酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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VS八潮瑠唯


⑱大人っぽい彼女

 ぼくたちが向かった先はましろの家だった。ましろの母親に事情を説明して車を止めさせてもらって、つくし、と余った透子にましろを任せて、ぼくと七深は八潮さんが居るであろう河原に向かっていく。

 

「ん? もしもし、透子?」

『センセー、なんかシロ、逃げたっぽい!』

「逃げた?」

『ましろちゃんのお母さんに、車来る直前に家から出てっちゃったって!』

「誠二先生? どうかした~?」

「い、いや……まぁましろだし、予想できたことだったよ」

 

 一応ましろにも連絡をしたから、それで逃げ出したんだろう。ましろらしいといえばそうなのかもしれない。彼女も結局、根本では変わってないというか、その咄嗟の行動力を前までは前向きに使えていただけってことだ。元々は後ろ向きに全力疾走してしまうような子なのも、すっかり忘れていた。

 

「とりあえず、つくしたちもましろを探して、こっちでも見かけたら連絡するから」

『わかりました!』

「ぼくらは引き続き八潮さんを探しに行こうか」

「そうですね~」

 

 逃げた、と言ってもましろの運動能力はそう高くもないし、おそらく定期や財布などは持っていないから電車に乗ったとも考えにくい。連絡したタイミングを考えても、そう遠くには行けないはずだ。

 それもつくしたちに伝えておいて引き続き八潮さんを求めてる歩いていると、やがて話し声が聞こえてきた。

 

「……ましろの声だ」

「え、誰かと話してます?」

「よし、透子に連絡して合流しよう」

 

 河原の方に行っていたのか、けど誰と話しているのかまでは確認できなかった。だが状況から考えて、人見知り気味のましろがこの状態で話す相手は限られる。中学時代の友達、知り合い、そして今ここに居るらしい八潮さんだ。

 

「……八潮さん」

「倉田、誠二さん」

「せ、セーくん……っ!」

「あ、逃げた!」

「……正直、あたしはまだ許してないしムカつくけど! ルイのことよろしくセンセー!」

 

 いなくていい、もう忘れる、なんて車内でも言っていたのにいざこうなるとぼくに任せるんだ。素直になればいいのに、と思うがまぁそれはそれで青春ということなのだろうか。

 それに生徒に任された以上はちゃんと仕事をしないとね。

 

「倉田さんを探しに来たのではないんですね」

「そうですね、キミと話をしに」

「私に話すことなんてありません」

「ぼくにはあるんですよ、申し訳ないですが……少しいいでしょうか?」

「……少しなら」

 

 八潮さんと最後に会話をしたのは、九月の最初の方、ましろの迎えに来た時に話したっきりだ。

 だけどその時に、ぼくはましろが教えてくれた印象とは別のことを感じていた。キャンプの時にも、その違いはあった。

 

「モニカ、辞めたんですか?」

「ええ」

「どうしてでしょうか?」

「その質問を私にする必要は?」

「るいるい……」

「広町さんや桐ヶ谷さんから話を聞いたから私に話をしに来たのでしょう?」

「でも、ぼくは八潮さんから話を訊きたいんです、キミの口から説明してもらうことに意味がある」

「……わかりました」

 

 やや億劫そうに事情を説明してくれる。彼女は元々感情を優先した先にあるものを確かめたくてバンドを始めた。

 そして、彼女はふと気づいたのだ。その先にあったものに意味なんてないのだと。

 

「時間の無駄だって判断した、ということですか?」

「はい」

「そうですか」

「感情を優先した先にあったものが自惚れと自己満足……るいるいは、自分に言ってたんだね」

 

 七深が新曲のスコアを差し出す。書き込まれたスコアからは音楽に向き合った時間と気持ちが込められているような気がして、八潮さんがそれだけモニカのメンバーとして過ごしていたことを示していた。

 だけど、ふと彼女は「これになんの意味があるのか」と思ってしまった。自分がモニカを支えているという自惚れ、作曲をしている時の充足感、それが何になるのか、八潮さんにはわからなくなってしまったのか。

 

「いいんじゃないですか?」

「……はい?」

「意味があるのかないのかわからないものに、時に情熱の向くままに没頭する……きっと子どもの特権でしょう」

「あなただって、酔狂でしょう……仕事でもないモニカのために、こんなところまでやってきた」

「でしょうね、でもぼくは教師としての自分に意味を見出している。もっと言うなら、打算でここにいます」

 

 七深やつくし、透子はそんなもの関係なく、ただ青春のためにましろと八潮さんに会いにきた。説得なんてとりあえず考えずに、ただただ、自分たちの納得のために。

 だけどぼくは違う。ぼくは教師としての自分に意味を見出すため、そして何より──想い人の笑顔を護りたいという打算で周囲を動かした。

 

「大人なんてこんなものです──想い人の印象を、好感度を稼ぎたい、そんな打算で八潮さんをモニカに戻そうとしてるんですから」

「……私に音楽をさせて、倉田さんへの点数稼ぎをしようと?」

「そうなりますね」

 

 だからぼくは、子どもであるキミたちが羨ましいと思っている。そして本当の意味で彼女の気持ちを変えられるのはぼくなんかではない。まっすぐな気持ちを持った人たちだと思っている。

 

「ぼくはあくまで大人の立場で、八潮さんを引き留めに来ました」

「……倉田さんのため」

「そう……モニカの活動を、このスコアを無駄だって言うのはあんまりにも早計じゃないかなって気持ちもありますが」

「それは、経験測からということでしょうか?」

 

 その質問は、彼女がまだ子どもである証左のように感じられた。同時に、彼女も迷っていて、心の何処かで惜しいと思っているのだろう。

 ぼくにとって、それが何よりも眩しい。色んなことを考え、たくさんの感情を抱いている。

 

「いい楽曲を作りたい、いいステージにしたい……その結果がなんなのかは、まだ、ということですか?」

「少なくとも、大人にならないと結果なんてわからないかもしれません」

 

 その言葉に八潮さんが何かを考え込むように目を伏せる。少しの沈黙を破ったのはスコアを見つめていた七深だった。

 悲しそうな顔で、だけどまっすぐな瞳で八潮さんを見つめる。

 

「るいるいのさ、知りたい答えって……もっとちゃんとつまづいた先にあるんじゃないかな?」

「それは、結論の先送りよ」

「はい……これ、持って帰って」

「──私には、もう必要のないものよ」

「持って帰ってあげてください、七深はそれをもう一度キミに手渡すために……ここまで来たんですから」

 

 そして曲を書いた時の気持ち、音楽を楽しいと思う気持ち、感情と向き合ったことで何を得たのか、もう一度だけ考えてほしい。それが、七深の望みだ。

 そうやって考えて、躓いて、ぶつかって、本当に思ったことこそが今彼女に必要なものだから。

 

「八潮さん──瑠唯はまだ、結論を出す段階じゃないと思うよ」

「……なら、いつ」

「急がなくても、キミは15歳だ、ぼくの年になるまで11年あるんだから、遠回りしてみてもいいんじゃないかな?」

「……倉田、先生は」

「うん?」

「自分の人生を遠回りした、と感じていますか?」

「感じてるよ」

「無駄だと感じたことが、実はそうではなかったという経験は?」

「そんなことばっかりだよ」

 

 そもそも、ぼくは他者と関わることを無駄だと思ってた時期がある。その頃から考えるとぼくの大学人生は無駄なものばかりだろう。

 でも、ぼくはその大学時代があったからこそ、今こうして教師に成れている。

 

「そうですか」

「ましろや七深のことを考えると、止めたいところだけど……どうするかは瑠唯次第じゃないかな」

「そうでしょうね」

「だからこそ、自分の気持ちを否定せずにね」

「……私の、気持ち」

 

 それだけを伝えて、ぼくらはひとまずましろと話しているであろう透子とつくしと合流した。

 どうやらつくしたちも説得に成功したようで、ましろが腫れぼったい目をしながらも透子とつくしに挟まれていた。

 七深もそこに合流し、四人がまた笑顔を浮かべている。

 

「あ、あの……セーくん」

「ん?」

「ありがとう……」

「ぼくがいなくても、みんなはましろのところに行く気だったよ」

「でも、ありがとう」

 

 こうして、ぼくの役目があったのかなかったのかよくわからないモニカ分裂騒動は比較的穏やかに終わりを迎えた。

 ──その数日後のこと、八潮さんから連絡があった。どうやらモニカとして再び活動することになったらしいこと、そして月ノ森近くの喫茶店に来て欲しいという連絡だった。

 

「倉田先生」

「呼び出しなんて、珍しいですね」

「いえ……先生にも感謝をと思いまして」

「ぼくに?」

「はい、あなたの言葉もあったからこそ、私はまた、この気持ちの行く先を見る気になりましたから」

「そうですか」

 

 そう言って、八潮さんは紅茶のカップを持ち上げて、その中身が空なことに気付いてまた戻した。

 思うところもあったのだろう、ぼくとしてもモニカには彼女が必要不可欠だと判断しての行動だったけれど、戻ってほしいと強制したわけじゃない。八潮さん自身がそうするべきだと思ったからだから。

 

「……口調、元に戻されたんですね」

「え?」

 

 ふと、八潮さんがそんなことを言う。口調? と首を傾げていると彼女は店員を呼び止めて紅茶のお代わりを頼んでいた。

 それから躊躇いがちに目を伏せたように感じた。

 

「私には、あなたの生徒たりえない、ということでしょうか」

「そんなことは」

「……でしたら、私のことも」

「瑠唯でいいってこと?」

「はい」

「じゃあ、瑠唯……これからもよろしく」

「……ええ」

 

 なんの心境の変化かはわからなかったけれど、瑠唯は少しだけ微笑みを浮かべてから二杯目の紅茶に口をつけた。

 やっぱり、ましろや透子の印象とは違ってるよ、瑠唯は。

 

「私の印象が、ですか?」

「うん、瑠唯のこと無表情で、何を考えてるかわからないって、透子に至ってはロボットとか言ってたよ」

「私自身、自分が感情豊かだとは思っていませんね、必要だとすらも」

「そうかもね、でもぼくは違う印象を受けたよ……少なくともロボットとは程遠い」

「そう、ですか」

 

 もしかしたら、モニカ結成当初は無機質だったのかもしれない。でもモニカとして過ごすうちにどんどんとましろたちに影響を受けて今の、ぼくが知る瑠唯になったのかもしれない。

 キャンプの時に飛び込むために移動をした瑠唯の表情を、ぼくは知っていたから。

 

「それに」

「はい」

「バイオリンを弾いてる時の瑠唯がモニカの中で最も感情豊かで雄弁、そんな気さえするよ」

「……私が」

「ぼくの個人的な感想だよ、気にしないで」

「……でしたら」

 

 そこで瑠唯は言葉を切って、ぼくをまっすぐ見つめた。確かに表情筋は一切仕事をしていないフラットな表情だったが、紅茶のカップを持ち、上品な佇まいのまま探した言葉を見つけた途端に、まるで朝焼けに濡れた花弁が開くように、口角が少しだけ上がった。

 

「個人的に、その言葉を記憶しておきます」

「うん」

「アオゾラバンドコンテスト……是非、聴きにいらしてください」

「勿論」

「そして──よろしければ。先生の個人的な意見を聞かせてほしいです」

「それも、勿論だよ」

 

 今まできっかけがなかったけれど、これを機に瑠唯との距離も縮められたような気がする。彼女は賢いし、七深のように透子やつくしと一緒にいることもないし、アルバイト先で顔を合わせることもないからこうしてゆっくり話す機会は少ないかもしれないけれど。

 ──それでも、こうしてまた機会を作ってあげられたらいいなと思った。

 

「大人びてるっても、それはツラと第一印象だろ? それで中身を求められるのは、やっぱ嫌んなる時もあるだろうぜ」

「……そうですね、経験があります」

「そういやお前は高校から顔変わってねぇんだったな、香織が卒アルで腹抱えてたの思い出した」

「思い出さないでください」

 

 ククク、と楽しそうに笑ってくる先輩にぼくは最大限嫌な顔をしておく。感謝はしているし、今回は先輩が背中を押してくれたから、こうしてぼくも瑠唯のことを知ることができたし、ましろを立ち直らせることもできたのは事実だ。だけど、それをネタにされる筋合いはない。

 

「にしても、誠二がそうなるとは思わなかったな」

「そうなる、とは?」

「オレと同じ穴の貉」

「……冗談でも怒りますよ」

「自覚しとけよ、お前が八潮を止めたのは──クズ教師(オレ)のやり口だろ?」

「先輩」

「そもそも、教師は休みに生徒と喫茶店なんて行かねぇし、宿題を見てもやらねぇ、倉田は別としても……だ」

 

 それはそうだ、と最近の自分を反省する。他校の生徒だからと迂闊な行動が多い。モニカに関わりすぎるのは、教師としての在り方から逸脱するものだ。

 ──だが、先輩はぼくの思考を先回りして潰してくる。

 

「もう今更やめらんねぇからな、一度そうなっちまえば、戻ろうとすると悲しむヤツがいる」

「だけど」

「世間がどうとかじゃなくてな、生徒に求められてんのがどういうお前なのか──それをちゃんと考えてやれよ、誠二先生?」

 

 先輩はそれを言って立ち上がって会計を済ませて出て行ってしまった。

 クズ教師のやり口、それを否定できない自分がいた。だけどそのやり口があったからこそ、瑠唯はぼくを「先生」として認めてくれたのも事実だ。あの微笑みを、花が咲いた瞬間を求めて、先輩が生徒に接しているということも少し理解した。

 

「……けど、あなたの道は茨の道でしょう」

 

 踏み込みを見誤れば、真っ逆さまに落ちていく。それが先輩のやり方だ。

 先輩には美城先輩がいた。ならぼくは、そう思った瞬間にスマホが鳴り、そこからましろの声が聞こえた。

 

『セーくん、練習終わったよ』

「迎えに行くよ、ちょっと待ってて」

『うん、待ってるね』

 

 ──想い人、瑠唯に向けたましろへの言葉。結局それが、ぼくの本音だ。大人として情けないけれどぼくにはましろの大きすぎる愛情を無碍にはできなかった。ぼくのことをすきだと笑ってくれる彼女をもっと喜ばせたいと思うようになっていった。

 




八潮瑠唯――陥落!

「大人っぽいは子どもに使うセリフ」
この名言を作者はとても気に入っています。なぁお前もそう思うだろう志保?

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