──理屈の上で言うなら、正しいのは学園側だ。お嬢様ばかり集まる月ノ森、その伝統と歴史、品位を守るためにはぼくのような男はノイズでしかない。
なんと言おうとそんな月ノ森生の一員であるはずのましろがぼくと肉体的な繋がりがあるというのは事実で、そんな一時の刺激でしかない情報の一端すら悪影響だろう。
「すみません、無理を……いえ、こんな屁理屈に巻き込んでしまって」
「いいんだよ、なーちゃんも、先生のお陰で勉強が楽しいって思えたんだ~って言ってたからね~」
「……七深が」
広町家に足を運び、ぼくは七深の父と向かい合っていた。
ぼくが本来、教師であり大人という立場だから学園側の人間だ。その意図を汲むならましろとは距離を置いた方がいいだろうことも当然、解っている。
けれど、そういう理屈じゃ納得できないのが、ぼくとましろを繋ぐ厄介で強固な結びつきでもある。だからぼくは、ルールの外で抗うことを決めた。彼の許へ訪れたのもそういう決意からだった。
「なーちゃん、キミたちもちょっといいかな?」
「ななみちゃんのお父さん……?」
「な、なんですか……?」
「……パパ、どうしたの?」
「ほら、勉強会がなくなっちゃったって話をしていたでしょ~? だから今日から、このアトリエで勉強会をしてもらおうと思ってね~」
「あー、いや今はそれどころじゃ……」
「先生も呼んでおいたから、入っておいで」
別に、ぼくの言った屁理屈そのまま彼女たちに伝える必要はないんじゃないか、とも思ったけれど、ぼくが顔を見せた瞬間にそれまで暗くて、恐怖に曇っていた四人の顔が少し明るくなった。
「せ、セーくん……?」
「昨日はごめん、ましろ」
「せ、セージセンセー!」
「一体なんの騒ぎ……先生」
「瑠唯、生徒会の仕事?」
「……ええ」
「そっか、お疲れ様」
ひとまず事情を説明して、改めてぼくが何故ここにいるのかを説明する。瑠唯の視線が怖い気がするが、まぁ当然だろう。ぼくがやってることはおそらく透子と似たり寄ったり、屁理屈をこねてる分ぼくの方がタチの悪いことをやっているだろうからね。
だけど、ルール違反をしているわけでもルールを無視しているわけでもないことは明言しておく。
「先生……それ、屁理屈だよ?」
「解ってるよ、でもぼくは七深のお父さんに頼まれて、個人的に七深の家庭教師をする。そこはモニカが
「……確かに、ルール違反ではないですが、私はルールを守る側の人間です。倉田さんとの関係もそれで誤魔化すんですか?」
「言いたければどうぞ、ぼくとましろは従兄妹だし、どこまでが従兄妹同士のじゃれあいか、なんて月ノ森の主観で判断できることでもないだろうし」
「……詭弁ね」
「なんとでも、ぼくはぼくのやり方で、ぼくのできることをしたまでだよ」
他にも突っ込まれるべきことは幾つかあるけれど、これが月ノ森の外側にいるぼくにできる精いっぱいの抵抗だ。
これでも彼女を小学生の頃から知ってる、まぁ殆どしゃべったことがないんだけど──従兄妹という比較的近しい関係だ。少しくらい距離が近くても誹謗される謂れはない。
「セーくん」
「寂しい思いをさせてごめんねましろ」
「ううん……セーくんも、私のこと、考えててくれたんだって思ったら……嬉しくて」
「あの時、ましろを蔑ろにしないって約束したからね……まぁでも、今からは練習だろうから、一旦退散させてもらうよ」
「……そのことで、言っておきたいことがあるのだけれど」
そこで漸く、瑠唯が本題に戻れる、とでも言いたげな態度で話し始めた。ごめん、どうやらぼくは邪魔だったらしい。
急な校則の締め付けで困惑と怒りと恐怖、そんな負の感情が混ざっていた感覚が弛緩したところで、ただ瑠唯だけがまっすぐに現実を見つめていた。
「──簡潔に言うと、今のままでは、バンドは続けられない」
「ば、バンド活動が続けられないってどういうこと?」
つくしの問いかけ、でもそれはこの場にいる全員が思ったことなのだろう。
以前、バンド活動は部活としてじゃないということを聞いた。だから顧問もいないのだが、課外活動として申請書を学校に提出することで、この一年活動してきたらしい。
学校外での活動、アルバイト、新理事長が締め付け強化を目指しているなら間違いなく口を出してくるだろうと予想した部分だ。
「放課後の会議で、スマホなどの使用禁止に加えて、学校外活動の申請も見直すことになったわ……今後、これらは理事会と生徒会の許可がなければ行えなくなる」
一応、
瑠唯の苦労を感じる、だが本人は淡々とした口調で事実のみを並べていく。
「以前活動を認められていたものに関しても、
「それって……モニカの活動も見直されるってこと?」
「後、つくしと七深はバイトも審査されるんだと思うよ」
「えっ」
「ええ、ただバイトをすぐに辞めるというわけにはいかないでしょうから、審査中は続けても構わないそうです」
その辺は寛大というか、譲歩されているんだな。これは理事会としての判断だろうか、許可が下りなかったとしても一ヶ月の猶予期間が設けられ、その間に本人が雇ってくれている店側に事情を伝えてやめてもらうことになるようだ。
「なんだよそれ! さすがに横暴すぎるっしょ!」
「正式に決まったことよ」
去年度から考えれば透子の気持ちは解るが、瑠唯の言う通りだ。一度決まったものを覆すのは相当難しいだろうし、そもそも会議の末に決まったものを再度議題に上げるには相当なハードルが必要となる。それこそ、この決定が不服であることの正当性、悪影響、改善案をつらつらと屁理屈なしの正論で真正面から打ち破らなければ不可能だ。
ただ、透子が怒っている原因は、モニカが今G.B.T.の四回戦に向けてかなり大事な準備期間であることが大きな要因だろう。この期間に練習ができない、というのはかなりの痛手だろう。
「──納得いかない! なんであたしたちをそんなに縛り付けんだよ! マジ最悪!」
「透子、落ち着いて」
「てか、そんなの無視してもよくない? 練習しててもバレないって、センセーもそう思うっしょ?」
「……瑠唯は生徒会長だよ? それに安易にバレなきゃいい、ってルールを破るのはぼくだって見過ごせないよ」
「ちょっとくらいいいじゃん!」
「いいえ、許可が下りるまで、バンド活動を許すわけにはいかない」
「透子、ここは堪えて、瑠唯だって──」
「──ルイもセンセーも、あたしたちの味方じゃないのかよ!」
瑠唯だって我慢しているんだ、そう言おうと思ったのにそれを透子が遮り、叫ぶような大声でそう糾弾してくる。ましろがその剣幕に驚き、ぼくの後ろに隠れてしまって、すっかり臆病なましろに逆戻りしてしまっている。
「透子ちゃん、怒っても何も解決しないでしょ!」
「ルールはルール、それに従うのが……学校に通う生徒としての義務だよ」
これは同じく学校を運営する側として、明言しておきたかったことだ。幾らぼくが型破りで部外者、その上女子高生と付き合うような大人のクズだったとしても、ルールには従うべきという規範意識くらいは持ってる。今回、ぼくは残念ながらそのルールを変える側には回れなくて、それでもなんとかできることを、と思って重箱の隅を突いただけだ。
「……つまり、二人とも理事長の味方ってこと?」
「どう捉えてもらっても構わないけれど、私は誠二先生の言葉に賛成よ」
「そうかよ、わかった……もういい!」
「とーこちゃん、どこ行くの?」
そう言うなり、透子は自分の荷物を纏め始める。完全に帰る気の行動にそれまで何も言わずに見守っていた七深も流石に止めに入る。
だが、透子はぼくと瑠唯には一瞥もくれずに、あっという間にカバンを持って立ち上がった。
「活動できるようになったら呼んで、センセーの勉強会も参加しない。自由にやるから」
「ちょ、透子ちゃん何を言ってるの!?」
「だって、ルイまで理事長の味方って言った」
「る、るいるいも先生も校則に従うべきって言っただけで……」
「じゃあなんで、あたしたちの味方だって言ってくれないんだよ! 学校でもルイは校則守ればっかり言って、一回もあたしたちの言葉を聞いてくんないし、センセーはセンセーで自分ことばっかりの癖に正論みたいなこと言ってくるし!」
透子の怒りに、遂にぼくは何も言えなくなった。確かに、ぼくは透子を止める立場じゃないのかもしれない。勉強会の継続なんて建前も建前、本音はましろと離れないために、ましろを不安にさせないためにここに居るだけで、モニカのこと、透子のことなんて考えてもない。
すると、後ろに隠れていたましろが小さく、ぼくとつくしに聞こえるようにつぶやいた。
「……セーくん、モニカ……なくなっちゃうのかな」
「ましろ……?」
「学校の時みたいに……景色が灰色になって、全部消えちゃいそうで……モニカ、なくならないよね?」
弱々しい、泣きそうなましろの声につくしがぼくを見上げた。透子はずっと言い返しくる瑠唯に言葉をぶつけているし、七深はどっちの側にも立ってしまっているせいかそれを止められていない。ぼくは自己中の役立たずだと判断されたのか、つくしの顔が真剣なものになって大きく息を吸ってから言い争いをしている二人に向かって、過去最大級の大声を発した。
「いい加減にしてっ!」
「……ふーすけ」
「二葉さん」
「……透子ちゃんの納得いかない気持ちだってわかる! ルールを守ろうとするるいさんの気持ちだってわかる! 私だって不安なんだよ、校則は守らなきゃいけないって解ってるのに、でもずっとモヤモヤしてて……」
流石の透子も瑠唯も、言葉を止めてつくしを見る。前に出た彼女の小柄な背中は初めて顔を合わせた時よりも更に、大きくなっている気がした。
──本当に、子ども成長というのは劇的なんだな。大人になってしまったぼくは、それがすごく羨ましく感じてしまうよ。
「こんな状況嫌だけど、もっと嫌なのはモニカがなくなっちゃうことだよ! このままバンドができなくなっちゃうかもしれないんだよ!? 二人はそれでいいの!?」
「……けど、ふーすけ」
「学校がどうなるのかわかんないのは不安だけど、とにかく今は、一緒にどうしたらモニカを続けられるか考えようよ!」
「……私は二葉さんの意見に賛成よ……そもそも、今日はその話をしようと思っていたのだから」
つくしの叫びに、真っ先に自分の意見を乗せたのは瑠唯だった。そうだよ、瑠唯はモニカのことを考えてる。それこそ、ましろのことばっかりでフォローもできないぼくなんかよりももっと、この五人が輝き続けられるための方法をその無表情の奥で必死になって考えてる。だから、こうしてアトリエに来ているんだ。
「……透子の気持ちは?」
「あたしだって……モニカを続けられなくなるのはイヤっていうか……ルイ、ごめん、頭に血が上ってた、あと、センセーにも、言い過ぎた」
「ぼくは別に……実際その通りだし、言いすぎじゃないよ」
「じ、自分で言うんだね……」
「よし、そうなればモニカを続けるぞ会議をやろう!」
「うん……っ!」
モニカの向いている方向がまた、一つに戻った。いや最初から一つだったけど、ちゃんとそれぞれが口に出したことで再確認できた、と言ったほうがいいのかもしれない。
七深の提案でみんなが庭へと繰り出して春の風を浴びながらいつも通りの笑顔を見せた姿をアトリエから見守っていると、七深がこっちへ戻ってくる。
「ありがとね、先生~」
「ぼくは何もしてないよ、なんなら瑠唯にも咎められたし、透子には痛いとこ突かれたくらいで」
「ううん、しろちゃんとかつーちゃん、先生ともう会えないかも~って不安がってたから、今回つーちゃんがちゃんと前を向けたのは、先生が来てくれたからだよ」
「買いかぶりだよ、つくしはああいう時やればできる子なんだよ、元からね」
「……私ね、先生にはバレてると思うから言っちゃうけど、普通の子じゃなかったんだ~」
「唐突だなぁ」
七深の言葉に苦笑いしながら、気づいていたことは肯定した。というか、七深のお父さんからも瑠唯からも色々と聞いてしまっているし、ぼくが自力で気付いたってほどじゃない。テストの点数とか、咄嗟の頭の回転とか、気になる要素から少しくらいは推測していた部分も勿論あったけど。
「普通じゃないから、私は独りぼっちなんだってずっと思ってたし普通じゃない私が嫌いだった。だから普通のフリしてて……そんな自分も嫌いだった」
「モニカは変わり者ばっかりだと思うけどね」
「うん、しろちゃんやつーちゃんに出逢って、モニカに入って、バンドとバイトと、色んな他校の先輩にも会って……先生にも会えて私は前より少し、私を好きになれた」
「七深が七深のまま、普通じゃなくても、それを隠そうとしてる七深も、眩しいと感じるくらいにキラキラしてる、思わず釘付けになりそうなくらいにさ」
「……そういうの、普通の子にはいいかもしれないけどさ……私にはだめだよ~」
「ちょっと褒めすぎたかな」
「しろちゃんに怒られちゃうくらいかな~」
「じゃあ、内緒にしといて」
流石に今のましろにヤキモチの種を増やすと反動が怖いためこっそりそう伝えておく。七深が何かを言う前に透子の大きな声が聞こえて、彼女を送り出していく。
モニカを続けるため、モニカが月ノ森生として相応しい活動だと理事会と生徒会にプレゼンするための作戦会議を、遠くから見守りながらぼくは庭から吹き込む春の風に目を閉じていた。
〇今更ですが補足というかお知らせのようなもの
この第四章ですが、ガルパの箱イベ「迷える蝶たちのトライトーン」をなぞっているだけです。籠に囚われる蝶を解き放つ三部作のイベント、アプリゲームをやっていない方もたぶんYouTubeで探せば読むことができるでしょう。
こちらの三部作に背のリをしまして、新しい環境となった月ノ森の中で月ノ森生として頑張ろうと再起するモニカを見守る後方カレシ面クズ教師という構図になっているので、パクリの誹りは甘んじて受けます。
では、次回作でお会いしましょう。