酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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⑲昏く、黒く

 アオゾラバンドコンテストの結果は五位、ギリギリ入賞という結果だったが瑠唯は、ぼくは前から知っていたことだがモニカに残ることとなった。そう報告してくれたましろの笑顔に、少しだけほっとした。

 ぼくが関わったことでいい方向をむかせることが出来た、なんてことは思っていない。瑠唯を動かすことは七深にも出来ただろうし、ましろもつくしが寄り添うことでなんとかなった。それでも、彼女たちが──モニカがまた五人で活動できるのはぼくとしても嬉しい。

 

「セーくん、お待たせ」

「他に乗ってく人はいない?」

「大丈夫です!」

「ご心配なく」

「シロとイチャイチャする時間、邪魔しちゃ悪いしな!」

「……了解、じゃあまた」

 

 十月になって暗くなるのが早くなってきたこともあり、泊まる日はましろを広町家まで迎えに行くことも増えてきた。透子の余計な一言に少しだけ眉を寄せてしまってから、ぼくは車を自宅へと進めていく。

 こうして迎えに行ける一番大きな要因は、やはりモニカとぼくの関係が変わったことだろうか。

 

「打ち上げ?」

「うん、今回はセーくんも呼んで六人でって、透子ちゃんが」

「……何も聞いてないんだけどな、それに瑠唯はそういうの嫌いそうだけど」

「それがね、モニカとしての活動ならって来てくれることになったんだ」

「瑠唯が……そっか」

 

 休日、バンド練習の後に打ち上げをすることになったらしい。場所もまだ決まってないということだけど、大丈夫なのだろうか。それにぼくの予定は無視なんだろうか、透子はこういう時にちゃんと言っておかないとダメなんだろうな。

 

「前は、るいさんって私たちから一歩引いたところにいる印象だった」

「そうだね、キャンプの時もそんな感じだったよ」

「だから、なんでも出来て、私とは全然違う、まるでセーくんみたいに大人なんだって勝手に思い込んでた」

「違った?」

「うん、違うってこと、この間初めて知れた」

 

 どうやら二人もきちんと話をしたらしい。

 ──モニカのリーダーはつくし、ということになっているが発起人はましろだ。ボーカルということもあり、このバンドの中心はましろだろう。

 倉田ましろの内側世界を輝かせるためのバンド、それを彩る四人はそれぞれ彼女にないものを持っている。

 

「ぼくも、今回でわかったことがあるよ」

「なに?」

「モニカにおいてましろを支えられるのは、あの四人だけだってこと」

「そうかもね……いつも、私は助けられてるから」

 

 四人はましろに持っていない輝きを持っている。けどそれと同時に彼女たちはましろと同じものを持っているとも感じた。変わりたいのに変えられない臆病な気持ち、漠然とした何か自分にできることをしたいという願い、自分の世界を否定されることへの恐怖、失敗と挫折からの逃避、それぞれがましろと同じ後ろ向きな気持ちを抱えていた。

 だからこそ、モニカはましろを中心としたあの五人でなくちゃいけなかった。誰かが欠けたらそれが「Morfonica」だと胸を張って言えなくなった。

 

「……打ち上げ、場所はともかく日にちと時間は早めに相談してね、透子にも伝えておくけど」

「わかった」

「それと学生らしい場所にしてね」

「そうだね、あんまり高級なところだと……食べてる気がしなくなっちゃいそう」

 

 車から降り、鍵を閉めながらそう釘を刺しておく。ぼくだって高級料亭なんて連れてかれた日には食べてるものの値段が気になって仕方がなくなるタチだ。ましろとのこともあって出費が増えているから最近は余計そうだ。

 ふと生徒と遊び歩いてる清瀬先輩はどうしてるんだと美城先輩にそれとなく訊いてみたら相手の方が金持ってて奢ることもほぼないらしい。ヒモじゃないか、そんなのぼくはごめんだ。

 

「あれ、セーくん」

「どうしたの?」

「冷蔵庫にお酒ないよ?」

「……そうだね、最近外以外じゃ禁酒しようと思って」

「なんで?」

「ましろ、酒って高いんだよ」

 

 いつもは家に常備していて、結構な頻度で酔わないくらい飲んでいたけれど出費が嵩んできた結果、削れるところは削ろうということで禁酒を決意した。そもそも酒で失敗してるのにまだ常飲していたのが間違っていたんだ。あの先輩ですら美城先輩の影響でタバコを止めたと言うんだから、ぼくだって嗜好品を我慢くらいしてみせるという対抗心も少しはあった。

 

「つくしちゃんも心配してた」

「つくし?」

「最近、羽沢珈琲店で顔を見ることも増えたから、お金大丈夫かなって」

「気にしないで、大丈夫」

「──ってセーくんが言ったら大丈夫じゃないと思うよってななみちゃんが」

「……そう」

 

 バレてるし先回りされてる。確かに大丈夫じゃない、そうなんだけど生徒にまで心配されるといよいよという感じがあった。本人はそこはかとない庶民感を醸し出しているが時々箱入りお嬢様なのを再確認されるつくし、実家も金持ち、自分でも既に稼いでいる透子と七深、全てが不明瞭だけど間違いなく世間と金銭感覚が乖離している瑠唯の四人は、ぼくがプライドを投げ捨ててしまえば食事代を全額自分持ちだとしてもさして気にも留めないだろう。だけどそれじゃあ、大人であるぼくの立場がない。先輩みたいにヒモの分際で大人であれる自信がない。

 

「るいさんって金銭感覚違うの?」

「ましろは瑠唯と出掛けたことない?」

「ないよ、セーくん、デートしたの?」

「デートじゃなくて、買い物してたら偶々ね」

 

 比べるとするとつくしは案外、金銭感覚は普通だ。最近じゃ自分のバイト代でだいたいのことはやりくりしているらしいし、元々食べ物系は妙に詳しい。

 問題は七深と透子だった。あの二人はモノを「相場」より高いか安いかで判断するから金銭感覚はバグってる。その相場より低くても数万するものだったとしても彼女たちは「安い」と表現するからね。

 

「電子機器はあまり詳しくなくて、先生が居て助かりました」

「いや、でもどうしてパソコンを?」

「先日桐ヶ谷さんが」

「透子が?」

「紙にスコアを書き込むより打ち込み音源? の方が効率的だと熱弁していたので」

「だから思い立って……え、一式全部買おうと?」

「はい……相場は大体調べてきましたので」

「そ、そっか……」

「チェアも、作業効率を考えればいいものを買った方がお得、ということらしいです」

 

 ──という感じなのだが、肝心の金額には目もくれずぼくの素人とほとんど変わらない説明に相槌を打って、自分の目で確かめて購入していた。

 急にこんなにたくさん買い物したら親御さんとか大丈夫なんだろうか。

 

「何も口出さなかったけど、お金とか大丈夫?」

「いいものは相応の値段がしますから、対価を支払ってより効率的に作曲できるならそれで構いません」

 

 そのまま持って帰れないため宅配を勧めておいて、解散かと思いきや瑠唯に呼び止められた。

 今日のお礼に昼ごはんを奢ってくれると言われ最初は遠慮しようとしたが、瑠唯は首を横に振ってぼくを離そうとはしない。

 

「河原でのお礼もまだですから……桐ヶ谷さんの言葉を借りるなら、借りを作ったままではおけません」

「頑固だね、瑠唯は」

「よく言われます」

 

 その頑固さに根負けして、ぼくはそのまま昼を奢られてしまった。これをデートと呼ぶならそうなんだろう。チラリとましろを見ると、それが彼女の独占欲を刺激するには充分すぎるエピソードだということは言葉がなくても伝わった。

 

「むう……デート、いや……浮気?」

「ましろがそう言うなら、もうそれでいいよ」

「私も最近、デートできてないのに」

「夏休み明けてから忙しかったからね」

「やだ、お家デートだけじゃ満たされない」

「一応、勉強に来てるの忘れないでね?」

 

 ソファの隣に腰かけて相変わらず軽装で買ってあったジュースを片手に唇を尖らせた。

 ましろにとってぼくの家で勉強して泊まることまで含めてお家デートという認識らしい。週2回って頻度がやけに生々しく感じるからやめてほしい名称だ。

 そしてそのましろはどうやら、透子やつくしとバッタリ会ったよりも嫉妬するポイントが高いらしい。

 

「るいさんはライバルの予感がする……」

「ないでしょ、もしそうだとしても……心配いらないよ」

「ん、セーくん?」

「ぼくは……ましろを選ぶから」

 

 なんて傲慢な言葉だろうか、瑠唯がぼくに好意を寄せている前提で、自分に主導権があるとでも言いたげな言葉だ。だが、ましろはそんなぼくの言葉に驚いたように目を見開いてから、幸せそうに笑ってくれた。

 

「えへへ、セーくんのこと、すき」

「うん」

「セーくんも、私のことすき?」

「……うん」

 

 小柄な身体を抱きしめ、温もりを分け合う。

 認めてしまえば、こんな楽なこともない。ぼくの気持ちは、とっくにましろに向いていて、大人だからこの気持ちに蓋をしなければと我慢していただけだ。

 

「じ、じゃあ……両、想いだね」

「そうだね」

「これって、こ、こい……びと?」

「そうなるかな? でも、大っぴらにとはいかないけど」

「ううん、それでもいい」

 

 ましろはますます抱き着いてくる。その瞳が徐々に妖しい光を宿していることに気付いた。

 これは、まずいと思う間もなく、ましろはぼくの膝の上に乗って唇を奪ってくる。

 態勢的に振りほどこうとするとケガをさせるかもしれないから、実質的に無抵抗となってしまう。

 

「恋人なら、これより……すごいことしても、いいんだよね」

「それは、ごめん」

「……どうして?」

「ぼくがその行為をしてしまっても、責任を取れないから」

 

 確かに恋人同士なら、と思いたい気持ちはわかるけど、ぼくとましろの関係はそんなに簡単にはいかない。それは歳差以上に、ぼくが高校教師であること、そしてましろが学校は違うとはいえぼくが教え導く年の頃だということだ。

 唇を許してほぼゼロ距離に立ち入らせてる時点で説得力なんて本当は皆無なんだろうけど、それでもぼくは彼女と一線を越えるという責任を負える立場ではない。

 

「でも、恋人なのに……」

「逆に、ましろはどうしてそこまで身体の繋がりを求めるの?」

「……そんなに、不健全なこと? セーくんにお説教されなきゃだめなことなの?」

「ましろ」

「聞きたくない」

 

 不健全かそうでないかと言われたら、おそらくほとんどの人間がぼくらの関係を不健全と断じるに決まってる。もっと失言を恐れずに言えば、ぼくとましろの関係は汚らしく、おぞましいものという捉え方をする人だっているだろう。

 恋愛は当事者だけの関係だ、と言いたいのがぼくの本音だ。だけどそれで許されないのが大人なんだよ。

 

「セーくんは……憶えてないからそんなこと言えるんだ」

「ましろ?」

「知らないから言えるんだよ、セーくんが、あの日私に……何を教えてくれたのか」

「……それは」

 

 ましろの瞳の中に怒りと同時に、情欲の火が灯ったような気がした。何も言えずに、身動きも取れないぼくの目の前でましろはついに、その上半身を守っていたパーカーと脱ぎ捨て、キャミソールを床に投げた。

 

「やめろ……ましろ」

「やめない。ちゃんと……逃げないで? 私、ベッドまでセーくんを運んだらね、押し倒されて、服の下から胸を触られたんだ」

 

 耳元で、抱きしめられながら、上裸のましろからあの日の、ぼくがしてしまった最大の過ちを教えられる。吐息が熱い、ぼくの罪を告白しながら彼女は明らかに今までと様子が違っていた。

 

「口の中、いっぱい舐められながら、セーくんのこの手が、私のパンツの中に入って──っん、ふふ……あの時ね、嫌じゃなかったし、ちゃんと無理やりじゃなくて、受け入れたよ」

「そうだとしても、ぼくは」

「うん」

 

 ましろの身体が熱い、息も荒くなってきて、あの日のことを思い出すだけで()()()()ということを目の前で、目を逸らせない距離で教えられる。

 ──あの日、自分が犯した過ちは、ただ教え子に手を出しただけじゃない。そう、ましろが証明してくる。

 

「セーくんは、酔っぱらって、何も知らなかった高校生にえっちなことを教えちゃった、しかも一回じゃないんだよ? 」

「……そう、だったんだ」

「なのに、今更大人だからって……逃がしてあげないから」

 

 ああそうか、ましろの際どい誘いをしていた時はそんな、爆発寸前の噴火口のように煮えたぎっていたんだ。

 ぼくだけあの時の快楽を忘れて、また大人として清潔な振舞いをしようとするたびにましろは引き戻そうとその身体で誘惑していた──自分は、全て覚えているからと。

 

「ま、ましろ……」

「なに?」

「ベッドの近くの引き出しの中……あるから、あの時もそれを使ったはずだ」

「うん、まだ残ってたね」

「だから、教えてましろ……ぼくがどれだけ最低最悪な、クズ教師だったかって」

「……いいよ、おいで」

 

 坂道を転がるように、ぼくは堕ちていく。

 そもそもぼくは、ましろを迂闊に招くことなんてしなければこんなことにならなかったはずだ。もっと家庭教師と生徒の距離感で、親戚の距離感でいたら。

 ──ぼくが彼女の笑顔に惹かれなければ、こんなことにはならなかったのに。

 教え子に手を出した責任を取るのではなく、その情欲に呑まれてしまう。そんな最低な夜をぼくは過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 




ヤっちまったな、おめでとうお前はこの世界線のクズを越えました。
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