G.B.T.四回戦でモニカの相手となった「Afterglow」の熱量はぼくが知っている彼女たちよりも数段上で、圧倒されてしまっているように感じた。プロ顔負け、という評価がされたいたけれど本当にその通りだ。あの「Roselia」の湊友希那が認めたと噂の美竹さんの強くも晴れ渡った秋の夕暮れのような声、それを支える情熱的な演奏、まっすぐな心の叫び。
──モニカも実力以上のものが出たように思えたけど、その勢いに押し負けたように敗退が決まってしまった。彼女たちの挑戦はベスト16という悔しい結果で幕を閉じた。
「つぐみちゃんごめんね~、せっかくチケットもらったのに聴きに行けなくて!」
「い、いえいえっ! おめでたいことですから!」
「なっくんがね、今の時期は飛んだり跳ねたりすんな、安静にしてろってうるさくってさ」
「あはは……あ、いらっしゃいませ!」
休日の羽沢珈琲店に入ると比較的学生なんかで賑わっており、つくしと羽沢さんが接客をしていた。その中に知り合いがいた気がするけど、ぼくは素知らぬ顔で待ち合わせですかという羽沢さんの質問に首を横に振った。
「次は月ノ森音楽祭ですから、凹んでなんていられません!」
「確か、ましろたちがMorfonicaとして五人でステージに立った時のイベントだったかな?」
「そうです、ましろちゃんも気合入ってました!」
「それは流石に聴きに行けないけど、特別なステージ、楽しめるといいね」
「はい!」
落ち込んではいるだろうけど、ましろたちは新しい目標に向かって前進を続けている。何よりましろがその目標に前向きになってくれたというのがぼくにとっては嬉しいことだった。
──それに、とつくしが言葉を続ける。
「最近、校則の締め付けで月ノ森の元気がない気がして……」
「まぁ急にあれもダメ、これもダメってなってるから戸惑ってるだろうけど、人って慣れる生き物だからさ」
「そうですね、でもやっぱり昼休みとか活気がなくて……でも月ノ森音楽祭なら、その一瞬だけでもそういうことを忘れて盛り上がりたいって思ってて」
「いいんじゃないかな? 文化祭とか体育祭ってそういう息抜きの場でもあるってぼくは思ってるから、思いっきり盛り上げておいで」
つくしはハキハキと笑顔で返事をした。彼女は、本当に初対面の印象とは変わったように感じる。一年前は、なんというか虚勢を張る小型のげっ歯類のような、そんな感覚だった。身の丈に合わない服を着せられているようなチグハグさがあったように感じる。
でも、羽沢珈琲店の制服に身を包んで接客をしている今の彼女は、その言動に伴った責任感と自信を身に付けている。リーダーなんて押し付けられた役割だったはずなのに、今じゃすっかりリーダーらしくなっているのもそう思わせる要因だろうか。
そんな彼女たちのスタートラインである月ノ森音楽祭、成功するといいな、そんなことを思いながら休日を過ごした、そのすぐ後のことだった。
「音楽祭が中止、か」
「そーなんだよ! なんか去年の音楽祭はふさわしくなかった、とかなんとか言ってさ!」
「とかなんとか……」
昨日、ましろから大方の事情は把握していたが、呼び出された喫茶店で改めて透子から説明される。
七深の補足によると昨年度の月ノ森音楽祭の様子が月ノ森生の行事に相応しくなく、生徒たちが月ノ森の精神を取り戻して本来の目的で望めるまで中止、と昨日の全校集会で急に理事長から告げられたらしい。
──流石に眉を顰めたくなってしまう。それは、校則の厳罰化とは種類が違うような気がするからだ。
「るいさんが、止めようとしてくれてたんだけど……」
「……私一人の力ではどうしようもない状態です」
「理事会と生徒会を交えてでの決定なのか?」
「……いえ」
独断、ということか。理事長は何を考えているんだ? こんなことを強行しても最後には自分の立場に影響があるだろう。理事長や生徒会と対立してなんのメリットがある? ぼくの中で月ノ森理事長の真意が全く見えてこない。
「それで、ましろから昨日、透子が停学になるかも……とだけ連絡が来てたけど」
「それは、ななみに手伝ってもらって反省文かいたかんね! お咎めなし!」
「……反省文はお咎めでしょう」
ところでぼくがこうしてモニカと外で会うことに対して校則的にどうなの? と訊ねたが、なんと瑠唯から「私たちがカフェにいたら広町さんの家庭教師の先生と偶然会って話しただけです」と屁理屈を言われた。意外すぎる。
「先生をここで待つって決めたのもるいるいなんだよ〜」
「二葉さんの提案に賛成しただけよ」
「私は、先生が意見纏めてくれそうだったから呼ぼうって……カフェで話し合おうって急に言い出したのは透子ちゃんだし」
「美味しいケーキが食べながらの方が神アイデア出そう!」
「なるほどね」
どうやら反省文から解放されたテンションのままらしい。ましろと顔を見合わせて苦笑いをしてしまう。
それにしても、音楽祭を理事長に撤回させるというのは容易じゃないだろう。瑠唯の言葉を突っぱねたという話を聞くとよっぽど開催したくないらしい。
「問題は、理事長先生が月ノ森音楽祭の中止は絶対のものと捉えているところにあるかと」
「そうだね、そうすると……理事長本人の気持ちを変えるんじゃなくて、周囲からって感じか」
「ええ、そう考えていました」
「周囲……?」
「理事の方たちよ、彼らにこの件を問題視させられれば、もう一度議題に上げざるをえないわ」
「学校のみんなが反対してたら、問題じゃないのかな?」
つくしの疑問に瑠唯が頷いた。問題ではあるだろうけど、それを理事会にまで届ける方法を考えなくちゃいけない。
瑠唯もまた、その方法を考えつけないでいると透子が立ち上がる。
「じゃあ中止反対って一人ずつ理事長に言いに行けばよくね?」
「時間がかかりすぎるわ」
「じゃあじゃあ、あたしたちが反対意見を聞いて言いに行くのは?」
「でも全員に聞いたって証拠がないから、信憑性がないかも?」
「理事長先生にとっては一人の意見だもんね」
「瑠唯?」
透子の言葉に、瑠唯が何かを閃いたようだった。いや、確かに方法がある。それが月ノ森のルールにあるのかどうかぼくにはわからないけれど、確かに一つだけ代表が一人で沢山の人間の意見を伝える方法がある。恐らく瑠唯が気づいたのも同じものだろう。
「生徒たちに月ノ森音楽祭中止反対を求める署名を募る」
「ルール的に可能なんだね?」
「はい、全校生徒の過半数以上になればそれは月ノ森生の総意となります。そうすれば理事会も無視できないでしょう」
確実に署名活動ができるという保障はないだろうけど、真っ当で真正面から理事長の考えを変えさせることのできる方法だ。
ぼくとしてもこれなら地道ながら最も近道になるだろう。
「やっぱあたし天才だなぁ~! ナイスパスじゃね?」
「え~、モニカみんなで話し合った結果だよ~?」
七深と透子のやり取りにつくしとましろも笑顔を見せた。月ノ森音楽祭中止という立ち込めていた暗雲を振り払うような、細い、けれど一筋の光だった。
それを、瑠唯は目を細めてみていた。
「……一人でなんとかしようとしていた私には、思いつけなかったアイデアです」
「そうだね」
「倉田さんや桐ヶ谷さんが羨ましいです、あんなにも……自分を信じていられる彼女たちが」
「ましろや透子はモニカのことを信じてる。もちろんつくしも七深もね……それってつまりは、瑠唯のことを信じてるってことでもあるんじゃないかな」
「……私のことを」
「ぼくにはそういう仲間みたいな同級生はいなかったから、羨ましいよ」
信じられる、という意味では先輩たちがそうなのかもしれないけど、こうやって同じ目標に向かって同じ道を歩ける仲間っていうのはいなかったから。ぼくにとっての青春が孤独だったからこそ、ましろや瑠唯が羨ましいよ。
「……ぼくが瑠唯のことを気に掛けていたのは、そういう理由もあるのかもね」
「……では、今の私は、先生にはどう映っていますか?」
「勿論、孤独なんかじゃなくて……仲間と一緒に輝く、羨ましいほどの青春に生きてるよ」
「なら……安心しました」
「おーい、るいるい、先生~! アトリエに移動しようよ~」
七深に声を掛けられぼくが立ち上がった後で、瑠唯がゆっくり立ち上がる。
その手がぼくの手を握って、振り返ると彼女は年相応に思える、でもやはり劇的と言えるほどじゃない淡い笑みを浮かべていた。
「叶わぬ恋というものも、諦められない初恋も、子どもの特権……ですよね、先生」
「……それを肯定はできないよ。特に今はルールもあるし」
「そうでした、でも……想うことまでは禁止されていないかと」
「まさか瑠唯が屁理屈を言うなんてね」
「素行の悪い先生に教わったものです」
それを言わないでよ、とぼくは少し目を逸らした。確かにこうやってモニカと関わっていること自体が屁理屈だけどさ、それを瑠唯に真似されるとすごく悪いことをしている気分だ。瑠唯が七深たちと合流するのを見守りながら、ぼくは苦笑いを抑えられなかった。
「スケジュールに資料作成、やることがたくさんあるわね」
「あたしが説明したら署名ん時にイチイチなにしてるか言わなくていいし楽っしょ!」
「確かに、効率的なアイデアだと思うわ」
「だよな~!」
瑠唯と透子は、いつもは言い合いをしている印象が強いが、同じ方向を向いた時の問題解決力はズバ抜けている。この二人が推進力となって、メインの操縦をつくしが、それを補助するのが七深、そして行先となる真っ暗な闇の中を進むのに一番必要な方位磁針をましろが担っている、そんなイメージだ。
「セーくん」
「ましろ?」
「さっき、るいさんなんか怪しい雰囲気出てなかった?」
「瑠唯は自分の感情を優先してるからね、ぼくがそれを否定はできないよ」
「む……それはそれで、不安になる」
「安心してよ、ぼくはましろが好きだ」
「……もう、そんなんで……誤魔化されないもん……えへへ」
モニカのみんなに任せるために見守ろうと思ったけど資料作りはめちゃくちゃ手伝わされた。確かにね、ぼくは大人だし教師だけど流石に署名活動には参加したことがないから雛形なんて知らないって言っても手伝わされた。
「なんでぼくが文書作成係……」
「センセーが一番パソコン早そうじゃん!」
「くそ……絶対七深も早いと思うんだけど」
「え~、普通ですよ~」
「わ、私は……ちょっと苦手」
レイアウトは七深と透子が、考えて瑠唯が最終決定をするという形でとてもテキパキと作成していく。これを大量に刷るとなると印刷代がかかるんだけど大丈夫? と問いかけると値段を見た透子がいいんじゃね、と言っていた。
「よっし完成!」
「これに署名してもらえば……!」
「月ノ森音楽祭の中止がなしになる……」
「ええ」
「じゃあみんな、明日の朝からがんばろ~!」
この輝きが、まさしく月ノ森の理念である自らが輝くことなんだろう。学び、自分で考えて動き、そして過程を大事にしつつ結果も求める。理事長が目指した月ノ森生らしさ、とは違うようだけどぼくは彼女たちのような子どもこそが将来、輝く道へと進んでいくのだと信じている。
「そのまま罷免とかできねぇの?」
「なっくんはどーしてそうなるの!」
「一応、理事長先生も月ノ森のためを思っているのでしょうから」
「だってなぁ……結果オーライなだけで、結構な生徒に悪影響だろ、やっぱ自由が一番だよ」
「先輩は自由すぎです」
「そうだそうだ! じーたーのゆーとーり!」
「……あ、あの、人がいないとはいえ……静かにしてもらえると嬉しいんですけど……」
「悪いな、うちのバカが」
「ごめんねぇ」
ぼくはもう、結果を座して待つことしかできないが、きっとうまくいくことだろう。彼女たちの熱意、それが消えてしまいそうな月ノ森の誇りとやらに再び火を点けることができるのか、いい報告が来ると信じていつも通りの日常を送っていく。
最近ましろの出番が少ないけど、イベストでもほぼしゃべってないのでさもありなん