酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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時間遅いと色々めんどうなんでこの時間にします


③特別な生徒

 誕生日会と称した賑やかな集まりから、世間はGWが始まった。ぼくは特に何か部活動の顧問をしているわけではないため、祝日も休みがもらえる。まだ新米で相談があると卒業生から連絡が来るわけでもない。仕事はわざわざ職場に向かうよりも、家にワーキングスペースを設けているから、それで事足りる。

 

「新学期始まりは忙しいんだってね」

「ああ、うん」

「迷惑だった?」

「そんなことないよ、ぼくは担任もしていないし」

 

 今年は副担任、それほど忙しいわけではない。もう少しすればぼくも担任や役職に就かされてこの時期は学校に通うハメになるだろうけど。担当教科のことだけ考えていれば案外、自分の時間は作れるものだ。

 

「バンド、練習大変で、みんな勝手がわからなくて」

「みんな未経験者ばかりなんだっけ」

「うん」

 

 それは大変だろう。何事も始めの手探りで躓きやすいものだ。勉強もそう、基礎で躓くとドミノ倒しのように理解が追い付かなくなっていく。

 そういう時は相談できる相手を探しておくことが重要ではないだろうか、幸いと言っては乱暴かもしれないが世間では楽器を背負う女子高生で溢れている。

 

「でも……私から声掛けるのは、勇気が出ないし」

「うーん、ちょっと待ってて」

「うん」

 

 ましろの引っ込み思案でバンドは厳しい──という言葉を飲み込む。ぼくは彼女の「やればできる」部分を身近で見てきた。それにいつも後ろ向きなましろが前に向こうとしているのに否定的な言葉を掛けるのはあまりに浅薄、彼女にはいつだって「できる」を積み重ねて不格好でもいいから自分の足が上がるくらいの段差を作り続けて問題にあたってほしい。

 

『ん? あぁCiRCLEなら相談くらい乗ってくれるだろ、なんならオレが戸山とかこころ……はちょっと劇薬かもしれねぇが、伝えておく』

「ありがとうございます」

 

 ──先輩の女誑しで節操がないところも、この際は利用させてもらう。それを同年代ではなくて生徒にまで発揮するのはぼくとしてはどうかと思うけれど。

 それを最後に許してしまう美城先輩は相変わらず心が広いと嘆息しながらぼくは耳に当てていたスマホの画面を暗転させて、ましろが待つリビングへ戻った。

 

「戸山、って戸山香澄さんかな?」

「多分……ぼくも個人的に調べただけだけれど、ポピパの戸山香澄さんで間違いないと思う」

「……私がバンドをしたいって思ったのも、ポピパのライブだから、緊張しちゃうけど……嬉しいかも」

「無責任でごめん、ぼくは力になれない」

「そんなことないよ、セーくんがいなかったらその先輩さんに相談もできなかったし」

「そうかもね」

「でも、お礼は私も直接言った方がいいかな?」

「それは……」

 

 正直、先輩とましろを直接会わせるのは反対だ。特にましろは無垢で、男性との触れ合うこと、性的な知識も乏しいことが過ちの説明からひしひしと伝わっていた。それに対してあの男、先輩として多少は尊敬しているけれど敢えて強い言葉を使うと、あの男はクズだ。

 昔から頼られると流される、男女関係なくさりげなく距離が近い、無駄に察しがよくて口が回る人誑し、その上無駄なところでカッコつけるクセがある。ましろに近づけて悪影響があると考えるのは自然だ。決して先輩に取られるとかそういう嫉妬が根源にあるわけではない。大人として、曲がりなりにも親しい間柄である彼女をああいうのから護ることもぼくの役割だからだ。

 

「……先輩自身は忙しいみたい」

「そっか、羽丘? の先生なんだよね」

「そう、二年生の担任をしているみたいだよ」

 

 逡巡の間に脳裏を掠めた全部の言葉を飲み込んで、けれど確実に遠ざける。ぼくができることはリスクを回避すること、戸山香澄さんのことは苗字呼びだったがこころ──おそらく弦巻こころさんだろう、彼女は呼び捨てだった。他にも「Afterglow」の美竹蘭さんを除いた四人のクラス担任で、美竹蘭さん本人は呼び捨て、つまり彼が呼び捨てにしているのは「特別な生徒」ということになる。接触は避けさせるべきだ。

 

「大丈夫、ぼくに任せて」

「……う、うん?」

「いざとなったらぼく自身が声を掛けるから」

「それは……通報されちゃうかも」

「……そうかもね」

 

 とにかく、いつかは先輩と接触してしまうのは確実だろうけど、せめてましろが精神的に成長した後であってほしい。間違っても弱っている時や誰かに助けを求めている時に接触させてはいけない。最悪の場合はましろの親御さんや美城先輩に怒られることになる。

 

「……加賀谷先輩にすべきだったか」

 

 後でお風呂に入りながら思ったことだが、加賀谷先輩もそこそこ顔が広かったはず。現在は羽丘を退職されているが、彼女ならましろに会わせても会話が理解できない程度の影響で済むだろうし。頼られたがりのカッコつけたがりだが、ぼくも無意識に清瀬先輩を頼ってしまっていた。何か魔法でも使っているのだろうか。

 

「それで、ましろは行先決めた?」

「も、もうちょっと待って……」

「ゆっくりでいいよ、ましろの行きたいところを教えて」

「うん……でも」

「でも?」

「セーくんも、行きたいところ、一緒に考えてほしい」

 

 GWはバンドメンバーも集まらないということで、不健全だとは思うが二人で出かける予定を立てていた。二人きり以外も考えたがかなりの確率で先輩が来る未来が見えたため断念した。ぼくとしては美術館や博物館のように、静かに物思いに耽ることが出来る空間が好みだけれど、二人で出かけるには向かない。

 

「すると……ぼくがおすすめするのは水族館、かな」

「水族館……!」

「ましろも好きでしょう?」

「好き、自分がまるで海の中に居るみたいな空間……夏の空みたいな水槽も」

「そっか」

「あ、ごめん……また、変なこと言っちゃってた」

「変なこと?」

 

 ましろの感性は、深い青の瞳が映す景色は、少なくともぼくとは全く別物だと気づいたのは高校に入学するちょっと前のことだった。

 その度に怯えたような顔をするため、何があったかは想像に難くないが──幸いぼくは慣れている。ジャズを聴いてピアノの音を星座に喩えてくる人が一つ上に居るから。

 

「セーくん、優しいよね……私が変なこと言っても、笑わないし」

「笑えるようなことを言えばぼくだって笑うよ」

「笑えないことしか言ってない……?」

「そういう意味じゃない」

 

 優しいんじゃなくて慣れてるだけ、ぼくの眼球が映す景色はぼくにしか解らなくて、他の人からの見え方は同じようでも全て同じじゃないと加賀谷先輩のおかげで気付けたから、おかしいと思わないだけだよ。

 そう言っても伝わらないから、ぼくはましろに一言だけ添える。

 

「ましろの言葉は、ましろの世界だから……ぼくはそれを知るのが好きなんだ」

「……私も、セーくんのあったかい言葉が好き」

「無機質って言われるよ」

「そんなことない、セーくんの言葉はキラキラしてる」

 

 そっと触れる肩を退かしたりはしない。小指と小指が絡まるのも、解かない。

 これでいいんだ、進むとしてもぼくらにはきっと恋人の触れ合いは刺激的が過ぎる。ゆっくりでいい。少なくとも彼女が高校生のうちはこのくらいでちょうどいい。

 

「……ドキドキしちゃった、心臓が、びっくりしてる」

「ぼくも、少し緊張してる……バレてなかった?」

「うん、でも、バラしてくれた方が……嬉しい」

「なら、バラしてよかった」

 

 行先は近くにある大型商業施設に併設されている水族館に決まった。ぼくとしては少し遠出がしたかったけれど、ましろが言うならば仕方ない。同じ月ノ森の生徒に会わないこと、そしてぼくの学校の生徒に会わないことを祈るしかない。暗がりだから普段と雰囲気が変わればそうそうバレることもないだろうけれど。

 

「今の私……なんだか星の海の中にいるみたい」

「……キラキラしてる?」

「それもあるけど、ふわふわして……夢の世界みたい」

「現実感がない、ってことか」

「そんな感じ……三日月のベッドで寝て、うっかり落ちてお星さまに引っ掛かって……でもそのお星さまも三日月で」

「……眠たい?」

「うん」

 

 言葉が抽象的とかではなく、胡乱になってきたことで意識を保つのが限界なのだと察して頬に手を添える。目を閉じて気持ちよさそうに擦り寄ってくるその首元は暖かくて、夢と現の狭間にいることを教えてくれる。

 

「続きはまた明日にしようか」

「ん……セーくんの手、気持ちいい」

「ましろが熱いんだよ」

「熱い……んふふ」

「どうしたの?」

「ゆびが、おくちをぐるぐるしたの……気持ちよかった」

 

 思わず手を離しそうになった。連想させてしまったことへの罪悪感よりも連想してしまったバツの悪さに、ぼくはましろから目を逸らした。

 ──きっと、ましろが持った指、親指があの時は彼女の口の中にあったのだろう。記憶がないのが幸いなのか、不幸なのか、今のぼくには判断できない。

 

「もう寝よう」

「はぁい……セーくん」

「なに?」

 

 夢の世界にほぼ浸かっているましろはぼくの首に手を回す。抱き上げて運んでほしいのか、と一瞬考えたが単純にハグを求められているらしい。

 迷いつつも彼女の背中に手を回す。華奢なのに、腰はしっかりとくびれていて、密着すると彼女の胸が弾力を伝えてくる。

 

「……すきだよ」

「……ましろ」

「いつも私のために我慢してくれて……ありがと、だいすき」

 

 何に対しての「我慢」なのか、と問いかけることもできぬままぼくは覚束ない足取りのましろに置いていかれてしまった。

 ましろの性格を考慮すれば私なんかのために色々してくれて、我慢して付き合ってくれてありがとうという意味になる。後ろ向きな彼女らしい言葉だ。

 だが、その前の雰囲気が前提となるとこれは間違いということになる。私のためにえっちなことを我慢してくれてありがとう、という意味だったとしたら。

 

「……ましろ」

 

 こんな状況で睡魔が襲ってくれるわけもない。悶々としてしまう、あのましろから放たれた雰囲気は、まさしく夜闇を照らす、青き月光のようで。

 あれは蜜月を思い出す甘い旋律では決してなかった。幻想的だけど、蠱惑的で──普段のましろは、そしてぼくとの情事を経験する前のましろは、羽化することのない蛹だったのだろうか。

 揺籃の時を終えた彼女が持つ翅は、本当に無垢な白色なのだろうか。

 

「きっと、起きたらまた元のましろなんだろうな」

 

 或いは、ぼくのように何も覚えていないかもしれない。

 だが、ぼくはこの日改めて突き付けられた。あの子に手を出したその結果を、倉田ましろという女性が既に花を咲かせていることを。まだ幼い仮面で覆われているその下は、ぼくを絡めとろうとしていることを。

 

「……ぼくはどうしたらいい」

 

 短絡的にかつ全てから目を背ける選択は最も楽に選べる。それが一寸先も見通せない闇だったとしても、ましろを拒絶し一切を断絶するか、逆に全てを受け入れオスとしての本能のまま彼女を選ぶか、これは楽な選択肢であり地獄への一本道だろう。

 だから前者も後者もぼくには選べない。ぼく一人が地獄へ堕ちるならまだしも、ましろも道連れなのだから。手を出した以上、ぼくはましろの人生に関わる義務がある。

 

『流されちまえよ、案外ソレが最良かも知れねぇだろ?』

 

 ──ああ、きっと先輩ならそう言うだろうね。あの人が持つのは黄昏の輝きだ。焼き付けた人の心に長い長い影を伸ばす。良くも悪くも人に影響を与えて、無責任で、無頓着に、なのに結果としていい方向に転がる。

 

「──ふざけるな、ぼくは……ぼくは違う」

 

 ぼくはあの人のやり方を否定する。憧れであると同時に、あの人の教師観とは、人生観とは相容れない。否定して、踏みにじって、ざまぁみろと言ってやりたいとさえ思っていたこともある。だけど先輩は折れない、どうして折れないのか、どうしてそこまで強くいられるのかぼくには理解できない。

 ──ぼくには、大切な人を亡くしてまで、倫理観を曲げてまで前を向きたいとは思えない。

 

「おーい、セーくん、おきて」

「……ん、ぁ……まし、ろ?」

「もうすぐ十時だよー?」

「──え、あ、スマホは……なんで? アラーム鳴らしてるはず」

「確かに鳴ってたけど、すぐ止まっちゃった」

 

 思考の海に没している間にどうやら眠っていたようで、ましろの優しい声で意識が覚醒する。同時に信じられない言葉に飛び起きた。

 やばい遅刻──ではない、ほっとする。そういえばGWだった。彼女の証言通りならアラームを無意識に止めて二度寝したらしい。

 

「あはは……完全に寝坊だ」

「ふふっ」

「どうしたの?」

「ううん、セーくんのこと、家庭教師してる時とかその前に親戚で顔合わせた時には真面目で完璧な人だと思ってた」

「ぼくが、完璧か」

「でも違うんだね、お寝坊しちゃうし、めんどくさがりなところあるし、お酒飲みすぎちゃうこともあるし」

「……そうだね、ぼくが完璧なんてそんなわけない」

 

 ここ最近、ましろには情けないところを見せてばかりだ。昨晩の動揺だって覚えていないかもしれないけど、ぼくが彼女の理想通りならもう少し余裕を持って躱せたし、そもそも隙を見せることもなかった。

 

「でもね、今はそんなだめだめなところのある、セーくんにきゅんとしちゃう」

「……ましろ」

「だから、気にしないで」

「寝坊は気にするよ、ましろを待たせる」

「えへへ、うん」

 

 彼女はこれからどんどん成長していくのだろう、子どもから大人の女性へ、そうした時にぼくのようなダサい大人に愛想を尽かすこともあるのだろう。

 今は「カッコいいから大丈夫」なんてはにかむましろを、ぼくがよりよい方向へ導く手伝いをしたい。好きとか嫌いとか、付き合うとか付き合わないとかじゃなくて、ぼくも少しだけ「特別な生徒」を作ろうと思う。幸いなことに彼女はぼくの学校の生徒じゃないから、言い訳のしようはあるから。

 

 

 

 

 

 

 




光のクズ教師ーー爆誕、結局クズなのは先輩が悪いよ

まぁ多分そのうち匂わせることもあると思いますがセージくんは元闇の住人です。バカップルに脳みそ炭火焼きにされて光側に寝返った光堕ちの教師です。
まぁ色んな理由あって容姿を詳しく描写はしませんが、たぶんメガネ。
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