ふう、危うく死ぬとこだったぜ。手術が終わって意識を取り戻し、心配しきりだった両親との面会を終えた後。やっとこさ一息ついて、超絶豪華な病室をぐるりと見渡す……というか、これ病室って言っていいのか? 超高級ホテルの一室と言われても違和感ないけど……まあたぶんツカサが手を回してくれたんだろう。財閥の資金もさることながら、既に色んな業界に結構な影響力を持ってるみたいだし。
特にエンタメの神様だけあって、メディア関係への食いこみ方が凄い。日本のマスメディアや芸能関係といえば、旧態依然として金と利権に凝り固まった業界だってのが周知の事実だが……ここ数年で随分と勢力図が変わったとよく耳にする。それがツカサのせいだと知ったのは、つい昨日のことではあるが。
──ん? なにやら扉の外が騒がしいな……と思ったら大きな音を立てて扉が開かれ、ツカサが姿を現した。
「エンタぁー! 大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫、心配かけてごめんね」
「ホントに、ボクがどれだけ心配したことか……お医者さんが『峠は越えました』って言ったとき、思わず叫んじゃったくらいだよ!」
「なにを?」
「なんて日だ! って」
「それ峠じゃなくて小峠」
時代的にまだブレイク前なんだから、僕以外に伝わんないだろそれ……しかしまあ、心配をかけてしまったのは事実だ。クソつまんないボケに対しても、しっかりツッコミを入れるくらいの優しさは見せとこう。
「優しさってなんだっけ」
「思っても口に出さないことさ」
「ボクには思っただけで伝わるんだけど」
「クソつまんないボケに対しても、しっかりツッコミを入れるくらいの優しさは見せとこう」
「だからって口に出すなぁ!」
ぷんすか怒るツカサを宥めつつ、あの後どうなったのかと疑問を口にする。あの日はアイのドームライブの日だったし、もちろん僕も行く予定だった。しかしあんな事件があった後にイベントなんてできるのだろうか……というか事情聴取やらなんやらで拘束されてたとしたら時間的に絶対無理だし、その辺も気になるところだ。
「ああ、その辺はボクが
「さっすが相棒、僕を理解してるぜ」
「んふふ、そうだろうともそうだろうとも」
「でも公権力にまで融通きかせられるのちょっと怖い…」
「ちょ、ちょっとだけだよ!? 白を黒にするような真似はできないし!」
ふむふむ……なるほど。とりあえずはアイへの犯行ではなく、資産家の子供を狙った犯行ということにしたと。まあツカサは言うまでもなく、僕だって親がベガスで稼いだ分とツカサに貰った分で普通に大金持ちだ。言い訳としては充分以上に説得力があるだろう。
ドーム公演前のアイドルが襲われたなんてセンセーショナルな事件、報道規制も難しそうだが──そちらを第三者扱いするなら、多少の融通を利かせてもらうくらいで済むのかな。
「アイの知り合いだった僕らが、彼女の家を訪ねた瞬間に襲われたってことにしといたよ」
「でもそれ、犯人が自供したら意味ないような……もしかしてまだ捕まってない感じ?」
「それがねぇ、ちょっとややこしいことになってるんだよね」
「へぇ…?」
「あの男、あの後にまた別の人間を刺しに行ってさ。そっちは意識不明の重体って話」
「えぇ? …もしかして他のB小町のメンバー狙いに行ったとか?」
「ううん、関係無い人間……ああいや、関係はあるっちゃあるか。かなり複雑な感じだけど」
「ふむふむ」
「そっちの事件で刺された人間──
「ふーん……なんかよくわかんないことになってるねぇ」
あの男性……少なくとも、逃げる直前には後悔してるように見えたんだけどな。好意が高じてあんなことをしてしまったとはいえ、だからこそアイの言葉で正気に戻っていた感じはあった。それが他の人間を刺しに行ったってのは、少しばかり不可解だ。
「ボクも気になったから、神パワーで軽く調べてみたんだけどね」
「神パワー」
「根っこの部分は、刺された男──神木輝から始まったみたいだね。少年期に年上の女性から性的暴行を受けた彼は、精神的なトラウマを引きずったまま歪んで育ち、その過程で、同じように精神的な歪みを抱えたアイと出会い肉体関係を持つことになった。ただその関係は普通の恋人といったものではなく、共依存でもなく、傷の舐めあいとも違う独特な……割れ鍋に綴じ蓋って言えば少し近いかもしれないね。その結果としてアイは身籠り、けれど神木輝とは距離を置いた。そこには色々と複雑な感情があったようだけど、それは置いておこうか。重要なのは、距離を置かれた側の方が壊れてしまったことの方だ。正気と狂気の狭間に堕ちた彼は、人を
「軽くとは」
「まあその担当医は、かつて救えなかった患者と一緒にアイの子供に転生して幸せにやってるみたいだから、そこまで負い目を感じなくていいと思うんだけど……神ならぬ身にはわからないことだしね。哀れな人の子だ」
「待って情報量が多い」
そもそも神パワーってなんぞや。いやまあ、人の心を読める時点で集められない情報なんて早々ないとは思うけども。しかもこの神様、エンタメの神の権能とかなんとかで、パソコンに手をかざしながら『ハアァァ!!』と叫ぶだけでデータ収集とかしてるからな。お前は獅子王凱かっての。
「例えが古すぎる…」
それはともかく、先ほどの説明は本当に本当なのか? アイの元恋人が殺人教唆だの、その被害者が転生だの、転生先がアイの子供だの、色々と突っ込みたい部分はあるが……とりあえず一番気になるところを確認してみよう。
「あの男、ニノと付き合ってたのにアイ推しに鞍替えした挙句『ファンを裏切った女だ!』とか言ってたの?」
「え? あ、うん…」
「あとニノもその辺の状況を知ってて、それなのにドーム公演でアイの横で歌って踊って笑ってたの?」
「う、うん…」
「…」
「…」
「人間って怖い…」
「わかる…」
菅野良介の前世はもしかしてブーメランか何かだったのだろうか。そしてニノのメンタルはタングステンか何かで出来てるのか? 嫉妬と羨望に身を焦がし、狂気的な行動に走りながらも、表面上はイベントを成功させるまで取り繕えるなんて、もはやニノの精神は神の域に達している…?
「というかさ、転生者って意外といたりするの? こんな近くに二人もいるって…」
「まったくいないとは言わないけど、普通は出会わない程度に珍しい筈なんだよ」
「ふーん……ちなみにあの二人の近くにも神様っているの?」
「いないよ。そもそもあの二人は神による転生じゃないしね」
「へぇ、じゃあたまたま記憶持ったまま転生みたいな?」
「ううん、死者の記憶が赤ん坊に転写されたみたいな感じかなぁ。世界を跨いで魂を導いた君とは、成り立ちからして違うよ」
「僕、なんか深淵とか覗かされてる?」
「そんなことないさ。まっさらな魂に死者の記憶を書き込もうが、魂をそのままぶち込もうが、転生は転生。そもそも悟りを開いて解脱でもしない限り、輪廻の輪から外れることはないんだ。そういう観点で言えば君が今まで出会ってきた生物は全て転生者だし、違いなんて記憶があるかどうかくらいさ」
「なるほどねぇ…」
「…ま、少しばかり霊格の高い烏が絡んではいるようだけどね」
「ふーん…? まあでも、あの二人が記憶を持った転生者だってんならやることは一つだよね」
「やること?」
「『神と転生者タッグによるデスゲーム』ドッキリ!」
「面白そう!」
「モデルガン突き付けながら『ククク、ようやく見つけたぞ最後の転生者たち…!』とか言ってみたいな」
「だったら演技の練習もしなくちゃね。芸能の神たるボクの教えを受けられるなんて、エンタは幸せものだよ!」
「ツカサってちょくちょく偉そうだよね…」
「そりゃあ偉いもん」
…などとアホなやりとりをしていると、苺プロダクションの社長と名乗る人物から面会希望が入ったと連絡が来た。苺プロダクションといえば、確かアイの所属する芸能事務所だったっけ? ということは、おそらく謝罪と感謝と口止めに来たんだろう。特に断る理由もないので、そのまま部屋に通してほしいとお願いした。
程なくして、やたら美人な看護師が面会者を引きつれてきた。後ろに連れ立っているのは、ヤクザっぽい男性に大人の色気漂うお姉さん。あとはアイとその子供が二人。部屋の中のルックス平均値が恐ろしく高い今日この頃である。ま、とりあえず普通に挨拶から始めるとするか。
「ククク、ようやく見つけたぞ最後の転せ──」
「早いって!!」
「…ワリぃ、取り込み中だったか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそお客様の前なのに失礼しました」
「いや、アポも無しに押しかけたのはこっちだからな」
「じゃあ一旦やり直しましょうか。扉から入りなおしてもらえます?」
「ああ、わかっ──やり直すのか!?」
「はやく、はやく」
「えぇ…」
あ、ホントに出ていっちゃった……ノリのいい団体様である。ゾロゾロと五人が退室し、数秒してからまたノックの音が響く。ヤクザっぽい見た目とは裏腹に、律儀で優しいオジサンである。突っ込みの勢いといい、僕が好きなタイプの人間だ。『どうぞー』と声をかけると、再度扉が開かれた。ヨシ、今度こそ普通に挨拶から始めよう。
「新婚さーん!」
「いらっしゃーい!」
「四年目なんだが」
「それで、ご用件は?」
「最近のガキってのは……ああいや、そうじゃねえ。とりあえず見舞いの品だ、受け取ってくれ」
奥さんらしき女性が、持っていた果物かごをベッド横の机の上に置く。かごには何種類かのフルーツが盛られており、いかにも瑞々しい感じで食欲をそそる。それなりのお値段はしそうだが、部屋の格式と比べると少々見劣りするため、ヤクザの人も『もうちょっと奮発するべきだったか…?』みたいな雰囲気を漂わせている。
まあ子供の見舞いに来たと思ったら、病院にあるまじき豪奢な部屋へ案内されるとは誰も思わないだろう。むしろこんな病室用意して誰が使うんだ? アラブの石油王ぐらいだろ、こんな無駄遣いが許されるの……そういえばツカサって石油王だったっけ。じゃあいいのか。
「よかったねエンタ、ちょうど昨日はフルーツ食べ損ねちゃったし」
「ああ、そういえばフルーツパーラー行く途中だったもんね。ツカサ、メロン切ってー」
「はいはい、ちょっと待ってね……えーっと果物ナイフ……エンタ、ナイフどこにあったっけ?」
「そういえば僕のお腹に刺さってたような…」
「どれどれ──ってもう抜けとるやないかい!」
なんなんだこいつら……みたいな表情の四人とは裏腹に、アイだけはケラケラと僕らのやりとりに笑いを零している。さっき聞いたクソ長い説明からすると、
「あー……もういいか? 俺は苺プロダクションの社長をやってる斉藤壱護ってもんだ。こっちが妻のミヤコで、こいつが──まあ知ってるだろうが、アイドルのアイだ」
「ええ、存じ上げてます。どうもご丁寧に」
「そんでこっちが──」
チラリと壱護さんが二人の子供に視線を移す。まさかそのままアイの子供として育ててるってことはないだろうし、対外的には誰かしらの養子とかにして誤魔化しているのだろう。ただし今回の事件のせいで僕らにはバレてる訳だし、訪問した理由の一つにその口止めも入っている筈。
まあ小学校に入ってるかどうかの子供相手だし、適当に誤魔化して言いくるめるパターンも考えてはいたと思うけど……たぶん僕らのやり取りを見てその方向は断念したんだろう。そもそもこんな年齢でちゃんと敬語使う子供ってあんまいないしね。
「…ま、世間様で言うところの隠し子ってやつだ。こっちが
「それはまた、今風の名前というか……いえ、でも素敵な名前だと思います。僕は宝多円太、小学一年生です」
「
「それで、こっちが──」
チラリとツカサに視線を飛ばす。そういえば、なんて紹介すべきなんだ? 小学校には通っていないから小学生ではないし、まだ動画も投稿していない状態でユーチューバーというのも違和感がある。まあ大金持ちってのは病室を見たらわかるだろうし、わかりやすく一言で説明するか。
「…ま、こち亀で言うところの中川・麗子枠ってやつです。名前はツカサ」
「こち亀で言う必要あるか?」
「そうだよエンタ! だいたい枠で言うなら、こち亀には神様も出てくるんだからそっちでしょ!」
「いや、でも知名度がさ……『中川・麗子』はこち亀をよく知らない人でも知ってるだろうけど、『神様』は二十人に二人くらいじゃない?」
「あ、それもそっか…」
「十人に一人でよくねえか?」
「すいません、なにぶんまだ六歳なので約分は難しくて…」
「そう返す時点で知ってるだろうが!」
「あはは、壱護さんっておもしろーい」
「キャバ嬢か!」
ツカサが自分を神様扱いしている部分は華麗にスルーし、壱護さんはため息をつきながら眉間を揉み始めた。奥さんもなにやら冷や汗をかきながら引いているので、アイの方を窺ってみる。独特な輝きを持つ瞳とバッチリ目が合うと、彼女はニコリと微笑んで僕の手を握った。
「君が助けてくれなかったら、きっと死んでたと思う。ありがとね、エンタ君」
「どういたしまして。あ、催促するわけじゃないんだけど……もしお礼がしたいなら、ドームで一対一のソロライブをお願いしたくて…」
「いいよ! 命の恩人だもんね!」
「待て待て待て! 言う方も受ける方もおかしいだろ! いくらかかると思ってんだ!?」
「ツカサ~」
「もう、しょうがないなぁ。五億もあれば足りる?」
「中川・麗子枠!!」
「さて、そろそろ冗談はやめにしてご用件をお伺いしても?」
「急に普通のテンションに戻るのやめろ」
B小町初のドームを見逃したのは痛すぎるが、過ぎた時を嘆いていても仕方ない。それにライブなんてものは、周囲の熱気や盛り上がりも込みで面白いのだ。贅沢に一対一でやってもらったところで、真の熱狂が得られる筈もない。それなら一緒にカラオケでも行く方が楽しそうだ。
「あ、用件が隠し子の口止めとかだったらお気になさらず。口外するつもりはありませんので」
「事件の方も極力そっちに注目がいかないようにしてるから、安心して大丈夫だよ。警察の事情聴取は今日の夕方頃になるだろうけど、あれはボクたち狙いだったってことになってるから、そこのところはヨロシクね」
「話が早すぎて怖いんだが」
「とはいえ、今の君たちの平穏は薄氷の上に成り立っているようなものだ。それは理解してるね?」
「…っ!」
ツカサの言葉に、壱護さんがグッと言葉を詰まらせる。まあ件の犯人──菅野良介だっけ? 彼が動機を黙秘し続けているからまだ大事になっていないが、話し始めたが最後、アイのアイドル生命も、そしてB小町が生命線になっている苺プロダクションも破滅するに違いない。なんなら薄氷の上に砂の城が立っているようなレベルである。
にしても、話している内にツカサの雰囲気がどんどん真剣味を帯びていってるな。出会った時からこっち、ふざけあっている記憶しかないので何気に新鮮だ。
「アイ」
「うん? 私?」
「悪気はないんだろうけど、今回の事件は君の危機管理の甘さが招いたことだ。まずはそれを理解しておいた方がいい」
「…? えっと、なんで私のせいになるのかな?」
「子供たちの父親に連絡を取っただろう? そして新居の住所を教えた」
「…!」
「ああ、そういえばボクらの名前が出ないようにしたせいで被害者の名前もまだ公表されてなかったね。菅野良介に襲われ、意識不明の重体で搬送されたのは神木輝──星野愛久愛海と星野瑠美衣、二人の父親だ」
「えっ…!?」
「かつて君は、良かれと思って彼から距離を置いたんだろう。けれど結果的に彼の精神は破綻をきたした……菅野良介という人間を操って君を襲わせるほどに。まあその報いは自分自身に跳ね返ったわけだけど」
「いや、ちょっと待てオイ……頭の整理が追いつかねえ! それにアイが住所を教えただの、被害者が二人の父親だのが本当だとして──なんでお前がそんなこと知ってんだ!? そんなもん俺だって知らねえぞ!」
「…さっきの言葉は届いていなかったのかな? 人知を超えてこそ神というものだろう、斉藤壱護」
偉そうなツカサの言葉と共に、まるで部屋の中の重力が増したような雰囲気になった。その中心はツカサで、ブラックホールのように五人の意識を呑み込んでいる。しかもこれ、神様の圧力とかじゃなくて……すごいな、たぶん『演技』だ。
そういえば、芸能の神であるアメノウズメはその技芸をもって大神であるアマテラスすら魅了したのだ。格が劣るとはいえ、ツカサの技能が人間の枠に収まらないのは当然とも言える。これほどの演技力を持っているのなら、なるほど『ボクの教えを受けられて幸せだよ!』なんて偉そうな言葉が出るのも納得である。
二人の子供は言わずもがな、芸能界という荒波に揉まれてきたであろう壱護さんや、魅了という点で天才性を持つアイでさえもツカサの演技に気圧されてるし。そして壱護さんの奥さんだが……なんかちょっと尋常じゃないくらいガクブルしている。というか叫びだした。
「い……イヤアァァァ! 三人目の神いぃぃ!!」
「そう、ボクこそ三柱目の──ふぁっ!? さん!?」
「またアマテラスの化身なんですか!? アイの秘密を守れなかった私に、や、約束通り天罰を…! 死ぬのはイヤアァァァ!!」
「い、いや、そこまで高い格じゃ……というか天罰ってなんの話!?」
あ、せっかくカッコよかったのにいつものツカサに戻っちゃった。頭を振りみだしながら混乱に陥っているミヤコさんを見て、あわあわと両手を彷徨わせている。壱護さんとアイも唖然とした様子だが……子供二人は何か心当たりがあるのか『ヤッベ…』みたいな表情で顔を見合わせている。
「お、おい、とにかく落ち着け!」
「ふふ、あはは……こっちの二人も神で、こっちの子も神で……あれ? もしかして私以外みんな神?」
「すまん! 仕事も育児も任せすぎた! だから正気に戻れ!」
「ツカサぁ…」
「ボ、ボクのせいなの!?」
「君が神だのなんだの言うからだろ。まったく……それならそれで、神らしく導くなりなんなりして落ち着かせてあげなよ」
「え、えっと……神らしく、神らしく……ね、願いを言え! どんな願いも一つだけ叶えてやろう!」
「それ
「イケメンと再婚したい!」
「ギャルのパンティなみの願いきた…」
「しかも旦那の目の前で言い切ったぜ…」
グサッとナイフにでも刺されたように体を二つ折りにし、そのままガクリと項垂れる壱護さん。そしてその様子を見て流石にマズいと思ったのか、ミヤコさんも正気に戻った。
「あ、ち、違うのよ? 一番の願い……ドームをサイリウムで染め上げるっていう夢は、昨日叶っちゃったからつい…」
「言い訳どころか慰めにすらなってないね…」
「むしろトドメさしたよ今の…」
ずーんと落ち込む壱護さんの肩に手を乗せて、言い訳なのか追撃なのかよくわからない謝罪を繰り返すミヤコさん。アイと子供たちも、どうしたものかと居心地悪そうにしている。
「どうすんのこの空気…」
「あ、う、えっと……そ、そうだ、お客様だっていうのにお茶も淹れてなかったね。ボク淹れてくるから、テレビでも見て待っててよ!」
「逃げた!」
引きつった笑みで、馬鹿デカいテレビのスイッチを入れるツカサ。そのまま宣言通りお茶を淹れてこようとするものの、テレビに映ったニュースに思わず足を止めた。そこには菅野良介が起こした事件と、その被害者のことを語るキャスターの様子が映し出されていたのだ。
アイどころか事務所そのものの進退に関わることなので、流石に壱護さんも顔を上げてテレビに視線を移す。そして全員の意識が画面に向けられたところで、キャスターが
神木輝の名前が明かされ、僕らについては『子供の被害者』としか言及されていないが──新たにもう一人、菅野良介が数年前に殺害した医師の名前が公表されたのだ。自首した時にそれらの罪も自白していたようだが、警察の捜索により死体が発見されたことで確定したようだ。
そしてそれを見た壱護さん、ミヤコさん、アイの表情は驚愕に彩られている。ついでにアクアマリン君も……めんどいな、『あっくん』にしよう。あっくんの方はというと、子供には似つかわしくない真剣な表情で画面を見つめていた。そういえば、アイの担当医が転生したとかどうとか言ってたっけ? 自分の死体が発見されたともなれば、そりゃあそんな顔にもなるか。
まあその四人の驚きやらなんやらは別にどうでもいいんだけど……問題はルビーちゃんである。被害者の医師の名前がニュースに出た途端、大粒の涙を零しながらギャン泣きし始めたのだ。三、四歳くらいの子供が急に泣き始めるなんて珍しくもないが、この子供たちは転生者であり、普段はそんなに手間をかけさせることもないのだろう。大人三人は驚いた様子で宥めたりあやしたりするも、まるで効果がない。
しかし『せんせ、せんせ』と泣きわめく姿に、あっくんが何かを察した表情でルビーちゃんの手を掴んで部屋の外へと連れ出した。泣いている子と同じ年齢の子供が『大丈夫、俺がなんとかしてくるから』なんて言っても普通は受け入れないだろうが、そこは普段の言動に対する信頼があったのだろう。心配そうにはしていたものの、アイも壱護さんも口を挟もうとする様子はない。
まあ状況だけを見れば、感謝や謝罪のためにきた病室でいきなり子供が騒ぎ始めたのだ。ここで責任者や当事者が抜けるのは随分と失礼な話だし、加えてこの部屋の周辺は関係者以外立ち入り禁止で安全ときてる。短時間なら任せても問題はないという判断だろう。
「ワリぃな、騒がせちまって。普段はあんなんじゃねえんだが…」
「いえいえ、あのくらいの子供なら普通ですよ。むしろ常に泣き喚いてるくらいが正常です」
「まずお前の言動が正常に感じられないんだが」
「…あ、ツカサ電話きてるよ」
「ん、ホントだ。ちょっと失礼」
ベッド横の机に置いていたスマホを持って、ツカサが部屋を出ようとするが──外の子供たちを刺激するのも悪いと思ったのか、部屋の隅でひそひそと会話し始めた。その配慮に壱護さんが軽く会釈をして、ツカサが片手で応じる。ちなみにいくら広い部屋といっても、所詮は病室だ。多少なり会話は聞こえてくるし、その内容がえらく高度なこともなんとなくわかるだろう。そんなツカサを見て、壱護さんが僕の耳に口を寄せてきた。
「…なぁ、実際のところアイツ何者なんだ? 神ってのは冗談にしてもよ」
「ツカサですか? アスラール財閥の総帥ですよ」
「…っ!? ………じょ、冗談だよな?」
「警察からの忖度に、報道規制。あからさまな苺プロダクションへの配慮は、どっからきてると思います?」
「いや、にしても──年齢的にありえねえだろ!?」
「海外じゃ一桁の子供が役員をやってる例もありますし」
「マジかよ……ん? ってことはお前も──あ、いや、エ、エンタ君も…?」
「僕は普通の小学生ですよ。ただ、ツカサに寄りそって生きることは決めてますけど」
「寄りそって生きる?」
「そう。略して寄生です」
「最悪の略し方だな…!」
もちろん何もしないで自堕落に生きていくつもりなどないが、それはそれとして財布は共有との言質はとったのだ。存分に浪費したい所存である。腐るほど金があったらどうするかなんて妄想は、大抵の人が多少なりするものだ。当然ながら僕にだって色々とやりたいことはある。
「つーかやたら偉そうだったのはそういう訳か……あの年齢で人をアゴで使ってりゃ、神だなんて思い上がんのも仕方ねえか。アイの事情を知ってたのも、金と権力にあかせて調べまくったってとこか?」
「…そうかもしれませんね」
神の存在証明なんてのは初対面の人間に対して土台無理な話だし、ツカサだって別に信じてほしいと躍起になったりはしない。ただ自分を人間だと偽ることもしないので、表面上は神を自称する痛い人間が出来上がるだけの話である。
それに大抵の人間は、壱護さんのように自分の常識に照らし合わせて勝手に答えを出す。怪しい宗教にあっさりハマる人間もいれば、強固な常識を崩さない人間もいる……面白いものだ。
そうこうしている内に電話も終わったようで、ツカサはこっちに戻ってきて僕のベッドにぽふりと座りなおした。そして変な空気が払拭されたのを好機とみたのか、またもや神っぽい空気を纏い始めた。しかし先程の情けない姿が記憶に新しいせいか、壱護さんたちもそこまで呑まれてはいないようだ。
「さて、話が途中だったねアイ。君の置かれている状況はとても複雑で、立ち位置も立場も何もかも、際どいバランスの上に成り立っている……それは理解しているかい?」
「うん、なんとなくだけど…」
「そして君の心も同じくらい不安定だ。嘘で塗り固めて、嘘で覆い隠して……もう自分でも、何が本心で何が嘘なのかわかってないだろう?」
「…っ!」
「ふふ……君が望むなら、導いてあげてもいいよ。救いを求めるなら与えよう、迷える子羊の
「モーをひらく?」
「知識を与えるってことさ。たとえば──人の愛し方。愛の在り方」
「…! …なんで私のことをそんなに知ってるの? なんで、私にそこまでしてくれるの?」
「言っただろう? 神だって。まあ世界には色んな神様がいるから、皆が皆そうするってわけでもないけどね。世界を創った神、魂という概念を生み出した神、不条理と理不尽を愛する神、人を溺愛する神…」
「ああ、確かにツカサって僕のこと溺愛してるもんねぇ」
「ふぁっ!? し、してないし!」
「いや、僕のことめっちゃ好きでしょツカサ…」
「ぐぬ…!」
同性だから親愛でとどまっているが、もしツカサが女の子だったら百回くらいプロポーズしてきそうな愛情をひしひしと感じている。初めてできた友達にはしゃいでいるようにも見えるし、ギャルに優しくされたオタクのようにも見える。まあ会話の相性がめっちゃ良いのは僕も感じているので、たぶんコミュニケーションに飢えていたところにぴったりハマっちゃったんだろう。
なんせこの三ヶ月間、毎日欠かさず電話をかけてくるくらいだ。寝る前の数時間を毎日とか、たぶん僕じゃなかったら友達やめてる気がする。たとえ恋人だったとしてもキツいムーブである。
「エ、エンタは黙ってて! いまアイと話してるんだから!」
「はいはい」
「えーっと……そう。つまり、ボクは優しい神様だから導いてあげようって話さ。それにそんじょそこらの神と違って、助けると決めたんならちゃんと助けるし。意味深な助言を与えたり、悲劇が起こった後に『だから言ったのに…』とか言ったり、訳わかんないポエム呟いたりなんかしないさ!」
「う、うーん…? よくわかんないけど、ヨロシクお願いします!」
「よしよし、では神託を与えよう。まず──」
うーむ……しかし妙だな。ツカサは僕には優しい神様だが、それ以外の他人にそこまで世話を焼くイメージはないのでちょっと違和感がある。僕が行動しなけりゃ菅野良介の犯行をどうにかしようとも思ってなかったし、深刻な悩みを抱えている人間なんてアイ以外にも腐るほどいるのに、なぜか彼女だけに手を差し伸べている。しかも自分でも言っていたように、恐ろしく具体的な助言ばかりである。
神木輝はまだ決定的に壊れているわけじゃないから、目覚めたら会いに行って別れた理由を説明してやれとか。ニノは本音と共に一発ぶん殴ってやれば、幻想も砕けて仲直りできるだろうとか。双子に『愛してる』と言うだけで君は愛を知ることができるだろうとか。
ふんふんと頷きながら受け入れているアイもアイだが……まあ随分と変わった性格をしているようだし、理解者というものに恵まれなかった人生だったのかな。そこに完璧な精度で理解してくれている存在がいきなり現れたのだ。先程の演技も相まって、ツカサのことを神様のように感じているのかもしれない。実際そうなんだけど。
「…ところで壱護さん、子供たちは放っておいて大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、どっちも見た目以上にしっかりしてるからな……そろそろ泣いたカラスも笑ってる頃だろ」
壱護さんの声が聞こえたって訳じゃないだろうけど、ちょうど彼の言葉と同時に扉が開いた。いくら転生者とはいえ、精神というのは思った以上に肉体の影響を受ける。一度情緒が不安定になってしまったら、なかなか戻すのも難しいだろう。なるべく気を遣ってあげ──
「おにいちゃん…♡」
「あんまりくっつくなって」
「泣いたカラスがメスの顔して戻ってきましたけど」
「オイ何があった!?」
幼女がしちゃいけない表情してるって。ブラコンどころの騒ぎじゃないぞあのくっつきようは……まあツカサの説明からすれば二人は前世からの付き合いみたいだし、もしかしたら恋人とかだったのかもしれん。
医者は患者に入れ込み過ぎないように対応がマニュアル化されているものの、誰もが感情を上手く制御できる訳じゃない。どっちも死んでるってことは死に別れた可能性が高いし、だったら二人からすれば奇跡の再会だ。まさか何年も一緒にいていま前世に気付いたなんてことはないだろうけど、普通の兄妹以上に親密なのはむしろ当然なのかもしれない。
「あー……まあ機嫌が直ったんなら良かったです。ツカサとアイの話も終わったみたいですし、そろそろお
「ああ、悪いな色々と世話になっちまったみたいで──いや俺らが帰るんだよ!」
うーん、最後までキレのあるツッコミを入れてくれる御人である。なんだかんだ斉藤夫妻は深いお辞儀を、アイは素敵な笑顔を、双子はイチャイチャを残して帰っていった。騒がしい一幕であったが、楽しいひと時でもあった。これを機に深いお付き合いなどして、アイとオネショタしてみたいものである。十八歳になったらプロポーズなんかしちゃってぇ──
「君が十八歳のとき、アイは三十二歳だよ?」
「愛に年齢なんて関係ないのさ」
「君が二十六歳のとき、アイは四十歳だよ?」
「オネショタは二次元だからこそ夢があるよね」
「ドルオタにも限界はあった…!」
「ま、どっちにしろ相手がいる女性にアプローチなんてしないけどね。NTRが興奮するのは二次元だけさ」
「興奮はするんだ…」
「そういやツカサ、アイに随分と優しかったね。なんか企んでたりする?」
「まさか。ただ……ボクは芸能の神様だからね。百年に一人出現するかどうかの才能を無駄にはしたくなかったんだ」
なるほど。確かにアイが芸能界から消えてしまうなんて、世界の損失だ。神様ですらそう思うほどに、彼女の才能はとんでもないらしい……待てよ? アイへの感情なんて比じゃないくらい、ツカサは僕に激重感情を向けているわけだが──実は僕って意外と凄い人物なのかしらん。
「君は千年に一人のギャグ体質だよ」
「え、じゃあなんで車で轢かれた程度で死んだの?」
「ギャグマンガだって、シリアスパートになると人は死ぬだろ?」
「ビニール袋と猫を間違えるシーンがシリアスパートとは思えないんだけど」
「…」
「…」
「
「さっき『訳わかんないポエム呟いたりなんかしないさ』って言ってなかったっけ」
「さ、傷に響くからもう休もう」
誤魔化し方が雑になってきたな……とはいえ傷に響くというのも事実だ。そんなに長期の入院にはならないようだが、無理に動いて長引かせるのも馬鹿らしい。さっさと治してユーチューバーとして活動を再開──いや、再開というか始まってすらいなかったな。とにかく今は治すことに専念しよう。
「そうともそうとも。世界を飛び回る仕事なんだから、体調は万全にしとかないとね!」
「…ん? …世界飛び回るの?」
「そりゃあ世界最高のインフルエンサーで、世界最高のユーチューバーになるんだもん。日本に留まってるだけじゃ、チャンネル登録者なんて数千万が限度だよ? 億を超えるには国を跨いでの活動が必須さ」
「英語あんまり得意じゃないんだけどなぁ…」
「喋ってれば身につくのが言語ってもんだよ。それに最低でも英語とスペイン語は覚えてもらうからね! あ、あと演技の練習もしてもらうし…」
「一応言っとくけど、プライベートを犠牲にしてまで活動する気はないよ?」
「んふふ、大丈夫だって。まだこんな体だからろくに神通力も使えないけど、もうちょっと成長すれば色々とできるようになるし」
「たとえば?」
「時の流れをゆっくりにする空間を創るとかさ。休みが欲しいなら、そこでいくらでも取れるでしょ?」
「それってさ、使えば使うほど他の人より老けて見えるよね」
「…」
「…」
「じゃ、じゃあ体感時間を百倍にする術とかどう?」
「僕のこと廃人にしたいの?」
「ま、まあその辺は
「ツカサってあんまり計画性ないよね…」
ついていくと決めた以上はそう簡単に翻す気はないが、予想よりも大変そうな道のりだな。というかこの年で世界を飛び回るって、学歴とかどうなるんだろうか。最終学歴ホイ卒とか、いくらなんでも嫌だぞ。高卒認定試験くらいなら通る自信はあるが、それとこれとは別である。
…ま、お金があれば大抵のことはなんとかなるか! 人生勝ったな、ガハハ!
評価、感想、ここ好き等ありがとうございます。特に感想とここ好きはモチベーションが保てるので助かってます。