と二人きりになれたタイミングで話をしてみた。
そりゃあ、ましろが始めたいと言ったきっかけである「
「あんまり過保護になるもんでもねぇよ、そりゃバンドマンなんて言えばお前からすりゃ近寄りたくねぇやつばっかだろうが」
「……解りますか」
「ああ、ただ少なくとも蘭やモカ、ヒナがバンドやってるからって不良ってわけじゃねぇよ」
「……先輩」
「あんまり肩入れするとみみに怒られるけど、オレの方もガールズバンドに何かと縁があってな……困ったら頼ってこい」
「……ありがとうございます」
どうやら先輩は先輩で青春を生きる年頃の生徒たちと色々なイベントを過ごしたらしいことは伝わった。その上で大学時代にたった一年しか関りのなかったぼくを気に掛けてくれる。
──まぁ、割と口封じ的な部分もあったけど。この人の生き方もまた、ぼくの目指す方向とは逆だ。
「あ、お帰りなさい……今日は、酔ってない?」
「ただいま──大丈夫、今日はそこまで飲んでないから」
「そっか、お風呂、気を付けてね」
「ありがとう、ましろ」
「え……あ、うん……えへへ」
あどけない花、ぼくが守りすぎるのもよくないのかもしれない。頬に手を添えると戸惑いつつも幸せそうに微笑んだましろを見て、今一度先輩の言葉を思い返してそう思った。
彼女は彼女の青春を生きている。十代にしか経験できない色んなものを否定しちゃいけない、か。
「お誕生日、おめでとう誠二さん」
「……二人きりの時は、もうちょっと砕けてもいいよ」
「え……いいの?」
「ぼくは、ましろの気持ちを大切にしたいから」
「……じゃあセーくんでもいい?」
「勿論」
ちょっとだけ荻原先輩が美城先輩に呼ばれる時の「セイさん」を思い出したけど、まぁいいか。あの声で呼ばれる時は必ず「じーたー」というましろにだって呼ばれたくない謎の渾名だから。
「セーくん、プレゼントも受け取って」
「うん、これ……ボールペン?」
「インクが切れたら詰め替えもあるから、長く使ってくれたら嬉しいなと思って」
「……大事に使わせてもらうね」
プレゼントとして三色ボールペンをもらうとなんだかましろに貰うのは特別な気がした。
──後日、あの人たちからのプレゼントは基本的に下ネタなので断っておいた。ましろのバストサイズなんて知るわけがないし、知ってたとしてもなんでぼくの誕生日にましろの際どい下着を送りつけられなきゃいけないんだ。ふざけてる。
可能な限り同じ時間に投稿されますのでよろしくお願いします
ノリが大学生だぞ三十歳
〇サブのオリキャラ
・清瀬一成(29)高校教師(英語)羽丘女子学園勤務
三つ上の先輩、美城未来とは大学からの恋人同士でクズ
・美城未来(27)高校教師(国語)
一つ上の先輩、清瀬一成とは大学からの恋人同士。変人コンビの渾名担当
・荻原(加賀谷)香織(27)元高校教師(地理)元羽丘
一つ上の先輩、昨年結婚した。変人コンビのお星さま担当
・荻原征木(27)会社員
一つ上の先輩、昨年結婚した。実はゼミが違う洗脳済みの常識人。
・伊丹和巳(25)高校教師(国語)
一つ下の後輩、元未来ラブ勢、現在は職場の同僚と付き合い始めた。