【完結】TS強化兵のファンタジーロボット戦記   作:相竹空区

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第十五話 生きて

 

 目が覚めた時、交感どころかゴーレムは完全に停止して擱坐しているようだった。

 暗いコクピットからは外の様子が窺えないが、川の流れる音が聞こえる。

 交感用のチューブを外し、シートの下に押し込んだコートを手にハッチを開ければ曇り空が出迎えた。

 

 運が良い、と考えたいのだがオレは崖から落ちて川を流れていたらしい。

 ゴーレムは上手い事川岸に引っ掛かり、オレは冷たい川を泳いで渡るような真似をしなくて済みそうだ。

 脚を滑らせないよう慎重にゴーレムから降りて、コートを着込んで手袋も。

 これで準備は完了。

 取り敢えず……何処へ向かおうか。

 

 436号とキランはコクピットに攻撃された訳ではなかった。

 生存の可能性はまだある。

 助けに行くなら川を遡る方向に移動すれば良いだろうか。

 二人の機体はオレよりも残った面積が大きいからもっと川上で引っ掛かっているかもしれない。

 とにかく移動しよう。川からそう遠くない場所には森もあって風を防いで歩くには良い感じだ。

 川の近くは風が冷たいから少し離れたいし丁度良い。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 白い息を吐きながら雪を踏み締めて川上へ歩く。

 木々の合間を縫って、周囲に人の痕跡がないかを確かめながら。

 ただ、やはり冷える。

 オレにはオーバーサイズのコートは足元まで覆って風を防ぎ、手袋が末端からの冷えを防いでくれるのだが。

 それでも雪が積もった場所に脚を突っ込み、脛を使って道を切り開けばどうしたって冷気は服を伝って身体を冷やす。

 顔も首輪も冷えて中々辛い。

 

 でも、歩かないと。

 崖から落ちた二人を探して、その後は基地まで帰る方法を探す。

 今はこれだけ考えよう。

 もしかしたら436号のゴーレムは案外無事で、それに三人相乗りして帰れるかもしれない。

 その後は……あの子達の亡骸を回収して弔いたい。

 強化兵にそんな儀礼が認められているのかは分からないけど……違う、今は二人を探して歩く事だけを──

 

 オレの歩幅じゃ雪の積もった場所は中々進めない。

 進めないなりに歩き続けている最中も、ずっと同じ考えがループした。

 あの子達の事を頭から外すなんて到底出来やしない。

 今はもう考えないなんて無理は諦めて、脚を止めないようにだけして森の中に轍を残していると、ベルファイアと戦った崖の下まで到達していた。

 周囲に仲間の姿がないかと見回していると、不意に左目に痛みが刺す。

 

(拠点外部の三機のパイロットの死亡を確認。機体は回収した)

(了解、崖下に落ちた三機のパイロットを捜索する)

 

 オレ達が使う無線機は魔力の波の送受信で音を届けているのだとか。

 ならばその受信機構が偶然肉体に……魔石の発生した眼球に出来上がったとしたら。

 これがオレの幻聴じゃないなら、このように考えられる。

 そして、その前提に従うのなら逃げなければいけない事になる。

 強化兵だとしても強いのはゴーレムに乗っている間だけ。

 オレ達は銃を持つ事を許可されていないから、丸腰で切り抜けないとならない。

 切り抜けるには、とにかくこの場所を離れる事が先決だろう。

 とはいえ何処を歩いても足跡が残る環境で、追っ手を振り切る速度で移動出来るかと言えば不可能なので、これは殆ど詰みの状況なのだが。

 

 だからまあ……こうしてオレを追う声が聞こえる事も、それから離れようと必死に走っても距離がどんどん縮む事もおかしくはない。

 

「おい、これが……」

「子供じゃないのか?」

 

 オレを追い掛けて何人もの兵士が銃を携えて集まってきた。

 逃げても追い付かれ、そもそも包囲されて逃げ場は無い。

 

「ひょっとして上の死体も子供だったのか?」

「油断するな。小隊規模で戦略級の戦果を挙げている化け物だぞ」

 

 兵士達からは最初は困惑が向けられていた。

 だが、それが持ち上がる銃口と共に敵意に変わる。

 

「どうする?生け捕りか?」

 

 生け捕りは、マズイ。

 オレにとっては最悪と言っても過言じゃない結末になってしまう。

 オレ達は魔力の継続した摂取がなければ身体に埋め込まれた霊樹の枝が、魔力を求めて身体の内側から串刺しにしてくる。

 本来は毒にしかならない魔力によって生かされているなんて、きっとオレを捕らえたリシルの人々には想像も出来ないだろう。

 だから、いっそこの場で殺されるのが楽な道なんじゃないかと思ってしまう。

 思うと、後ずさる脚が重くなる。

 

 思えば、オレはいつも諦めてきた。

 現状を良しとして受け入れて、その中でマシな方を見ていたのだから今回も同じ事。

 よりマシな死に方を選ぶには今から奴らに噛み付いて……

 

 後ずさる脚を止め、一歩前へ進める。

 本当にやるのか?

 今から、ヤツらに殺される程の決死の抵抗を?

 

 怖い。

 

 いつもはゴーレムに乗っているから、こんな直に死の恐怖を味わった事なんてなかった。

 恐ろしくなって脚が止まる。

 まるで氷漬けにされたみたいに身体が動かず、マシな死に方を求めて進む事も、ただ衝動に従って逃げ出す事も出来ない。

 どちらも選べず立ち尽くし、次第に縮まる包囲の輪を眺めて膝を震わせる。

 オレに出来たのはただこれだけ。

 何も選べずに捕まって、そのまま苦痛に満ちた最期を──

 

「ゴーレムだ!」

 

 兵士の一人が叫び、銃を構える。

 その方向を向けば深緑のゴーレム──436と描かれたケルッカが木々の向こうからこちらを見ていた。

 ボロボロの状態で、眼を光らせて、佇むように。

 

「なんだ、あの機体……様子が変だ」

 

 目が合った。

 機体越しだが、そう確信が持てた。

 次の瞬間。

 ケルッカは木々を薙ぎ倒して猛然とこちらへ走り出した。

 機体全体を軋ませ、異様な鳴き声を響かせながら。

 

「撃て撃て撃て!」

「クソ!なんだ──ヒィ!」

 

 破損しているとはいえゴーレムの速度に人が敵うはずもなく。

 あっという間に距離を縮めたケルッカはリシルの歩兵を蹂躙する。

 脚で踏み潰し、平手で潰す。

 足蹴にして擦り潰し、腕を払って吹き飛ばす。

 武装が残っていない状態で存分に暴れ回るその最中でも、オレには累が及ぶ事はなかった。

 

「撤退……撤退だ!」

 

 蜘蛛の子を散らしたようにリシル兵は去ってゆく。

 大暴れしたケルッカは深緑に加えて赤を機体に散らし、各部から液漏れまでしてぐちゃぐちゃだ。

 中身も限界なようで空気が抜ける音と共に膝を突き、オレへと頭を向ける。

 

(生きて)

 

 声が聞こえた。

 少年の声だ。

 柔らかな、優しげな、そんな声。

 聞いた事のない声だった。

 だっていつも436号は苦しげに掠れ声を出していた。

 だからそんな、死ぬみたいな……人に託すような事を言わないで欲しい。

 

 機体についたフランベルジュの傷はコクピットを掠める程度だ。

 中はまだ大丈夫かもしれない、きっと大丈夫だ。

 だから急いで開けないと。

 開けないといけないのに、外から開ける為の機構は完全に溶けてしまっている。

 他に方法はないか、436号は大丈夫かとコクピット付近に付いた傷からコクピットの中を覗き込む。

 

アァ……(おい無事だよな……)ヴアア!(今助けるからな!)

 

 声は返ってこない。

 覗き込んだ穴から焦げ臭さが漂ってくる。

 風が吹いて木々が揺れ、更には空を覆った雲に一瞬だけ太陽の光が差す隙間を作り出した。

 光はコクピットに真っ直ぐ入って──フランベルジュは436号の命を奪わなかったのだろう、だがそれによって溶けたゴーレムの装甲の飛沫は436号に降り掛かり──中の溶けた金属を浴びて焼かれた死体を照らし出す。

 

「ッ──!」

 

 迫り上がるものを全て吐き出す。

 見た記憶も一緒に吐き出せればいいのに、脳裏に焼き付いて離れない。

 気弱で、でも優しい子だった。

 いつも曖昧に笑っていた姿が記憶にある。

 その最後の記憶があんな姿だなんて……

 

 間違っているのか、何かをしたいのか、なんなのか分からない。

 でも、生きてと言われた。

 自分の願いじゃなくて、他人の生存を願う子だった。

 

「……ヴアァ(行かないと)

 

 見つけた436号を置いていく事になってしまうが、生きるならこの場には留まれない。

 川沿いを歩いても逃げられはしないだろう。

 今度は森の中を進まないと。

 

 ゴーレムから降り、とにかく遠くへ向かおうと歩き出す。

 歩き出すが……名残惜しくて何度も振り返る。

 何か出来る事があるんじゃないか。

 後々後悔するような気がして何度も振り返り、ただ絶対に脚は止めない。

 ひたすら歩いて……何度目かの振り返りの時、木々に隠れてゴーレムの形は何も見えなくなっていた。

 

 そこでようやく振り返らずに進めるようになり、視界いっぱいの雪と木々を眺めて歩き出す。

 変化の乏しい、進んでいるのか不安になる道だ。

 風と雪を踏み締める音しか聞こえないものだから、時折木の葉から落ちる雪がオレの心臓を縮み上がらせるのだ。

 変化の乏しさに不安になり、不意に訪れる変化に恐怖する。

 何があっても、世界の全てが恐ろしい。

 

 だから、白一色の地面に付いた赤い斑らを見た時も恐ろしかった。

 赤は──血痕は何処かへ続いている。

 あれはキランの可能性がある。

 意を決して血痕を追うと……リシルの歩兵に行き当たった。

 胸を撃たれて血を流し、木に寄りかかって絶命している。

 周囲を見回せば、同じように死んだリシルの兵の死体が幾つも見つかった。

 これはキランがやったものか。

 キランは追っ手を返り討ちにし何処かへ行った。

 

 慌てて周囲の足跡を確認する。

 この場から離れた足跡を探さないと。

 大人数でやって来て、離れたのは一人だけ。

 そんな足跡を探せば……見つかった。

 一人分の足跡が、血痕と共に。

 

ヴア!(キラン!)

 

 その跡を追い掛ける。

 血の量はすくない、まだ間に合うかもしれない。

 全力で走って追い付いて、治療するなりしてあとは肩を貸せば帰れる筈だ。

 

 血痕を辿って辿り着いたのは倒木。

 そこに寄り掛かって座り込む、腹を押さえたキランの姿を見つけた。

 

「アァ……!」

「448号か……他の者は」

「ヴー」

「無し、生存者という意味では?」

「ヴー」

「分かった。生き残りはお前だけか」

 

 生き残りはオレとお前の二人だけだぜキラン。

 とにかく傷の手当てをして移動しないと。

 キランの周囲には血に塗れた包帯や幾つかの応急治療キットが散らばっている。

 一人じゃ出来ないのかもしれない。

 オレも手伝って──

 

「無駄だ。私は死ぬ」

ヴァー!(諦めるなよ!)

「魔法で出血を抑えているが、それがなくてはとっくに死んでいる状態だ」

 

 いつも通りの、いたって平静といった様子でキランは自身の避けられない死について話す。

 おかしいだろ。

 こんな時までそんな余裕たっぷりじゃなくたっていいのに。

 

「448号……お前は強い。気高い強さを持っているが、それは獣の気高さだ。エルフのそれとは違う」

 

 キランの押さえた腹から血が溢れ出している。

 慌てて押さえようと手を伸ばすが、払い除けられた。

 

「首輪を嵌められ吠える事しか出来ないお前にエルフの持つ義は無く、ただ原始的な衝動のみが強さを支えている」

 

 だから何だと言うのか。

 死にかけているのにコイツは余裕そうに笑って……表情には苦痛の影が差す。

 

「ただ生き延びる事は獣の気高さ、私は同胞の為に死へ向かう……」

 

 キランはオレの胸元に手を伸ばし、その手に光が灯る。

 これは、魔力の光だ。

 オレに魔力なんて使ったらキラン自身が出血を抑えられなくなってしまう。

 

「これで霊樹の侵食症状を抑えられるだろう」

 

 キランまで自分が死ぬみたいな、他人に託すような真似を……

 

「何を不思議そうな顔をしている?私はこのまま死ぬ事が確定的だが、お前は上手くやれば生き延びるだろう。そうすればエルフの為にお前は多くの敵を殺す」

 

 それはそうかもしれないけど、だからって自分の命を無機質な数字として見ているような言葉は、聞いていて辛い。

 

「仲間の為に自らの命を投げ打ち活路を開く。自らの生存のみを追求する孤独な獣にそれは出来ない」

 

 キランの瞳が、力強くオレを見据える。

 だというのに、どんどん血の気が失せてゆく顔が痛々しい。

 

「私の隊に、そのような者は一人たりとも居なかった」

 

 今認められても嬉しくなんてない。

 生き延びて、それから評価したらいいだろう。

 もっと可能性があるんだ、色々な事を達成出来る筈だった。

 あの子達と一緒なら。

 

「お前達は強い連帯によって力を得る、群れを持つ獣だ。半端者の私とは違う」

 

 さっきは同胞の為に死ぬと言いながら、今は半端者と自分を呼ぶキランの内心は……どんなものだろう。

 オレはお前の事を仲間だと思っているけど、そっちはどうだ?

 問い掛ける為の言葉が無いのがもどかしい。

 

「448号……こんな数字が名前であるものか。お前は名無しの獣だよ」

 

 キランの腹からどんどん血が溢れている。

 手で押さえる事すら諦めて、血塗れの手を雪の上にダラリと垂らす。

 それでもオレが手を伸ばすと払い除けるのだからキラン、お前ってヤツは……

 

「だが、だからこそ気高い。飼い慣らされた獣だけが名前を持つ……野生の獣に名前は無い」

 

 ならお前はどうなんだキラン。

 エルフに飼い慣らされてるにしては牙が隠せていなかった。

 強さを示して勝ち取って来た。

 お前こそ、誰よりも気高く見えるよ。

 

「飼い慣らされるな448号。その首輪程度でお前の全てを支配したと思い込む愚昧な者に牙を剥け」

 

 弱々しくキランは散らばった応急治療キットの残骸の中を探り……探し当てた物をオレに差し出す。

 

「これを」

 

 黒い、金属製の物体。

 拳銃だ、エルフが持っているのを目にした事がある。

 この残骸の中に隠して近付いたリシル兵を不意打ちするつもりだったのだろうか。

 抜け目のないヤツだ。

 

「弾が一発だけ入っている。好きなように使え」

 

 一発だけで追っ手をなんとか出来るとは思えない。

 つまりは、この一発が狙うのは……オレの頭という事だろう。

 万が一助からないと悟り、全身を苛む苦痛に耐え切れなくなった時用の一発。

 それを拒める程、オレは強くなかった。

 

「さあ行け!あとは一人で進むんだな……生存はお前自身で勝ち取れ」

 

 軽く手を振り、追い払うようにして促すキランに従い歩き出す。

 思わず振り返ると、死にかけとは思えない怒号が飛んだ。

 

「振り返るな!立ち止まるな!」

 

 ああ、お前はいつもそうだよな。

 恐怖に竦むオレ達を追い立てる。

 お前が背中を押してくれるから、オレ達はこんなに進めたんだ。

 だから、何があっても歩き続けないと。

 歩き続けて、生き延びないと。

 

◇◇◇

 

 母はエルヴンランドが獲得した新たな支配地域に植えられた、霊樹の森に越してきたエルフの上流階級の娘だったらしい。

 母は自由奔放で、好奇心の強い人だ。

 昔はよりその傾向が強かったらしく、よく屋敷を抜け出しあちこち見て周り、ヒウムの生活を覗いて怒られたりしていたのだとか。

 

 そんな母の転機となったのはあるヒウムの男と出会った事。

 学者をやっていると言う男の知識、屋敷の外やエルフの森の外の話に魅了され頻繁に会いに行ったという。

 当然、周囲からは隠れて。

 ヒウムの持つ知識をエルフは必要としないだろう。

 つまりその男のやっている学者とはエルフからは隠れてやっていた事。

 それがよりにもよってエルフに見つかり、しかしそのエルフは奇妙な事に咎めるでもなく多くの知識を知りたがるのだ。

 二人は惹かれ合ったと聞かされた。

 昔はよく、聞かされた。

 

 当然、そんな隠れた逢瀬は長くは続かず母はヒウムと合っている事を咎められ、もう会うなと厳命された。

 されたのだが、その時点で既に私を身籠もっていたと言うのだから救いようがない。

 そのまま家を出奔し、男と共に駆け落ちして密かに暮らし始めて数年。

 その期間は上手くいっていた。

 私の記憶では父も母も仲が良く、父とも良く会話した事を覚えている。

 

 だが、エルフはそんな有り様を認めない。

 突然家にやって来たエルフ達が父を拘束し収容所へと連れて行った光景を鮮明に覚えている。

 そして母の実家からの短いメッセージが伝えられた時の事を。

 私が存在する事を許されたのは母の実家の力だろう。

 とはいえ勘当された母には頼るものがなくなり、一人で生活の糧を得る事になった。

 

 しかし母はまだ若い。

 エルフで言えばまだ手に職を付けるにはまだ早く、学校に通うか家の後押しと共に職人の徒弟にでもなるかを選ぶ余地すらない。

 結果として母はヒウムと共に仕事をしていた。

 エルフとして仕事をする学識はなく、ヒウムと共に仕事をすればどちらからも後ろ指を指される。

 

 私の生活も似たようなものだ。

 母は自身の苦境を糧に、息子は学校に通わせようと懸命に働いてくれたのだが、学校での私の生活は針の筵。

 誰も私と関わろうとせず、成績が良くとも悪くとも悪評が流布される。

 嫌気が差していた。

 あの思慮の浅さも、どれだけ嘲りを受けても私を見れば全てを忘れたように幸せそうに笑う姿も。

 

 エルフである母は変わらない。

 見た目においても、精神においても。

 確かに子供を育てた十数年の生活で多少の変化はあるが、話しているとヒウムの十代の少女と話しているような気分にさせられる。

 だから、私が大人になるしかなかった。

 

 ヒウムとの混血である私の成長は早い。

 おおよそヒウムと同じスピードで成長し、エルフ程ではない長生を持つ。

 そこで私はヒウムの学校に通い軍を目指した。

 徹底的な実力主義の世界。

 上げた戦果が評価となる世界を夢見て……そして母を再び霊樹の森に住まわせたかった。

 

 だが、現実は厳しいものだ。

 私には兵の資質があった。

 類稀な戦功を上げて、より高い地位を目指して励んだ。

 励んで、励めども、私の前に道は開かれない。

 小隊指揮官が混血の私の限界。

 軍こそ、出自を最も重要な判断基準としていたのだ。

 

 だから、だからこそ。

 ああ、私はお前を羨んでいたんだな……448号。

 お前は選ばれたんだ、特別な存在に。

 

 半端者の私とは違う……お前は獣の群にあって気高く、嵐の中を生き延びる強さを持っている。

 

 生まれを問われず、ただ強さだけが求められているお前が羨ましかった。

 私は強い、お前よりも強いというのに生まれが付き纏って邪魔をする……!

 劣等種の血が流れる半端者のエルフ──兵にもなれず、将にもなれない。

 

 急に怖くなってきた……最期の言葉を聞く存在が居ない自分の人生が、後悔と恐れで終わって……

 

◇◇◇

 

 聞こえているよ、キラン。

 お前に誇れる自分でいたいから。

 あの子達の分まで生きれる自分でありたいから。

 今はただ進む。

 雪が降り出し、風が強くなり、太陽が沈んでも、歩みは止めない。

 休んでしまったらせっかくキランが与えてくれた時間が無駄になってしまう。

 天候の悪化は追跡を妨害したんだろう、もしかしたら中止にまでなったのかもしれない。

 それならオレには好都合だ。

 

 大雑把な方向感覚で味方の位置まで移動を続ける。

 太陽が沈んでからより冷え込んで凍える。

 寒いと、心細くなる。

 手袋が酷く重く感じる。

 オレに預けられた想いがのしかかる。

 

 風はどんどん強くなり、雪がコートを重くする。

 視界は狭まり木々の先に何があるのかも定かではない。

 そんな環境で目を凝らし、方角を見失わらないように歩き続ける。

 

「──ッヴア!?」

 

 殆ど吹雪のような風の中を歩いていると、木の根に脚を取られて転んでしまった。

 幸いな事に転んだ先も雪ではあるが、顔まで雪が付いてとても冷たい。

 コートのポケットに入れた拳銃も飛び出してしまった。

 弾が一発、入った拳銃。

 

ヴゥ……(これは使わない)

 

 雪に埋もれた拳銃を手に取り、森に向かって一発。

 こうでもしないとオレは逃げてしまいそうだから。

 生きる為の苦しみすら、きっと贅沢なものだから。

 

 乾いた音が木々を駆け抜け、風雪が音を包み込む。

 そして遠くで微かにカン、と金属音。

 

 何かに当たった。

 金属製の何か、人工物だ。

 もしかしたらそれは敵の兵器でオレの行動は藪蛇だったのかもしれない。

 でも、不思議と音の聞こえた方へ行きたいと思った。

 あちらに何か、希望になる物がある予感がする。

 拳銃をポケットに仕舞い直して歩き出す。

 明確な目標があると湧いてくる気力も段違いだ。

 

 雪を掻き分け歩いていると、森を抜け出し遮る物の無い雪原へと出た。

 月明かりが照らして幻想的な白一色の空間に、深緑が一つ。

 状態の良いケルッカが停止している。

 

「ッアア!」

 

 思わず歓喜の声を上げてしまった。

 だが、それ程嬉しい。

 弾丸は確かに希望へ導いてくれた。

 キランが最後まで導いてくれた!

 

 中に人は居るのか?

 機体に傷は無いが何故停止したのか?

 疑問を解消する為、機体によじ登りハッチを開放する。

 すると中には兵士が一人。

 顔から首まで、幾つも魔石が生えている旧型強化兵だ。

 となれば彼は魔石で死んだという事か。

 

 彼には悪いがオレには朗報だ。

 機体自体に損傷が無いのなら、これはオレが使う。

 コクピットへ手を伸ばし、挿さったチューブを引き抜き死体を引っ張り出す。

 

「グウゥ……ッ」

 

 ああ重い。

 疲れた身体なら尚更だ。

 しかし随分遠くまで来たものだ。

 前世の事を思えば、死体を退かして兵器に乗り込むなんてオレもすっかり染まったと言えるだろう。

 

「グアア!」

 

 獣のような声を出し、ようやく開けたスペースに滑り込む。

 硬いシートが尻を打ち、油臭さが出迎えるが外よりよっぽどマシだ。

 ハッチを閉じれば外気を遮断して格段に良い場所になった。

 

「アア……」

 

 座って息を吐けばどっと疲れが襲い来る。

 風雪が凌げるなんてコクピットとは素晴らしい場所じゃないか。

 

「ゥグググ」

 

 いや、やっぱり寒いな歯がカチカチなってら。

 やはりヒーターを付けよう。

 コクピットに数多ある計器はどれも沈黙している。

 バッテリー上がりが心配だが、ともかく機体を立ち上げてみる。

 

「ン〜ンン〜」

 

 ようやく辿り着いた安心出来る場所だ、手順の一つ一つに機体が反応してくれるだけで大変気分が良い。

 思わず機械声帯を震わせて、手順の一、二と鼻歌混じりにパチパチとスイッチを弾き、幾つかのレバーを動かしてやれば山が息を吹き返したように機関が力強く唸りを上げる。

 

「アア──」

 

 やっぱり最高だ。

 さっきまで無音の雪の中に居たからこの逞しいエンジン音がどれほど安心出来るか。

 特に良いのは振動だ。

 シートを一定感覚で揺らすもの。

 そして眼が感じ取る魔力の波動。

 ヒーリングミュージックのように頭を揺らし、二つの波紋が重なり合って、揺籠のような心地良さを生み出している。

 

「ゥ……ウ……」

 

 ああだんだん眠くなってきた。

 歩き通しで疲れたし、ようやく辿り着いた暖かい場所なんだ。

 少しくらい、眠るのも良いだろ……?

 

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