美少女メイドゴーレムになったので悪役令嬢を幸せにしたい   作:黒薔薇

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ポンコツの出会い

 可愛い、かっこいい、一つになれば最強間違いなし。

 究極、完全、無敵。どんな言葉だって今の俺を表せやしない。

 

 鏡の前で胸を張る。張る胸は無いが、白いフリルが代わりに揺らめいた。

 

 その髪は黒く長く、絹の糸めいて艶やかに伸びている。

 その目は青く透き通り、薄らと歯車が見えている。

 その手足は細く長く、白磁の様な白さを湛えている。

 その身体は重く硬く、万力の様な力を秘めている。

 

 ヘッドドレスは定位置に、リボンの具合もバッチリ、長手袋にガーターも皺なし、ほつれなし、破れなし。今日の俺も完璧を越えた完璧。

 

 人は50で天命を知るらしいが、俺は生まれ直してすぐに天命を知った。

 

 あの笑顔をもう一度、至極単純明快ながら困難極まる願いを。

 

「ふふん、わてーしが完膚なきまでに幸せにしてやりますよ。お嬢サマ! さぁ、今日も一日、頑張るです!」

 

 今日も笑顔で、ご安全に、真っ向勝負で! 

 

 

 

〉──────────〈

 

 

 

 あれは、つい昨日の事の様に思い出せる。

 俺は雑食タイプのゲーマーだった。近所のゲーム屋のワゴンからめぼしいソフトを探し出し、クソゲーなら笑って、隠れた名作なら喜んで、そんな細やかな趣味のひととき、心のオアシスに向かったある日。

 

戦乙女(いくさおとめ)()と踊る』

 

 あるパッケージが目に止まった。主人公であろう少女を中心に4人の男が囲うパッケージ。どう見ても乙女ゲーだが、何故か手に取っていた。

 

「……ARPGかつ恋愛AVG、最近出た奴か。ワゴンの癖にあんまり安くないのはなんだ? 人気なのか、これ?」

 

 1人専用、完全に乙女ゲーだった。パッケージの後ろには壁ドンされた主人公がキスされてる絵をバックに、プレイ画像がフィルムの様に並んでる見覚えのある構図。怪しいゲームは時折パッケージ時点で力尽きてる事もあるが、これは違う。

 

「……しかもこれ、箱のパッケージだ。初回限定の設定資料付きとか書いてるし」

 

 たまに見かけるタイプだが、こういう感じは嫌いじゃない。近年珍しくもなくなったソフトのダウンロード購入だが、こういう物体としての厚みや、中身に何が入ってるのかっていうワクワク感も捨てがたいんだ。すぐ買えるし場所を取らないし売り切れがないのは本当に助かるんだがな。

 

 なんて思いながらも即購入。悩むよりやってみろ、悩んで買ってから悩むより、とりあえず買ってから悩んだ方が無駄が少ないのである。これが俺のライフハック。

 

 と、家に帰って遊んでみれば、アクションがやや複雑だが、中々に遊び応えのある難易度。初戦が負けイベだったが、ついロードを繰り返して勝つまでやってしまう程度には触り心地が良い。だが久しぶりに◯ボタンが決定のゲームだったせいで少し感覚がバグる。

 

 内容はファンタジー、剣の才能に満ち溢れた主人公が国の凄い学園の騎士科に特待生とやらで入るんだが、そこで魔法科の貴族が平民生徒に対して虐めをしている所を目撃し、それを止めようとしてボコられる。

 この世界で魔法を使えるのは限られた存在で、更にその割合も貴族に偏っていたから、差別思想が加速したらしい。魔法と剣技には隔絶した差がある様で、誰もが主人公を無謀と断じたが、土壇場で主人公が覚醒。『魔法を斬る剣技』によって嫌味な貴族に土を付けた。

 

 そこである魔法使いに『おもしれー女』扱いされ、恋物語が始まる……かと思えば俺は1周目で主人公が剣神と化すエンディングに入り、『私を倒せるのは私以外に存在しない』なんてモノローグと共にスタッフロールが入り誰とも付き合わず終わって唖然とした。兎に角レベリングばかりをしていたせいで、どうやらエンディングに必要な一部条件を満たしてしまったらしい、強過ぎて独り身とは、ある意味強者故の孤独である。

 

 それ以降は普通に恋愛AVGとして遊んだ。内容としては可も不可ももなく。ただ主人公の女友達や攻略不可能の先生が中々良いキャラをしていた。

 

 だがそれ以上に記憶に残ったのは……悪役ポジションの存在だった。

 

 人形姫という異名で呼ばれていた侯爵令嬢である彼女は魔法使いで、強力な闇魔法の使い手。

 主人公は基本的に色恋に疎いのだが、彼女が思いを寄せていた攻略対象の1人から興味を持たれている事を不愉快に思っていたらしく、様々な嫌がらせに発展、最後には落ちるところまで落ち『正々堂々死合って終わりにしよう』と言った主人公とガチバトルに発展する。

 死闘の末に最後は分かり合えたかに見えたが、主人公の腕の中で『ああ嫌ね。貴女の腕の中で死ぬなんて、死んでも死に切れないわ』とこれまで笑わなかった彼女が笑いながら皮肉を言ってそのまま死ぬ、というのが()()()()な死に方のキャラクターである。

 

 他のルートでは仲間に裏切られて死んだり、魔王の器になったり、終末兵器に生きた燃料として取り込まれたり、邪法の生贄になったりと開発は彼女に親でも殺されたのかという様な仕打ちをされている。因みに、主人公が攻略対象の1人から興味を持たれるまでは共通ルートの為、人形姫から恨まれるのは回避不可能だった。

 

 で、ここまでならばただの悪役でしかなかったのだが、同梱されていた設定資料を見ると、彼女のバックボーンについての短編小説があった。

 

 要約するとこうだ。

 

 彼女は幼い頃から王との婚姻を成せなかった母により"自身の分身"の様に育てられていた。牢のような古城に1人で押し込め、普段の身の回りの世話は全てメイドゴーレムに任せていた。そんな生活の中、少しでも欠点があると見れば母は娘を呼び出し、それを激しく叱責し、拷問めいたやり方で痛めつけ、それが彼女の心を歪めた。結果、第一王子に強い執着を向ける様になった。また、この暮らしぶりを見た周囲は彼女を人形姫と呼んだ。

 

 とあるのだ。彼女は闇の魔法を使うのだが、家庭環境の方がよっぽど闇に染まっていた訳だ。こんな環境でまともな育ち方をするはずが無い。

 

 寧ろ、1つのルートでは和解の可能性が示されただけでもびっくりだ。

 

 俺はこの設定資料を見てから、人形姫の事が気になって仕方なくなってしまった。全編フルボイスという豪華仕様と声優の熱演もあって、人形姫はただの悪役ながらも記憶に残るキャラだった。

 

 それは俺が、最近発売されたフルプライスの続編を買う決意をする程に。

 

 続編に彼女がいる筈もない事は分かっている。しかし、彼女に関係するキャラクターが主人公だという噂を聞けば居ても立っても居られなかった。

 

 俺は財布を持って家を出た。

 

 

 

 ──そこから先の記憶はない。

 

 

 

〉──────────〈

 

 

 

 

 生まれ直したら美少女に生まれたい。なんて俺は願っただろうか。

 

 目覚めればそこはどこかの高級ホテルの様な空間だった。具体的には、高そうなカーペットや照明なんか置かれてる辺りが。高級品には縁遠い一般人だった俺には価値なんて分からないだろうけど。

 

「ほえぇ……」

 

 次に、身体が妙に軽い気がした。視線を下に向けて気付く。手足が既に美少女だ。見たら分かる、これ絶対可愛い奴やん……と思って部屋のガラス窓に目を向けると、そこには無愛想なクール系少女が居た。

 

「……いや、これはこれで可愛いけど、勿体ないよな」

 

 両頬を持ち上げ、少し保持してみる。普段は使わない顔の筋肉を意識する様なイメージで。

 

「ヨシ、これでOK!」

 

 すると、口角が上がって微笑みを浮かべる事が出来るようになった。

 

 ……って、誰の体だコレ。いや俺の身体か。

 

 ……は? 

 

「どええぇぇぇぇぇッ?!」

 

 待て待て待て。どこだここ、お城か、ダンジョンか何かか。

 それともなんだ、VRって奴か。

 てか周り見たらメイド服の美少女が大量に椅子に座ってるんだが、一体何なんですかい。って、よく見ると関節部が人のそれじゃない。マネキンみたいな構造をしている。自分の身体も同じだ。

 

 ──俺が美少女になった事は百歩譲ってヨシとして、この空間に拉致られたのはどうして、Why? 

 

「──001、起動します」

「うぉっ?!」

 

 背後から声がしたと思ったら、今度は座ってた美少女が002とか言いながら次々立ち上がり始めた。

 

「美少女ハーレム、にしちゃあ生気が無え()()()。……ん? 口調が、可笑しい()()()。これ強制敬語なん()()()?!」

「──015、起動します」

 

 表情と言葉は皆同じだが、見た目はバリエーション豊か。男ならば一度は憧れるシチュエーションかも知れないが、異常な現状を前に硬直する俺。

 

「作業を開始します」

 

 立ち上がったメイド達がぞろぞろと部屋を出ていく姿を目で追う。彼女達は俺に見向きもしなかった、美少女なのに。

 

「えぇ? 一体なんなんですか、この状況は」

 

 最後に出て行こうとした1人を捕まえてみる。何か聞けるかもしれない。

 

「……あの、ここはどこなんですか?」

「ここはマリア・ルクスベル様のお家です」

 

 生気も覇気もない、淡々とした言葉で返された。近頃の合成音声は遥かに感情豊かだというのに。

 

 そして俺は、その名前に聞き覚えがあった。

 

 当然だ、それはさっきまで俺が買いに行こうとしていた作品シリーズのキャラなのだから。

 

 マリア・ルクスベル、それは『戦乙女(いくさおとめ)()と踊る』、略称『乙女踊(おとおど)』の悪役令嬢……ヴィラン、或いはライバルポジションの名前である。

 

 夕暮れの小麦畑の様な金色の髪に、澄んだ水面の様な青い瞳と称される外見からして美女であるのは当然として、まるで笑わない姿がまるで人形の様だと揶揄されていた彼女だが……その暮らしぶりはそれこそ設定資料にしか載っていない。

 

「……同姓同名? これは、夢?」

 

 どう拗らせたら美少女メイドになる夢を唐突に見るのかという話はさておき、そっちの方がよっぽど納得出来る様な気がしてならない。

 

 だが、妙にリアルに見える。胡乱な所が無いというか、自分の外で世界が回ってる様な、そんな実感がある。

 

「これ以上質問が無ければ、作業に向かいますが」

「……最後に! マリア様の居場所を教えてくれです!」

「データをインプットしていないのですか」

「インプット? いや、普通に知らないだけです」

 

 そう言うと、目の前のメイドが俺の頭を掴み額をくっ付けて来た。

 

「ちょっ、いきなり何しようってんですか?!」

「城の地図データを送信します」

「ぬおおっ?!」

 

 と、フラッシュバックめいて俺はマリア様の居場所を()()()()()。って違う違う、俺は知らない筈だ。ってことは、彼女からデータが送られて来たってことか。つまり人形じゃなく、ロボットって事か。ファンタジー的に言えばゴーレム。

 

「サンキューです、メイドさん」

「割り込み作業を完了、従来の作業に戻ります」

「やけにそっけないな……です」

 

 落ち着いて来たからか、勝手に口が動くのもストレスだな。もうですます口調で話すつもりになってた方が気が楽か。いつまで続くのかは分からないが。次の瞬間には目が覚めているかも。

 

 なにせ、今から向かうのはこの現実か夢か分からない空間の中心人物、マリア様の部屋なんだからな。

 

「そう、決まったら即断即決ですよ! マリア様のお顔を見てやろうじゃないですか!」

 

 部屋の外に飛び出すと、そこは重苦しい石色に包まれた廊下。何ここ、監獄かって言いたくなるくらいには気が滅入る風景が広がっている。辛うじて行き交うメイドが目の保養になるくらい。

 

 ここに本当に人形姫が住んでるのか、平民な主人公をバチバチに見下してたあのプライドが高そうだった彼女が。気になる事はマウンテン程あるが、今1番気になるのは、彼女が本当に件の彼女であるかという事。

 

 一目生で見てみたいなんて感情も混じって足が速くなる。

 

 メイド達をすり抜け、目指すは城の中央塔。時折道を間違いつつも地図が頭の中にあったおかげで辿り着く事が出来た。

 

「……これが女の子の部屋の扉ですか」

 

 飾り気の無さ過ぎる茶色の扉。お嬢様の部屋の扉か? これが……。

 

 だが、ここに来て急に頭が冷めてきた。俺がこうした所で何になるのか、と。

 ……数秒だけそう思ったんだが、生で美女を見られるのならそれはそれで理由になるのでは、と思った。となれば。

 

「すいませ〜ん! 誰か居ますか!」

 叫んでみる。しかし反応はない。

 

 ──ダンダダン! ドン! バキッ! 

 叩いてみる。しかし反応はない。

 

「見てろですよ! ゲーセンで鍛えたこのステップ!」

 踊ってみる。しかし反応はない。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………あれ、まさか本当に誰も居ない感じかこれ。閉じ籠ってるとかではなく、マジで俺の独り相撲? い、いや、恥ずかしくて死にそうなんだけど。

 

「ちょ、ちょっと!? 居るんですよね!」

 

 扉に縋り付きながら叫んで……声が返って来ない事に軽く絶望した。今だけ世界で1番孤独な男の称号が得られそうな気分だ。

 

 居ないなら、戻るか……。

 

「朝から何なの。煩いわね……」

 

 扉の向こうから声がした。自分の声じゃない、やや棘のある声色で。

 

 そういや今は朝だったか、窓の外はまだ仄かに暗いが。こんな時間に騒がれたら確かに不機嫌にもなる。だがそんな事は俺の身に起きた事に比べれば些事だ。これが夢か現かはっきりさせたいんだ。

 

「……っ!? 居るんですね! 開けてくれです!」

「はぁ、朝食なら扉の側に置いておいて」

 

 俺の事を朝食を運んで来た誰かだと思っているらしい。もし、このまま問答を続ければ怪しまれるんじゃなかろうか。その時、どう扱われるかが想像出来ない。スクラップとか粗大ゴミ送りとか……怖くない? 

 

 そう考えてしまうと次の言葉が途端に紡げなくなる。

 

 黙って取り留めもなく考えていた時だった。

 

「……もう行ったかしら」

 

 ……え? と開きかけた口から、声は出なかった。

 

 急に開かれた扉の中から、姿を現したのは、女神か。

 

「な、なんでまだ」

 

 金色の髪も、青い瞳も、人形の様な完成された美貌は、どんな言葉で表せるのか、想像もつかない。だが、その要素は間違いなくあのマリア様である事を示している。

 顔は俺が知っているマリア様より遥かに幼い。幼いが、はっきりと美人になる顔をしていると一目で分かる。

 

 ゲームのマリア様は美人系で、可愛いよりは美しいという言葉が似合う感じだったが、どこか幼さ混じる今の彼女はかなり可愛らしくもあるのだ。

 

「すっ」

「……な、何よ、このゴーレム」

「すっげ可愛いです」

 

 無理矢理に口にした褒め言葉は、酷く格好が悪い。

 唖然としている彼女に掛ける褒め言葉が見つからない。

 国語が平均点の俺に、月が綺麗ですなんて洒落た言葉は思い付かない。今、朝だし。

 

「太陽が……眩しいですね」

「太陽なんてここからはどこにも見えないわよ」

「……今のは忘れろですよ」

 

 目の前の彼女との距離は変わらない筈なのに、どんどん距離が離れてる気がするのは何故だろう、泣きたくなってきた。

 

「……それよりも、ここはどこなんですか?」

「何を言ってるの? まさか、不良品かしら」

「いや! 違うであります! 断じて不良品ではありませんですよ!」

 

 よく分からないが今俺は生死の境にいる気がする。全力で誤魔化さなければ死ぬのではないか。そうなると途端に口が回り出す。

 

「わ、私は最近ここに運び込まれたばかりで右も左も分からんですよ。だからこうしてマリア様に話を聞きに来たのであります!」

「新しいゴーレムなんて頼んだかしら……まさか、お母様が?」

 

 やっぱり俺はゴーレムだったらしい。しかもメイドのゴーレムだ。どう考えてもやるべき事は主人への奉仕。となれば主人から直接聞けば分かるのでは、というIQ1万のアイデアを捻り出した俺は、取り敢えず聞いてみる事にした。

 

「……なので、やるべき事を教えて頂きたいのです!」

 

 ここまで来ると、夢でないという感覚が強くなってくる。夢の中で考え事をすると妙に纏まらなくなってしまうが、ここではその感覚が無い。一から十まで記憶して、それについて考えを巡らせる事が出来る。この身体がゴーレムだからか。

 

 夢だと高をくくって調子に乗ったら終わりだ。うかうかしてたら後ろからバッサリ、そんで廃棄処分なんて事もあるかも知れない。

 

 恐らく、この場所は設定資料にあった牢のような古城に違いない。なら、ここで働くゴーレムと同じ様に働く事が出来れば一先ず廃棄処分は回避出来る筈。

 

「……怪しいわね」

 

 ……あれ、俺終わった? 

 

 その場凌ぎの弁明でやり過ごそうと考えたその瞬間だった。

 

 突然緩やかに動き出した風景と、彼女の背後に鋭く光る鈍色が見えたのは。

 

「──危なっ、です!」

 

 それは刃。彼女の首元へ向かっていた。俺は声を吐き出しながら前に進む。恐怖は無かった、咄嗟だったから。

 

 彼女の手を引き、俺と立ち位置を入れ替える。遅い時の中で、驚くほどそれはスムーズに出来た。

 

 そして、身代わりとなった俺が見た次の景色は、()()()に見えるマリア様の驚く表情だった。

 

 

 

〉──────────〈

 

 

 

 切断され、撥ね飛ばされたゴーレムの頭部。

 

 私は、困惑していた。

 

 突然現れた暗殺者にではなく、あのゴーレムに。暗殺者はいつもの事で、当然気付いてもいた。旧い思想でも、次代の王族に闇魔法使いの血が混ざる事を疎む者は少なくはないから。初めはこの黒髪のゴーレムを利用した奇襲かとも疑っていた。

 

 けど、このゴーレムは私を助けようとした。

 

 もし、ゴーレムの言葉に偽りがなく、新しくここに運び込まれたゴーレムであるならば、私を守ろうとした事にも頷ける。ただそれは、単純に命令されたからに過ぎない。

 

 ……けれど、あのゴーレムは()()()()()で私に手を伸ばしていた。それでいて首を刎ねられた後、このゴーレムはあろう事か笑みを浮かべていた。

 

 あの笑みを見ると頭が痛くなる。

 私にあんな表情を向けて手を伸ばす存在なんて居なかった。

 

 無表情に無感情で日々の仕事をこなすゴーレム。

 仕事ばかりで私を視界にも入れないお父様。

 私を見ている様でその後ろの何かを見つめているお母様。

 

 今まで、誰も居なかった筈なのに。

 分からない、このゴーレムが。

 

「くっ、クソ……」

「貴方には後で話を聞かせてもらうわ」

 

 底なしの闇を作る闇魔法で暗殺者を拘束して、ゴーレムの頭部を拾い上げる。

 

「……あ、あれ? ()()()()生きてるですか?」

「ゴーレムが死ぬ訳ないでしょう。生きていないのですから。ますます怪しく見えてきたわね」

「わ、わてーしは決して悪いゴーレムじゃありませんよ!?」

 

 頭部が落下した衝撃で言語を司る回路が損傷しているのか、怪しい言葉遣いが一段と怪しくなったゴーレム。普通なら、このまま廃棄処分するべき……だけど。

 

 その目が、口が、色が、どうしてもただの人形には思えなかった。

 

「……はあ、主人を守るのなら、そちらが壊れては元も子もないでしょうに」

 

 気付くと私は、ゴーレムの頭を身体に戻していた。繋げれば、断面に刻まれた魔法陣によって接着される仕組みになっているのでそれ以上の事は必要ない。

 

「おっ、おお! わてーしの身体が動きます!」

 

 そう言いながら飛んだり跳ねたりする姿は、まるで子供だ。私よりも大きな癖に、どこか粗雑で品のない振る舞い。なのに、何故か目が離せない。

 

「これがゴーレムの力ぁ! です!」

 

()()()()が暗殺者だと思ってたさっきまでの私を殴りたくなってくる。さっさと出て行って貰いましょう。

 

「もういいかしら」

「あ、そうそう」

「……? まだ何か言いたいのかしら」

 

 私は首を傾げ、ゴーレムの言葉を待つ。私を呼び止めようなんて、ますますゴーレムとしては落第点以外の何者でもない。

 

 そんな私の考えなど知らず、間抜けな笑みを浮かべているゴーレムは──

 

「マリア様、わてーしを直してくれてありがとうです」

 

 ──頭を下げて、私に感謝を伝えた。

 

 ……まだ夢の中に居るのなら、さっさと目覚めなさいと言いたい所だけど、夢の中にまで暗殺者が居るなんて思いたくもない。

 

 仮に、これが現実だとして、こんなにも荒唐無稽な光景はない。ゴーレムはただ使命を全うするだけの無心の傀儡、嘘も偽りも無い代わりに、真実も存在しない。

 

 そんなゴーレムが感謝なんて、したとしてもきっと上っ面。その筈なのに。

 

「どうしたんです? まさか、わてーし何かやっちゃったですか……?!」

 

 不安げな眉も、見開いた瞳も、引き攣る頬も。

 その表情は、人のそれと違わない。どう見ても、それは人間の体温があった。

 

 それに、いつ以来だったかしら、お礼を言われるなんて。

 

「……ゴーレム、なのよね?」

「はいです! 多分そうです!」

「多分、ってどういう事なのよ……」

 

 こんな奇妙なゴーレムを相手にしていたら、私がおかしくなってしまう。

 

 どうにか部屋から追い出そうと考えていると、ゴーレムは性懲りもなくまた勝手に口を開く。

 

「あっ! そう言えばさっきの質問、答えがまだですよ!」

「ゴーレムの分際で、私を急かすつもりかしら」

「……はい。どの道、わてーしに後は無いですから! 不退転です!」

 

 普通に考えれば、どう考えてもこのゴーレムは壊れている。

 

 主人の心を逆撫で、乱し、踏み荒らす。どこかの山賊の首に挿げ替えた方がまだ礼儀を知っているゴーレムになるのではないかと思うほど。褒められるのは見た目くらいだけれど、中身が終わっているのではどれだけ皮が良くても意味がない。

 

 ……なのに。私は『捨てる』という簡単な行為に踏み切れない。

 

 ──『マリア様、わてーしを直してくれてありがとうです』

 

 理屈が感情に曲げられる。そんな不条理、許される筈がない。あんな誰でも言える一言に引き摺られて、馬鹿よ、そんなの。

 まだ暗殺者の仕掛けでないとはっきり分かった訳でもない。尚更側に置く理由は無い。

 

 捨てたら良いのに、何故私はまだ、このゴーレムについて考えを巡らせてるの。私がこのゴーレムを手元に置きたがっているとでも。

 

「……分かりました。わてーしは出て行きます! 短い間……というか一瞬でしたが、お世話になった気がするので挨拶はしておくです!」

 

 一瞬だけ、暗い顔を見せたゴーレムは表情を笑顔に戻し、部屋から出て行こうとした。丁度いいじゃない、このまま見送れば、いつもと同じ今日が過ごせる。

 

 ……今までと、何も変わらない今日がこれから続いていくだけ。

 

 牢の様なこの部屋で──

 ──寝て

 ──食べて

 ──勉強をして

 ──魔法の訓練をして

 

 誰とも話す事なく、また眠るだけ。

 

 孤独を殺せるのなら、壁とだって話す。けどそれは虚しくなるだけ。どこかのお伽話の様に鳥に語りかけても、それを嘲る自分が背後に立つ。両親に手紙を(したた)めても、封も切られぬまま暖炉の灰になるだけ。

 

 また、そんな昨日が続く。そう思ってしまったせいで、私の口は勝手に開いた。

 

「っ! 待ちなさい!」

「ぬおっ?! びっくりした〜、です」

 

 耳を押さえてこちらを見やるゴーレムに、次の言葉を継ごうとして、声が出ない。

 

 私が、こんなゴーレム相手に言葉を選んでるの? あり得ない。いえ、多少は相応しい言葉にすべきよね、ゴーレムの主人であるなら。そう、これは上の者として相応しい振る舞いをするだけ。

 

「……い、いいわ。そこまで言うのなら、無能なゴーレムでも置いてあげない事もないわよ」

「どっちなんです……?」

「いい? ゴーレム、今から……っ」

 

 言葉が繋がらない。落ち着いて、息を呑んで、吐いて。

 

 この言葉を絞り出すのに、何故こんなにも時間がかかるのか、分からない。分からない事ばかり。これも全部このゴーレムのせい、だから。

 

「……そこのゴーレム! 今から私の小間使いになりなさい。これは命令よ!」

「えっ?! マジでありますか!?」

 

 言葉遣いは失格だけれど、私の言葉に笑顔を見せるのは悪くないでしょう。他の部分は調教すればどうとにでも。

 

「ただし、私の小間使いに相応しい振る舞いをしなさい」

「はい、ヨロコンデー! です!」

 

 ──これで良かったの? 

 自分の理性がそう言っている。

 

 ──こうするべきよ。

 私は、そう返す。

 

 そう、矮小な人々の虫の音の様な声すら受け止められないで、王妃になどなれる筈もないもの。

 

「……そして、私がこう言ったからには覚悟しておきなさい」

「な、なんですか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その言葉、胸に刻みなさい」

「ひ、ひぇっ……」

 

 ゴーレムが怯えているなんて珍しい光景を目にしながら、私は朧げに思う。一時の迷いとも言えるけれど。

 

 この孤独を殺してくれるのは、もしかすると……と。

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