鈍く輝く黒い艶、丸みを帯びたフォルムではあるが雄々しさを感じさせる甲殻。世の男どもを魅了してやまない虫の王、カブトムシ。
通常よりも明らかに大きなサイズのそれを、体中に括り付けた虫カゴの一つにそっと放り込む。これで六つの虫カゴは既に満杯だ……ふふ、自分の才能が怖いな。将来は虫博士になれるかもしれん。
「いやー、捕った捕った」
「捕りすぎでしょ。それどうするの?」
「専門店に売るんだよ」
「売るの!?」
隣で騒がしくしているのは、ついさっき出会ったばかりの少年だ。まだ名前も知らないが、僕を転生させた神であるとかなんとか
怪しい宗教の勧誘か、自分を神だと思い込んでいる異常者か、はたまた本物なのか。いずれにしても、上手く取りいって金をせしめられないか考えているのだが──
「そんなこと考えてたの!?」
──なんだかさっきから思考を読まれているので、本当に神様なのかもしれない。もちろん実験施設から逃げ出した読心能力者とかそっち系の可能性も充分にあり得るが、とりあえずは神様扱いしておく方がよさそうだ。
まあそれはさておいて、さっさとカブトを売りに行くか。前世の時代だと少々厳しいものがあるが、今の時代なら子供相手でもパパっと清算してくれる店も稀にある。平成ではあるものの、昭和っぽい雑さがギリ許される時代である。
自分が転生者という事実があり、その僕を転生させたと名乗る存在が現れたという状況で、いったい何を優先してるんだという人もいるだろう。しかし世の中に金より大事なものなどそうは無い。彼が大金をポンとくれるような存在であるならともかく、そうでないなら優先順位は低い。
まあ仮にも神と名乗る存在だし、用事が終わればちゃんと相手をする所存である。一万とんで五百円となった虫さんたちに感謝をしつつ、コンビニでアイスを買い、自称神様にわけてさしあげた。大きめの平たいソーダバーに棒が二本付いたやつだ。お金は大事だが、ケチになると失うものの方が多いというのが僕の経験則である。
「はい、お供え物です神様」
「わ、ありがと。でも『お供え物』だなんて……ボクが神様とはいえ、そんなに仰々しい言い方しなくたっていいんだよ?」
「ほら、餌だぞ」
「下げ過ぎ!!」
「それで、名前はなんていうの?」
「いま聞くの!?」
なんか色々とツッコミの激しい神様だが、いきなり『やあ、僕は君を転生させた神だ』とか言ってきた相手に対し、ここまでフレンドリーに接していることを褒めてほしいくらいである。というか神なら神でもう少し超然としていてほしいものだ。
「…ま、神たるボクが見出した人間だ。普通の反応をされても困るけどね」
「そういや僕を転生させたとか言ってたっけ? なんでまたそんなことを」
『名前は?』という僕の問いを華麗にスルーした彼は、転生させた理由に対しては『よくぞ聞いてくれた』とでもいうように胸を張った。ドヤ顔が可愛く見えるのは外見の幼さゆえだろうが、明らかに中身が子供ではなさそうな存在にやられるとモヤっとするな。
「ボクはね、ボクの相棒になれる存在を探していたんだ」
「…なるほど。転生者と神がタッグを組んで、別のタッグを殺してまわるデスゲームが始まると…」
「そう! 百柱の神と百人の転生者が生き残りをかけ──ってなんでやねん!」
「…」
「うっわ、クソつまんねぇノリ突っ込み……みたいな顔するのやめてくれない?」
「うっわ、クソつまんねぇノリ突っ込み…」
「だからって言葉にしないでよ!」
さっきからやたらノリいいなこの神様。まあ今どき人を転生させる神なんてのは、威厳のないジジイか威厳のない女神か威厳のない幼女かのほぼ三パターンである。ショタは珍しいが、しかし『成長期の少年って乳首だけは女の子なんですよ』と豪語する有名漫画家もいるくらいだ。属性としてはショタも幼女に分類して問題はないだろう。
「問題しかないよ!!」
「というか名前は?」
「ああもう、話がとっ散らかるなぁ……名前なんて好きに呼べばいいさ。『近代サブカルチャー及び近代エンターテイメントを司る神』──そんな名前とも言えない名前を持つ、しがない神がボクだからね」
「じゃあエンタの神様で」
「それはマズいからやめて」
首を横にブンブンと振った神様は、棒に残っていたアイスを一気に食べ終えると、今までとは違う真剣な眼差しで僕を見つめてきた。会話を続けた割に、何一つ事が進んでいないことに気付いたのだろう。僕としてもそろそろ本題に入ってほしいところなので、居住まいを正して彼の話に耳を傾ける準備をした。
「ボクは広義で言うと芸能の神ではあるけど、雅楽や能、歌舞伎なんかの古典芸能とは違って……漫画やアニメ、小説やドラマ、映画なんかを司る神でね。つまりは歴史も浅い新興の神であって、同じ芸能の神である
「ハハ…」
「曖昧な愛想笑いが一番ダメージくるって知ってる?」
「知ってるからこそやってるんだけど」
「なお悪いわ!!」
「でも格はともかくとして、規模で言うなら圧勝してない? 意識高い系の人間とか、高尚ぶりたい人なんかには低俗扱いされるかもしんないけどさ」
「まあね。とはいえ神としての格は振るえる力に直結するから、高いに越したことはないんだけど……いやまあ、正直そこはどうでもいいんだ」
『格とか気にしてないし』と、どう見ても気にしまくっている様子の神様。神様の世界でもイジメとかあるのだろうか。さきほど引き合いに出したアメノウズメさんとかに『こんなのと同じ芸能の神扱いされたくないんですけど? われ天照大御神を引き出した神ぞ?』とか嫌味を言われたのかもしれんな。
「君を転生させた理由。そしてボク自ら人の器に転生した理由。それは『文化の停滞を停めたい』という事情があってね」
「ふーん…?」
「ふふ、なんだか大それた理由に聞こえるだろ? でも事は意外と単純でね。まず、君にとってここは過去の世界に見える筈だ」
「ああ、まあ西暦で言えばね。ただ色々と名称が違ってたり、スマホとかSNSとか明らかに前より早く進んでるけど」
「そう、ここは数多ある世界の中でもネットワークに関する技術の進歩が早い世界だ。そしてボクは君が生きていた未来より更に百年ほど先を知ってるんだけど……芸能文化、そして電子工学技術の停滞が著しくてね。西暦二千年を基点とするなら、過去百年で進んだ技術と、更にそこから百年の進歩は比べるべくもない──ボクはそこをどうにかしたいんだ」
「つまり戦争を起こしてブレイクスルーを狙うと」
「ボクは邪神か!!」
なんか頭を軽く叩かれた……徐々に遠慮がなくなってきたなこの神様。他の神様に嫌われてるのも、コミュニケーション能力に難があるせいじゃないのか? 距離の詰め方バグってるって。
「他の神様に嫌われてるのを前提にしないでくれる?」
「嫌われてないの?」
「いや、そもそも神様って人間みたいに交流とかしないから」
「ふーん……まあそれはともかく、エンタメ系の神様がやることなの? それって」
「技術の進歩は娯楽の進歩。そして逆もまた然り。百年間スマホもテレビもパソコンも、ネットワークだってほとんど代わり映えしないんだよ? 創作物に至っては規制に次ぐ規制でむしろ退化してる。それをボクは神としてどうにかしたいんだ」
「なるほどねぇ……ん? 今の話に、僕を転生させる必要が見当たらないんだけど」
「そんなことはないさ。君は自分の力を過小評価してるね」
ちっちっち、とやたら古臭いアクションで指を振る神様。僕は自分を平凡な人間とは思っていないが、さりとて世界を変えるほど凄い人物だとも思っていない。目の前の神様が人を転生させるような力を持っているならば、世界の偉人シリーズから引っ張ってきたほうが良さそうなものである。
「僕は技術革命を起こせるような天才発明家でもないし、法規制を左右するような地位に就ける頭もないよ?」
「技術の方はこっちでなんとかするつもりさ。君にどうにかしてほしいのは、行き過ぎたコンプライアンス、表現の不自由、配慮しすぎてそれもう逆に差別だろってくらいの気遣い……もはや自縄自縛と化した、文化の行き詰まりの方だ」
「未来ってそんなに酷いの?」
「当たり障りのないことしか言えず、少しでも過激な発言や表現をしようものなら袋叩きに合う世の中で、エンタメが発展すると思うかい?」
ふーむ……僕の前世の時代でもそういった風潮はあったけど、当然ながらそれを厭う勢力も多かった。なんでもかんでもハラスメントにする世の中に、ハラスメントハラスメントなんて言葉もできてたし。行き過ぎる配慮や規制に、待ったをかける何かしらはなかったんだろうか。
「──それだよ。君にはその『何かしら』になってほしいのさ」
「そんな大した人間じゃないけどね、僕って」
「ネットワークが発達した社会においては、世の中の流れを変えるために偉大さやカリスマなんて必要ないんだよ。むしろ共感を覚える身近さの方が重要なくらいさ。つまりボクが君に望むのは──」
「望むのは?」
「一緒にユーチューバーになってほしい!」
「一気に安っぽくなったな…」
「ノンノン。『風潮』なんて曖昧なものの舵をとるためには、発信力は欠かせない。ボクらが目指すのは世界最高のインフルエンサーであり、世界を沸かすエンターティナーなのさ!」
「…とりあえず話は理解したけど、結局のとこ僕を選んだ理由はなんなのさ?」
「君の死に様がボクの心の琴線に触れた! 理由なんてそれだけさ!」
死に様が選考基準とかどういう情緒してんだこの神様。というか僕ってそんな琴線に触れるような死に方したか? 道路に飛び出した猫を助けようとして車に轢かれるというドラマチックな感じではあるけども。
でもそれなら家族をかばって命を落とすとか、赤の他人のためにその身を犠牲にするとか、悲劇的かつ英雄的な死に方をする人間なんていくらでもいる筈だ。わざわざ僕を選ぶ理由にはなってない。
「死んじゃったからわからないだろうけど、君の死に様は世界規模で随分とバズったんだよ。だからこそボクの目に止まったわけだし」
「へ? なんで?」
「猫と間違えてビニール袋を助けて死んだ人の話、聞きたい?」
「聞きたくなかった…」
「風のイタズラか、奇跡レベルに猫っぽい動きをしたビニール袋……それを助けようと車道に飛び出した男性。監視カメラとドラレコ、あとたまたま誰かがスマホで撮影してたとこに映りこんだもんだから、拡散されまくってたよ。ダーウィン賞*1の候補にもなってたし、君は君が考えているよりもずっと有名なのさ」
「有名税だけ取られた気分で、これっぽっちも嬉しくないぜ…」
「結果として、終わった筈の人生の続きが得られたんだよ? 税が高すぎるってことはないんじゃないかな」
「あー、そう考えると確かに…」
「ま、これでボクが君を転生させた理由はわかっただろ? 協力してくれるよね」
「うん。人の死を面白おかしくネットに上げることなんてできないよう、ガチガチの規制社会を目指したい」
「なんで!?」
アーサー王より人の心理解してないぞこのポンコツ神。いや、むしろ神様だからこそ人の心とかないんか? なぜそんな話を聞かされて僕が協力すると思ったのか、小一時間くらい問い詰めたい。
あーやだやだ、もう付き合ってらんないね。虫を売って口座のお金も多少増えたことだし、日課の金策に勤しむとしよう。僕は虫を捕って売らなきゃならないくらいお金が必要なのだ。
「そんなこと言わずにさぁ。それにお金ならボクが……ん? なにしてるの?」
「ネットで買えるクイック宝くじを引いてるの」
「子供がする金策じゃなくない?」
「むしろ子供ができる唯一のギャンブルさ」
「ギャンブルって金策だっけ…?」
競馬も競艇もパチスロも子供じゃできない以上、控除率が最悪であろうともこんなギャンブルしか手を出せない。まずギャンブルで増やそうとするなって? それはそう……それはそうだが、しかしギャンブルには夢と希望があるのだ。この際、絶望の存在には目を瞑ろうじゃないか。クイックくじを30口ほど買い込み、スマホの画面をタップする。
「そんな宝くじなんか買わなくたって、ユーチューバーになって稼いだらいいじゃないか」
「簡単に言ってるけど、そんなすぐ稼げるようなもんじゃないでしょ。確かにこれからどんどん成長していくコンテンツではあるけど…」
「虫なんか捕るよりは稼げるって。それにさっきも言ったけど、お金が欲しいならボクが──」
「おっ、二千万当選した」
「嘘でしょ!?」
「これで借金が残り十三億ちょいか…」
「嘘でしょ!?」
「おっと、もちろん僕の借金じゃないぜ。親のだよ」
「どんな家庭に転生したのさ…」
「あれ、僕のこと把握してたわけじゃないんだ?」
「同時期に転生したんだから、そういう訳にはいかないさ。神ではあるけれど、この身は人の器。ようやく一人で出歩ける年齢になったから、君の元に訪れたんだ」
同時期に転生したってことは、僕と同じ六歳か。まあギリギリ小学生だから、家庭によっては一人で出歩くことも許される年齢かな。とはいえ真っ白の肌にサラサラの金髪で、いかにも外国人といった顔立ちの少年だ。日本の就学制度と関係があるのかも怪しいところである。
ちなみに僕の両親は放任主義だが、別にネグレクトを受けているというわけではない。幼児の頃から自我バリバリの息子を気味悪がりもせず、大らかな精神で愛情を注いでくれた立派な両親だ。大雑把で適当とも言うが。
「その経済状況で親を立派と思えるの凄いね…」
「十何億も借金できる時点で立派立派。返せなくたって犯罪になるわけでもあるまいし」
「ポジティブすぎる…!」
「それに、ちゃんと返そうとはしてるんだようちの両親。ここ二ヶ月くらいはほとんど休まず働いてて、正直ちょっと心配なんだよね」
「…だから君も微力ながら手伝ってるってわけか──ふふ、良い家族だね。家に帰れば暖かい
「いや、昨日から二人ともラスベガスに行ってるから暫くは一人だけど」
「どゆこと!?」
「億単位の借金なんてチマチマ返してられないでしょ。狙うならドカンと一発だよね」
「似た者家族…!」
しかしお金を稼ぐためにユーチューバーか……未来においてユーチューバーは確かに夢のある職業だが、現状ではまだまだ始まったばかりのコンテンツ。労力に見合うほど稼げはしないし、そもそも大金を稼げるような存在になれるのは上澄みも上澄みだ。かける時間に対してリターンの可能性があまりにも低すぎる。
そういった仕事が好きだったりとか、有名になりたい人や承認欲求が高い人間ならともかく、純粋にお金が欲しいってなるとユーチューバーはちょっと微妙だよね。転生させてくれたことに感謝はするけど、協力云々はお断りさせて頂こう……ん? なにやら神様が懐に手を突っ込み、紙束を取り出してサラサラと何かを書き込んでいる。そして一番上の紙をピッと破り取って、僕の目の前にひらひらと
「ここに二十億の小切手があります」
「六歳です。なんでもします」
「判断が速い…!」
「
「見りゃわかるよ」
まったく、お金をくれるというなら最初から言ってくれればいいものを。しかも二十億なんて大金、殺人事件が起きてもおかしくない額だ。そしてそんな額をポンと出せるなんて流石は神様。神パワーで金銀財宝現ナマ出し放題とかそんな感じなのか? 僕が女だったら求婚していたところだ。
「生憎だけど、無から有を生み出すなんて創造神じみたことはできないよ。ボクが自由に大金を使えるのは、単に石油王だからだよ」
「石油王!?」
「神の子として一族に予言や神託を与え続け、今や立派な財閥さ。技術を発展させるってのに金が無いなんて、話にならないだろ?」
「あー、それはそっか」
「もっと言うなら、知名度だってお金で買える時代だしね。人の一生は短いんだ、ユーチューバーの方だって地道にやってくつもりはない──ついてこれるかい?」
「君にお金ある限り、僕たちは一蓮托生だ」
「それって一蓮托生じゃない気がする…」
「金の切れ目が縁の切れ目って言うし」
「ま、初対面ですぐに信用してもらうってのも難しいか……とにかく、ボクの相棒にはなってくれるんだね?」
「もちろん! そうだ、最初の動画は『大浴場を貸切って札束風呂に浸かってみた』なんてどう?」
「炎上するって」
「じゃあ動画にはしないけど、大浴場で札束風呂に浸かってみたい」
「やりたいだけじゃないか!」
「憚らずに言うなら、僕はお金が好きなんだ」
「物理的に好きだったの!?」
いやぁ、なんにしても借金返済の目途が立ってよかった。相続放棄すれば僕に関係なくなるとはいえ、成人するまで貧乏暮らしってのもイヤだしね。まあ産まれた時から浮き沈みの激しい家だったから、そのうち返済できてたような気もするけど……とりあえず二十億ゲットの報告だけはしとくか。
国際電話だと短い通話でもとんでもない金額になったりするから、通話時間に気を付けて……ん? いや、こんだけあったら気にしなくていいか。
「あ、シモシモ~? パパ?」
「業界人気取りが早すぎる…!」
「借金の件なんだけど、ちょっと二十億くらい手に入ったから大丈夫かも」
「ちょっとて」
「え、そっちも?」
「そっちも!?」
「おめ~」
「感想が友達の誕生日レベル!」
「うん、こっちは大丈夫だから楽しんでおいでよ。はーい、じゃねー」
「君らどういう家族なの…?」
自分が転生させといてその発言はどうなんだ…? まあ確かに、今の両親が一般的かと言われれば僕も否定せざるを得ないが。そして僕自身もその血が流れているせいか、どうも楽観的で向こう見ずでポジティブ思考になっている感は否めない。遺伝子というのは、想像していたよりもずっと性格に影響するらしい。
「えーと……借金はどうにかなっちゃったみたいだけど、ボクの相棒にはなってくれるんだよね?」
「もちろん。あ、財布は共有でいい?」
「別にいいけど、ATM扱いはやめてね」
「精々五百万程度しか引き出せないような機械を、君と一緒にするもんか」
「擁護風の搾取宣言やめてよ!」
「それはそうと、君のことはどう呼べばいいのかな。人間として生まれてきたんだから、名前自体はあるんだよね? 神様って呼び続けるのもアレだし、教えてよ」
「出生証明書に記載されてる名前はあるけど、もう呼ばれなくなって長いからさ……なんなら君が付けてくれたっていいよ?」
「そう? んー……じゃあエンターテイメントの神様だから、エンタでどうかな」
「…ふふ! 良い名前!」
「あ、そういえば僕もちゃんと自己紹介してなかったっけ。
「ややこしいわ!!」
「じゃあサブカルチャーの方からとって……サブなんてどう?」
「う……や、男二人のユーチューバーでその名前はちょっと。サブって男性の同性愛者の暗喩みたいな意味もあるから、別のにしよ?」
「じゃあ芸能の神様からとって……ゲイは?」
「今の話聞いてた?」
「もー、注文が多いなぁ。じゃあ芸能を司る神様だから──ツカサで」
「動詞を名前にされた…」
「イッパイアッテナって素敵な名前だよね」
梅干しを一気食いでもしたような顔をしていたツカサだったが、最終的には納得したようでニコニコと微笑んでいた。なんとなく本当の名前が好きじゃなさそうだが、よほど酷い名前だったのだろうか。フランク・マンコビッチとかショーン・オチンコとか、海外では普通でも日本では下ネタみたいな名前は意外と多いし、その類かもしれない。
「じゃ、これからよろしくねツカサ」
「うん、よろしくエンタ!」
これから更に進歩していく情報化社会において、顔出し前提のユーチューバーってのは敬遠したい職業の一つではあったが……やはりお金の魅力には抗いがたい。それに個人資産ではないにしても、ツカサが動かせる金額はおそらく兆の単位だろう。大した才の無い人間でも、常軌を逸したマネーパワーがあれば『何者か』になれるのか? そんな実験だと思えば、なんだかドキドキしてきた。
──二回目の人生は、思っていたよりもずっと楽しくなりそうだ。
■
ツカサとの出会いから三ヶ月ほど経ち、ようやく再会の時がやってきた。やはりと言うべきか海外住みだったらしく、移住の準備やら、一族の神ポジションとユーチューバーの二足のわらじを履く準備やらで時間がかかったらしい。
こちらへ越してきたツカサは早速とばかりに僕の家へやってきて、今後の予定を語りに来た。まあ予定といっても、そこまで詳細に考えてはいないようだけど。
「ユーチューバーと一口に言っても、色んなジャンルがあるよね。エンタは何かやりたいこととかあるかい?」
「特に希望は無いけど……お金にあかせて何かやるんなら、まあ『やってみた系』が基本になるよね」
「うん、そうだね。『大金があればやってみたいこと』ってのは、一定の需要がある。ただ気を付けなきゃいけないのは、バランス感覚──妬み僻みを受けにくい映像を作らなきゃいけないってことだ」
「まあ子供が富豪ムーブなんてしてたら、それだけでやっかみはありそうだよねぇ」
「子供だからこそ許されるって部分も多いから、一長一短さ。それに生意気さが出てくる小学校高学年くらいならともかく、ここまで幼いと嫉妬はされにくいと思うよ。あと『子供』『動物』『お色気』のジャンルはどこまでいっても廃れないコンテンツだし、ボクらが幼い今だからこそできることは多い筈だ」
「つまり子供の僕らがメスケモのコスプレをしてフトモモ出せってこと?」
「混ぜなくていいから」
グダグダと駄弁っているだけで、いまいち建設的な話ができていない気がするのは僕だけか? …うだうだ考えるより、まずは適当な動画でも作ってみればいいと思うんだけどなぁ。納得できる作りにならなければアップロードしなけりゃいいだけの話だし、神様とはいえ動画作りは素人だもんね。
「ふふん、舐めないでほしいな。編集の速さもテクニックも、ボクのはちょっとした神業レベルだよ。人間とは違うんだ、人間とは」
「ふーん……ふーむ…」
「どしたの?」
「ずっとナチュラルに心を読んでるけどさ、それって僕限定ってわけじゃないよね」
「そりゃね。ふふ、神様の技能としては意外と上級技能なんだよコレ」
「それを動画のネタにするのもいいんじゃない?」
「うーん……最初にそれやっちゃうと、オカルト系のチャンネル扱いされかねないから避けたいかな。あくまでも『扱うジャンルの一つ』ってことにしたいし、超常系はマンネリ化を防ぐためのテコ入れ用に残しときたいってのもあるんだ」
「面白そうなネタを温めすぎて、初っ端がつまんなくなっちゃうのも問題だぜ」
「それはそうかもだけど──」
──意外と意見が纏まらないもんだな。それぞれが提案をして、ダメ出しをすること一時間。どうにも行き詰まってきたので、気分転換に散歩でもしようという話になった。
なんせ体が子供なだけあって、集中力が持続し難いのだ。それは神様でありながら人間の肉体を持つツカサも同様で、甘味が欲しいという子供っぽい提案もそういうことらしい。
「甘味かぁ……ヨシ! 金はいくらでもあるんだし、千疋屋のフルーツパーラーでもいっちゃおうぜ!」
「高級フルーツで千疋屋ってところが、絶妙におっさん臭いね…」
「千疋屋のメロンにジョニ黒を流し込んでパドロンの葉巻をふかすのが夢だったんだ」
「君が死んだのって昭和だったっけ?」
益体もない会話をしながら、適当にぶらぶらと町中を歩く。低学年の男児二人だけでいても見咎められることがないのは、やはり時代だろうか。まあ大人の自我を持つ転生者としては、緩い分にはありがたい限りである。過保護な家庭に生まれていたら、ストレスも半端なかっただろう。
…しかし人の心を読めるってのは面白そうだよね。漫画やアニメなんかだと、人の悪意に耐えられず病んだり狂ったりするキャラが多いけど、ツカサは神様だけあってそんなメンタルは持ち合わせてないみたいだし。
「ふふ……人の思考や言動、行動で心を乱す神なんかそうはいないさ。『成り立て』なんかだと、煽られてピキったりする未熟者もいるけどね」
「ツカサだって新興の神様じゃないの?」
「新興って言ったって百年以上の歴史はあるからね。それなりに酸いも甘いも噛み分けてきたもんさ」
僕の言動にツッコミを入れたり叫んでたのは『心を乱す』の範疇に入らないのだろうか? …まあ感情を動かすのと乱すのはまた違うか。なんにしても、こうやって道行く人々の心が覗き放題というのは楽しそうである。
コンビニの前で
「気になるなら実況でもしてあげようか?」
「お、いいねぇ。題して『道行く人々の心を覗いてみた!』。カメラはないけど予行演習ってことで」
「んふふ、どの人がいい?」
「じゃあ……ケーキ屋さんに入ろうとしてるお姉さん」
「『シュークリーム、シュークリーム…』」
「駄菓子屋前の小学生」
「『よっしゃ、もう一本!』」
「喫茶店の食品サンプル前で考え込んでるオジサン」
「『ナポリタンにピラフか、こりゃまた懐かしいな』」
「意外とつまんないな…」
「人間の頭の中なんて、案外こんなもんだよ。他人との会話をする段になってようやく、漠然とした思考が形になるのさ」
うーむ、なるほど。確かに誰かと話してるときならともかく、家で動画見てたり外で歩いてるときに喋り言葉を頭の中で思い浮かべたりはしないな。短い感想みたいな思考が関の山だろうか……とはいえ、こんな少ないサンプルで面白くないと見切りをつけるのも勿体ない。人通りの多い場所だし、数打てば何かしら面白そうなのに当たる可能性はある。
「じゃあ次は……ドンキから出てきたお兄さん」
「『ドンドンドン、ドンキ、ドンキ・ホーテ~』」
「ポケットに手を突っ込みながら歩いてる、中学二年生くらいの男の子」
「『くくっ、俺の脳内を勝手に見ているな? 気付いているぞ!』……ふぁっ!?」
「たぶん思春期特有の痛い思考だよ」
「ビ、ビックリしたぁ…」
「人の思考なんかに心は乱さないんじゃ?」
「う、うるさいな! 今のは百年に一回あるかないかの激レアシーンだよ! 見れて良かったね! はい次!」
「んー……フード被ってる、白い薔薇の花束持った人」
「『殺してやる、アイ、殺してやる…!』……ふぁっ!?」
二回目のスパン短すぎて草。というか『殺してやる』とはまた物騒な。格ゲーで死体蹴りでもされたか、はたまたスマブラで屈伸煽りでもされたのだろうか。まあ汚いネットスラングが溢れるこの時代、『ぶっ殺す』なんて言葉はもはや日常用語である。頭の中で思うくらいなら、誰しも経験があるだろう。
「…ううん。花束にナイフ忍ばせてるみたいだし、本気で殺す気みたいだね……警察に通報しておこう。ナイフを持った男がブツブツ独り言を呟いてたって言えば、子供の声でもイタズラとは思われないでしょ」
「それ、犯行までに間に合うのかい?」
「…たぶん無理かな──って、エンタ!?」
ツカサとやり取りをしている間に、男との距離は随分と空いてしまっていた。しかもあの男、かなり早歩きだったので子供の歩幅じゃ追いつくのは時間がかかりそうだ。しかし見失ってしまえば、それは誰かが刺されて命を失うかもしれないってことだ。思わず走り出した僕に、ツカサもすぐに反応して並走してきた。
「ちょちょ、通報だけで充分でしょ!?」
「警察は間に合わなさそうなんだろ?」
「だからって! 君が首を突っ込む理由になってない!」
「僕は猫を助けるために車道に飛び込むタイプの人間なんだけど」
「説得力が凄い!」
クソ、距離が中々に縮まないな。とにかく急がないと……正直、あの男が害そうとしている相手のところまで行ってしまったなら、止めるのはとても難しい。小学一年生の子供が、ナイフを持った成人男性をどうにかするなんて非現実的だ。なんなら死体がもう一体増えるだけの結果にしかならないだろう。
しかしいまこの状況、つまり周囲に人がいる状態で騒ぎにできれば犯行までの時間は稼げるだろう。『あれれ~? あのお兄さん花束の中にナイフを隠し持ってるぞ~!』とでも大声を上げれば、奴だってその場で暴れるよりは逃走を選択すると思う。無差別殺人ではなくターゲットが明確なら尚更だ。
「考え直しなよ! ──まさかまた転生させてもらえるなんて、甘い考え持ってないだろうね!」
「大丈夫。こんなこともあろうかと爺ちゃんに古武術を習ってたんだ」
「異世界に転生もできないよ!?」
…というか、こんな時こそ神パワーでなんとかできないのだろうか? もしかして神が直接的に人を助けるのはダメとか、そんな感じのルールがあるのかな。そうじゃないなら、ビームとか撃ってあの男を蒸発させてもらいたいものだが。
「き、期待してるとこ、わ、悪いけど、物理的な戦闘力は見た目通りだよ……は、走りながら喋るのキツイ…」
「ハッ、ハッ……物理的な戦闘力以外は? ね、念力とか、バリア、とか…」
「な、ないよぉ……空は飛べるけど…」
「飛べや!」
「こんな人目があるとこで飛べないよ!」
「むしろ衆目を集めまくった状態であの男の頭上まで飛べば騒ぎにできるだろ?」
「で、でも!」
「でも?」
「空中浮遊は動画のネタにとっておきたくて…」
「言ってる場合か!?」
──ハッ!? ヤバい、見失った。いや、たぶん周辺の建物のどこかに入ったんだろう。でもそれなりに数があるし、当てずっぽうで探し当てるのは無理がある。先に警察に電話するか? でも間に合うとは思えないし、どうしたもんか。
「ツカサ、あいつがどこ行ったかわかる?」
「さっき読んだイメージだと……たぶんあのマンションじゃないかな。でも、ホントに行くの?」
「知らない国の知らない人間を助けたいなんて思うほど聖人じゃないけど、視界に入っちゃったものを見て見ぬふりはしたくはないって」
「うー……どうなっても知らないよ、もう」
ツカサが指差したマンションを見ると、上の階を歩く男の姿が見えた。今から走って行っても、まず間に合わない距離だ。しかしツカサが空を飛べるというなら、抱えて飛んでもらえれば追いつける。むしろドアの正面に立つ男に対し、背後からの奇襲という有り得ない状況を作り出せるんじゃないか?
子供の体重とはいえ、手すりを足場にして後頭部にドロップキックでもすれば、頭を扉にぶつけて気絶くらいまで持っていけるかもしれない──というかワンチャン死ぬ可能性もあるな、それだと。人を殺させないために自分が人を殺すのは流石にちょっと……あ、マズい、時間がない。もう出たとこ勝負で行こう、意外となんとかなるかもしれん。
「なんとかならなかったから一回死んだんだよ? うっ……エ、エンタ意外と重っ…!」
「重くないわよ!」
「ふざけてる場合か!」
ツカサが僕を抱えながら、エレベーターよりちょっと速いくらいの速度でグングンと上昇していく。幸か不幸か人目についてる様子はなさそうだ……男の背中と少し開きかけた扉が視界に飛び込んでくる。そして僕が廊下の手すりに着地すると同時に扉が全開となり、男が花束に隠されたナイフを取り出した。
「死ねぇ!!」
「君が言うの!?」
気合の叫びと共に飛び蹴りを敢行──しようと思ったけど、もし避けられたらそのまま玄関の女性の顔面に直撃しかねないと判断した僕は、咄嗟に後頭部への肘打ちへと切り替えた。しかし攻撃よりも先に声を上げたのがまずかったのか、回避がギリ間に合った男と変なぶつかり方をして、揉みくちゃに倒れてしまった。
…ん? なんかお腹がめっちゃ痛い。
「わあぁぁ!? え、エンタ!? お、お、お腹にナイフが…!」
「い゛痛っ…!? ──いや、だ、大丈夫、重要な臓器は避けてる…」
「わかるの!?」
「と思いたい…」
「わー! 気をしっかりもってー!!」
い、痛ったぁ……なんで僕にナイフが刺さってるんだ…! 弾みで刺さるってどんな確率だよちくしょうめ。そこまで深くは刺さっていないようだが、じわじわと服が赤く染まっていく程度には重傷だ。ナイフが刺さったままだからよかったものの、抜いてしまえばすぐに失血死しそうな勢いである。
「ひっ…!? なっ、なんだよお前…! お、俺のせいじゃないぞ! 俺はアイを刺そうとしただけで──お前が割り込んできたから…!」
「えっ?」
おや……『邪魔をするなぁ!』とか言って襲撃の続きをされるパターンかと思いきや、無関係の子供を刺してしまったことに動揺するくらいの良心はあったようだ。そして襲撃された女性はというと、混乱の表情で疑問の声を上げている。
まあ彼女の視点からすれば、花束を持った男がナイフを出したかと思えば、見知らぬ子供が突っ込んできて自爆している状況だ。割と意味不明だし、どう動けばいいのかわからず固まってしまうのも仕方ないだろう。むしろ彼女の後ろにいた少年の方が、信じられないほど冷静な動きをしている。
動揺で固まっている男を警戒しつつ、女性を守るかのように前に立ち、別室にいるらしい妹に制止の声をかけ、警察と救急へ通報を入れ、まるで医療従事者かのように落ち着きながら僕の容態を確認している。最近の子供は凄いんだなぁ…
…というか……この女の子、アイドルのアイでは? そういえばツカサが男の心を音読していたとき『殺してやる、アイ、殺してやる…!』って言ってたな。僕も大ファンなので、命の恩人ということで添い寝とか膝枕とかしてもらえないかな。
しかしなんだ、アイドルに花束とナイフのプレゼントとは動機もわかりやすいな。つまりこの男はアイのファンで、色々と拗らせて彼女と心中でもしようとした厄介オタクということだろう。
ドン引くわぁ……ガールズバーだのキャバクラだので勘違いしてしまうのは、まあ『ガチ恋営業』なんて言葉があるように、女性側がその気にさせて金を使わせようとするから仕方ない部分もあるけどさ。アイドルは不特定多数に愛を振りまいているんだから、自分一人が特別だなんてどうして思えるんだろうか。
いや、逆か? 自分一人が特別じゃないことに我慢できず、殺して自分のものにするとかいう謎ムーブをかまそうとしたのか? どちらにせよファンを自称するなら、手を出すんじゃなくて金を出すべきである。まったく、ドルオタの風上にも置けない奴だぜ。
というかそろそろ男の『オレは悪くねぇ!』状態も終わりそうな気がするし、元々の目的であるアイ殺害を思い出されても困る。
僕の腹のナイフなど使われようものなら、抜かれた瞬間に血の噴水が吹き上がること間違いなしだ。ここは時間稼ぎも兼ねて、アイドルのファンとはかくあるべしと説教でもかましてやろうかしら。転生者といえば偉そうに説教かましてなんぼみたいなとこあるし。
「お兄さんはさ、アイのファンなのかな…?」
「…っ!?」
「…ああ、やっぱり。じゃあなんで殺そうとしたの? 好きなんでしょ?」
「こ、子供の癖に何をわかった風に──」
「子供だけど、僕だってアイのファンだ。だからこそお兄さんのことがぜんぜん理解できないよ……『ファン』なんでしょ? たとえ人気が下がって落ち目になったって、スキャンダルで叩かれて炎上したって、それでも応援し続けるのが本当のファンってもんだろ!」
「う、うるさい! そいつは、アイは……アイドルの癖に子供なんて作って、ファンを裏切ったふしだらな女だ! 『好き好き』なんて言いながら散々ファンを釣って、裏じゃ俺たちを馬鹿にして嗤ってたんだ!」
「それでも本当のファンなら──! …ん? 子供?」
ちらりと横を見る。まるで図星を指されたように苦い表情をする美少年。まだ幼いというのに整った顔立ちで、間違いなく将来イケメン確定だ。そしてカタリと後ろで音がしたので振り返ってみると、そこには将来美女確定の美幼女がおそるおそるといった風にドアから顔を覗かせていた。どちらも三、四歳くらいってとこだろうか。美少女たるアイの遺伝子を感じさせる。
…そういえば何年か前にアイって活動休止してたっけ。妊娠……出産……ふむ……時期は合うか……こど、え、子供? アイドル活動中に妊娠して、出産して、復帰? 嘘でしょ?
「エ、エンタ、あんまり喋ったら傷口が…」
「よくもだましたアアアア!!」
「本当のファンのくだりは!?」
「ちくしょう! 僕がサイリウム振ってるとき、あっちは腰を振ってたんだぁ!」
「生々しい話はやめようよ!」
許されざる行いだ…! あまりにもショッキングな話を聞かされて、腹の痛みもどこかへ吹っ飛んでいく。男性も僕の叫びが後押しになったのか、その通りだと何度も吐き捨てている……しかしそんな罵倒を前にして、アイは毅然とした表情で男性を見つめ返していた。まるで星が輝くような瞳に射貫かれ、男性もぐっと声を詰まらせる。
「な、なんだよ……う、嘘つきの癖に…」
「…うん。私なんて元から無責任で、どうしようもない人間で、人を愛することもよくわからない嘘つきだよ」
「…っ、開き直りかよ…!」
「だから愛されるってことを知りたくて、愛するってことがどんなものかを知りたくて、アイドルを始めたの」
「…!」
「どんなものかもわからずに
「ど、どこが…!」
「いつか嘘が本当になることを願って──頑張って、努力して、全力で嘘を吐いてたよ。私にとって嘘は愛……君たちのことを愛せてたかはわからないけど、愛したいと思いながら愛の歌を歌ってた」
「う、あ…」
「リョースケ君だよね、よく握手会に来てくれてた。お土産でくれた星の砂、今もリビングに飾ってあるんだよ。嬉しかったなぁ…」
「な、なんだよ、そんなの……今更……し、信じられるわけ…」
「そうだ、騙されるな! 奴は魔性の女だ!」
「エンタどっちの味方なの!?」
「エンタ君もよく来てくれてたよね、握手会。君が振ってくれたサイリウム、ちゃんと見えてたよ」
「しゅきぴぃ…」
「チョロすぎない!?」
そうだそうだ、よく考えたらアイに男がいようがいまいが推しに変わりはない。むしろNTR感とBSS感を味わえてお得になったとも考えられる……おっと、なにやら男性が叫び声を上げながら逃げていった。わかるわかる、NTRに脳を壊される感覚って最初は慣れなくて混乱するよね。
──しかし、そろそろ本格的にヤバいな。なんか体の力も抜けてきたし、マジで二回目の死が見えてきたかもしれん……と少し不安になっていたら、アイの子供が安心させるように話しかけてきた。
「大丈夫だ。救急車の音も近付いてきたし、無理に動いたり喋ったりしなければ充分間に合う」
「そっ、か……よかった……じゃあ、せっかくだから……死にかけの時に言ってみたいセリフTOP5いきまーす…」
「俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「『なんじゃあこりゃああ…』」
「今の子供わかんないだろそれ…」
「君はわかるんだね」
「っ! あ、いや…!」
しまったという表情をする少年。なんだかよくわからんが、とりあえず恐ろしく早熟な子供だということは理解できた。そして流石にこれ以上は本当に死んでしまいかねないので、五位までの発表は諦めることにしよう。
ただし絶対に生き延びられるという保障もないので、意識が落ちる前にどうしても一つだけ言い残さなければならない。とても大事なことだ。
「…ツ……カサ…」
「…! ゆ、遺言とかそんなのやめてよ!? 君は絶対に助かるんだから!」
「…が……ま…」
「な、なに? なんて言ったの?」
「…ガチれば……負けなかった…」
「言ってる場合か!!」
ツカサのツッコミを最後に、意識がスッと遠のいていく。うーむ……次に目覚めた時、異世界とかだったらどうしよう。なんて馬鹿な思考と共に、僕の意識は完全に途切れてしまった。