いせかるメンバーにナツキ・スバルの人生上映会を観せる 作:リーグロード
絶望の前に心折れて諦め、膝を屈したスバルは好きになってくれた子の叱咤激励によって再び英雄にならんと立ち上がった。
ちっぽけで何もかもが足りないスバルを支えて手を貸してくれると言ってくれたレムと共に、スバルは絶望への反撃の準備だとばかりに王都を奔走する。
「これでようやく本当の意味でスバルが立ち上がったな」
「まあ、以前のクルシュの激励を受けて立ち直った風に見えた時よりかはいい顔をしているな」
今のスバルの顔を見て、アインズとターニャは以前のあの夜、この王都での最初のループでクルシュとフェリスから交わされた激励を受け止めた時と比べて、良い顔しているなと感じていた。
あの2人に発破を掛けられてからのスバルはどこかいびつに歪んだ精神でひた走っていた。
しかし、今のスバルにそのいびつさは見当たらず、ただ本心からエミリアを救いたいのだと決意したことがはっきりと分かる。
「そうね!まったく、スバルったらこんなに心配かけさせてくれちゃって、学園に帰ったらそうね。シュワシュワ……はここじゃ無理だから、お肉屋さんのコロッケでも奢ってもらおうかしら!」
「お前は何を言っている。先程、スバルが諦めて逃げ出そうとしたときには、一緒になって逃げるとほざいていただろうに。正直、あのような姿を晒しておいて、よくもまあ女神だなどと大ボラが吹けるものだ。どちらかといえば、あれは人を堕落の道に引きずり込む悪魔の謳い文句だぞ」
そんな調子に乗ったアクアに、ターニャがキツイ言葉を浴びせる。
「んなっ!?この神聖な水の女神である私に向かって悪魔だなんて!?謝って!女神を悪魔呼ばわりしたことをちゃんと謝って!!!」
「ええ、そうですよ。ターニャ殿」
「えっ!?」
まさかのまさか、とても意外なことにアクアのフォローにデミウルゴスが回る。
予想外なところから出た援護に、当の本人であるアクアが一番ビックリしている。
「我々悪魔は狡猾な生き物です。あんな風に品のない直球で奥ゆかしさもないような、少々頭の出来が悪い誘い文句の1つで悪魔と同列に語らないで欲しいですね」
訂正。アクアのフォローではなく、悪魔のイメージ的にアクアは不釣り合いであると言いたかったようだ。
「フハハハハ!同族の言う通りだぞ、金髪の幼女よ!我輩の知る、人を堕落に誘う悪魔は数いれど、あのようにド直球で奥ゆかしさや狡猾さのカケラもない誘いを掛ける者は1体足りとて存在せぬ。故に、あの自称女神と我々悪魔とを同列に扱うのは勘弁してもらおうか」
「ふむ、2人の言葉はもっともだったな。いやすまん、癇に障る言葉だったのでついな。2人共、失礼した」
「ちょっと!?謝る相手違くない?ねえ、カズマさん!!」
「はい、カズマです」
「ターニャがさっきから酷いの!カズマさんからも何か言ってやって!!」
「無・理・だ!」
ウチのクラスでトップを争うような頭のいい奴らを相手に口論で勝てるか。ってか、俺も前々からアクシズ教の教義はターニャの言う通り、悪魔の誘い文句みたいだと思っていたし。
まあ、悪魔というよりかは嫌なことから逃げる子供の考えに近いとは思うが。その点から見ると、確かに悪魔側もそれと同列に語られたくはないのだろう。
「なんでよぉー!私、本当に女神なのに!!」
「はいはい、そうだな。お前は頭の駄目さに加えて堕落させる駄女神だものな」
「ムキー!!!」
「ぐおっ!く……首を絞めにかかってくんじゃねえ!?」
キレたアクアがまともな言葉すら発さずにカズマの首を絞めにかかり、それを振りほどく。
その一連のやり取りの間に、映像の中では既に夜の帷が落ちており、スバルとレムはクルシュの屋敷に帰っていた。
『ようやく、夕餉を遅らせて集められた趣旨が理解できそうだな』
『そうですかぁ?フェリちゃんは正直まだ眉唾にゃんですけどネ。あれだけへたれてた男の子が、急にどうしたらあんな目をするようににゃるのかなって』
『出戻りとはいささか居心地が悪いものです。スバル殿にはこの居心地の悪さを払拭するような、そんなお話を期待させていただきますよ』
そこで再び始めるクルシュ陣営との交渉。更に加えて、商人であるラッセル・フェローもまた交渉の席に着いている。
「交渉か……。前回は感情に身を任せただけの稚拙というにも烏滸がましい交渉だったが、今回はどうだろうか?」
「少なくとも、前回と同じ轍を踏むようなことはなさそうだと見ていいだろう。なにせ、今回はちゃんと交渉として話し合うようだからな」
前回の交渉時にはいなかったラッセルの存在、それはスバルが用意したカードの1つ。
それが意味するのは、スバルが相手の善意を頼りにしてのお願いをするのではなく、お互いにWIN―WINの関係を築こうとしていることの表れだ。
この時点で、ターニャは前回の失敗から学んでいるなと大きく評価を高める。同時にアインズもまた、サラリーマン時代の経験からスバルの立ち回りに感心をみせていた。
(ただの学生だったスバルがたった一回の失敗でよく学んだものだ。少しアクア達が騒がしくて見逃した場面もあるが、この3度に渡るループで得た情報と失敗から、短時間で必要な準備を考えて揃えるという学習能力の高さ、こういった頭脳面でも中々に侮れないぞ)
もし自分だったらここまで上手く立ち回ることができるだろうかと考えながら、アインズは顎に手を当てて映像に集中する。
そこには、自分もスバルを見習って交渉事の経験や知識を学ぼうという姿勢が見える。
『ひとつ、確認したいところがある、ナツキ・スバル。この集りの趣旨を。──卿の口から、な』
『そら、もちろん──エミリア陣営とクルシュ陣営の、対等な条件での同盟──そのための、交渉の場面だ』
「ふむ、対等ですか。まあ、交渉をするのならば、そのくらいの条件を提示出来る相手でなければ、時間の無駄ですからね」
「ついでに言うなら、助力ではなく、同盟というのがポイントだな。今のところ、王選に直接的な関わりのない力のある商人をこの場に呼び出したのが、スバルがこの後にどう切り出すのか見えてくる」
交渉前の揺さぶりのようなクルシュの先制ジャブに、前回の失敗を反省して呑まれぬよう、スバルは強気な発言でもって返す。
その1度のやり取りから、知恵者であるデミウルゴスは最低限の交渉劇は期待できそうだとニヤつき、元の世界で商人も嗜んでいた尚文はスバルが何を狙っているのかを朧気ながらに看破する。
『同盟……か』
『ロズワール様の言いつけ通り、レムはなにも申し上げていません。──全てはスバルくんが、自分で辿り着いたことです』
「ロズワール先生?なんで今その名前が?」
「さっきカズマがアクアとじゃれ合ってる際に、映像の中でスバルがその答えに辿り着いていましたよ」
「ああ、どうも、レムが王都に残ったのはスバルの世話だけでなく、クルシュへの交渉の役割も任されていたようだ。思い返してもみれば、前回のループでクルシュの元を去る際にレムとの間で零していたあの言葉、あの意味をもう少し深く考えていれば答えに辿り着いていたんだがな」
「……?ねえ、どういうこと。全然分かんないだけれど」
「安心しろ、俺もよく分かってないから、今はネタバレ待ちで見てようぜ」
どうにも大事なシーンを見落としてしまっていたようだが、推理モノの漫画やドラマなど、結局謎やトリックを考えるよりも、それを解き明かすラストを見てスッキリしたい派なカズマとアクアは大人しく鑑賞に戻る。
『夜な夜な、レムとクルシュさんが密会してるらしいのは聞いてたからな。なんの話をしてるのかまで、頭が回ってなかった自分がアホ過ぎて嫌になるけど。毎夜の会談の内容は同盟締結について。こっちから差し出してる条件に関しては……一通り、レムから聞いてる』
『エリオール大森林の魔鉱石、その採掘権の分譲が主な取引き材料だな』
隠すことなくズバッとその条件を口にするクルシュに、魔鉱石というものがどういったものか知らない部屋の皆はそれがどれ程の好条件なのかが判別つかない。
そして、その条件を耳にして食いつくラッセルだったが、その口から説明を受けるとなるほどと納得することが出来る。
魔鉱石はいうなれば石油のような価値がある代物で、冬が近づく今の季節ならばその需要はかなり高いのだろう。
『手つかずの採掘場の発見には飛びつかずにはおれませんよ。それが魔鉱石の出土と取引きで財を為したメイザース卿の使い──付け加えれば王選の候補者であるエミリア様の騎士の言葉です。信憑性、並びに信用は非常に高い』
『ああ、そこは信用してもらって構わない。これから長いことかかる王選の中で、最初に手ぇ組もうって相手にブラフかますほど外れちゃいないはずだ』
『どうやら、交渉役としての気構えについては心配は不要のようですね。試すような物言い、非礼をお詫びいたします』
「流石、あれ程の死に戻りを繰り返しただけあって、気構えなどの精神面では充分に合格点というわけですね」
「あんな精神負荷の中で生きてきたのだ。そうそう下手な考えで身を滅ぼすような事態にはなるまい」
交渉のテーブルに着いて勝負する度胸と礼儀はあると暗に褒めるデミウルゴスに、アインズもまたスバルの気概をそう評する。
(そう考えれば、以前の臨海学校での肝試しの際に、ターニャが暴走して放出したあの強大な魔力を当てられた際も、スバルが平然としてたのは、こうして何度も死を繰り返した経験を持つが故だったか……)
あの頃に抱いた疑問の答えが分かってちょっとスッキリする。
しかし、そんなアインズの心境はさておいて、映像の中では交渉の本番が始まろうとしていた。
『儲け話ちらつかせた上でアドバイザー確保、ってのももちろん目的ではあるんだが……ラッセルさん呼んだのは、本題の方に関係があるからさ』
『認めよう、ナツキ・スバル。卿がメイザース卿の名代、並びにエミリアからの正式な使者であると。この交渉の場において、卿と私の間で交わした内容は、そのままエミリアと私の間で交わされたものであると』
「む!雰囲気が変わったな……」
「意図的に威圧してるって訳じゃないな。これは本人の気質からくるものだろう」
人を見る目が優れているターニャと尚文は、即座に映像越しでありながら、クルシュの意識が切り替わったのを察する。
スバルが口にした通り、今までのはただの予定調和の前哨戦、ここからが今回の交渉における本番なのだと嫌でも理解する。
『今回の場合は取引き相手の側への懸念が大きい。わかるな?』
「これは……、ロズワール先生が怪しい……というよりも、その主ともいえるエミリアの存在自体が大きな懸念となっているってことですね」
「まあ、あの世界ではエミリアは忌避される存在の生き写しのようなものらしい、貴族として付き合う相手を選ぶのに慎重になるのも分かるが……」
「でもよ、あのクルシュさんだぜ?映像越しでしか見てねえけど、ウチのアクセルのチキンな冒険者よりもよっぽど男前な性格してる彼女が容姿だけで断んのか?」
懸念と言い放ったクルシュの言葉の違和感を覚えるカズマ。それはめぐみんとダクネスも同じようではあったが、あの世界での人々が持つ嫉妬の魔女への恐れはどういったものかは、一度スバルのループの中で見せられている為、納得もしている。
しかし、そういった違和感があればズバズバと言葉にして切り込むスバルの発言によって、その後のクルシュの考えが述べられる。
『つまり建前は建前で……本音の部分では、クルシュさんはエミリアと同盟を結ぶこと自体への忌避感はないって考えても?』
『ナツキ・スバル、ひとつ考えを正そう。そのものの価値は、魂の在り様と輝かせ方で決まるのだ。出自と環境がそのものの本質を定める決定的な要因にはならない』
「魂の輝きか……」
以前のリザードマンとの戦いの後に、コキュートスが口にした戦士の輝き。それと似たような曖昧なものにピンとこないアインズは共感は出来ずとも、上に立つ者ならば持つ感性なのかと、若干の不安を生じる。
もし仮に、今後クルシュが学園に追加で現れた際に、そういった感性の話をされた場合、元一般人である自分にそういった会話を上手く交わすことが出来るのか、と。いや、そうでなくとも、今は属国となった帝国の皇帝ジルクニフとも会話する機会は何度もある。
下手な会話で自分が実は大したことのない奴であると見破られる可能性が出てきたことに頭を悩ませた。
『エリオール大森林の採掘権、大いにこちらに実りがある。だがその反面、私は王選の事態を急ぎ進める必要もないのでは、と感じている。期限は三年だ。あまり状況を動かすのを早めすぎるのも、後々に禍根を残すこととなろう』
『エミリアと同盟を結ぶことのメリットが、そのデメリットに届かないと?』
『少し違うな。現状、メリットとデメリットは打ち消し合っている。当家の考えとしては、あと一歩、押し出す口実が欲しいといったところだ』
「ここまではロズワール先生が用意していた交渉材料だったが、ここからはスバルの持つカードの出番というわけだな」
「まあ、十中八九、前回の死に戻りで得た情報の提示。それがスバルの切れるカードだが、果たして死に戻りの制約の抵触に触れない部分だけで信用させることが出来るかどうか……?」
ロズワールが用意した手札1つではクルシュの口から同盟を結ぶ言葉を引き出せなかった。しかし、スバルの用意した手札はそれ1つだけではなかった。ここで上手くもう1つを使いこなすことが出来ればクルシュを同盟を結ぶ方向へと動かすことが出来る。
その最初の一手を前に、ターニャと尚文は期待と不安が半分ずつ入り混じった感情を抱くのだった。
『──白鯨の出現場所と時間、それが俺が切れるカードだ』
時間は──止まらない。あの黒い手も出現しないことから、未来の情報を教えることは制約には抵触しないようだ。
しかし、その未来の情報の信憑性はまだクルシュが同盟を結ぶに値する程のものではない。
まずは信じてもらえるだけの根拠と証拠を、そしてそれをこの交渉の場で発表する。それがクルシュの信用を勝ち取るための条件だ。
『──白鯨』
『────ッ!』
だが少なくとも、白鯨の名に2人。ラッセルとヴィルヘルムが針に引っかかった。
それも、
嬉しいことにか、クルシュ陣営のヴィルヘルムの方が反応がデカイ。クルシュの性格からして、自分の配下が困っているとなれば、問答無用とはいかないまでも、かなりの高確率で助け舟を出す。
だからこそ、ここでスバルの出したカードへの反応が大きければ大きいほどクルシュはこちら側へと傾いていることになる。
『失礼しました。私もまだまだ、未熟ですな』
「ヴィルヘルム殿、ああそういえば……」
「ん?その様子、セバス。君は白鯨とヴィルヘルムとの間にある確執を知っているのではないかな?なにせ、君は彼と茶飲み友達なのだから」
「……ええ、デミウルゴス様の言う通り。私はヴィルヘルム殿が白鯨に恨みを持っていることを知っていました」
「それをなぜ黙っていたのです?言っておくが、君は人間に対して情がありすぎる。その結果として、アインズ様にどれだけのご迷惑をお掛けしたのか、まさかもう忘れたわけじゃないでしょうね?」
「そのようなことは。ただ、確証が無かっただけです。私が知っているのは、ヴィルヘルム殿の妻であるテレシア殿という方が先代の剣聖であるということだけ。白鯨への恨み云々は私の知るところではありませんでしたので」
「充分な情報ではないですか。それを何故今まで黙っていたのです?ラインハルトを見れば、剣聖の称号と加護がどれほど強力なことか。下手をすれば、君の創造主たるたっち・みー様のワールドチャンピオンにも匹敵するやもしれないのですよ。交友関係のある君ならば、上手く取り入れば剣聖の情報も──」
「よせ、デミウルゴス」
悪魔らしく嬉々としてセバスを追い立てるデミウルゴスの言葉をアインズが遮る。
その事に異議を立てることなく、デミウルゴスは口を閉ざしてその次の言葉を待つ。
「セバスよ、1つ言っておくが、お前は何も間違ったことはしていない。私の下した命は学園内にて皆が仲良く生活して過ごすことだ。無論、それで情報収集をしなくてもいいとは言わんが、せっかく学園で作った友を裏切るような形を取らせてまで欲しい情報など、私には1つ足りとてありはしない」
「私などに勿体なきお言葉、非常に感謝いたします」
「ただ、元の世界の王都でもあったように、何かあった際の報連相だけは怠らずにするように。まあ、今回は茶飲み友達の妻が剣聖であったというだけのこと。わざわざ異世界の他人の家族関係を知らせる必要性は皆無だろう」
それで話は終わりとばかしに、アインズは手を軽く上げて下げることでこの話を止める。
その見事ともいえる裁量に、見ていた者達は改めてアインズが人の上に立つ存在であることを認識する。
「凄いですね、アインズさんって……」
「まあ、あのとんでも集団を纏めて平穏な学園生活を送らせているからな。魔法だけでなくカリスマ性においても一目を置くに足る御仁だろう」
今しがたのやり取りに感嘆した声を上げるヴィーシャに同意してターニャもまたアインズの評価を高くする。
『魔女の手で生み出された白鯨により、これまでどれほど多くの命が失われたかご存知ですか?運悪く白鯨の霧に呑まれ、消息を絶った隊商。白鯨の討伐を志し、しかし道半ばで壊走させられたかつての王国騎士団。白鯨はただ巨大で、ただ恐ろしいというだけの存在ではないのです。出会わないことがなにより肝要なのです。少なくとも、商家にとって災厄の象徴である白鯨、その出現に先見することができるのならば、万金以上の意味が、価値がある!』
アインズ達のやり取りの間に交渉は進み続け、ラッセルが改めて白鯨の恐ろしさとその出現情報の価値の高さを説明している。
「やっぱり、白鯨ってそんな風に恐れられてるんだな。にしても、白鯨の情報1つで万金以上の価値か……」
「当然だ。冒険者として1つの街に定住しているカズマには分らんかもしれんが、商人にとって旅路の安全性はどんな利益の出る商品を見つけることよりも優先される。白鯨の出現情報を知ることができるということは、それだけで商機が生まれるということだ」
「へぇ~……」
流石は元の世界でも商人をしていただけの事はある尚文だと感心するカズマ。
『おおよそ、こちらの言いたいことはラッセル・フェローが語った通りだ。卿の発言の根拠を、聞かせてもらいたいところではあるな』
『俺が白鯨の出現を知ることができるってのは、こいつが理由だ』
『ナツキ・スバル』
『ああ』
『これはいったい、なんだ?』
スバルが取り出した携帯電話。それスバルが最初にこの世界にやって来た日の時も、ロム爺との交渉で役に立った代物だ。
「携帯電話か……。盗品蔵での交渉時でこれが魔法器扱いされていたことを考えると、効果を偽れば充分に騙せる類の代物に成り代わるな」
「だが、これだけじゃまだ確証には足らない。魔道具の存在で情報の信憑性は上がったかもしれないが、結局のところこれが白鯨の出現を本当に知らせる道具かどうかの疑問は残っているわけだしな」
スバルが取り出した携帯電話に注目が集まる中、ターニャと尚文がこれでは決定打にはなりえないと冷静な発言をする。
事実、携帯電話を初めて見る面々は興味津々とばかりに食いつくが、それでも白鯨出現の真偽を判断させるには不確定であるとクルシュは眉根を寄せる。
だが、思わぬところで助け舟が入る。
『──あ』
『気になる反応をしたな、レム。心当たりでもあるのか?』
『なにかあるなら話してくれていいぜ?』
『──はい。スバルくんがそう仰るなら』
『領内でのことですので、あまり細かなお話はできませんが……先日、魔獣に絡んでの騒ぎがありました。その中で、いち早く事態の収拾に動いたのがスバルくんだったことは、主であるロズワール様もお認めになられるところです』
『魔獣に絡んでの一件──その前触れに、この魔法器で気付いたと?』
『なんの理由もなしに気付くには、勘が良すぎる類の問題でしたので』
『──嘘は、言っていないな』
「スバルの言う事は信じなくて、レムの言った事は信じるのか?」
「いや、違うな。スバルは未来の話をしている。だが、レムは過去に起きた話をしている」
「ふむ、その2つの情報の違いがクルシュにとって信じる根拠の違いになってくると?」
すんなりとレムの言う事を信用したクルシュの態度に引っ掛かるものを感じたカズマ。その引っ掛かりにターニャは発言した人物ではなく、その内容こそが根拠になっていると指摘する。
その言葉に、アインズは眼窩の中に宿る赤い光を揺らしながら、僅かながらに今までの情報からクルシュの隠し持っているナニカを見抜き始める。
『まるで相手が嘘言ったかどうかわかるみたいな言い方だな』
『自慢させてもらうと、その通りだ。観察眼──といえば聞こえはいいが、実際には我が身に与えられた『風見の加護』の恩恵だな』
「やはり、クルシュは加護持ちの人間だったか……」
「おお!アインズ様はクルシュなる人間が加護を持っていたのを分かっておいでだったのですね!」
やはりと零したアインズの言葉を拾ったシャルティアが驚きと尊敬の目でアインズを見る。
シャルティアの瞳に宿る尊敬を居心地悪く思いながらも、アインズは当然とばかりに鷹揚に頷いた。
「うん?ああ、まあな……。正直、確証という程のものはなかったが、彼女が今回と前回の交渉の時から、スバルの言葉を完全な噓として捉えていないことから怪しんでいただけのことだ」
「……?それはただ単純にクルシュという人間が人を疑うような性格ではなかったからでは?」
王城で従者であるフェリスに騙された場面を見たシャルティアにとって、クルシュの人を疑うことをしない性格からスバルの言葉を完全な噓として見ていないだけなのだろうと推測する。
本来ならば、主であるアインズの言葉を疑うような発言は配下として失格である。NPCであるならば、主人の言に疑問を抱かずに頭を下げて聞き入れるのが当然のこと。
しかし、それ自体をアインズが望まず、疑問を疑問のままにすることをよしとしていないことを知っているからこそ、シャルティアは首を傾げて疑問を口にしたのだ。
「だったら前回の交渉時にはもっと両者の仲が悪くなかっただろう。あの時はスバルの言葉を噓ではなく狂言とクルシュは発していた。ならば、その時点でスバルの言葉は本物、しかしそれが真実であるかどうかは別であると見抜いていた。そんなことをシャルティアが言うような性格の人物ならばまず口にはしないだろうからな」
「ほえ~!な、なるほどでありんす!流石はアインズ様。前回の交渉時から既に見抜いていらっしゃったとは!!」
シャルティアの尊敬の念が強まり、アインズは眼窩の中の炎を揺らめかせながら口元をもごもごとさせる。
実際はターニャの口にした未来の話と過去の話ということから、点と点が線となって今ピンときただけで、前回の交渉時の時はクルシュが加護持ちであることなんて全然予想すらしていなかった。
それ故に、シャルティアからの過剰な尊敬の念に居心地の悪さを感じるアインズは、ゴホンと咳払いをしてシャルティアに鑑賞へ戻るように促した。
『魔法器の効果に関して、信じてもらえるか?』
『それも早計だな。あくまで、裏での繋がりがないのが見透かせたとはいえ身内の擁護に変わりはない。王選の今後──ひいては、王国の未来を左右するかもしれない判断だ。軽率には行えまい』
『──その魔法器の商談、ウチも混ぜてもらってええ?』
『呼んだ張本人が一番驚いてるって、おかしいなぁ、自分』
『──アナスタシア・ホーシン』
「ほぉ!ラッセルって奴だけじゃなく、アナスタシアまで呼んだのか。白鯨の出現情報の価値をイマイチ理解しきっていないのに、大した奴だ」
「え?あっ、そっか、あの人も王選候補者だけど、商人として成功した人なんだよな!」
尚文の感心したような呟きを聞き、カズマはアナスタシアがどういった人物だったのかを思い出す。
そこで気がつく、今回の交渉の場でスバルはクルシュだけでなく、白鯨の出現情報を餌にアナスタシアにもまた同盟を結ばせようと考えているのだと。
「すげえな、俺だったらこんな風に頭が回んねえよ」
「そんなことありませんよ。カズマも追い詰められた時の頭の回転はスバルにだって負けていないと、いつもずっと近くで見てきた私が保障しますとも!」
「そうだぞ、カズマ。めぐみん同様に、私もお前の頭の良さは認めている。まあ、少々悪知恵方面ではあるがな」
「お、お前ら……。ま、まあ!俺も実はちょっとは頭が良いしな!」
「……?ねえ、なんで皆あのアナスタシアって子が登場したことでスバルが凄いってなってるの?」
スバルの立ち回りに感心以上に尊敬すら湧いてきたカズマに、めぐみんとダクネスは褒め称えるように言葉をかける。
その中でアクアだけがアナスタシアの登場でなぜ皆が盛り上がっているのかを理解できず、不思議そうに首を傾げていた。
『今、ユリウスは団長命令で謹慎期間中。主君の命令もなしに、余所の子ぉにおいたした罰の真っ最中やね。困った騎士様や』
『謹慎……』
「てっきり、あの場は内々に処理されるものかと思ってたけど、こうなってくるとアイツがどんな目的でスバルを打ちのめしたのか、なんとなしに見えてくるな」
ユリウスの謹慎処分の話を聞いて、尚文はその事実に眉をひそませながら、なんとなしにユリウスがスバルに決闘を挑んだ理由を察した。
あの時の決闘、あの場面だけで見るのならば、かつての王城で自身と元康の決闘を彷彿とさせていたが、よくよく思い返してユリウスの態度を見れば、元康とは違ってユリウスには相手を叩きのめすとは違う目的があったのだと思えてくる。
無論、根拠も証拠もない憶測のようなものだが、同じ様な実体験のある尚文の直感がそれは正しいと訴えかけてくる。
『失礼して、お聞きしたいことがあります、スバル殿』
『ああ、なんだ、ラッセルさん』
『この場にアナスタシア様をお呼びした真意をお聞きしたい。王選の候補者、そしてホーシン商会は王都の商家の集まりにも、新興ながら発言力がある。私としてはこの会での立ち位置が不鮮明になる以上、尋ねないわけにはいきません』
「ふふふ、当然の疑問ですね。ここで登場した新たな第4勢力ともいえるアナスタシア陣営、果たしてスバルがなんと答えるのか」
「楽しそうだな、デミウルゴス君」
「ええ、平和な学園生活もいいですが、こういった知恵比べの場面もないのが最近の少々の不満でしたので。他人事ではありますが、退屈凌ぎには充分ですからね」
キラリと眼鏡を光らせるデミウルゴスの言葉に、ターニャは理解できると言わんばかりの顔で頷き共感し合っている。
『天秤にかけるため、とか言ったら怒るか?』
冗談っぽく口にするスバルの言葉に、映像内の雰囲気がガラリと変わる。
一瞬にしてアナスタシアを除く2つの陣営を敵に回しかけているスバルの現状に、気の弱い者はハラハラしながら見入っており、逆に修羅場になるかと期待する者はウキウキと事の起こりを見守っていた。
『つまり卿はこう言うのか? ──アナスタシア・ホーシンと当家と、どちらが『白鯨』の情報を高く買うか競わせ、その上で同盟相手を選ぶと。だとしたらそれは、あまりにも浅慮な選択だぞ、ナツキ・スバル』
クルシュの覇気のある言葉に、スバルが悪手を選んだかと多くが同盟の破綻を予見した。
しかし、こういった相手を焦らしたり怒らせて感情を引き出すのもまた交渉の手であると知る者からは、これは一種の賭けであるとワクワクした気持ちで事の成り行きを見守る姿勢だ。
まあ、そういう意図などスバルにはなく、ただ単純に調子に乗っただけであるが、それにも理由があった。
『早とちり、ということは候補者同士に値段を釣り上げさせる目的ではないと?』
『誰かをそんな簡単に掌で泳がせるとかできると思ってねぇよ。俺の手が小さいことは俺がよくわかってらぁ。……誰かの手ひとつ、握るだけで精いっぱいだよ』
手持ち無沙汰に空っぽの手を揺らすスバルの手をレムが握りしめる。
そんな甘い空気に、先程まで張りつめていたような空気が一気に霧散するのを感じ、先程までハラハラしながら見ていた者達は安堵の息を吐いた。
「スバルの奴、脅かしやがって!」
「私も緊張しすぎて背中に変な汗かいちゃいましたよ」
カズマとヴィーシャがそんな感想をこぼす中、それを直に見せつけられたアナスタシアが呆れたような声を上げて交渉の再開を促した。
『白鯨ってカードを切って、王都を代表する商人を二人招いて、こうしてこんな大仰な状況を作り上げたわけだが……その上で、提案したい話があるのさ。聞いて、もらえるか?』
『──卿の話を遮り、間違った結論を述べたのは私だ。ならば私には、卿の提案を考慮する義務があろう。述べよ』
『クルシュさん、あんたが目論んでる『白鯨』の討伐に、俺の情報は絶対に有用なはずだ』
死に戻りし続けたスバルが導き出した答えのお披露目が始まる。
今回は長くなったのでこれで区切りとします。
まだまだ交渉回のところは上手く頭のいいキャラを際立たせるのが難しいですね。
次回で交渉終了、その後に白鯨討伐戦ですね。
4章でのスバル視点外の放送
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エミリアの試練
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ラムの告白
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ガーフィールとエルザのバトル