酔った勢いで教え子に手を出した男の末路   作:黒マメファナ

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えっ、つながるときもちいい?(難聴系主人公)

はやいもので、評価三件いただきまして、ありがとうございます。
頑張って毎日投稿したく思いますのでどうぞよろしく


④つながるきもち

 ましろとの初めてのデート、なんて言うと甘酸っぱい気持ちもあるけどぼくとしては別の意味でドキドキしてしまうイベントだ。

 これが同年代ならば、とどれほど願ったことだろう。だが現実として酒に溺れて手を出した相手はつい最近女子高生になったばかりの十五歳なのだから。

 

「お、お待たせ……!」

「大丈夫、待ってないよ」

 

 そんな彼女だと待ち合わせすらも少し緊張する。周囲の目や、反応が気になって仕方がない。

 年の差カップルというのは何も希少種というわけじゃないだろうし、ぼくとましろくらいの年齢差のあるカップルも探せば幾らでも見つかるだろうけれど、気になるのはぼくが狭量なのかそれとも教師としての正しい倫理観から来る警戒心なのか、断定はできない。

 

「楽しみすぎて、夜更かししちゃった……ふぁ」

「そっか、大丈夫?」

「うん、寝坊してごめんね?」

「いいよ」

 

 ぼくはぼくで別の理由があって中々寝付けなくてちょっとだけ遅刻したのは黙っておこう。

 そんなグダグダの始まりで、ぼくとましろのデートが始まった。

 幸い、というとすごく釈然としないけれどぼくは童顔というか、とにかく年齢を下に見積もられやすい。中高生の時は大人っぽいと言われて制服を着ていなければそうは思われなかったというのに、いざ大人になったらスーツでないと社会人に見られない。自分でも嫌になるくらい中途半端な顔だが、こういう時はありがたい。大学時代に近い恰好をしていれば、実年齢ほどましろと年の差を感じないということでもあるのだから。

 

「きょ、今日のセーくん、なんかかわいいね」

「……かわいい」

「あ、嫌だった?」

「ううん、どういうところが?」

「なんか、ゆったりした服着てるから」

「シルエットがぼやけるからかな、それとも髪を上げてるから? 眼鏡もあるかもね」

 

 普段は絶対に着ない七分丈の袖口がゆったりした灰色のプルオーバーのパーカー、下も黒めのチェック柄のワイドパンツ。使う予定もないが大学時代に使っていたリュックサックまで背負って腕時計も耐衝撃耐水のゴツい黒のものを選んだ。少し季節外れかと思ったが思ったよりも快適な気温だ。

 前髪を上げて、なんなら少しだけ短くして、眼鏡ではなくコンタクトに変えた。仕事中は目を酷使することも珍しくないからなるべく避けてはいるが、プライベートならばと久しぶりのコンタクトだ。

 

「ましろは」

「うん、どう? 頑張って大人っぽく見えるようにしてみたんだけど」

「それで印象が違うんだね、メイクも、少し髪も整えたのかな?」

「う、うん! えへへ、流石セーくんはよく見てるね」

 

 いつもは大抵膝上丈のフリルスカートに胸元にリボンがついているものが基本スタイルだが今日はガラリと雰囲気が変わっていた。

 白色のロングカーディガンに紺色のワイドパンツと白い無地のシャツ、どれも今までのましろに無かった選択肢だろう。前からありそうなのはカーディガンくらいか。

 よくよく見るとカーディガンに隠れているけれどネイルもしているし、大きい丸眼鏡やブレスレットにネックレス、ピアスと言ったアクセサリーも彼女なりの背伸びなんだろう。

 

「大学生カップルくらいに見えてたらいいな……って思って、セーくんが怪しい人だって思われたら嫌だから」

「その気持ちだけで、嬉しいよ」

 

 ぼくとしてはこの際怪しまれなくて身内に見つからなければなんでもいい。職場の同僚はもってのほかだが、それ以上に不愉快な反応をするであろう人が最近この近辺に引っ越したらしいということは本人から確認済みだからだ。

 

「ここで話していても時間が勿体ない、とにかく行こうか」

「はいっ!」

 

 屈託のないましろの笑み、それがぼくの不安をほんの少しだけ和らげてくれる。

 そうだよな、ぼくはましろとデートをするんだ。その相手に集中せずにあっちこっちへと視線を向けるのは無粋というものだろう。

 

「ね、ねぇ……セーくん?」

「どうしたの?」

「中、暗いところなら手、繋いでいいかな……」

「……うん、はぐれるかもしれないし」

「そこまで子どもじゃないもん」

「ごめん」

 

 拗ねたような顔をするのは少し子どもっぽい仕草、というのは敢えて言葉にすることはない。だって彼女はまだ子どもだ、自分がそうじゃないと幾ら主張してもその事実は変わらないし、世間は中々認識を変えることができない。

 

「……そんなに急いで大人になる必要はないよ」

「ん……子どもじゃないもん」

「子どもはいつか大人にならなくちゃいけない時が来るもの、そして子どもであることが大切だったことに気付けるのは大人になってからなんだよ」

「……そういうもの?」

「そういうもの」

 

 少なくともぼくは子どもだった頃を振り返ってそう思っている。青春時代というのは本当にかけがえのない時間だった。この先の人生で学生時代よりも感情豊かに、毎日を新鮮に生きていける時間なんてないように思える。まだ若輩者と呼ばれる部類だけど、大人の立場として早く大人になる必要なんてないんだということを知っている。

 

「それに」

「それに?」

「ぼくはましろが子どもだから、責任を取らないなんてことはしないし、大人だからと突き放す気もない。大人とか子どもとか、ましろのことを考える上で邪魔でしかないから」

「……私の、ことを」

「いや、えっと、ましろの今後やぼくとの関係をってことね」

 

 何か失言をしたような気がして右手人差し指が鼻の付け根、目の間、いつもならメガネのブリッジがあるところに添えられ、そこに何もないことに気付いて鼻の頭を誤魔化すようになぞる。ボロが出るとぼくは弱いな、本当に。

 

「ふぅ……ぼくのことよりも、ましろは今は学校生活のことを気に掛けるべきだよ」

「あっ、そこで先生になるのズルい」

「バンドはいいけど、授業は大丈夫? 油断してるとすぐに取り返しがつかなくなるよ」

「うー……いじわる」

「意地悪? 見解の相違だね、ぼくは心配をしているんだから」

「その口調やだ」

「やだって」

「……それ、本当のセーくんじゃないもん」

 

 ましろの縋るような声に短く息を吸って全て吐き出す。どうやらましろはすっかりダメな方のぼくを気に入ってしまったらしい。

 気を張っていなければ、作り上げた虚像もすぐに風化してしまう。そして等身大のぼくは酔った勢いでましろに欲情するような男だ。

 

「ごめん、ましろ」

「ううん……私にとって誠二先生は教えるのが上手でカッコよくて、誠二さんは優しいお兄ちゃんだった」

「そんなの、まやかしだよ」

「でも私がすきなのはセーくんだよ、教えるのが上手でカッコよくて、優しいお兄ちゃんみたいで、私を見てくれる大事な人、この星空で私が落っこちちゃわないように手を繋いでくれる人」

「……星空」

 

 釣られて水槽を眺めると、そこには星空ではなくクラゲが漂い、ライトアップされたものだった。でも、ましろにはこれが星空に見えているんだろう。あるいはこの水族館自体をそう呼称しているのかもしれない。

 

「セーくんは私にとっての一番明るい星だよ、いつも光ってる」

「シリウス、いやいつもだと金星か火星かな」

「そういうのじゃなくて」

「わかってるよ」

 

 その中ならぼくは金星が好きだな。太陽が昇ると共に輝く星であり、太陽が沈む時にもまた輝く星、一番星とも呼ばれて地球から見える月を除いた夜空で最も輝く星だ。

 水族館にまで来て、星の話というのもおかしいけれど。

 

「そうだよ、せっかくだから水族館っぽいお話にしよ?」

「それもそうだね、ぼくはアロワナが好きかな」

「……アロワナ?」

「暖かい淡水に生息している大型の古代魚、大きいものだと100センチ程になる」

「見たことある」

「以外と水族館ではメジャーな方かもね」

 

 なんで好きかと問われると回答に困ってしまうけれど、こういう場合、大抵理由はなくてシルエットや表情なんかが琴線に触れたというだけでしかない。ぼく自身もアロワナという名前を知ったのは水族館ではなくて先輩たちに熱心に勧誘されたゲームでの出来事だ。

 

「私はペンギン、後はカクレクマノミとか、宝石みたいに色がいっぱいある熱帯魚はずっと見てられるよ」

「珊瑚礁に生息している種類だね」

「ほら、テレビでアニメ映画見たのがきっかけ」

「なるほど」

 

 入口としてはこれ以上ないものだろう。きっと日本でもあの映画の影響でクマノミの知名度が上がったことは間違いない。ぼくもその一人だからね。

 異性と手を繋いで歩く、という行為に漸く意識が向かなくなってきたくらいで漸くぼくらは水族館に関連する話が続いていってほっとしている。

 

「爬虫類は、ちょっと苦手……なんだか刃物みたいで」

「みんな基本的に顔の形もシャープだしね」

「うん、それが苦手」

 

 それをきっかけにお互いの好きと嫌いを共有していく。するとあんなことがあったというのにぼくはましろのことを知らないし、ましろにぼくのことを話していないことに気付いた。

 

「セーくん、生野菜嫌いなの?」

「うん、子どもの頃……本当の両親が家庭菜園をしててね、野菜なんかは庭で取ったものを使っていたんだ」

「すごい、憧れるなぁそういうの」

「でもさ、ちゃんと規格通りにっていうのを気にしないから農薬なんて使わないし」

「そっちの方が健康的じゃない?」

 

 それはキャベツだっただろうかレタスだったか、今となってはあまり野菜の内容までは覚えていないけれど、コンソメのスープを出されて飲んでいた時、ぼくはその野菜たちの陰から浮いてくるものに気付いて──それから二度とそのスープは飲めなくなった。

 

「……虫だよ」

「え……」

「青虫みたいな、何かの幼虫が浮いてたんだ。ぼくはそれがトラウマになってどうしても生野菜、特に葉野菜が食べられなくなった」

「……それは、私も嫌いになるかも」

 

 おかげでコンソメスープもそんなに好きじゃない。店で買うものやお湯でとかすタイプのものは出されれば嫌がることはしないけど。イチから作られると受け付けなくなる。これは自分でイチから作っても同じだ。

 

「後は、牛乳」

「あ、それ私も、というか野菜もあんまり得意じゃない……けど」

「常温以上の牛乳が特に苦手、後は古いと匂いでわかる、あの匂いも好かない」

「と、特技だねもうそれは」

 

 その点で言えばお店のもの、レトルトはいい。裏切られなければ鮮度もいいし、味もある程度は保障されている、手料理を出されるより安心できる。

 後は嫌いな料理とかではないけれどビュッフェスタイルが少し苦手だ。誰が手をつけているのかわからない、という点が。

 

「……セーくんって潔癖症?」

「そうだね、そう思ってもらっていいよ」

「じゃあ、私の手は……やだった?」

「ううん、何も他人が全て汚いと言っているわけじゃないから」

 

 ぼくはおそらく他人のキレイと汚いを「信頼」で判別しているのだろうと思う。手料理もあれだけ貶しておいてだが清瀬先輩のものは食べることが出来た。加賀谷先輩のものも全く気にならなかった。ぼくの箸を奪ってまで食べさせようとするのは全力で断ったけれど。

 でも高校時代に同級生の母親が作ったものは受け付けなかった、その違いはやはり信頼という言葉がしっくりくる。

 

「この人なら大丈夫だろう、って信頼?」

「うん、他にはぼくが手料理を食べても平気な人はぼくの潔癖を知ってて、それでも変わらずに接してくれる人って考え方もできる」

「だから信頼……いいなぁ」

 

 そう考えると、みんな変わらないながらも気遣いを感じられる。口を付けたものは決して渡してこない、鍋パーティーに呼ばれた時も何かに気付いたように取る用のおたまと菜箸を用意してくれていたし、それを無視して自分の箸を使う人は誰もいなかった。しかも主催者は今日はじーたーがいるんだった、なんて一言も発さずにまるで忘れものを取りに戻るような仕草で。

 

「ましろも今知ったでしょ?」

「え、うん」

「だから大丈夫」

「……うん」

 

 ましろがぼくのことを知って、面倒だなんて思うはずがないという気持ち、これも信頼の形だろうか。

 再び手を繋ぎ直したところでましろは手を握ったり緩めたりを繰り返しており、何かあったのかと彼女の方へ顔を向ける。

 

「知る前から、手、繋いでくれてた」

「……そうだね」

「信じてくれてるってこと、だよね」

「そうだよ」

「それ知ったらね、セーくんのこと、もっとすきになった」

 

 甘い声色、その声に色をつけるなら──うん、はちみつ色だ。とろりとして甘い、長い時間を経ても腐ることのない、幸せの色だ。

 ましろは無邪気な微笑みとはまた違う、ペンギンやクラゲ、魚に向けていた無垢な笑顔とも違う、誤解を恐れなければ女の色香を漂わせる笑みを浮かべていた。

 

「セーくんはさ──」

 

 これはまずい、と一気にぼくの中で警戒心がマックスにまで跳ね上がる。本能での警戒なのか、それとも──ぼくはこの顔を知っているからではないか、と思った。

 記憶というのは脳が情報を受容し記録しそれを保持する、そして適切なタイミングで想起される、つまり引き出されるものだと昨年の秋頃に荻原先輩が手慰みに話していくれた。

 そしてその想起か保持、記録のどれかがうまくできない状態が記憶障碍の原因だとも。ぼくはずっと、あの飲み会の日はそのうちの記録ができなくなっていたのだと思っていた。

 

「──えっちなことは、どう思ってるの?」

 

 だけどもしも、もしもあの時のことを想起できないだけだったら? 罪悪感、判断力の低下、或いは──想像を絶するナニカがあってぼくが想起を拒んでいるだけだとしたら。

 そんなことないと思いたい、だけど実際その記憶障碍で忘れられるはずのないことを忘れて、思い出して倒れた人が身近にいるのだから嫌でも考えてしまう。

 

「何を、言ってるの?」

「……んーん、なんでもないっ、潔癖症だからもしかして──血とか、ちゅーの時の、唾液……とか、汚いって思ってたのかなぁって」

「……普段のぼくは、どっちも苦手だろうね」

「だよね」

 

 この時のぼくは間抜けとしか言いようがない。ましろを咲かせたのは、ぼくの手でだということを失念しているのだから。

 人間は忘れる生き物、だそうだ。短期記憶として一時的に海馬に保存された記憶はその半分以上を一週間程で失うのだからその通りと言える。忘れることができないという症状に苦しむ人もいると知るとますます思う。

 

「今日は楽しかった、すごく楽しかったよ」

「ごめんね、早く切り上げなくちゃいけなくて」

「ううん、またGWが終わったら遊びに行くから、大丈夫」

「……待ってるよ」

「うんっ、またね」

 

 だがその後は特に何事もなく、ぼくたちはショッピングをして、カフェで少し話して陽が落ちる前に解散した。

 別れ際のましろはいつものましろだ。だけどぼくはまだまだましろのことをわかってはいない。怖がりで臆病な小動物、きっとそんな印象は間違っていないだろう。彼女の本質を表現する動物の中には名前と同じ色のネザーランドドワーフがある。同時に青く幻想的に輝く妖艶なモルフォ蝶でもあって、そのギャップをぼくはまだ本質的には理解できていない。

 できていれば、ぼくのこの一年はきっと、山も谷もないオチもなくましろと穏やかに向き合うことができたのだろう。

 後になれば、なんとでも言えることだけれど。

 

 

 

 

 

 




堅物系ダークジーターの私服がやや韓国男子風なのには色々理由がある。語らないが。
ましろのカーディガンは本人の「WEGOコラボ」だと思ってくれ。

ネザーランドドワーフは耳が短くてちっこいうさぎ、わかるひとにはわかる説明をすると「鼻セレブ」のうさきがちょうどまっしろなネザーランドドワーフ
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