悲劇がだいたいギャグになる推しの子   作:ラゼ

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終わりまでの文字数が十万字越えそうなので、短編から連載に変えてます。


三話

 

 うー、寒いなぁ。海外を飛び回っていると、日本の寒さって意外と厳しいことを実感するぜ。三ヶ月に一回くらいは日本に帰ってきてるけど、最近は四季というより夏と冬の二季しかないなまったく。僕の前世の時代もそんな感じだったが、嫌な意味で近付いているようだ。ツカサによって技術の進歩が早くなっているこの世界だが、流石に温暖化やエネルギー問題なんかについては解決も難しいとみえる。

 

「さすがのボクでも、そこまで万能じゃないよ。種の存続レベルの話は、もっと上の神様の管轄さ」

「管轄とかあるんだ…」

「人間が存在するより前にいた神と、人間の存在を前提として生まれた神。そこではっきりと格がわかれているというか……前者はボクにとっても超常の存在みたいなもんさ」

「へぇ…」

「ま、最近は神の定義も割と曖昧だけどね。記憶を持った転生者である君も、場合によっては神とみなされたりするし」

「ほんと? じゃあ頭が高いぞツカサ」

「ボクも神だよ!?」

 

 通りを歩けばチラホラと視線を感じるのも慣れたものだ。まあ隣を歩く神様は世界一の金持ちで、世界一の登録者数を誇るユーチューバーで、世界有数の権力者で、世界トップクラスのイケメンなのだ。人目を惹くのも当然といえるだろう。そしてそのおこぼれに(あずか)るばかりの僕なんて、所詮は金魚の糞でありコバンザメのような存在なのだ…

 

「なんでいきなり卑屈になってるの!?」

「いやほら、僕って割と調子に乗っちゃうタイプだからさ。いきなり神だなんて言われちゃったら、そのぶん自戒しといた方がいいかなって」

「極端すぎる…」

 

 とはいえここまで成りあがってしまうと、謙虚という言葉を常に意識しておく必要があるのは確かだ。なんせ周囲からチヤホヤされたり持ち上げられたりで、なんだか自分がとても凄い人物であるかのように錯覚してしまう。しかもツカサときたら、僕以外にはしっかり偉そうにするので、余計にこっちが気を遣わされるのだ。

 

「ちょっと待って、後半にはすごく物申したいんだけど」

「なにが?」

「ボクだって色々と気を遣ってるし、エンタが無茶やったときの尻拭いもしてるんだよ! なんかヤレヤレされる側みたいな扱いは心外!」

「はは、わかったわかった」

「くっ…! 言語化しにくい腹立たしさを感じる…!」

 

 ぐぬぬ顔のツカサを適当にあしらい、スマホで目的地の詳細を調べる。さすがに食事の時まで視線に晒されるのも嫌なので、個室でゆっくりできるとこを予約しているのだ。車で行くのも味気ないので、ツカサとぶらぶら散歩しながら向かっていたわけだが……初めて行くとこだから、ちょっと迷った。というか前来た時に比べて通りの景観が結構変わってる。

 

「六本木も渋谷も、少し見ないとすぐに変わってくねぇ」

「ふふ、変化があるのは良いことさ。それがたとえ進歩ではなく退化だとしても、停滞よりは好ましいと思わないかい?」

「見て見て、あそこのカップルめっちゃ美男美女」

「なんで良い感じのこと言ったのに無視するの?」

 

 中学生か高校生くらいだろうか? 男の子も女の子も非常に整った容姿で、見ているだけで目の保養になりそうだ。それにどうも目を引くというかなんというか……あ、女の子の方がアイに似てるからか。

 

 アイドルを引退した後、女優の道でも活躍し続けているアイ。僕も十年と少し前に、ちょっとした事件で関わったことのある女性だ。ただ海外を飛び回っていた上、テレビよりもユーチューブでの活動が多い関係上、実はあの事件以来会っていない……いや、正直にいうと避けていたといってもいい。

 

「エンタ、まだ引きずってるの?」

「別に引きずってないんですけど。ドラマも全部チェックしてるしグッズも全部集めてるし、今でもバリバリのファンなんですけど」

「じゃあ会えばいいのに。機会なんていくらでもあったでしょ」

「いやほら、事件の直後は平気だったんだけどさ。冷静になってから考えると…」

「考えると?」

「推してた娘が、アイドル活動中に男作ってHして子供作って──わりぃ、やっぱつれぇわ…」

「あんまり辛くなさそう」

「まあ流石に十年以上も経てばね…」

 

 苺プロから何回かお誘いとかあったみたいだけど、僕に気を遣ってくれたのかツカサは全部お断りしていた。気遣いが身に染みるぜ……とはいえ、さっき言った通りもうそこまで気にしてはいない。なんならちょっと会いたいくらいだ。

 

「そう? だったらあそこのカップルに挨拶しとく? あれ、アイの子たちだよ」

「え?」

 

 ああ、だからアイにそっくりなのか……ん? じゃあカップルじゃないってことか。でも女の子がべったりと腕にしがみついている様子は、兄妹というよりは恋人にしか見えないな。確かアクアマリンくんとルビーちゃんだっけ? 昔も可愛らしい子供たちだったけど、順当に成長したようでなによりだ。

 

 お、なにやらルビーちゃんの方がアクアマリンくんの肩を叩き、こちらを指差して声を上げている様子が見える。外国人なんて珍しくもなくなった東京だけど、それでもツカサの容姿はとても目立つ。加えてコンビである僕が横に立っていれば、僕らという存在に気付く人は多いだろう。

 

 気付かれた以上は挨拶くらいしとくか。軽く手を振りながら近付いていくと、兄妹はかなり驚いた表情を浮かべた。特にルビーちゃんの方は、後ろに誰かいてそっちに手を振っているんじゃないかと(しき)りに確認している。まあ十年以上も前に数回会っただけの人間が、自分たちを認識しているとは思わないよね。

 

「やあ、二人とも可愛いね。いま時間あったりする?」

「俺は男だぞ!?」

「こら、ナンパはダメだよエンタ。ユーチューバーになるとき言ったでしょ、三つの約束」

「あー……押さない、駆けない、喋らないだっけ」

「ぜんぜん違う! というか喋らないユーチューバーってなに!?」

「冗談だって。えっと、確か…」

「政治に口を挟まない、宗教に耳を貸さない、女に手を出さない、だよ」

「男は?」

「男も!」

 

 恋愛の自由を奪うとは、まあまあひどい神様である。とはいえ有名になればなるほど、言いよってくる女性に注意が必要なのは確かだ。宗教の方は言わずもがなだし、芸能人が政治色の濃い発言をしだしたら『うーん…』となるのは誰しも経験があるだろう。だから僕も、そこまで無茶な約束事だとは思っていない。

 

「冗談は置いといて、久しぶりだね二人とも。僕らのこと覚えてる? 十年くらい前に何回か会ってるんだけど…」

「はい、その節はお世話になりました」

「あはは、そんなかしこまらなくていいよ。二、三歳しか離れてないんだし」

「いえ、そういうわけには…」

「いいっていいって。もっとくだけて話してよ」

「いや、でも…」

「君たち家族の秘密をバラされたいのか?」

「どんだけだよ!?」

「そうそう、そんな感じで頼むよ」

「言動が十年前と変わってねえ…!」

 

 そりゃまあ、既に精神が大人になった状態で転生したのだ。肉体の未熟さが精神に多少の影響を及ぼしていたものの、性格はそうそう変化するもんじゃない。そしてそれは彼らも同様だろう。というかアクアマリンくんの方は前世を含めるなら年上だろうし、敬語を使われるとムズムズするのでやめてほしい。

 

「じゃ、そういうことで」

「話しかけてきた意味は!?」

「いやまあ、そんなに親しく話す間柄ってわけでもないし」

「じゃあなんでくだけて話せとか言ったんだよ…」

「後輩にはくだけた態度で接してほしいタイプなんだ、僕は」

「ああ、若者にくだけた態度とられるの喜ぶジジイとかいるもんな」

「はは……君たち家族の秘密をバラされたいのか?」

「くだけて話せねえよ!」

「冗談冗談。じゃ、そういうことで」

「俺らなんか悪いことしたか!?」

 

 中々に良いツッコミをする子だな……そういえば会話してて思い出したけど、この子たちが切っ掛けで演技の練習始めたんだったっけ。十何年か前に思いつきで口にした『神と転生者タッグによるデスゲーム』ドッキリ。深く考えもせず適当に言ったこの言葉が、ツカサの教えたがり魂に火をつけたせいで、日々が余計に忙しくなったのは間違いない。

 

 (ちまた)では、頼んでもいないのに手取り足取り教えたがる人種──通称『教えたがりおじさん』が流行っているらしいが、おそらくツカサもそれと同じ系統だったのだろう。手取り足取りどころか、頭のてっぺんから足の爪先まで『演技』というものを叩きこまれることになったのだ。文字通り神様レベルの演技力を持つツカサに十年以上も教え込まれたのだから、僕の演技力もちょっとしたものである。

 

 …ふーむ。アイと疎遠になってたせいで、彼らにドッキリを仕掛ける機会も今まで無かったわけだが……せっかくだし今やっちゃおうか? チラッとツカサの方をみると、めっちゃワクワクした表情でサムズアップしていた。そうだよね、転生者なんて珍しい人種へのドッキリ、絶対面白いじゃんね。

 

 さて、そういうことなら人目の無いところに誘導しなきゃだな。『じゃ、そういうことで』なんて何度も言ってしまった手前、ちょっと気まずいけれどご飯にでも誘うとしよう。双子の間に割り込み、二人の肩に腕を乗せてみる。気分は百合の間に挟まるチャラ男である。百合ではないが。

 

「アっくんにルビーちゃん! 良いとこ知ってるから御飯でも行こうぜ!」

「情緒不安定すぎないか!?」

「大丈夫大丈夫、やましいことなんてなんにも考えてないから」

「怪しすぎる…!」

「はわ、はわわ…」

「どしたの? ルビーちゃん。そんなあざと可愛い声出して」

「ああ……こいつお前らのファンだからな。あと芸能界の大先輩かつ業界の重鎮だろ? 緊張してんだよ」

「先輩? へぇ、ルビーちゃんなにか芸能活動してるんだ。見たことないけど」

「ぐふぅっ!!」

「活動し始めたばっかなんだから、知名度ゼロで当たり前だろ……なんでダメージ受けてんだよ」

「たとえ悪意のない言葉でも…! 登録者数億越えの天上人から言われると刺さっちゃうの…!」

「でもルビーちゃん可愛いから、すぐ有名になるよ」

「はわあぁぁぁ!!」

「妹の情緒まで不安定にしないでくれ」

 

 はて、二人とも容姿はトップクラスだし、芸能関係の仕事をするのは違和感ないけど……それならさっさと子役やらジュニアアイドルでもやればよかったのに。彼らが普通の子供であればともかく、人生二回目の転生者ともなれば、将来の展望は早く決めるほど有利だと理解してるだろうに。それとも最近まで活動できない事情でもあったのかな? …チラリとツカサの方を窺うと、訳知り顔で首を縦に振っていた。

 

 ふーむ……まあ家庭の事情は人それぞれだ。それにスタートが遅れたとしても、進みたい道に進めるようになったのは良いことである。僕もささやかながら応援させてもらおう。なんせ推しの子であり、その推しとそっくりな容姿の上、僕らに憧れてくれてるときたもんだ。目をかけてあげたい欲が半端ないよね。

 

 とりあえずお昼の誘いは受けてもらえたので、予約していた食事処へと四人で向かった。店員のいない焼肉屋さん……いわゆる無人焼肉店だ。設備の整った一室に食事の準備だけがされていて、冷蔵庫に入っている食材を勝手に焼いていくスタイルである。身内だけでゆっくり食事したいが、家で焼肉をするのは嫌な人にとって、理想的な営業形態といえるだろう。

 

 適当に雑談を交わしている内に店に到着し、まずは僕とアっくんとルビーちゃんの三人で部屋へと入る。ツカサはドッキリの仕込みの準備をしてくると言って、どこへやら電話をしながら離れていった。すぐに戻るとは言っていたので、先に食べ始めるとしよう。

 

 初めて体験するスタイルのお店だが、なんだか普通のマンションの一室って感じだ。そこに焼肉屋の設備をはめ込んだような形で中々に面白い。もうちょっと狭い個室のようなものを想像していたが、結構なお値段だったのでここが特別ってことかな。ベランダもあれば窓もあるし、なんなら手すりにカラスまで止まっている。まさかあれまでオプションってことはないだろうが、あとで肉の切れ端でも持っていってあげようかしら。

 

「さ、遠慮せず飲んで食べて出しちゃってよ」

「何を出せと」

「そういやルビーちゃんは何系の活動してるの? ユーチューバー?」

「えっと──『B小町』の九期生のオーディション受ける予定だから、レッスンと並行しつつYouTubeとかTikTokで知名度も上げていこうかなって!」

「へぇ……今どきというかなんというか。やっぱ元から知名度高いと、オーディションで有利だったりするの?」

「いや、そうでもないな。地下アイドルくらいならともかく、『B小町』レベルのオーディションで、SNSの総登録者が数万数十万程度だと選考に影響はほとんどない」

「ふむふむ。ならなんでまた」

「数百万数千万なら流石に影響するでしょ? 私なら短期間でワンチャンいけるかもしれない…!」

「うーん、夢見がちな少女の妄想極まれり」

「ぐふぅっ!!」

「でもルビーちゃん可愛いから、ワンチャンいけるかもしれないよ」

「はわあぁぁぁ!!」

「うちの妹で遊ぶのはやめてくれ」

 

 でも可能性はゼロじゃないんだから、やるだけやってみるのは手だろう。特に最近は、SNS上であれば誰でも有名になれるチャンスがある。一つのバズりを切っ掛けに意味不明の伸びを見せることだってあるし、しかもルビーちゃんならその切っ掛けを掴みやすい強みがある。

 

 『B小町』を大ブレイクさせた伝説のアイドルとそっくりな少女が、『B小町』のオーディションを受ける。充分にキャッチーな要素だし、動画で『サインはB』の歌と踊りを完コピでもしてみせたら、バズる可能性は結構あると思う。

 

「まあ何事も挑戦だよ。頑張るルビーちゃんにこんな言葉を送ろう。ビーアンビシャス、ジャストドゥイット!」

「ふわぁ…! 深い…!」

「正気に戻れ! どっかで聞いたことあるような浅い言葉だ!」

「いいかいアっくん。何を言ったかより、誰が言ったかだぜ」

「それをぶっちゃける奴の言葉に深みがあるか?」

「もちろんあるとも、誰が言ったかって本当に重要だよ。一言一句同じセリフだったとしても、人が違えばまるで意味が変わったりもする」

「いうほどそうか…?」

「たとえば『違うのだ!』っていうセリフがあるとするでしょ? それを『ザ・ニンジャ』が言ったのか『ハム太郎』が言ったのか『ずんだもん』が言ったのかでまるで変わってくるだろ?」

「何がどう違うんだよ」

「さぁ…」

「浅いわ!!」

 

 ルビーちゃんはアイドルを目指しているようだが、アっくんの方はどうなんだろう。確か前世は医者なんだっけ? 科にもよるが勝ち組なのは間違いないし、昔取った杵柄(きねづか)で同じ道を進むのだろうか。顔面偏差値の高さを考えれば、ルビーちゃんと同じようにアイドルや俳優の道でも成功するポテンシャルはありそうだけど。

 

「アっくんはなにか目指してるものとかあるの? カステラ屋さんとか」

「なんでそれチョイスしたんだ」

「あー……じゃあ仮面ライダーとかウルトラマンとか?」

「なあ、俺もしかして馬鹿にされてるのか?」

「僕が人を馬鹿にするような人間に見えるかい?」

「割と見える」

「あ、お肉焼けたみたいだね。はいアっくん、あ~ん♡」

「そういうとこだよ! 絶対馬鹿にしてるだろ!?」

「違うのだ!」

「どのキャラ目線で言ってんだよ!」

 

 ふむ……この突っ込み上手な感じ、もしかして芸人を目指しているのだろうか? 確かに光るものがあるな。でも芸人って容姿が良すぎるとちょっと不利な部分あるからなぁ。美人はいじられ難い現象と同じである。

 

「で、なに目指してるの?」

「役者だよ。練習だけはずっとしてきたから、それなりに自信はある」

「ふーん……練習()()なんだ。ルビーちゃんもそうだけど、子役とかジュニアアイドルの道は選ばなかったんだね」

「…まあな」

「あ、なんか複雑な事情ある感じ?」

「…」

「どしたん? 話聞こか?」

「割と真面目な話なんだが」

「ん、了解。ちゃんと聞くよ」

 

 居住まいを正して清聴の態勢を取ると、アっくんが鹿爪らしい表情でぽつぽつと語り始めた。ふむふむ……十年ちょっと前のあの事件で、菅野良介は裁判を経て刑に服することになったと。まあそれに関しては僕も知ってるし、それどころか減刑嘆願書まで出してあげたので、刑は多少軽くなってる筈だ。過去の殺人が一件、当時の殺人未遂が二件、そして自首による減刑と嘆願書による減刑。それでも死刑になりかねないレベルだが、なんとか無期懲役で済んだらしい。

 

 まあそれはいいとして、星野家にとって重要だったのは彼が服役中にどう行動するかだ。刑務所で星野家の秘密をベラベラと喋ってしまった場合、苺プロや『B小町』の破滅はもちろんのこと、幼い二人にまで飛び火しかねない。そしてその時、二人の立場が『一般人』であればまだ被害は少なくなるが──もし子役であったりジュニアアイドルとして活躍していたならば、その姿も声もデジタルタトゥーとして残り続けることだろう。

 

 つまり菅野良介の心ひとつで苺プロや星野家の進退が窮まるという状態だったわけだ。もちろん面会して本心を問うなんてことは、刑務官と同席かつ会話内容が記録される都合上できるわけもない。そもそも対外的には無関係の筈の星野家や苺プロ、あるいはニノが面会に行くのはそれだけでリスクがあった。

 

 そんなこんなで夢を追うに追えない状態の二人であったが、なんと先日菅野良介が仮釈放されたらしい。長らく模範囚として過ごしていたこともあり、十年ちょっとで解放されたと……たぶんツカサが手を回したんだろうな。無期くらった人間が、たった十年で仮釈放されたなんてあんまり聞いたことないし。

 

 ツカサが最初にアイの相談に乗ったとき『助けると決めたならちゃんと助ける』的な発言をしてたし、その後も相談に乗ってあげたりはしていたのだろう……さっき双子について訳知り顔もしてたし。法を捻じ曲げるような手段はとらずとも、条件が整ったなら便宜を図って仮釈放させるくらいのことはしてもおかしくない。確か仮釈放の最低条件って十年以上の服役とかだった筈だし。

 

「それで、アイツは出所したあと真っ先にアイへ会いにきたんだ。最初に社長とミヤコさんが対応して、少し後にアイも加わって……俺たちは会わせてもらえなかったから話の内容はわからないけど、次の日から役者の道もアイドルのオーディションを受けることも許された」

「…」

「どうした?」

「いや……菅野良介が最初に謝罪するべき人間って、どう考えても僕の方じゃない? こちとらお腹刺されてるんですけど」

「そう簡単に会える人間じゃないだろ? アイならとりあえず事務所はわかってるわけだしな」

「まあそれもそうか……ん? そういや君らのお父さんも刺されてたっけ。大丈夫? また刺されたりしなかった?」

「…」

「あ、聞いちゃ駄目なやつだった?」

「ああいや、なんつーか……神木輝はあの事件からずっと意識が戻ってないんだ。当時ならともかく、今は──正直言って赤の他人以上の感情は持ってないな」

「でもママの命を狙わせた犯人なんでしょ? せんせ──お医者さんを殺させたのもそうだし! あんな男の意識なんて、一生戻らなくていいよ!」

「いつ意識が戻ってもおかしくない状態、それが十年以上だ。二十代のほとんどを失ったって考えれば、殺人教唆の罪としちゃ妥当かもしれないけどな。それに…」

 

 なんとまあ、そんなことになってたのか。そういや失血死寸前だったとか言ってたし、脳に血液が回らない時間が長かったのかな。あとルビーちゃんの方は悪感情が強いみたいだけど、アっくんの方はそうでもなさそうだ。間接的とはいえ、自分が死ぬ原因を作った存在に対して随分と寛容なことである。聖人か?

 

 まあ最後の言葉の濁し方を考えるに、神木輝の方の事情もアイから聞いてるのかもしれないな。いくら相手が容姿の良い女優とはいえ、十歳前後で食われてしまえばトラウマになるのも当然だ。とち狂って殺人教唆までした事実は擁護したくないが、情状酌量の余地ぐらいはあると考えてるんだろう。

 

「色々とあるもんだねぇ……まあ頑張れ」

「もうちょっとなんかあるだろ」

「いや、相談ってより報告だったし今の話。僕にできることなんて応援くらいだよ……それとも何かしてほしいことでもある? 具体的に」

「はいはーい!」

「はいルビーちゃん」

「コラボしてほしい!」

「待てルビー。駆け出しの歌手が紅白出させろってくらいの無茶言ってるぞ」

「ビーアンビシャス! ジャストドゥイット!」

「ガッツリ影響されてんな!」

「僕は別にいいけど、それで登録者数が増えてもあんまりいいことないと思うよ」

「え? な、なんで?」

「そりゃまあオーディションは合格しやすくなるかもだけど、同期からも先輩からも良い感情は持たれないでしょ。ズルいと思われるのは間違いないし、実力以外で受かった卑怯な奴扱いされるかもしれない。ただでさえ(ねた)(そね)(ひが)みが渦巻く業界で、いきなり不和の原因作るのはよろしくないんじゃないかな」

「あう…」

「そもそもルビーちゃんがわざわざオーディション受けるってことは、つまり壱護さんとかミヤコさんが君を特別扱いしないって言ってるようなもんでしょ? でもそれって──」

「…それって?」

「特別扱いなんてする必要がないくらい、ルビーちゃんの実力を信頼してるんじゃない?」

「はわあぁぁぁ!!」

 

 『あんまり調子に乗らせないでくれ』という視線がアっくんから飛んできたが、ルビーちゃんみたいなタイプはちょっと自信過剰なくらいが良いパフォーマンス発揮すると思うんだよね。どこまでいっても調子に乗りすぎることはなさそうというか、根本的な部分で妙な劣等感を感じてそうというか……もしかして前世が影響してるのかな?

 

 まあそんな感じで雑談を交わしていると、玄関のドアが開く音がした。ちなみにナンバーを打ち込むタイプのオートロックで、予約客のスマホにその日登録されたナンバーが送られてくる方式である。

 

「お待たせ。ごめんね、ちょっと準備に手間取っちゃって──はい、エンタ」

「ん」

 

 いつもと変わらないようでいて、しかし底冷えのする笑顔で僕に拳銃を渡してくるツカサ。既に演技モードということは……うーむ、まさか事前準備もなしにアドリブでやれというのだろうか。チラリとツカサに視線をやると、軽く頷いて笑みを深くした。『できないとは言わせないよ』って表情だ。

 

 ま、僕らが動画でやるコント染みたやり取りもアドリブが多いし、今更ドッキリの即興程度で戸惑うことはない。そもそも彼らに仕掛けるのは、時間をかけて仕込みをする類のドッキリではないのだ。たまたま転生者なんていう珍しい属性を持った人間がいたから、ちょっと悪ノリするだけの話である。

 

 僕は銃を受け取って、すぐさまツカサと同じ雰囲気を纏う。先程までのひょうきんな雰囲気とのギャップで不気味さも増すだろう。そしてツカサの妖しげな笑み。殺意という狂気を、日常の何でもない行動に落とし込むという異様な演技も相まって、双子はギクリと身を固くした。

 

「──さて、遺言があるなら聞いておこうか」

「…っ、な、なんで…?」

 

 なぜ自分たちを殺そうとするのか。そんな短い言葉でさえ、この重苦しい空気では言い切ることができない様子のルビーちゃん。アっくんは彼女を背に隠して我が身を盾にしようとしているが、強張った表情にはルビーちゃんと同じ疑問が滲んでいる。普通なら『冗談はやめろ』という言葉が先に出てくるような状況だが、やはりツカサの演技は有無を言わさぬ迫力があるな。

 

「なぜ殺すかって? …それは君が星野ルビーになってしまったからだよ──天童寺さりな」

「…っ!?」

「動くなよ、星野アクア。それに君も同じだぜ──雨宮吾郎」

「…っ! なんでお前らがそれを知ってる…!?」

「『神様』はなんでもお見通しなのさ」

「そ、そんなのユーチューバーとしての設定でしょ?」

「信じるも信じないも勝手にすればいい。やることは変わらないしね」

 

 絶対に知られる筈のない情報を口にされた二人は、驚愕と共にツカサへの畏れが顔に出始める。まあ前世なんて他の人間に話すようなことでもないし、完全に二人だけの秘密だった可能性は高い。それが前世の名前まで知られているなんて、恐怖以外のなにものでもないだろう。

 

「お、俺たちが()()だとしても、殺される理由にはなってないだろ!」

「『転生』は神の御業(みわざ)なんだよ。人が神の真似事を行うなんて許されざることだ……それがたとえ君たちの関知しないところで為されたとしても、存在自体があっていいものじゃない」

「な、なんだよそれ…!」

「じょ、冗談だよね? エ、エンタくん!」

「僕も同じ転生者として思うことはあるけどね……残念だ」

「…っ!」

 

 ツカサがルビーちゃんに、僕がアっくんに銃口を向ける。そしてアっくんがルビーちゃんに覆いかぶさるように抱き着いたのを見て、ツカサが自分の背中に手を伸ばした……ん? ああ、なんかちょっと背中膨らんでると思ったら、そんなとこに『ドッキリ大成功!』の看板を隠してたのか。

 

 しかしあれだな、自分を盾にルビーちゃんを必死に守ろうとするアっくんを見て思うのは……この手のドッキリって趣味悪いだけで全然面白くないってことだな。海外でこんなドッキリをやろうものなら、逆に懐からモノホンの銃を取り出されかねないから、初めての試みだったのだが──日本でも二度とはやるまい。正直すまんかった。

 

「んふふ、なーんちゃ──へっ?」

「ごめんね、実はドッキリで──えっ?」

 

 そしていざネタばらしといったところで──なぜか窓を突き破って銀髪の幼女が飛び込んできた。両脚を折り曲げ、両腕をクロスさせて特攻する様は、まるでトム・クルーズのようである。まったくもって意味不明な光景だが、その見事なアクションには拍手を送りたい。いや、なんだこれ?

 

「こっちだ、二人とも」

「えっ?」

「いいから早く!」

「え、ちょ、待って二人とも──あばばばっ!?」

「エンタ!? な、なにが──わぎゃぁぁ!?」

 

 十点満点のローリング着地を決めた幼女は、そのまま双子の手を取って玄関へと走り出す。そして戸惑いながらもそのまま走り出す二人……いやちょっと待って、この状況で逃げられたらとんでもない誤解を受けたままになるんですけど。いかにもマズい状況に、すぐさま誤解を解こうと追いすがろうとしたのだが──割れた窓からカラスの大群が飛び込んできてそれどころではなくなった。

 

 嘴で突いてきたり爪で引っ掻いたりはしてこないんだけど、それでも鳴き声と羽ばたきと舞い散る羽根やらなんやらで部屋の中がしっちゃかめっちゃかだ。とりあえず腕と脚と頭を折り畳んで丸まり、究極の護身を完成させながら耐えていると、ツカサの怒声が部屋の中に響き渡った。

 

「こっ、の…! ──鬱陶しい!!」

 

 おお、声を荒らげるツカサなんて初めて見たな。しかも何か不思議なパワーが働いたのか、暴れていたカラスたちが弾かれたように部屋の外へと逃げ出していった。しかし割れた窓もしかり、部屋の中が荒れ放題だなまったく……修繕費とかかなり要求されるんじゃなかろうか。

 

「けほっ、けほっ……うへぇ、羽根まみれ。ノミとかダニとか大丈夫かな…」

「エンタ、大丈夫?」

「なんとかね。というか何が起きたの? それにさっきの女の子って…」

「アイツは──双子を転生させた集団の関係者で、一応分類上は神と言って差し支えない存在だよ」

「えぇ…? 転生者も神も意外といるもんだねぇ」

「まったく…! なにを勘違いしたのか知らないけど、このボクに眷属をけしかけてくるなんてね…!」

「なにをもなにも、僕らがあの子たちを殺そうとしたって勘違いしたんじゃないの? 見たまんまに」

「…」

「…」

「…」

「あとでちゃんと謝ろっか…」

「うん…」

「それより、さっさと誤解を解かないとマズくない?」

「そうだった!」

 

 ガチの権力者で、たとえ人を殺しても揉み消せそうな人物に命を狙われたらどうするか? 僕ならとりあえず、SNSで拡散しまくるだろう。このSNS全盛の時代、自分が命を狙われていることを周知させればさせるほど、相手に対して充分な牽制となる……とアっくんなら判断して、実際にやるだろう。『エンタとツカサに命を狙われています』って言ってた人間が本当に死んだら、どうしたって疑惑は僕らに向くわけだし。

 

 けれど僕らは本当に命を狙ってはいない。じゃあ結果的にどうなるかというと、駆け出しの役者と無名のアイドル見習いが、有名人かつ業界の重鎮へ変に絡んだという話にしかならない。もちろん僕らが適当に誤魔化してしまえば問題にはならないけれど、そうなるとどうしてもアっくんとルビーちゃんへの注目は避けられないだろう。

 

 コネでコラボして悪目立ちしたら不和の原因作っちゃうよなんて言っといて、僕らがその原因になってしまうのは非常によろしくない。とはいえ焦って動いて状況を悪化させるのもなんだし、まずは状況整理からだな。ツカサも一つ息を吐いて、部屋の中を見回している。

 

「スマホは机の上に置きっぱなしか……ま、あの状況じゃ逃走優先は当然だね」

「スマホ二台持ちの可能性はあるけど、そこに置いてるスマホはポケットから出してたから……両方をポケットに入れてる人はまずいないだろうね。荷物も置きっぱなしだから、すぐ誰かに連絡ってのはないかな」

「エンタ、この辺に公衆電話あったっけ?」

「なくはないだろうけど、パッと見つかるほど数はないと思うよ」

「んー……まあどちらにせよ110番はないか。警察に手を回されてる可能性を考えない筈はないし」

「とりあえずアイと壱護さんに連絡入れといたら? ドッキリが最悪のタイミングで邪魔されて、物騒な勘違いされてるかもって」

「ん、了解」

 

 彼らが警察を頼りにできないとすれば、次に考えるのはアイや苺プロへの連絡だろう。そこから誤解が解ければ話は早いんだけど……いや待てよ? あの銀髪幼女神が二人に協力してるなら、そもそもスマホとか貸してあげてるんじゃなかろうか。

 

「大丈夫だよ。新参の神が人間の運命へ過度に干渉することは許されてない」

「さっき思いっきり干渉してたけど」

「あれは(ボク)が彼らを害しようとしてたからさ、勘違いとはいえね。ボク()が直接的になにかしようとしない限り、大した手助けはしてこないと思うよ」

「そもそもなんでアっくんたちを助けようとしてるの? あの神様」

「んー……ちょっとした恩返しってとこかなぁ。まあ動物の恩返しなんてもの、大抵はろくなことにならないけどね。鶴しかり亀しかり狐しかり、根本的なとこで人間を理解してないから悲劇的な結末を迎えるのさ」

「ああ……まさに今ろくでもないことになりそうだしね」

「ほんとだよ、まったく」

「まあ誰が悪いのかといえば間違いなく僕らなんだけど」

「それはそう」

 

 アイと壱護さんにlineでメッセージを送ったツカサは、他にもいくつか電話を入れ始めた。僕もこの部屋の事後処理やら弁償やらの件を手配し、そうこうしているうちにツカサが呼んだ車が到着したためそちらに乗り込んだ。

 

「とりあえず足はできたけど、どうする? ツカサ」

「ふふ……山奥とかド田舎ならともかく、こんな都会でボクの追跡を振り切れるわけないだろ?」

 

 ツカサはそう言うと、スマホを握りしめながら『ハアァァ!!』と叫びだした。電子の海にダイブするときもそうだが、この掛け声はどうにかならないものか。運転手さんもちょっと引いてるぞ。

 

 たぶん街中の監視カメラや、なんなら警察のNシステムとかまで利用して双子を探してるんだろう。エンタメの神だけあって、電子機器やネットワークのハッキングなんてお茶の子さいさいらしいし。もちろん財閥の運営にも大いに利用してるので、ツカサが生きてるうちはアスラールの屋台骨が揺らぐことはないだろう。

 

「──見つけた。東へ向かってくれるかい?」

「かしこまりました」

「ツカサ、追いつけそう?」

「あの子は神とはいえ身体能力は見た目通りだ。徒歩みたいだしすぐ追いつけるよ……あと公衆電話は近くにあるけど、連絡する様子はないね」

「そもそも連絡先覚えてないんじゃない? 僕だって親の電話番号教えろって言われたら、スマホ見なきゃわかんないし」

「技術の進歩と引き換えに人間が退化した部分だねぇ」

「記憶媒体が脳からデバイスになったってだけの話さ」

 

 額に右手の二本指を当てながら、瞳を閉じっぱなしにしつつも僕との会話をこなすツカサ。監視カメラ、あるいは赤の他人のスマホにまで干渉しながら三人を追跡し、それでいて普通に雑談を交わせる脳の処理速度はやはり人外のそれだ。惚れ惚れしちゃうね。

 

「…ん?」

「どしたの?」

「三人が逃げてる先で、ドラマの撮影やってるみたい」

「あちゃー……そこまでに追いつけそう?」

「微妙かも」

「邪魔にならないようにしたいけど、なんか嫌な予感するなぁ…」

「いざとなったら黒服百人ぐらい用意して、無理やり確保するさ」

「そんな逃走中じゃないんだから…」

 

 あんまり大事にしたくはないものだが、大丈夫かなぁ。こういうときの嫌な予感って結構あたるよね。普通なら笑い話で終わるような状況でも、神様が二柱もいるとなれば話がややこしくなりそうだ。神様同士の諍いに神頼みって効くのかな? チラッとツカサを見ると、爽やかな笑顔でサムズアップが返ってきた。とても不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車道から少し離れた並木通り──車が乗り込めないため途中から足で追いかけ、ようやく追い詰めた先がそこだった。ツカサの言っていた通り、すぐ近くでドラマの撮影をしており、少しばかりの野次馬ができていた。

 

 そしてその手前で、銀髪幼女と双子は立ち止まった。これ以上逃げても無駄と判断したのか、僕らに立ち向かうように向き直る……ん? 幼女は徹底抗戦の構えを取っているが、アっくんとルビーちゃんは微妙な表情でこちらを窺ってるな。

 

 …いや、僕もちょっと思ってたんだよね。タイミング的に『なーんちゃって』の声と『ドッキリ』の声は聞こえてたんじゃないかって。目まぐるしい展開と幼女の『いいから早く!』の声に思わず付いていっただけで、ぶっちゃけドッキリであった可能性が高いと考えてるんじゃないだろうか。

 

 それでもすぐに引き返さなかったのは、僕らの演技力の高さと、前世のことを知られているという不信感からだろうか。とにかく、それなら穏便にこの状況を終わらせることができるだろう。いやあ、よかったよかっ──

 

「ボクだけならまだしも、エンタにまで眷属をけしかけるなんて──やってくれるじゃないか下賤なカラス如きが…!」

「最初に手を出したのはそっちだろう? それに随分と好き勝手に振る舞って。この世界はあなたの箱庭じゃないんだ。干渉が過ぎるんじゃないかな?」

「ボクはそれが許される立場にある。君とは違ってね」

「私に許された権限は少ないけれど、あなたが彼らに干渉するときだけは、私も介入する権利がある」

「『権利』だけさ。できるかどうかはまた別だろう?」

「──試してみるかい?」

「やってみろ…!」

 

 ツカサなんでブチ切れてんの? …あ、僕にカラスけしかけられたからか。愛が重い…! というか大丈夫なのか? こんなところで神々の戦いが勃発して。天が割れ地が裂け海は荒れるなんてことになったりしないだろうな。二人からは神のオーラと言うべきなにかが発され、おそろしい緊張感が場を支配している。なんか凄い技を出し合うのか…!?

 

「カラス大行進!!」

「怪電波アタック!!」

「ダサい!!」

 

 ──いや、名前はダサいが技の規模は凄い…! ちょっと引くぐらいの量のカラスが群れをなしてツカサへと殺到し始めた。しかしツカサが余裕たっぷりの表情で指を弾いた瞬間、カラスたちはあらぬ方向へと無茶苦茶に飛び始める。怪電波アタック……ふーむ……要するに、カラスの『磁場を感知する機能』を思いっきり狂わせてるのかな。なんというか、小賢しい技である。

 

「くっ…!」

「終わりだ……フッ、次はカラスの頭にアルミホイルでも巻いてくるんだね」

「決め台詞までダサい…」

 

 いやまあ、とりあえず格付けチェックは終わった感じなのかな。『カラス大発生! 天変地異の前触れか?』みたいなニュースが出そうだけど。そしてギャアギャアと鳴き声がうるさい中、双子が恐々(こわごわ)と近付いてきた。

 

「えーと…」

「あー……ごめんね、二人とも。実はさっきのってドッキリで…」

「ああ、それは聞こえてた」

「ついでにあの二人の能力もドッキリで…」

「それは無理あるだろ」

「あと君たちが転生したのもドッキリで…」

「冗談だよな!?」

 

 おお、もはやオカルティックな現象が起きすぎてどこまでドッキリなのか判断ついてないな。とりあえずごめんね、と両手を顔の前に持ってきて合わせると、ルビーちゃんがぷんすかしながら片頬を膨らませた。可愛すぎる。

 

 そしてツカサたちのほうを見ると、銀髪幼女は首根っこを掴まれた猫のような状態になっていた。ぶらんぶらんしながらジタバタする様子は、あまりにも可愛い。しかし傍から見ると事案一歩手前の状態だな……金髪美青年と銀髪美幼女だから、年の離れた兄弟に見えてギリセーフってとこだろうか。

 

「まったく…! ただのドッキリだっていうのに、この勘違いカラスめ…!」

「は? か、勘違い?」

「さっきのはただのドッキリ! 君が勘違いして大事にしただけ! 眷属使って覗き見なんてしてるからだよ、もう!」

 

 ツカサの説明を受け、頭の上に『ガビーン』って感じのオノマトペを浮かべる幼女。僕らのドッキリが悪質だったのを棚上げしてるのは、さすがツカサである。まあなんにせよ、穏便に終わってよかっ──ん?

 

「うわあぁぁぁ!」

「いやあぁぁぁ!」

「ギャアァァァ!」

 

 やば、錯乱したカラスの一部がドラマの撮影現場を強襲している。しかも一部とはいっても、元々がかなりの大群だ。あれはちょっとマズくないか? さっき部屋で襲われたときは、幼女の制御が利いていたからか怪我をさせられるようなことはなかったが、今はそれも怪しそうだ。

 

「ツカサ! あっちヤバくない!?」

「大丈夫、まだあわあわわあわ」

「ダメだ…! 幼女ちゃん、なんとかならない!?」

「もうやってる。あと幼女言うな」

 

 幼女が何かを念じると、潮が引くようにカラスたちが去っていった……が、撮影現場はまさに地獄絵図。撮影用の機材が倒れて壊れてたり、嘴や爪で引っ掻かれた人、逃げようとして足をくじいた人が倒れていたりとひどい有様だ。

 

「とりあえず救急車か……ルビーちゃん、お金渡すからコンビニで水とか消毒液とかガーゼいっぱい買ってきてくれる?」

「う、うん!」

「アっくんは元お医者さんだし、僕と一緒に応急処置に向かおっか。車のほうに少しだけなら救急セットあるから」

「そこまで知ってんのかよ──ああ、わかった。つーか後で説明しろよ、色々と」

「わかってるって。あと幼女ちゃんは……ん?」

 

 あれ、幼女どこいった? …もしかして逃げた? カラス呼んだ張本人が真っ先に逃げるってどうなんだ。いやまあ、あんな超常現象の責任なんて取りようもないし、そうなると救助活動にあんな幼女がいても邪魔なだけだ。彼女もそう考えて姿を隠したのかも……いややっぱ逃げただろあの幼女! くっ、とにかく今は人助けが優先か。

 

「ほら、ツカサも行くよ」

「う、うん…」

「どしたのさ、そんな消沈して。今回のこと気にしてるの?」

「うん……『怪電波アタック』ってそんなにダサかったかな…」

「そこ!?」

 

 ──とりあえず救急セットを持って現場に向かい、近くでうずくまっていた女の子に声をかける。む、究極の護身に近い構え……只者じゃないな、この娘。しかも手を取って立ち上がらせてみれば、ルビーちゃんに負けず劣らずの顔面偏差値だ。なんというか、オタク受け良さそうなイメージ。

 

「大丈夫? 救急セット持ってきたから、怪我してるなら手当するよ」

「え? あ、どうも…」

「あと責任者の人ってどこにいるかな」

「エンタ、あっちに鏑木Pいるよ」

「あ、ほんとだ。じゃあツカサは全体の人数と被害状況とか、鏑木さんと一緒に確認しといてくれる?」

「ん、了解」

「アっくんはトリアージとりあえずをお願い」

「逆だ」

「アっくんはとりあえずトリアージをお願い」

「ああ、わかった。まあパッと見じゃ重傷者はいなさそうだけど…」

 

 まだあまり状況を把握できていないのか、パチクリと目を瞬かせている女の子。しかし僕の顔と、責任者の方へ向かっていったツカサを見て目を見開く。まあ芸能関係者で僕らを知らない人間なんてそうはいないだろう。慌てて身だしなみを整える姿に、ちょっと申し訳なさを感じる。

 

 まあ見たところ怪我もなさそうだし……あ、指先に引っ掻き傷があるな。大した傷ではないが、しかし野生のカラスによるものだ。雑菌だらけだろうし、綺麗に洗って消毒くらいはしとくべきだ。彼女の手を取って処置を施し始めると、いかにも『恐縮です』といった風に身を縮こませた。まるで社長を前にした新入社員のようだ。うーん……ここは一つ、ユーモアでも交えた会話でリラックスさせてあげるとしよう。

 

「名前聞いてもいい? あ、僕は宝多円太っていうんだけど」

「は、はい! 有馬かなです!」

「かなちゃんっていうんだ……ん? 有馬かなっていうとたしか──」

「あ…」

「重傷で泣ける天才子役!」

「十秒で泣ける天才子役! というか涙までのハードルどんだけ高いのよ!? 重傷でしか泣けない子供とか闇深すぎるわ!」

 

 お、おお……ビックリした。しおらしい少女の雰囲気から一転、壱護さんばりのツッコミを見せるとは。しかしハッと我に返った様子で、ペコペコと頭を下げてくるかなちゃん。へっ、おもしれー女。

 

 有馬かなといえば、かつて演技派の子役として人気を博した娘だ。それに『ピーマン体操』でも一世を風靡した、知名度のある役者さん。最近はあんまり活躍してるイメージないけど、大抵の人は名前くらいなら知ってるだろう。

 

「あはは、そんなかしこまらなくていいよ。年もほとんど一緒だし、芸歴はかなちゃんの方が長いでしょ?」

「いえ、そういうわけには…」

「いいっていいって。もっとくだけて話してよ」

「でも…」

「いいっつってんだろピーマン女」

「誰がピーマン女だオラァ!」

「そうそう、そんな感じで。ピーマン体操、可愛くて好きだったよ僕」

「うぅ、消したい過去が追いかけてくる…!」

 

 あ、本人的には黒歴史扱いなんだアレ。あの年齢で演技ができて十秒で泣けて歌も上手かったから、印象に残ってたんだよねかなちゃん。当時ツカサに『あの子も転生者?』と聞いた覚えがある。答えは否だったが、演技に輝くものがあると瞳を光らせていた。とにかく芸才ある子好きだからな、ツカサって。

 

「はぁ…」

「あれ、まだ痛いとこある?」

「あ、ううん。でも…」

 

 傷口を綺麗に洗って消毒し、目立たないように液体絆創膏を塗って処置を終える。しかしため息と共に沈んだ表情を見せるかなちゃん。視線の先には、荒れまくった撮影現場に怪我人だらけのひどい状況。少なくとも、今日の撮影はもう無理だろうな。

 

「あー……今日の撮影はもう無理そうだね。まあまた改めてになるんじゃない?」

「…だといいけど」

「あれ、なんか無理そうな事情でもあるの?」

「ただでさえスケジュールがキツい撮影だったのよ。本読みすっ飛ばして即リハ即撮影、予算も時間もないない尽くし。役者は大根揃い、重要なのはモデルの宣伝で原作はただの宣材扱い…」

「ふむふむ」

「それでも十年ぶりの主演級だったから…! 現場の人間関係にも気を遣って、わざわざ演技の質まで落として周りに合わせて…!」

「…」

「でも、意味なかった。元々モデルのためのドラマだったのに、キャストが怪我人だらけで出演できないなんて企画倒れでしょ? ネットドラマだし、企画そのものがポシャっちゃうんじゃないかしら」

 

 悔しさからか、それとも怒りからか、拳をぎゅっと握りしめ、涙こそ零さないものの瞳を(うる)ませるかなちゃん。いかに彼女がこの撮影に力を入れていたかわかる……これって僕のせいなのか? …うーん……うん……いや、俺は悪くねぇ!

 

 カラスを操ったのは幼女だし、混乱させたのはツカサの術のせいだ。そして大元の原因がドッキリなんだから、つまりドッキリをやろうって言い出した馬鹿が最大の原因だ。どこの誰だ? そんな大馬鹿野郎は。

 

「僕は悪くないけど、大丈夫だよかなちゃん」

「なにが!?」

「僕は悪くないけど、君の力になりたいんだ」

「なんで!?」

「僕は悪くないけど、とりあえず鏑木さんのとこ行こうぜ」

「なんか怖いんだけど!?」

 

 びくつくかなちゃんを促し、鏑木さんのところへ向かう。鏑木勝也──フットワークの軽いフリーのプロデューサーで、その性質上、僕らも何度かお世話になった人物だ。貸し借りを大事にする人であり、クレバーに見えて意外と義理人情にも厚いところがある……とは心を読めるツカサの談だ。僕になにができるかはまだ不明だが、とにかくこのドラマの撮影がどうなるかをまず確認した方がいいだろう。話し込んでいるツカサと鏑木さんへ近付く。

 

「ボクは悪くないけど、怪我人の治療費や機材の新調は任せてね」

「それは助かるけど、なんでまた?」

「ボクは悪くないけど、困っている人がいたら助けるのは当たり前さ」

「そんなタイプじゃないでしょツカサ君」

「ボクは悪くないけど、金はいくらでもあるんだ」

「それ悪人が言うセリフじゃない?」

 

 ツカサめ、ここにきて責任逃れとはふてぇ野郎だ。僕はちゃんと責任を感じてなにかできることがないか聞きにきたというのに、恥を知れ恥を。まったく……いや、そろそろ現実逃避はやめにしよう。ぜんぶ僕が悪いとはいえないが、少なくとも発端になった責任はある。

 

 とはいえ神と神のバトルのせいでこうなったなんて与太話をされたところで、あっちだって困るだろう。ツカサが鏑木さんにいったように、損害のすべてを補填することで謝罪とさせていただこう。

 

「お久しぶりです、鏑木さん」

「やあ、久しぶり。エンタ君もこっちに帰ってきてたんだね……ああ、かなちゃんも大丈夫だったかい?」

「はい、なんとか…」

「災難だよねぇ、まったく。地震の前触れかなにかかな…」

「ドラマの撮影だったんですよね。どのくらい支障出てます?」

「正直にいうと、続けるのは厳しいかな。元々モデルの宣材みたいなドラマだったから、この状況じゃねぇ。だいぶ前に終了した作品とはいえ、ファンも多い作品だし残念だよ」

「ああ、原作付きのドラマだったんですね。なんてやつですか?」

「『今日は甘口で』って少女漫画だよ」

 

 軽くため息をつきながら作品名を語る鏑木さん。まあフリーでやってるだけに、ここまで進んだ企画が頓挫すると信用が損なわれるのは間違いないだろう。というか『今日あま』って結構な人気作だよね、僕も好きな作品の一つだし。少女漫画は嗜む程度だが、『今日あま』はその中でも私的ランキング上位である。

 

 それだけに企画そのものがなくなるのは悲しいし、鏑木さんの信用が落ちるのもよろしくない。ちょうど『今日あま』のファンっていうこともあるし、それを利用すれば援助を申し出るのも自然な流れじゃないか? チラッとツカサと視線を合わせると、軽く頷く様子が見えた。うむ、これぞ以心伝心。

 

「いやぁ、まさか『今日あま』の撮影だったとはね。鏑木P、実はボクその作品のファンなんだ。よかったらスポンサーになろうか? 百億くらいなら出すよ」

「ハリーポッター作らせようとしてる?」

「あ、僕もファンなんで百億くらい出しますよ」

「スターウォーズ作らせようとしてる?」

「わ、私も一千万くらいなら…」

「ギャラの十倍以上払ってどうするのかなちゃん」

「じゃあボクは二百億」

「対抗しなくていいからツカサ君」

「じゃあ僕は三百億」

「アヴェンジャーズ作れちゃうって!」

 

 おお、いつも落ち着いた雰囲気を崩さない鏑木さんが珍しくツッコミを。まあ実際にその金額を出せる人間がいうと、本気なのか洒落なのかわかんないしね。しかし鏑木さんは僕らの逆オークションを手で制止すると、現状の問題は金ではないと語りだした。

 

「モデルの宣材としてはもう無理だろうけど、作品が成功するに越したことはない──けど問題はキャストと時間だ。一人、二人程度なら調整もきくけど、この人数でリスケするのはね…」

「ほとんどの人間は軽傷ですし、出られないことはないんじゃないですか?」

「裏方はこの程度の怪我で休ませないけどね。でも役者は容姿の良さで選んでる子ばかりだし、生傷のあるキャストだらけのドラマなんて無茶苦茶だ。メイクで誤魔化すにも限界はあるよ」

「鏑木P、台本見せてくれる?」

「え? ああ、構わないけど…」

 

 鏑木さんから台本を受け取り、パラパラとページをめくるツカサ。もはや速読とすらいえるレベルではないが、あれですべてを理解してしまえるのが神様たる所以だ。時間にして十秒も経っていないが、パタンと本を閉じてツカサは微笑む。

 

「いいよ、ボクが書き直してあげる。そもそも原作に対してオリキャラの水増しが多い脚本だし、これなら逆に原作に準拠した内容に直せるよ」

「いや、そう簡単に言われてもねぇ…」

「諸々の契約、許諾の問題。補填、補償についてもボクが責任を持つよ。『ドットTV!』ぐらいの局なら、最悪買収すれば問題ないし」

「…助かるのはたしかなんだけど、なんでそこまでしてくれるんだい?」

「エンタメを愛するものとして、過去の名作が駄作に貶められるのを防ぎたいのが一つ」

「ハハ、それを言われると痛いなぁ」

「有馬かなという、稀代の女優になり得る存在が不遇を(かこ)っている。それを払拭する機会を与えたいのが一つ」

「うぇっ!?」

「それとエンタにもそろそろ本番を経験させたいのが一つ。演技力だけなら世代トップクラスくらいには仕上げたけど、実際に経験しないと得られないものは沢山あるからね。ちょうどいい機会だ」

「え、僕が出演するの?」

「エンタも出るし、ボクも出るよ」

「でも、大丈夫かな…」

「大丈夫さ。君を鍛えたボクを信じなよ」

「いや、『今日あま』に外国人が出るの変じゃないかなって」

「ヘ、ヘイトスピーチ…!」

 

 白目で(おのの)くツカサとは対照的に、かなちゃんの方は驚愕と喜色に彩られている。まあツカサっていわば超人気ユーチューバーかつジョブズみたいなもんだからな。そんな存在に『稀代の女優になり得る』なんて言われたら、誰だって有頂天になるだろう。今が逆風の状態なら尚更だ。

 

 緩みきった頬に両手を当て、口の端がピクピクとにやつくのを必死に抑えている。舞い上がりすぎて飛んでいかないか心配になるほどだ。よし、僕も便乗して褒めとこう。

 

「ツカサが誰かを認めるってほんとに珍しいよ。かなちゃんって凄いんだねぇ」

「えぇ~? そんなことないって~!」

「いよっ! 千両役者!」

「ふふっ…!」

「ピーマン食べたらスーパーマン!」

「げふぅっ…!」

 

 地面に手をついて血を吐くかなちゃん。『ピーマン食べたらスーパーマン』という歌いだしに合わせてぴょんぴょん踊る姿は可愛かったものだが、なぜこうも黒歴史扱いにするのだろうか。まあ調子に乗るとどっかですっ転びそうに見えるし、定期的に弄っておくとしよう。

 

 そんな感じで交流をしていると、トリアージを終えたアっくんと買い物を終えたルビーちゃんが合流してきた。よし、道具も揃ったことだし負傷者の治療にあたろう。幸いというべきか、救急車が必要なレベルの怪我人は足を捻挫した一人だけだ。あとは引っ掻き傷がほとんどだから、素人治療で充分なんとかなる。

 

 かなちゃんのようにほとんど怪我をしなかった人たちにも手伝ってもらって、なんとか状況は落ち着いた。しかしモデルが本業の人間が多いだけに、傷のせいで仕事に支障をきたすとの嘆きがそこかしこで上がっていた。

 

 ただ鏑木さんを通して治療費の負担、休業中の補償、埋め合わせとして顔が売れやすい仕事の斡旋などを確約したため、そこまで不満は出ていないようだ。なんなら僕やツカサと面識ができたことを喜ぶ人間も多かった。名前が売れてるとこういうとき便利で助かるよね。

 

 とりあえず一息つける程度には落ち着いたので、近くにあった椅子に座って人心地つく。なにやらかなちゃんとアっくんたちがワチャワチャしていたが、あの三人面識あったのかな? 感慨深げな表情でアっくんの肩に手を置くかなちゃんに対し、ルビーちゃんがギャオンギャオンと吠えていた。いいなぁ……僕にああいう幼馴染っていないんだよな。コナン世界のように、突然地面から生えてきたりしないかしら。

 

「エンタ、幼馴染ならボクがいるでしょ?」

「ツカサは幼馴染より相棒って感じかなぁ…」

「幼馴染じゃなくて、相棒…?」

「ん? いやまあ幼馴染でもあるし相棒でもあるから、そんな細かいところ気にしなくてもいいでしょ」

「ふふ。細かい所まで気になるのが、ボクの悪い癖」

「その相棒じゃなくて」

 

 それにしても、こんなところで役者デビューするとは思わなかったな。まあカメラ慣れはしてるし、カメラの前でのコント染みたやり取りは演技も多少入っている。気負わず自分にできる演技をするだけだ。

 

 ──緊張よりも楽しさが勝るこの状況に、思わず笑みが零れた。





アっくん闇墜ちしてないので、ちょっとごろーせんせよりの口調になってます。

いつも沢山の評価と感想、ここ好きをありがとうございます。
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