作戦を練る段階で、ラウラに公都に張り巡らされた地下道を覚えさせられた。
総督が計画を進める地下の秘密の研究所へ侵入する為に使えるだろうと。
その為にも手近な地下への入り口を見つけたい。
『なんだこの機体仲間じゃ──うわぁ!?』
『どういう事だ!同族を撃つつもりか!?』
もう取り繕う必要は無い。
市街を駆け抜ける過程で鎧袖一触と道すがらエルフを倒し、地下への入り口へと飛び込んだ。
照明などない深い闇の中をゴーレムで見通して、時折壁を突破してショートカットしながら。
そうしてなるべく早くと焦りを抱いて進めば、やがて広い空間に飛び出した。
事前に覚えておいた資料によれば、物資を集積していたらしい広い空間。
等間隔で太い柱が立ち並び、ゴーレムでも楽々と動き回れる広さと高さを兼ね備えている。
そんな空間を進んでいると、柱の影から何機ものゴーレムが現れた。
これが護衛のエルフだろう。
『侵入者……まさかエルフの機体を使うとはな』
『我ら守り人が何人たりとも通しはせんぞ』
これらを突破して奥へ向かえば良いんだろう。
左眼はこの空間の更に向こうから流れてくる魔力を捉えている。
目的の達成は近い、筈だ。
『申開きは必要なかろう。貴様はただ、ここで潰える塵芥の如きもの』
『反逆者には名も、掲げる義もやらぬ』
囲まれている。
やれる筈だと自分を元気付けてみるが、冷や汗が流れてきた。
少なくなっているとはいえ、やはり護衛の数は許容し得る最大を用意するし質も相当なのだろう。
腹を括って戦いに臨もうとすると、更にもう一機、柱の影から現れた。
流麗な曲線を描いた騎士のような姿、右腕に巨大な装備を付けた見た事のない機体。
強者のオーラとでも呼ぶのだろうか、そのような威圧感を……今まで感じた何よりも強いそれを放つゴーレムが一歩一歩を、記憶の中の姿と重なる、凛とした──
『こんな所で会えるとはな、448号』
聞こえた声は教官の声。
何故か、腑に落ちるような感覚があった。
『ふっ……随分と懐かしい機体に乗っている』
『馴れ合うな。危険因子は排じ──』
教官の乗る機体が突如として右腕の装備を展開し……弓のような形状を取ったかと思えば横に立つ柱に向かって矢である光の奔流を放つ。
それは柱に当たりその熱量を巨大な構造物に注ぎ込む──のではなく表面で軽く跳ねた。
まるでゴムボールをぶつけたような軌道でエルフの機体を次々飲み込み、一発で護衛の機体は全て煙を吹き上げるスクラップに。
『これで邪魔をする者は消えたな』
「……ゥア?」
『分からないか?私は教え子と二人きりで話したいんだ』
分からない。
この場に居るのだから教官も護衛の一人の筈。
味方を撃ってまで、ただ話したいだけ……?
『ここで会うのがお前だと……ああ、予感はあったよ。この街で再会した時にそんな気がした。くだらん思い付きだから忘れるよう努めたんだがな』
教官はいつも通りの硬い声色に、今まで聞いた事がないような喜色を混ぜて話している。
本当に教え子との再会を喜んでいるような、そんな様子。
『だが、こうなれば運命的だ。そのアルラウネから降りた私が戦い方を教えた兵士──それがお前だ。かつて私が乗っていた機体に乗るお前だ』
誰も扱うことが出来なかった機体の唯一の乗り手、公国を襲ったエルフの精兵。
それが教官だと、やはりすんなりと飲み込める。
あのやけに力の入った研究所にやってきてオレ達に戦い方を教えるなんて、ただの兵士には任せられないだろうから。
『嬉しいものだよ。背後を着いて歩いていた幼子が、いつの間にか視線を同じくして並び立っていたような気分だ』
「
『まさかそんな相手と殺し合えるとはな』
「ッ!」
教官の機体が再び見当違いの方向に矢を放ち、それがやはり跳ね回りオレを狙って飛び込んでくる。
動きを見定めれば回避はそう難しくはない。
問題は本体との連携だろうから。
『この機体──トレントの偏向魔力砲はそんな落ち着いて避けるものではないんだぞ?やはりお前は期待通りだ』
言い切るより先に弓を構えて矢を放ち、それを回避しようと思えば回避方向に軌道が曲がるので堪ったものではない。
推力を瞬間的に全開にして装甲を集中させて、それでようやく紙一重。
慌ててワンドを展開して牽制をしようと思えば教官の姿は見えず、何処かの柱の影に隠れているのかと周囲を見回している間に三発目がカーブを描いて迫り来る。
息つく暇もなく回避を繰り返す他に今出来ることは無い──!
『あの日……パーティで私が持っていたグラスを覚えているか』
こちらは立て続けに襲い来る光の矢を避けるのに精一杯で脚を止める事すら出来ずにいるというのに、教官は至って平静に四発五発と矢を放ちながら話を続けている。
光は曲がった尾を残して飛来するのだから今何処に教官が隠れているのかも分からない。
偶に発射地点は分かっても、そんなものは次の瞬間には教官は既に移動しているのだから意味が無い。
通り抜ける柱の影にトレントの機影が現れては、消える。
『あれはノゥルの特産品だ。ガラス工芸が盛んなノゥルではあのように薄く、透き通って、丈夫なグラスが作れる』
建物越しの444号を見たように、魔力を捉えれば教官が発見出来るかと思ったのだが。
そもそも相手も相当な速度で移動し続けているのだから追い付くなど容易い事ではない。
太い柱に一撃で風穴を開ける攻撃が迫っている状況で悠長に周囲を見ていられず……常に追い立てられて思考に焦りが混ざる!
『私はノゥルを陥す戦争に参加して、大きな戦功を挙げたんだ。退屈な戦いだった。誰も私を本気にさせてはくれなかったからな』
一息休めるかと思って隠れた柱、それが脚を止めたその瞬間一気に赤熱しだす。
融解した建材と共に飛び出した巨大な光刃が迫り、装甲の一部を犠牲になんとか切り抜けた。
『だから貰った勲章はまた服を重くするだけの退屈な物だと思って、褒美にも大して興味は持っていなかったんだがな』
……回避した先で唖然としてしまう。
溶け落ちる柱の滝の向こう側に立つトレントの威容。
右腕の兵装は多機能なようで、矢を放つリソースを光刃の生成に利用すると烈しくのたうつ光の帯にすらなるらしい。
『気まぐれに中身を確認すると、美しいグラスが入っていた。今まであんなに繊細なガラス細工は見た事が無かったものだから、虜になった』
ガラス細工の製作過程のように蕩けた柱の前で、トレントは眼を怪しく光らせる。
光刃の烈し過ぎる輝きの中でもハッキリと分かる、こちらを熱く見つめる輝き。
『他にも欲しいと思ってな、ノゥルの職人に連絡を取ったんだが……私が片手間に殺した兵士が跡継ぎ息子だったそうで、身体を悪くした父親ではもうあのグラスを作れないらしい』
教官は無線越しですら分かる深く、とても深く落胆の溜め息を吐く。
オレもようやく一息吐けた気分で深く息を吸って、吐くとゴロゴロと胸から音が鳴った。
『虚しくなったよ。私は何も生み出せないまま、この世の美しいものを破壊してばかりだと』
ワンドを展開し教官を捉える。
今度はこちらが不意打つ番だと光線を放つと、やはりと言うべきか容易く回避されて矢の一発でワンドが次々落とされた。
まるで話す脳と戦う脳を別に持っているみたいな冷静さだ。
『だからお前達に戦い方を教える──育てるという慰めがよく効いた』
再び加速して姿を消そうとするトレントを追い掛けて、今度は逃すまいと眼を凝らす。
行手を阻む変幻自在の矢を避けて、柱を蹴り込み強引に加速してまで喰らい付く。
『だが、だが──!やはり私はどうしようもなく戦いの中で生を実感する、楽しいんだ。高性能のゴーレムと一体となり、その性能の全てを引き出し殺し合うこの営みを私は愛している……!』
追い付かれると判断したのか突如として教官は戦い方を変え、脚を止めてこちらを迎え討つ姿勢に入る。
こちらとしては乗るしかないのだから、ライフルとワンドによる連続射撃で肉薄しつつ、あの取り回しの悪そうな武装の間合いの内側に入りたい。
『もう誰も私を楽しませてくれないとばかり思って落胆していた。だがお前は!こんなに楽しませてくれるとは思わなかった!』
目まぐるしく軌道が変わる矢、ライフルが放つ光芒、ワンドが伸ばす一条の閃光。
空間が光に満ちて、その中を二機で駆け回る。
少しのミス、少しの押し引きで光に飲み込まれる緊張感の中で確かにオレは高揚していた。
アドレナリンが出ているだとか、ストレスへの防御反応だとかそう言った言葉で誤魔化せない口の端が吊り上がるようなもの。
『私が勝とうとも総督は殺してやる。どうせお前以上に私を昂らせる存在は現れないからな。だから……全てを出し切れ!全力の私を受け止めてみろ448号!』
思考はやけに透き通っている。
雑念の一切を排除して、目的すらオレを縛らない。
ただ頭の中では攻撃を如何に避けるか、射撃を当てるか斬撃を届けるかを高速で思考する。
教官のトレントは右腕の装備を弓に変えたり剣に変えたりと目まぐるしく、左腕ではオレのアルラウネと同じブレードで切り結ぶ。
こちらも負けじとライフルを振り回してゴーレムを狙って牽制し飛来する矢を狙って起動を逸らし、ワンドを操り糸を張り巡らせるように包囲を作る。
『他人を認めるというのは難しい。私は戦いを通してしかそれが出来なかった』
引き絞るように包囲を縮め、ヒリつく感覚が強くなってゆく。
肌が泡立つような刺激的で熱い感覚。
互いの兵装が放つ光をぶつけ合い、色とりどりの輝きを作り出すこれはとても純粋な行いだ。
殺したい訳じゃない。
ただ全力をぶつけたいだけ。
機体の性能の限界を引き出して、己の技巧の極限を突き詰める。
相手が素晴らしいものを見せてくれたから、こちらもそれを上回るものを見せたい。
「ヴアアアア!」
もっと、もっと──
鍔迫り合う時間すら惜しくなる程求め続ける。
『相手がどんな人間か、私はそれを強さで察る──』
光刃が奔り相手の剣を撃つ──トレントは大きく隙を晒す。
『初めて会った時のお前は弱いのに、何故かやけに気になったんだ』
矢の途方もない威力の一撃を、先手を取ってライフルで撃ち抜く。
弓の中で行き場を無くした魔力が弾け、破損した箇所からとめどなく光が溢れる。
『今ならその理由が分かるな……これこそが運命、宿命、因果なのだと』
数が減ったワンドを直接トレントの四肢に撃ち込み、内部の魔力を開放、爆発。
熱として発散された魔力はトレントの四肢を断ち切り、無防備になった胴体へのトドメに蹴りを一つ。
そのまま地面を滑るように胴体を押し付けて、銃口を向ければ完全なる勝利の形。
『それに殺されるなら本望さ。最後に私を熱くさせる相手がお前でよかったよ448号』
「──アァ」
銃口に灯る光がトレントの装甲を照らす。
引き金を引けば装甲は容易く溶け落ちるだろう。
当然、その内部も。
もう迷いは無い。
引き金を引き、トレントの精緻な構成パーツを赤い飛沫に変える。
ドロリと溶けて、地面にまで深々と痕を残す。
『──何をしている?』
残るのは頭を失ったトレントの胴体。
如何にゴーレムといえどもこの状態では何も出来ない。
抑え込んだ脚を退け、息を吐く。
『いや、そうか……好きにしろ。お前に命令出来る者など居ないな』
ああそうだ。
オレは殺す相手を自分で選べる。
何をするべきか、何をしたいかも全部がオレの中にあるんだ。
他人の命令はもう要らない。
『お前の目当てはこの先だ。何者にでもなるが良いさ……』
魔力が流れるその先へ機体を向ける。
自然とは言えない奇妙な何かが有ると確信出来る方向へ。
戦いの緊張から解放されて疲れが襲う身体で踏ん張り、ゴーレムを操作する。
向かうのはこの広い空間の出口、見るからに頑丈そうな門扉の如き大扉。
ライフルの最大出力で吹き飛ばせたが。
その先は景色においてはこれまでと同じ地下道然とした普通のもの。
だが左眼は異様に濃い魔力と激しい流れを捉えていた。
暗い地下道に反響する怪しげな叫び声のような、そんな響きが左眼と骨を震わせる。
間違いなくこの先に総督が居ると、全身が訴えかけて止まらない。
魔力は進むごとにどんどん濃くなり、左眼はいよいよ何も見えていないのと同じくらいに、視界は魔力の濁流に塗り潰されていた。
無線機はノイズを吐き出し続け、機体の奏でる機関音だけが耳に聞こえる音──不意にそれが破られる。
(侵入者……誰ですか?)
女の声が頭に響く。
思わず眉間に皺を寄せてしまうような痛みと共に。
(これはエルフではありませんね?──見覚えがある。ああ!448号ですか)
周囲に他者の姿は見えない。
ただ伸びる地下道があるのみだ。
だからこれは、なんらかの特殊な知覚を獲得した総督の声という事だろう。
(何故この場所へ?貴女は呼んでいない筈ですが……いえ、少しの予定外も祝いの席には丁度良いというものですね)
この声をあまり長く聴いていたくなくて、少しスピードを速める。
まだ着かないなんて公都の地下は一体どうなっているんだ。
(貴女は特に優秀な個体でした。残り少ない命を無為に散らす前に
「──ッグァ!?」
総督の言葉に疑問を抱いたその瞬間、全身を痛みが襲った。
頭の先からつま先まで、皮膚から骨まで痛みが走って何度も何度も往復する。
反射的に身体が縮こまり、シートの上で身体を抱く。
(これから貴女の魂を樹へと移管します。知っていますか?古来より魔法使いは魂を移して不滅を得ようとしてきました)
身体を伸ばし、再び操縦に戻ろうとしても痛みが動作の邪魔をする。
やむなしに交感のみでゴーレムを動かして、生身の身体は痛みに喘ぐ。
(ですが魂とは難解なもの。理想とする魂の保存を今まで誰も実現する事が出来ませんでした)
進むごとに痛みが増す。
眼が痛い、四肢が痛い。
頭が痛い、胸が痛い。
「ゲホッ、ゲホッ──」
咳まで出始めて、コートがまた血で汚れた。
だがゴーレムは進み続けている。
(ですが私は霊樹による魂の循環を理解し、このヤドリギ計画が始まりました。劣等種の欠陥のある魂を私という大樹に寄生させ、その精神の愚劣を治すのです。肉体は一体となった我々の物となり、世界に尽くす奉仕種族が産まれるのです)
トンネルが複数合流して広くなり、この奥に何かが有ると思わせる。
実際、薄暗い奥の方で何かが蠢いているのが見えた。
(枝の埋め込みによるいわば……魔力の送受信機能もその一つ。周囲の魔力を安定させて、遠く離れた場所に居ても我々と精神では繋がれている。樹となった我々の枝として伸び続ける)
闇の中から現れたのはゴーレム。
至って普通のケルッカが武装も持たずに一歩一歩、近寄って来ている。
それが何機も……
(このゴーレムを動かしているのはまさに我々。乗り込んだヤドリギ達は完全に制御された霊樹の成長により、枝を介してゴーレムと接続しています。ゴーレムこれ自体が周囲の魔力に干渉する送信機のようなもの。さあ、448号を捕まえて)
ゴーレムが近付く程に、痛みが増す。
体内で熱い鉄がのたうっているかのような痛み。
全身の構成パーツ全てを最小単位まで引き剥がそうとしているような痛み。
頭だけがよく回る。
身体は痛みで何一つ言う事を聞かない。
(この抵抗、なるほど。確かにエルフのゴーレムは魔力量が多く干渉を受け難いでしょう。ですがエルフを対象とせずに済むのはその魔力パターンを識別しているからです)
にじり寄ったゴーレムがあつまって、ガチャガチャと金属同士がぶつかる音がする。
コクピットからはもみくちゃにされている様子ばかりが見えて、ゴーレムは自在装甲を剥がされている感覚を伝えていた。
ゴーレム同士の接触が、まるで生身の身体の一部を抉られたように感じる。
これがオレの精神への干渉だと思うと、恐ろしい。
(荒れ狂う大河であっても流れに逆らい上流を目指せないわけではないのです。ゴーレムを通して、貴女の内側を……肉と精神を切り分けて──)
身体の内側から肌を触られているような不快感。
頭を抑え、シートに叩き付けても消えない声とその残響。
全身が苦痛と不快の苗床になったみたいだ。
「ァ……ウ、グ」
激しい痛みの中で心をぬめりと撫でる生暖かい感触が酷く恐ろしくて呼吸が浅く早くなる。
いやだ、早く終わって欲しい。
頭がおかしくなりそうだ!
眼がパキパキ音を立てている。
頭の中に目覚まし時計を入れられたみたい。
心臓が休みたがっている。
いたいたい、きもちわるい。
(──おや、また抵抗?これは、ふむ。エルフの魔力パターン?)
精神を掻き分ける手が止まり、急に苦しみから解放されて目が回る。
過呼吸になっていたリズムをゆっくり戻し、心臓の痛みに胸を抑えて涙が流れた。
冷や汗も額を流れて全身が酷く不快で、でも全てが生の感覚だ。
(いたい、いたい)
声が聞こえた。
総督の声ではない、子供の声だ。
(助けて!暗いの!)
(閉じ込められてる!身体が動かない!)
(声がでない!なんで!?)
頭に幾つも幾つも声が響く。
キリキリと頭痛が強くなるが、聞き逃してはいけない声だと直感的に思った。
(なるほど、貴女の胸の奥にはエルフの魔力パターンが根付いている?見た事のない事例です。魔石が魔力を保存した……体内で生成された魔石に種族固有の魔力パターンまで正確に保存する純度はない筈……)
……総督には、この声が聞こえていないのか?
そもそもオレの声だって、精神に触れている割に聞こえていないみたいだ。
(珍しいパターンです。貴女は現状のままで保存としましょう。ヤドリギ達、彼女の無力化を)
ただ殺到して戯れてきていたようなゴーレムの動きが総督の言葉一つで急変する。
より攻撃的な、亡者が縋るような激しく貪欲な動きへと。
(動きたくない……動きたくないのに)
(痛いよ!いたいぃぃいいっ!)
──恐怖は消えた。
やはり総督にこの声は聞こえていないのだろう。
こんな苦痛に満ちた声がゴーレムを伝って響くのに、魂の移管だとか得意げに言える筈がない。
このゴーレムにはあの子達が乗っている。
オレの同胞達、小さな弟妹達がまだ乗っているんだ。
「──アァ」
胸にエルフの魔力パターン?
近頃苦しめられていた咳や喀血は、魔石のせいで起きている呪いのような悪いものだと思っていた。
それがまさか希望になるなんて思わないだろ、なあキラン。
思い返せばあの時も、渡された自決用の拳銃は呪いのようであったけど最終的には希望に転じた。
生きてと託された事も、飼い慣らされるなと生き方を決められた事も、幸せな死に場所を見つけろだのも、強化によって与えられた力だって全部オレの生き方を縛る呪いで希望だ。
「ヴゥ……ウウヴアアアアッ!」
痛みを精神力で圧して身体を動かす。
操縦桿を握りペダルを踏み込む。
オレがこの子達に出来る事は一つだけ。
せめて苦しみの無いように……
ブレードを展開し、ケルッカを振り解いて薙ぎ払う。
コクピットを確実に切り裂いて、一瞬で終わるように。
(驚嘆すべき精神力ですね。ですがその場に留まり、無駄な苦痛を避けて苦しまないようにすべきでしょう)
地下道の奥からケルッカが次々現れる。
その一つ一つに苦しみがあって、人生がある筈だった。
命が尽きるまで終わる事のない責苦を味わせるなんて惨過ぎる。
この地獄を終わらせる為にもオレは進まなければならないんだ。
だから、それを阻む為に利用されたこの子達はせめて楽に終わらせないと。
(不可思議です。そこまでの苦痛を味わえば精神が閉じてゆくものなのですよ?)
確かに全身が痛い。
咳が止まらない、鼻血がまた垂れてきて貧血気味だ。
だからなんだというのか。
オレの身体は生身と機械の二つある。
そうしたのはお前だろう。
ゴーレムはまだ動くんだ……ならオレはまだ戦えるという事。
精神の疲弊がゴーレムの動きのキレを悪くはしているが、立ちはだかるゴーレムがあれじゃ問題無いと言ってもいい。
あの子達はもっと可能性があるのに、あんな風に縛っちゃ強くなんてなる筈がないだろう。
(止まりなさい448号。この先は素晴らしき計画の中心地、聖地となる場所です。争いの煤で汚してはならないのだと分かりませんか?)
地下道の奥から光が差している。
ようやく目的地に到着だ。
広い空間、その中心部に巨大な白い樹。
骨が……そこに埋め込まれた枝が樹と共振している。
(救いたいのです……!貴女達劣等種は連帯感に乏しく争ってばかりで、短い寿命が精神、文化、技術の円熟を妨げている!)
樹には幾つも機械が取り付けられてコードが伸びているが、一番機器が集中しているのは樹のうろだった。
うろの中には台……宗教的に見れば祭壇であるし、うろを含めて天蓋付きのベッドのようでもある。
病院のように数多の機器に管理されたベッドには包帯を巻かれた老婆が眠り、身体から伸びたケーブルで機械と、枝あるいは根で樹と繋がっていた。
(我々は肉体の限界を超えるのですよ!寿命も病も身体の不具も、あらゆる肉体の制約に悩まされる事はない!必要となれば用意した肉体に精神を降ろし、世界の端まで大樹は根を張る!)
機械を踏み付け、総督に近付く。
頭の中でやかましく声が聞こえるし、全身が痛いが構うものか。
樹の根元まで辿り着き、見上げれば樹は天井を突き破り地下空間の支えにもなっているらしい事が分かる。
撃ったらすぐ出よう。
(劣等種の劣等たる所以を長く観察して来ました!それはまさしく肉体による魂の汚染!霊樹で浄化せねば世界が腐り落ちてしまう!)
ライフルを総督に向け、魔力を充填する。
過剰なまでに、銃身から銃口まで真っ赤になるくらいまで。
最後の仕事だ、出し惜しみは無しでやろう。
(全ての劣等種の救済を!私はやらねばならないのです!それは貴女の同胞を救う事!今は分からずとも時間を掛けて理解したのなら貴女も私の一部になれる筈!)
「
そんな世界に産まれたかったわけじゃない。
これが最後になるよう祈って、引き金を引く。
迸る魔力は人一人なんて簡単に焼き払い、そのまま銃身をかち上げれば最大出力で照射され続けた魔力によって、うろから幹まで一気に吹き飛ぶ。
なんだ、案外簡単に壊れるじゃないか。
(あぁ……消えてゆく、私の、願い、千年の──)
声は消えてなくなった。
左眼はもう震えない。
だがこの地下全体が震え始めた。
支えである霊樹をかち割って崩落寸前だろうか?
逃げるなら脱兎の如く……得意だったな、最後尾で追われるの。
崩れ落ちる空間を背に加速する。
トンネルへ飛び込み、斬り捨てたゴーレムの残骸を飛び越え、崩落に巻き込まれるそれらを背後に見て、進み続ける。
途中、来た道が塞がってしまったので別のルートを選び更に進む。
崩れ落ちるスピードは徐々に緩やかになり、所々の崩落程度に。
それでも崩落寸前の箇所を通れば、落ちてきた天井がゴーレムの背を掠める程度にはスリリング。
そんな道をどれくらい進めば良いだろうか。
崩れた道を迂回しているうちに、なんとなくの方向だけを把握して進むばかりになってしまった。
正直に言って、今自分が何処に居るのかが分からないのだ。
下手に壁をぶち抜いてしまうと連鎖的に崩落する可能性があるから道に従うしかないのがもどかしくて堪らない。
『──こえますか?聞こえていますか?』
無線機がノイズ混じりの酷い通信を拾った。
地下の崩落の影響で偶然通ったとかだろうか?
聞こえてきたのは……おそらくラウラの声。
「──!──!?」
声を出そうと思った。
だが、代わりに出てきたのは空気が擦れる音。
『何度でも繰り返します。私達は勝利しました。公都は現在、私達の手にあります』
上は上手くいったのか。
これでもう安心だ。
色々と滅茶苦茶だった気がするけど……終わり良ければ全て良し、だろうから。
『先程、局地的な地震と地下道の崩落を確認いたしました。それはきっと貴女が総督を討った事によるものと信じております』
地震とすら感じる程の影響があったとは。
こんなに広大な地下迷宮が潰れたら地盤沈下が起きてしまうんじゃないか?
少し、気が緩んだ。
前方で起きた崩落に対して動き始めるのが遅れ、判断も誤った。
回避出来ないと即座に判断し、ライフルで全部吹き飛ばして──何も起きない。
焼け付いた銃身、沈黙する機関部。
ああ、さっきの最大出力で焼き切れたんだな。
『栄誉の死、或いは英雄の凱旋……貴女に似合うのは凱旋の方ですよ。なにせ死んでしまっても墓碑に刻むのが三桁の数字では台無しですから』
タイムリーな内容だ。
崩落した天井と、その上の土に押し潰されたゴーレムの中で聞くなんて。
ゴーレムは完全に
かなり無理をさせていたし、元より極限まで薄く細くを追求した機体だ。
重量物による押し潰しなんて弱点に見事命中といった感じ。
衝撃で頭も少しぼんやりするし、とても疲れた。
骨が軋んで身体が酷く痛いし、心臓も肺も動く度に痛みを走らせる。
『ええ、ですから……ノゥル公国には貴女を一人の人間として受け入れる用意があります。待っていますよ』
待たれているのか。
なら、あと少しくらい頑張ってみようか。
腕を持ち上げ、ハッチの開放を試す。
重々しく、ハッチが開いた。
歪んでいたら打つ手無しだったんだけどな。
交感用のチューブを引き抜き、コクピットから這い出る。
とはいえ出た先もコクピットと同じくらい閉塞感に満ちた地下道。
実際の広さと感覚はまた別だ。
ともかく、歩く。
自分の脚で、一歩ずつ。
ゴーレムなら一秒足らずで駆け抜ける道を、痛みで鈍る身体を引き摺って。
「ゲホッ……ゲホ」
どんよりとしていて、身体が痛い。
雪原を彷徨ったあの日の事を思い出す。
魔力を求めて根を伸ばす枝が骨を軋ませ、その痛みの間隔が狭まる事に恐怖した。
そこから考えればオレの現状は相当不味い。
死の淵と言っても大袈裟じゃなく、ここらで休みたい気持ちも強くなってくる頃。
脚は段々と動かなくなり、壁に身体を預けて肩を擦りながら歩くのがやっとの状態。
それすら辛くなり……膝を突き、座り込む。
「ゴホ……」
頭が痛い。
耳鳴りが止まない。
咳も止まらず、胸と喉でゴロゴロ音が鳴っている。
鼻血がまた流れ始めて、失血死すら頭をよぎる。
「ケホッ──」
良いんじゃないかな。
ここら辺で。
頑張ったよ、オレ。
一生を全うするって点なら中々だ。
十七年って短い人生だったけど、スタート地点から考えれば良いエンディングを迎えられた。
オレはここで終わったとしても、この国は良い方向を向く事が出来たんだから。
それに444号が生きていた。
あの子こそスタート地点から考えれば中々良いところまで行くんじゃないか?
団長が言っていた……命をみんなが継いでくれると。
ならオレの命を継ぐのはあの子だ。
オレだけじゃない、全ての首輪の強化兵の命を継いで幸せになって欲しい。
幸せな死に場所はあの子に見つけてもらおう。
ああ疲れた。
これ、死んだらまたすぐ次の人生始まるのかな。
本当に疲れたから休みたいんだけど……
(──ン〜ン〜ンン〜)
微かな歌が聞こえる。
眼に響いている。
ああ、まったく……
このまま意識を手放したら心地良いだろうに、オレはなんで膝に力を入れているんだか。
壁に手を着いて必死になって立ち上がるなんて、そんな力が何処に残っていたんだ?
自分の事ながら訳が分からない。
でも、本当に訳の分からない力があるって前から知っていた。
444号が歌っている。
それだけで力が湧くなんてオレは単純で御し易い。
全身を苛む身体の痛みも、拘束具のように纏わりつく疲労も、今はなんとか誤魔化せる。
壁に身体を擦り付け、音の聞こえる方へ歩き続ければ良いだけなんだ。
歌がもっと鮮明に聞こえて、力はもっと湧いてくるから。
「ッ──」
やっぱり声は出ない。
オレも聞こえる歌に合わせられたら良いのに。
我ながら身体がボロボロで笑ってしまう。
……軽く笑ったら激しく咳き込んでしまった。
余計な事をするからこうなるんだ。
ただ無心で左眼を響かせる音に向かえばいいんだよ。
──今どれくらい進んだ?
──気を失いかけていた気がする。失神したらそのまま死ぬぞ。
──オレ、このまま生き延びていいのかな。
──さっき殺してしまったあの子達には、もしかしたら助かる道があったんじゃないか?
──大勢殺しておいて今更、全体の一割にも満たない死に心を痛めるのか?
──死に損なったんじゃないかな、オレ。
脚がもたつく。
身体揺れて、壁から離れる。
一度倒れたら、もう二度と立ち上がれない思う。
フラフラと蛇行して歩き……脚元を照らす光がある事に気が付いた。
俯いて歩いていたから、この道の先がどうなっているのか分からなくて……緩やかなスロープの向こう側に、赤黒のゴーレムが居た。
青空を背に、膝を突く破損した機体。
そういえば歌が聞こえない──
「そこに居た!」
ふらつく身体を抱き留める赤髪の少女は、記憶の中の姿と変わらない。
ただ、首輪の代わりに首に一周する痕が残っている点だけが違う。
それ以外は、何度も元気を貰った444号の姿だ。
「大丈夫だよ……言ったでしょ、助けに来たって」
オレの背を優しく撫でて、そのまま身体を倒す。
以前もこうしてオレの横に居たな。
「なんでも一人で抱え込んじゃダメだよ。こんなにボロボロになって……わたしは悲しいな」
左手を包む444号の手の温もりが、心からの安心をくれる。
終わったんだと、実感出来た。
「いつも最初に歩き出していたもんね。わたし達はみんな貴女の背を追っていた」
そうか、上手くやれていたんだな。
本当はオレだけが生き延びるんじゃなくて、みんなも生きていて欲しかったけど。
「今度はわたしが助けるから」
444号は鞄を漁り、何かの準備をしているようだ。
これがどうにかなるのだろうか。
「あのお漏らししてた小さい女の子がこんなに大きくなっちゃって。わたしがお姉さんだと思ってたのになー」
やっぱりそうか。
庇護対象に見られている気はしていた。
だから少し気を張っていたのだが、それは背伸びに見えていたのかもしれない。
「枝の活動を抑え込むね。多分そのまま気絶しちゃうけど……わたし達、注射は慣れてるもんね?」
注射器を構えて、意を決した様子で444号は目線を合わせて微笑んだ。
「絶対大丈夫だよ」
視界が歪む。
暗く、狭まってゆく。
落ちるような沈むような感覚を残して……
意識を手放した。
22時に最終話を投稿します