いせかるメンバーにナツキ・スバルの人生上映会を観せる   作:リーグロード

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ルプスレギナの1人旅 その3

 この異世界に飛ばされた直後に表示されたクエスト画面。そこには元の世界に戻るために倒すべき標的(ターゲット)の名前が2つ表示されていたが、そのうちの1つ、ペテルギウスの名前の横にある数字が0のままだった。

 

 ・ペテルギウス・ロマネコンティ 0/1

 

 ・白鯨 0/1

 

 最初に届いた内容と全く同じだったため、ルプスレギナは疑問の声を漏らした。つい先ほどパックによって砕かれた氷像の男。あれがペテルギウスだと思っていたが、どうやら違ったらしいと首をかしげていると、話し合いが終わったのか、それともスバルがこの寒さに耐えきれず命を落としたのか、いずれにしてもパックの視線はスバルから別の方向へと移っていた。

 

『暴食……ああ、今は白鯨だなんて呼び名か。あれを呼び、リアを死なせ、自分も命を落として……本当に、どうしようもないね、君』

 

「──白鯨?」

 

 酷い吹雪の中だが、パックが口にした白鯨という名前に、優れた五感を持つ人狼であるルプスレギナが反応した。

 ペテルギウスの方はハズレだったが、白鯨の名が出たからには、今度は間違いないだろう。巨獣化したパックが白鯨を倒してくれるかもしれないが、問題は、今のパックが本当に白鯨と戦って勝てるかどうかだ。

 

 あまり興味はなかったが、倒れているスバルに語ったパックの話から、エミリアの死によって今のパックが破滅願望者であり、自殺願望者のようになっていることは理解できた。どちらにせよ、下手に加勢すれば邪魔者扱いされる可能性があり、ヘイトがこちらに向かう恐れもある。しかし、このまま見過ごしてパックが白鯨に敗れる展開を考えると、黙っているわけにもいかない。

 

(いや~、マジでここに飛ばされたのが私で助かったっす。冷気ダメージの対策がなきゃ凍え死んでいただろうし、完全不可視化を持っていなきゃ、下手すれば今のパックに見つかって詰みっすよ。特にナーちゃんなんかはクールな外見に見合わずに天然かつポンコツっすからね。もしかしたら、ここの領地に来るのも無理ゲーってやつかもっす)

 

『さて、ボクも契約に従ってこの国を滅ぼしに行くとしよう。さようなら、エミリア』

 

 この国を滅ぼすつもりなのだろう。パックは王都の方角へ進み始めるが、その途中には王都での聞き込みで聞いた、白鯨が現れるという噂の街道がある。

 そんなパックの後を追うように、ルプスレギナもまた気づかれないよう最低限の距離を保ちながら尾行を開始した。

 

「――にしても、ナツキ・スバルとエミリア。どっちも死んでしまうなんて、どうせならもっと苦しみと絶望に満ちた顔で死んでくれたら最高だったのに」

 

 遠ざかるスバルとエミリアの凍死体に一瞥(いちべつ)をくれたルプスレギナは、残念そうに呟きながらもすぐに興味を失い、視線を外して尾行に集中した。

 巨獣化したパックの移動速度は、その巨体ゆえに非常に速く、広大な森を驚くべき速度で抜け、広がる草原へとたどり着いた。

 少し遅れてルプスレギナも森を抜けると、そんな彼女の目に飛び込んできたのは、巨獣化したパックと対峙する一本角の白い鯨の姿だった。

 

「まさに、名前の通り白鯨ってことっすか」

 

 とりあえず障害物が全くない草原では、戦闘に巻き込まれたときに逃げるのが難しいため、観戦は森の手前で行うことにした。

 

『さて、暴食……いや、今は白鯨だったか。何故おまえがここにいるのかなんて興味はない。大方、魔女の残り香の強いスバルに引き寄せられてだろうけれども、今のボクはこの国を滅ぼさなければならない。だから、今ボクの目の前に現れた自身の不運を恨め!』

 

「────ッッッッ!!!」

 

 それが開戦の合図となって、パックと白鯨の壮絶なぶつかり合いが始まった。

 

 最初の先制攻撃はパックだった。自身の周囲の冷気を操りアルヒューマ級の氷槍を幾つも作り上げて射出する。

 

 本来、白鯨はその分厚い肌で物理攻撃を軽減させ、さらに肌に生えた白い毛がマナを散らして魔法攻撃の威力も減衰させる。

 そのため、白鯨はその巨体ゆえのタフネスさと、物理と魔法への高い耐性で数多の敵を屠ってきた。

 

 しかし、今の白鯨の目の前にいるのは、そんな従来の常識を覆す規格外で反則級の力を持つ存在だ。

 実際、先ほど挙げられた白鯨の強靭で分厚い肌も厄介なマナを散らす白い毛も関係なく、パックの放った氷槍が何本も白鯨の肉体に深く突き刺さった。

 

「────ッ!!」

 

 初撃で白鯨は大出血を起こし、浮遊する力を失って地面に叩き落とされた。

 本来の歴史では、スバルとレム、そしてヴィルヘルムやリカード率いる討伐隊が命懸けでやっと成し遂げた偉業を、巨獣化したパックはたった一度の魔法で成し遂げてしまったのだ。

 

「うわ~!これじゃ助太刀する必要なさそうっすね。まさかここまで強いとは、レベルは確実に私より上だろうし、もしかしたらコキュートス様と同じくらい強いかもっす?」

 

 隠れ潜んで見ていたルプスレギナが、パックの実力を階層守護者であるコキュートスと思わず評価してしまうくらい、今のパックの攻撃は凄まじいものだった。

 ぶっちゃけ、これで勝負は着いたかと思ってしまうぐらいに、白鯨の状況は悪い。

 だが、ルプスレギナは見誤っていた。白鯨という、この異世界で恐れられる三大魔獣の一角の強さと底知れない悪意を──。

 

『さて、白鯨。もうこれで終わりなら、後はこのまま凍ってしまえばいい。ボクはこれ以上キミに手を出すことはしない』

 

 それは油断だった。警戒を怠っていたわけではない。だが、パックには目の前の白鯨に対する敵意も憎しみもない。

 ただ近くにいたから、国を滅ぼすついでに殺そうとしているだけ。そんなパックが、わざわざ目の前の白鯨に対して自分がトドメを刺す必要など考えてすらいなかったのだ。

 

「────ッ!!」

 

 幾つもの氷槍に貫かれた白鯨の全身から無数の口が生じ、それが一斉に歯を剥き出して開いたのだ。そして、その口から大量の霧が放出された。凍土と化した白銀の世界が真っ白な世界という色合い的には大して違いはなさそうな、しかし性質的にはまるで違う世界へと塗り替えられる。

 

 地面に叩き落とされた白鯨の巨体は一瞬にして霧の中へと消えてしまった。

 

『そうか、まだボクと戦うつもりでいるんだね。だったら──!!』

 

 寒気はパックを中心にさらに強さを増していった。それは無形の霧さえも凍てついた霜へと変え、世界を覆っていた白い霧は瞬く間に完全に凍りついた。

 こうして世界は再び霧の白から吹雪の白銀の世界へと姿を変えた。そして、霧のヴェールが剥がれ、その中に潜んでいた白鯨の姿が浮かび上がった。

 

「「「────ッ!!」」」

 

『なるほど、それがキミの切り札ってわけかい?』

 

 霧に紛れて一瞬だけ姿を見失ったわずかな隙に、白鯨は凍りかけて傷付いた体を再び浮かび上がらせ、3体に増えていた。

 そして、3体の白鯨から言葉は発せられないものの、その咆哮からは激しい怒りが感じ取れた。

 

「なんすか、アレ!?まさか、白鯨って一匹だけじゃないんすか?」

 

 空に浮かぶ3体の白鯨の出現に、森の中から観戦していたルプスレギナは驚愕の声を上げる。

 慌ててクエスト画面を開いて白鯨の名前の隣に書かれている数字を確認するが、相も変わらず数字は変動しておらず、0/1のままだ。

 つまり、あのうちのどれか一匹でも倒せばクリア。あるいは、白鯨と名の付くのは最初の1体のみで、他の2体を倒してもクリア扱いにならないのか。

 

「どちらにせよ、全部まとめてパックが殲滅してくれれば非常に楽なんすけどね」

 

 高みの見物は楽でいいが、標的《ターゲット》の始末が現状クエストになんら関係ない、精神的に不安定なパックに全て任せるのは非常に心配だ。

 先ほどから観察している限りでは、あの巨獣となったパックの実力は白鯨を優に上回っているものの、それが白鯨を確実に倒すことには繋がらない。

 

「もし今の霧で逃げられていたら、探し出すのは手間っすからね。出来る事ならちゃんと始末して欲しいものっす」

 

 この何処とも知れぬ異世界で学園での繋がりを失った今、頼れる伝手もなく、一度見失った存在を探し出すのは困難を極めるだろう。

 もし自分に、至高の御方であるアインズ様には及ばずとも、その次に賢いデミウルゴス様やアルベド様ほどの知性があればと、叶わぬ願いを抱きつつ、ルプスレギナは静かに目の前の戦いの行方を見守っていた。

 

「んん?あれって……?」

 

 空を悠々と漂う3体の白鯨。しかし、その違和感を覚えたルプスレギナは目を凝らす。後から現れた2体の白鯨にはすでに傷があり、その傷が全て同じ箇所にあることに気づく。それによって、白鯨が増えた理由をなんとなく理解するのだった。

 

「これって、もしかして別個体じゃなくて、同一個体が増えたって感じっすか?なら、クエスト画面で標的(ターゲット)の数が1のままなのも納得っすね!」

 

 白鯨という魔獣がどうやって増えるのかは謎だが、正直ルプスレギナにとってはそこは重要ではなかった。問題なのは、あの3体の白鯨を全て倒さないとクリアできない可能性があり、どうしてもパックに全てを仕留めてもらわなければならないという点だった。

 

「「「────ッ!!」」」

 

 もはや月の光すら遮るほどの分厚い吹雪が吹き荒れる遥か上空で、3体の白鯨が一斉にその大口から霧のブレスをパックに向けて放った。

 

『消滅の霧か。そんなのでボクを倒せると本気で思っているのかい?』

 

 3体同時の霧のブレスも、パックが纏う冷気に触れるだけで凍り付き、パックに届く前に粉々に砕け散る。

 だが、それで諦める白鯨ではない。ブレスが効かないと悟るや否や、2体がパックに向かって猛然と襲いかかる。

 

『諦めの悪い。いや、諦めるという知性すらないのか?』

 

 その巨大な角で突き殺そうと突進してくるが、無駄な足掻きだとばかりに、パックはその2体が自身に当たる瞬間、1枚の巨大な氷の盾を展開する。

 2体の白鯨と氷の盾が正面衝突する。全長50mを超える巨体が2体もぶつかれば、その勢いで氷の盾が砕けるのは当然かもしれない。しかし、その氷の盾は大精霊であるパックが生み出したものだ。

 激突の瞬間、まるで大型トラックがダムに衝突したかのような轟音が鳴り響き、2体の白鯨は氷の盾によって弾き飛ばされる。そして当然のように、氷の盾にはヒビの1つすら入っていない。

 

『鬱陶しいから、分身の方にはもう消えてもらうよ!』

 

 煩わしげに、初撃の倍以上の大きさの氷槍を作り出し、氷の盾に弾き飛ばされて地面に横たわる2体の白鯨の真上に浮かべる。

 そして、そのまま加速をつけて一気に降下させる。2体の白鯨は迫る巨大な氷槍に何もできず、腹部を貫かれてしまった。

 

「「────ッ!!」」

 

 断末魔の咆哮と共に、2体の白鯨はどこか茫洋と薄れ始めていき、そのまま死体も残さずに消えていった。

 

「あ~、やっぱしあの急に増えた2体って白鯨の分身か何かだったんすね。弐式炎雷様と同じ忍者のクラススキル?あるいは白鯨の種族スキルによるものだったんすかね?どちらにしても、私1人だけじゃあれを相手に勝てる可能性は低かったっすからね、マジでラッキーっす!!」

 

 そう言いながらも、ルプスレギナは全く安心していなかった。確かにパックは2体の白鯨を殲滅したが、それらは所詮偽物に過ぎない。

 未だ空に浮かび続けるあの本物の白鯨を討ち堕とさなければ、クエストの達成には至らない。

 

『さて、ここまで随分とマナを消費した。流石四百年も生きているだけあって、ボクもそこそこに手こずったよ』

 

 それが本心なのか、ただのリップサービスなのかは分からない。

 いずれにしても、空を漂う白鯨はすでに虫の息だった。 最初の氷槍による攻撃に加え、凍土と化したフィールドの冷気ダメージが蓄積し、どれほどタフな白鯨でも、もはや息絶えようとしていた。

 

 それは誰の目にも明らかで、白鯨の高度は徐々に低下し、遂にはその巨体が地面に崩れ落ちた。

 もう命の灯火が消えかけているのだろう。ゆっくりと、静かに、氷結の浸食が体の端から始まっていった。

 

『……これ以上の手出しは無用かな。四百年も生きたんだ、十分に長生きしただろう。……じゃあね』

 

 氷像と化していく白鯨の横を通り過ぎ、パックは王都を目指して再び歩き始めた。

 

 吹雪による風の音だけが響くその場で、氷像となって動かなくなった白鯨の前に、凍土となった草原には不釣り合いなほど薄着の女性、ルプスレギナが姿を現した。

 

「結局、トドメはなしっすか。まあ、放っておいても死ぬだろうっすけど、念には念を入れてちゃ~んと殺しておくっすかね」

 

 〈吹き上がる炎(ブロウ・アップ・フレイム)

 

 ルプスレギナが手を掲げると、白鯨の真上に魔法陣が浮かび上がった。

 それは眩い輝きを放ち、次の瞬間、地獄の業火のような猛烈な炎が巻き起こった。

 

 あらゆるものを焼き尽くさんと暴れる炎は、50メートルもの巨体を誇る白鯨を完全に包み込んでいく。

 冷気ダメージで瀕死状態だった白鯨は、今度は灼熱の炎に焼かれ始めていく。その炎の熱量は凄まじく、周囲の凍りついた大地さえも溶かしていった。

 やがて炎が消え去ると、そこには丸焦げとなった白鯨の死体が横たわっていた。

 もしこれを彼女の主が観ていたならば『凍えて死ぬのも、焼かれて死ぬのも違いは無い。同じ死だ』と軽口を叩いていたかもしれない。

 

「しっかし、流石はクエストの標的(ターゲット)に選ばれるだけはあるっすね。私の持つ最大火力の魔法で焼いた筈なのに、凍っていたのを加味しても灰にならずに丸焦げで済むなんて……」

 

 異世界でルプスレギナが出会ったナザリックの外にいる生命体は、数えるほどしかいない。アインズが連れ帰ったペットのハムスケや、守護を任されたカルネ村の人間やゴブリンたち、そしてそれを襲うオークや人間の軍などだが、いずれも今の魔法を受ければ灰となって死に絶えるのは確実だ。

 

 しかし、目の前に死体となって横たわる白鯨を見ると、先ほど口にしたように凍っていたとはいえ、死体が残っている時点でその耐久力の高さが窺える。

 もし万全の状態で一対一で戦っていたら、どれほど苦戦したか、あるいは敗北していた可能性もあるだろう。

 

「さて、そんなこと気にしてもしょうがないっすし、クエストの方は――おっ!」

 

 何もない空を指でなぞるとクエストと表示される画面が現れる。

 そこには相も変わらず表示される2つの標的(ターゲット)の名前があったが、1つだけ変化があった。

 

 ・白鯨 1/1

 

 0だった数字が1に変わっていた。つまり、白鯨討伐が正式に認められたということだ。

 ただ観戦していただけで、トドメとなるラストアタックのみした結果だったが、どうやらクエスト達成条件の半分は無事クリアできたようだ。

 

「ん~、これで残りはペテルギウス・ロマネコンティだけっすけど。肝心の魔女教はパックが全部殺しちゃったみたいだし、手掛かりも何一つ残っていない現状じゃ……。あっ!」

 

 閃いたとばかりにルプスレギナはその場を後にし、ペテルギウスらしき魔女教徒が死んだ現場に戻ってきた。

 

「え~っと、あの気味の悪い男の死体は~っと?あっ、エミリアとスバルの死体は邪魔なんで隅っこの方にポイっす!」

 

 丁寧に氷漬けにされたエミリアの遺体と、吹雪で半ば崩れたスバルの凍死体を、まるでゴミのように放り投げた。そこには死者への敬意など微塵もなく、この光景を目にしたスバルたちの関係者がいれば、一触即発の事態になるだろう。

 これには主人であるアインズですら、敵ではなく学友である2人に対してこのような無礼な扱いを見れば、苦言を呈するに違いない。だが、今ここにいるのはルプスレギナただ一人、邪魔な物をどけて辺りを調べると、目当ての物と思われるものを見つけた。

 

「ん?これは本っすか?」

 

 氷像となりパックに叩き潰されたペテルギウスの私物らしきものが、粉々にならず雪に埋もれているのを見つけ、それを拾い上げる。

 それは一冊の本で、情報体であるならば魔女教の手掛かりとなるかもしれない。上手くいけばペテルギウスの所在地やその実力、戦闘スタイルが分かるかと期待してパラパラと内容をちら見してみるものの、書かれている文字が異世界仕様であるため、ルプスレギナには解読できずお手上げ状態になった。

 

「まあ、読めないのは仕方ないっすね。また街……って、パックが滅ぼしに行っちゃってるから無理そうっすね。別の場所で読める人を探すしかないっすかね?」

 

 再びゼロからのスタートとなった現状に頭を悩ませていると、この極寒の環境によるものではなく、誰かの殺気による背筋の寒気が走った。

 その気配を感じ取って背後を振り向いたと同時に、首と四肢が見えないナニカに掴まれて宙に浮かされる。

 

 そのまま周囲の木々よりも高い場所に浮かばされると、背後の森から1人の赤みがかった茶髪をやわらかに伸ばしたつり目がちな()()が姿を現した。

 

「おやおやおや、この様な状況で死体漁りとは感心いたしませんね。ワタシもこの環境に無策に、無意味に、無防備に!飛び込んでしまえば、氷漬けになって死んでしまいますからね。必要最低限の装備を整えて急いで戻って来たというのに、まさか我が敬愛すべき魔女からの寵愛を横取りしようという愚か者がいようとは!!ああ……!!この身の鈍間を!我が怠惰をどうか!どうかぁぁぁ!!!許したまえ、魔女よぉぉぉぉ!!!!」

 

 ゴッ!ゴッ!と本気で自分の拳で顔面を殴り続け、全く手加減をしない自虐的な行動に、見えないナニカで宙に浮かされているルプスレギナはドン引きしていた。

 あれは魔女とやらの忠誠心からではなく、彼女自身の性質によるものだと見抜き、その狂気ぶりに楽しくない玩具だと判断した。

 

「ふぅ~……。さて、ひとつお聞きしたいのですが、アナタは一体どこのどなたでしょうか?アナタのような存在は我が福音書には記されていなかった!?いえ、それはいいのデス。ワタシが見落とした?あるいは記されるほどの存在ではなかった?どちらにせよ、アレは魔女からワタシに与えられた寵愛の証!それを奪い取るとは──アナタ、些か『強欲』ではありませんか?」

 

「ん~、その福音書って、今私が右手に持ってるこの本のことっすか?」

 

見えないナニカに捕まりながらも、まだ動く右手をヒラヒラさせて持っている本を見せつける。

 

「ええ、そうデス!その通りデス!!それこそが魔女によって選ばれた寵愛のソレ!!それを資格もなく、魔女に報いる勤勉さも持たぬ愚か者が触れていい代物ではないのデス!!!」

 

 目をかっぴらいて怒りに打ち震える彼女だったが、そんな怒気もまるでそよ風のようにルプスレギナは受け流してニパッっと笑う。

 

「つまり、この本を返して欲しい。そういうことっすよね?だったら、私から1つ質問してもいいっすか?」

 

「質問?アナタが?このワタシに?」

 

 今の状況を分かっているのかとでも言いたげな彼女を無視して、ルプスレギナは話を続けた。

 

「実は私、ペテルギウス・ロマネコンティって人を探してるんっすよ。その人の居場所とか特徴を教えてくれたら、この本を返してあげてもいいっすよ!」

 

「──そう……デスか。なるほど、なるほど。そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。ご紹介が遅れました。ワタシは魔女教大罪司教『怠惰』担当。ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!」

 

 両手を広げ、舞台劇でも演じているかのような仰々しい自己紹介に、ルプスレギナは目を見開く。

 だがそれは、ぺテルギウスの派手な自己紹介に驚いたからではなく、目的の人物にこうもあっさりと遭遇出来たことに驚き、喜びを得たためだ。

 勿論、それがこちらを騙す為の噓偽りの可能性もあるが、どちらにせよ、本を返して欲しければ居場所を言えという質問に対して、ぺテルギウスが答えたのは確かだ。

 

「そうっすか、そうっすか。なら、この本を私がぐちゃぐちゃってしないうちに、この意味わかんない拘束を解くっすよ!」

 

「──そうデスか。ワタシが支払った対価に対して尚も要求を突き付けるその『傲慢』さ、アナタ……さてはワタシのこと、舐めていますね?」

 

「っがぁ!?」

 

 底冷えするほど冷酷な声を発するぺテルギウス。堪忍袋の緒が切れたのか、ルプスレギナの首を掴む見えざる手の力が徐々に強まっていく。

 傍目には、宙に浮いたルプスレギナの首に誰も触れていないはずなのに、首に浮かび上がる手形と共にその力が増していく様子は驚愕を禁じ得ないだろう。

 やがて左手、右足、左足、そして最後に福音書を持つ右手を掴んだ見えざる手が、それぞれ握り潰すように力を強めていく。

 

「がっあぁぁぁ!!!」

 

「ほうほう、この極寒に支配された世界で凍死せずに動けている時点でタダ者ではないと感じていましたが、我が見えざる手による圧殺をこうまで耐えうるとは!!しかし、だからといってどうということはありません!!このままじわじわとなぶり殺しにするのも一興!!ただ、その手に持つ我が福音書だけは回収させてもらうとするのデス!!!」

 

 ルプスレギナには見えないが、ペテルギウスはさらにもう一本の見えざる手を福音書を持つ右手に伸ばす。

 そして、2本の見えざる手がルプスレギナの右腕を完全に破壊した。

 

「────っっっ!!?」

 

 その声なき悲鳴は、吹き荒れる吹雪にかき消されながら、ルプスレギナの真下に積もる雪のキャンバスへと赤い絵の具をぶちまけたような惨状を作り出した。

 そして、真っ赤に染まった雪の上に本を掴んだままのルプスレギナの引き千切られた右腕が落ちる。

 

「おお!おお!!魔女の、魔女の寵愛の証である福音書が再びワタシの手の中に!!」

 

 ゆっくりと、福音書が落ちた場所へ足を一歩ずつ運ぶ。ようやく福音書の元へ辿り着いたぺテルギウスは、濁流のような涙を浮かべながら、まるで大切な宝物を取り戻すかのように、ルプスレギナの手から福音書を丁寧に傷付けることなく引き剝がした。

 そうして用済みとなったルプスレギナの右腕はゴミのように乱雑にその辺に投げ捨てる。

 

「ああ、なんということでしょう。このような怠惰な我が身の至らなさに加え、信仰を持たぬ怠惰な者に触れさせてしまうとは。勤勉さこそがこの世で最も尊きことであり、怠惰は最も唾棄すべき悪徳。ならば、私は勤勉さでもって、この失態を償わねばなりません!我が身の罪を贖罪の行いでもって清めなくてはならないのデス!」

 

 まるで自分を罰するかのように、自らの両手を噛みちぎらんばかりに強く噛み締め、怠惰な自分を血の涙を流して恥じていた。

 繰り返される自傷の果てに流れ出た血が吹雪で凍りつくのも気にせず、ぺテルギウスは己が気が済むまで謝罪と自傷を繰り返す。

 

「──ふぅ、過ぎたことをいつまでも気にしてはいられないのデス。もう既に試練は果たされた。半魔の娘は怠惰にも死を迎え、これ以上ここに留まる理由もありません。あぁ、そうだ!」

 

 自傷の罰に夢中になっていたぺテルギウスは、ふと思い出したように顔を上げ、見えざる手で締め上げられているルプスレギナを見上げた。

 見えざる手によって首を鷲掴みにされ宙吊りにされた彼女は、苦しそうに呼吸もままならず、弱々しくもがくしかできなかった。

 

「ワタシを探し求め、ついには求めし者の元へ辿り着いたアナタの勤勉さ!実に、実に素晴らしいぃぃぃ!!!デスが……、こうして無様にも我が見えざる手に捕まり、目的も果たすことなく散っていく。アナタ──」

 

 ゆっくりとその何も持たぬ手をルプスレギナに向ける。

 

「──実に『怠惰』デスね!!!」

 

 ゴキリ!と骨の折れる音が吹雪の中でもはっきりと響いた。ビクリとルプスレギナは痙攣し、美しかった体はまるで出来の悪いマリオネットのように宙で手足をブラブラさせていた。

 その無様な姿を見てペテルギウスは満足そうに頷くと、見えざる手を彼女から離した。すると、ルプスレギナはそのまま地面に落下し、ドシャリと雪の積もった大地に叩き付けられた彼女の体は、微動だにしなかった。

 

「まだ、まだなのデス!我が寵愛を奪い去ろうとした罪はまだ赦されていないのデス!!」

 

 これでも怒りが収まらないのか、それとも警戒しているのか、見えざる手をさらに生み出し、雪の上で微動だにしないルプスレギナを執拗に叩き潰す。握りしめた拳や大きく開いた掌で、何度も何度も彼女を殴打する。

 そのたびに周囲の雪にルプスレギナの赤い血が飛び散っていく。

 

「ああ、脳が──震えるぅぅぅ!!!」

 

 目の前の自身が作り出した惨状に、ぺテルギウスは歓喜するような嘲笑と叫び声を上げてようやく見えざる手を引っ込める。

 その頃には、ルプスレギナの自慢の美貌は見る影もなく、思わず目も逸らしたくなる肉塊のように変貌していた。

 

「さて、思わぬ障害に出くわしましたが、全ては魔女の御心のままに!しかし、結局のところ、彼女が何の目的でワタシを探していたのか?」

 

 その疑問に答えられる者はもうここにはいない。終わってしまったことを考えるのは無駄と判断してぺテルギウスは踵を返す。

 

「さあ、次なる福音書の導きのままに、我が敬愛を魔女に示さなければ!!」

 

 ケタケタと嘲笑を響かせながらぺテルギウスは次なる啓示を果たすためにその足を前へ前へと進める。

 この先に魔女が望む結果があると信じて──。

 




正直言って、投稿が遅れた半分の理由がぺテルギウスの狂人発言を考える時間でしたね。
滅茶苦茶特徴的なキャラだけど、あまりに尖り過ぎてるせいで台詞が常人では上手く考えられねえ!
長月先生マジパネェ!!

4章でのスバル視点外の放送

  • エミリアの試練
  • ラムの告白
  • ガーフィールとエルザのバトル
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