美少女メイドゴーレムになったので悪役令嬢を幸せにしたい 作:黒薔薇
夢の中で眠れば夢から覚めるなんて言うけど、まるで眠くならない。何時間だって起きられる様な気分で寝落ちを繰り返した若かりし日を思い出す。
「……小間使いって何すんです? 最初は角道開くとかですか?」
「やはり不良品ですわね」
「冗談です! 冗談ですよ!」
何言ってんのって目で見られてる俺。大丈夫、俺自身何言ってるか分からないから。小間使いと駒使いを掛けた場を和ますジョークのつもりだったが、異世界に将棋は無いもんな。チェスにすべきだった。
「ですが、いついかなる時も万全であるとは限りませんもの。与えられた手札を上手く切る事もまた上に立つ者の素質……で、期待はしないでおきますが、何か出来る事はあって?」
なんて逆境に燃えるタイプなマリア様はそう言ってらっしゃる。ボタンが掛け違ってたら、主人公になれそうなメンタリティだ。
んでもって美少女にそう言われるとつい見栄を張りたくなるが、張れるほどの見栄すら思い当たらないのは如何なものか。考えればゲーム位しかやってきた事が無い。そんな人生は虚し……くはないな。楽しいもの。トラック運転シミュレータでもクッキークリッカーでも楽しく遊べる俺に隙は無い……あっ、そうだ。
「そうです! わてーし、どんな仕事でも楽しく取り組めますよ!」
「……はぁ」
「苦行も笑顔でこなしてみせますよ!」
「どこかが壊れているのではなくて? その頭とか」
目を瞑る・ため息・首を振る。手遅れの患者を見た医者だってこんな露骨な態度しないでしょうよ。
どうやら俺は彼女の中でどうしようもない部類の存在にカテゴライズされているらしい。このままでは良くて物置き、悪ければゴミ捨て場に行くビジョンしか浮かばない。美少女なだけでは他のメイドゴーレムで代替可能な訳で、俺だけが持つ個性を売り出さなければならない。
……個性、ねえ。今の俺は醤油抜きの醤油ラーメンくらいに薄味ヒロインなんだが、何をすれば個性が出せるのやら。
「ゴーレムならば最初から役割が与えられる筈よ。戦闘用や家事用、それぞれに合わせた素体がベースとなっているのだから」
「はえ〜っ、すっごい詳しいですねマリア様。まるでゴーレム博士です!」
「……褒めながら煽る機能があるなんて聞いていないのだけれど?」
それにしても、素体か。ゲームではゴーレムなんて敵や学園を徘徊するお手伝いさんみたいなのしか見なかったが、そんな設定があったのか。確かに、あらゆる機能を万能にこなせる機械があったとして、結局限られた場所でしか使わない、下手したら一度も使わなかったら無駄機能だし、特化させる方が理には適ってるのか、最近のスマホみたいな話で。
「ならきっと、わてーしはスペシャルな素体に違いないですね!」
「その自信はどこから来るのかしら……」
だってそうだろう。俺は見ていたぞ、あの部屋に置かれた椅子の数と座っていたメイドゴーレム達の数はぴったり、俺が入る隙間は無かった。つまり俺は無からスポーンした可能性がある。何かしら
「誰もステーキナイフでモンスターと戦おうとはしない、誰も剣でステーキを切ろうとはしない、物には用途がありますのよ。まず最初にどんなゴーレムであるかを自覚する事から始めなさい、城で稼働している他のゴーレムの手伝いでもして、それを見つけることね」
「アイアイサー! です!」
……という訳で。
まずやって来たのは廊下。そこには何人かのゴーレムが働いていた。見た目は俺とは違うが、やはりどれも美少女である。誰の趣味だろうか。マリア様がそんな趣味だという話は知らないし、ゴーレムを送ってくるのが母親だとか言っていたから母親だろうか、年頃の娘の周囲で変な噂が立たないようにこうしているのかも知れない。おかげで彼女は人形姫となるのだが。
そんな考えは一旦置いておいて、俺はその内の1人に話しかける。
「すいません! 今日から入った……え〜と。新人ゴーレムですです」
「作業を中断。会話状態に移ります。ご用件を仰ってください」
赤いショートヘアな彼女、首から下げられた小さなプレートには015とナンバーが刻まれている。なるほど、君はイチゴちゃんという訳だ。因みに俺にはまだ名前は無い。番号も無い。住所不定無職な名無しの権兵衛である。
「じゃあイチゴちゃんに質問です! 掃除っていつもどうやってるんですか?」
「イチゴちゃん、とは何を指しているのですか」
無感情無表情なのは仕様だと分かっているが、何か糾弾されているような、滑り倒した芸人のような気持ちになってしまう。スクラップになる前に心が壊れちゃいそうなんですけど。でもめげない、俺だってゴーレムだし。マシンは涙を流さないって誰か言ってたし。
「ふっぬふふ。君の事ですよ。015だからイチゴ。オーイチゴーだと若干不吉な名前になりますからね」
「承知しました。『イチゴちゃん』を辞書登録します」
「という訳でイチゴ先輩! お掃除レクチャおなしゃすです!」
「では、データインプットを開始します」
と、また額を当ててデータのインプットとやらを始めるイチゴちゃん。俺が美少女でなければ犯罪的な絵面になっている所だが、今は何の憂いもない。
「……クリティカルなエラーが発生。シャットダウンします」
「ほ?」
かと思えば白目剥いて倒れた。白目剥いて、倒れた?
──何故に?
「ってえぇぇぇぇっ?!」
倒れたイチゴちゃんを急いで連れて行ったのはマリア様の所だった。地図は頭にあれどもどこで何をするかなんてまるで分からないから。メイドゴーレム相手に心臓マッサージとか意味無いだろうしな。
「……何か分かったのかと思えば」
「その! 何故か倒れたんですよ!」
扉を開けた瞬間、訝しげな顔をしたマリア様に睨まれる。肩に背負って引き摺ってきたイチゴちゃんの姿を見てのことか。だとしたら弁明のしようもない。問題を起こしてしまったのは多分俺なのだから。
「015、清掃担当のゴーレムでしょう、何をしたの?」
「わ、分からんです。ただデータをインプットってわてーしと額を合わせたら……シャットダウンって言ってブッ倒れたです」
肩から下ろしてイチゴちゃんを床に下ろすとマリア様は軽く上から下、下から上に目線を動かし、首筋に触れる。
「覚えておきなさい。ここが起動スイッチよ」
そう言って、カチリと音を立てる彼女。
「──015、起動します」
するとイチゴちゃんが起動を宣言し、倒れるだけで腹筋出来る某器具もびっくりな速度で上半身を起こす。
「い、イチゴちゃん、ですよね?」
起き上がった彼女は首だけでこちらを見る。若干ホラーだが、そんな事も言ってられない。直前の作業データが吹っ飛んだりなんて可能性もある。だから、あだ名を呼んでみる。
するとどうだろうか。規則正しく瞬きをする彼女はぼんやりとした表情で口を開く。
「はい。私は015。イチゴです」
「……イチゴ?」
そうだ……持ち主に黙って勝手に名前付けたのは不味かったな。マリア様が首を傾げてらっしゃる。後、こっちをチラ見したのが怖過ぎる。
ゴーレムな癖に悪寒を感じた気がした俺だったが、取り敢えずイチゴちゃんが無事だった事を喜ぶべきだろう。
「──何が起きたかはこのゴーレムから聞いているわ。そちらは作業に戻りなさい」
「承知しました。マリア様」
「承知したです。マリア様」
そして俺もイチゴちゃんに続いてクールに去る……。
「……中々に良い度胸をしているわね」
なんて出来る訳もなく、マリア様に肩を掴まれ止められた。全力で抵抗すれば子供の手なんて引き剥がせるだろうが、それをすれば彼女が怪我しかねない。俺は甘んじて彼女の言葉を受け入れるしかない。
「わ、わてーし、スクラップです、か?」
「事と次第によっては、ね?」
そして見せられる今日1番の笑みには覇気すら漂う。
「おー・まい・がー。です……」
頼むから、スクラップは勘弁な。
成人して、こんな身体になって、もう大抵の事では驚かないと思っていたが……俺はマリア様の部屋の隅で啜り泣いていた。尚涙は出ていない。
「わ、わてーし、もうお嫁に行けないです……およよ」
「下手な芝居は止めなさい、このポンコツ」
「ド直球過ぎないですか!? 自覚ありありですけど!」
まさか、メイド服を剥ぎ取られて全身隈なく調べられるとは……しかも子供に。その時に自分の身体を僅かに見る事が出来たが、メイド服の下の胴体はどんな形をしているのかと思いきや、思ったより人の身体に近い形をしていた。関節部がない訳ではないが、遠目から見れば人間かゴーレムの裸か区別がつかなくなりそうな程。
「……他のゴーレムと違いは認められなかったわね。腹立たしいわ」
隠す素振りもなく悔しがる様に呟くマリア様。普通、こういう悪役の過去の姿って子供の時は純粋無垢で……みたいな感じのパターンが多い気がするが、彼女の場合は子供の時点でそこそこ出来上がってるパターンらしい。
「マリア様って捻くれ者なんです?」
「口を開けば無礼ね。でも否定はしないでおくわ、事実だもの」
……おお! このセリフ、作中で主人公との会話にあったセリフじゃないか、少し感動したぞ。確か、初めてマリア様と主人公が決闘する負けイベの時の会話だ。因みにこれに勝つと主人公が剣鬼と化すルートに入り、マリア様の扱いが1番マトモな隠しルート、実質マリア様ルートと言える剣鬼エンドに入れる様になる。そんな事はさておき。
「開き直りも流石です! マリア様!」
「わざと言っているならいっそ見事ね……」
「ふぬっ、わてーしはマリア様の一挙手一投足を褒め称える太鼓持ちにでもなりますとも!」
因みにゲームで敵役の脇に立つ様な太鼓持ちもとい金魚のフンの様な奴らは存在しなかった。ハリネズミみたいだったもの、この方。
「要らないわよ。そんな物」
「でしょうね。マリア様は照れ屋さんみたいですから」
「……何を言っているのか、分からないわね」
すっとぼけちゃってえ……、なんて重ねて煽るつもりはない。ただ、彼女が素直になれたなら、大きく未来は変わるだろう。そっぽを向いた彼女の頬が、少し赤らんでいるのを見て、ふとそう思う。
「馬鹿らしいわね。他に気を回すのなら、そちらの無能ぶりを案ずるべきでしょうに」
「ええ分かっていますとも! データを受け取れないのなら、見て覚えるまでです!」
さて、俺もまたこのまま無能無能と言われているだけの身でも居られない。スクラップを回避する為、それ相応に働ける所を見せておかなければ。
──その日を境に、俺は城のあちこちに出向き、働くメイドゴーレム達の観察を始めた。
最初の内は見るだけ、少ししたら頼み込んである時は共に雑巾や箒を手に取って一晩掛けて城を大掃除したり、ある時は剣を手に取って戦闘用メイドゴーレムと模擬戦を行ったり。
幸いにしてゴーレムの身体だった為、一度見た物はそうそう忘れる事もなく、身に付ける事が出来ていた。
「まあ……多少は使えない事も無くなったわね。間に合わせ程度には」
そんな一言多い言葉を不機嫌そうなマリア様から貰うまでに、1週間。中々ハードな新人研修だったが、疲れ知らずのこの鋼の身体にオーバーワークなど存在しないのである。相手が誰も彼も美少女なメイドゴーレムってのもモチベを上げる要因だったのだが。マリア様か、その母の趣味か、どちらにせよ良い趣味をしている。
因みに俺に名前はまだ無い。だからと言って自分から何か名乗ると、ポッと出の不審美少女メイドゴーレムから、どこかからかやって来た得体の知れない美少女メイドゴーレムという扱いになりかねないからだ。どっちでも怪しいって? それはそう。
「あと、ゴーレムがどの子も美人ばかりなんですが、マリア様って可愛い女の子が趣味だったんですね? 最初にわてーしの事を乱暴にひん剥いたのも、わてーしが可愛過ぎたからですか……!」
「気味の悪い事を言わないで頂戴。あれはただのメンテナンスよ」
張りのない罵声が飛んでくるが、出会ったばかりのキレにはほど遠い。
ゴーレムについてはどうやら母の趣味らしい。娘に等身大の美少女の人形を送り付ける母と書くと途端に如何わしくなるが、彼女に男性関係の悪評が立たない様にする為にやっているのだろうと俺は考えている。そんな風評が立ったら王妃なんて夢のまた夢だしな、過保護と見るべきか、ネグレクトと見るべきか、判断には迷う。
結局、母が理想の姫を作る為に不安要素の一切を排した究極の箱入り娘という結論に落ち着いた。
「得体の知れないゴーレムですら成長しているのに、私は……」
そうなると俺の心中には納得出来ないモヤモヤが溜まっていく。被虐待児めいたそんな彼女をそのまま放置していい物かと。
しかし、このままでは俺はずっと雑用係だ。彼女の意識が変わるきっかけが無ければこの位置から変わる事も無い。こんな身空で人生についてベラベラ語っても家具如きが何言ってんだで終わりだろう。
そんな悩みを抱き始めた折、夜中に中庭で星空を見ていた俺は、部屋の窓から飛び出し、空を駆けていくマリア様の姿を見た──
私は焦っていた。
私は完璧でなくてはならない。あらゆる有象無象を蹴散らし、王妃の座を勝ち取るには何一つとして他者に遅れを取ってはならない。そう思っては自分を追い込み続けていた。
けれど、まだ足りない。
私には類稀なる闇魔法への才能があった。闇魔法の極致とも言われる重力操作も自身にであればすぐ掛けられるようになった。魔力とは祈りの力、故に強い願いがあれば、それを成せると言うこと。
私はきっと母に会いたかったのだろうと思う。母から離れたこの城に来て、すぐにでも母の下へ帰りたいと、その一心だったからこそ容易く飛行魔法を扱えたのだと。
ただ、母は城を抜け出して来た私にこう言った。
『なぜ、ここに居るの』と。
続けてこうも言った。
『貴女は将来、王妃になるの。貴女はその時も同じように逃げ出すつもり? 王妃は王が望むままの存在でなくてはいけないの。でなければそれが出来る他の人に取って代わられるだけ。そんな事になったら、私はきっと悲しむでしょう。貴女もそう……私の娘なら、分かってくれるわよね?」
私は、母を悲しませたくなんてなかった。ただ会いたかっただけ。
それでも、それが母を苦しめるというのなら我慢出来た。だから頷いた。
「そうよ、流石は私の娘ね。きっと貴女なら立派な王妃になれるわ」
その目に私を映してくれる事が、嬉しかった。期待されていると言われて、昂った。それを裏切ってしまえばどうなるか、怖かった。
だから、今の私が許せなかった。
他者や物体への重力操作はまだ形にすらなっていない。これでは到底他者の上に立てる筈もない。
闇魔法自体はそこにある自然を歪め、侵食して
だから私は夜に1人、城の近くにある森へ向かっては、野生の魔獣に魔法の試し撃ちを行なっていた。あまり成果が出ているとは言えないけれど、それでも何もしないよりはずっと良いと思っていたから。
一匹、二匹、三匹。狼や熊、巨大なトカゲの姿をした魔獣を闇魔法で拘束し、同じ力で練り上げた闇の魔力弾で仕留めていく。そこに期待していた程の闘争の気配はない。
──何をしているのよ。私は。
闇魔法の使い手は、王国の歴史にも殆ど記されていない。ある者は厄災を運ぶが故に歴史から消されたのだと言ったり、またある者は絶大な力を持つが故に秘匿されているのだと言う。
そのせいか、私を狙うのは暗殺者だけではなく、私の胎を狙う者も居た。
まだ暗殺者の方が受け入れられる。後者はただただ気持ちが悪い。
今までそんな殺意や劣情に晒されてばかりだったのに。
……あのゴーレムは、やはり不愉快極まりないわね。
何をやるにしても一から、優秀さの欠片もない手捌きでやり切ろうとする事。何も考えていないフリをして、実際何も考えていない事もそう。訳の分からない言葉を時折呟くのは、更に腹立たしい。
未熟で幼稚、孤独に浸る事は減ったけれど、その顔が気に入らない。他のゴーレムが見せないあの馬鹿らしい笑みが。私には出来ない事をたった1週間の内にまざまざと見せつけられた事も。
それは──誰かに教えを乞い、身につけて、自分の物にすること。
私はずっと1人だった。母も父も闇魔法は使えない。父から頂いた書籍に目を通して全て1人で出来るようにした。
ゴーレムの事だって。母に貰った全てのゴーレムは今も稼働し続けている。それは私が最後に母から貰った物だから、壊れないように必死になって直し方を勉強したから。
どんな素体なのか、何をする為の手足なのか、何に向いている思考パターンなのか。あれらを直せる私はゴーレムの全てを知っている。だから、ゴーレムから私が知れる事はもう無い。
自分も出来る事を任せる事はあっても、自分が出来ない事を頼る事は無い。
──
そんな
今からでも追い出してしまおうか。そう思っては、あのゴーレムがもし母からの贈り物だったらと考えて、止めてしまう。
置こうとしたり捨てようとしたり、私は私が何を考えているのか分からない。
焦りと鬱憤が、私の身体を動かしていた。
私の闇魔法で斃れていく魔獣を見れば、少しだけ心が落ち着く。自分は強い、間違ってなんていないと。
けれどまた、私の場所を踏み荒そうとする者が現れる。
「覗き見とは趣味が悪いわね」
「──バレてたか」
木陰から響く、品の無い嗄れた男の声。見るに堪えない髭面で薄汚い鎧を纏い、刃が欠けた片手剣と盾を備えた傭兵らしき姿。
私の身体を舐め回す様に見る仕草に心底軽蔑する。
「噂通りの別嬪さんだなこりゃあ。貴族のボンにそのまま渡すのが惜しいくれえだ。どうだ? 今から俺と逃避行なんてな」
下卑た笑みを浮かべる男。見るだけでも苦痛で仕方ない。
「ちと若過ぎるが、仕込むなら若い内にって相場が決まってらあ」
「……下らない。獣以下ね」
「反抗的な所も唆るじゃねえの。良いよ満点だ、俺の女にしてやるぜ」
ただ、私を前に大言を吐くだけはあり、立ち姿に隙は無い。
私の闇魔法は暗闇による視界阻害、拘束、自身への重力操作、魔法弾。戦闘に使えるのは大きく分けてこの4つ。この距離なら拘束からの魔法弾で──。
「あんま大人を嘗めるもんじゃねえぞ?」
その思考の間隙に、滑り込む様に男は動き出していた。私も咄嗟に魔法を放とうと手を翳す、しかし。
──速い!?
「あぐっ!? ……っ、っはあ!」
衝撃、回転。瞬きのひとつの内に、私は地面に倒れ、息苦しさにお腹を庇いながら必死に息を吸おうとした。何が起きたのか、私には高速で迫る男の影しか見えなかった。
「……おっと、腹は不味かったか」
「な……にを……」
「俺も名の知れた傭兵でな。ま、お前さんみたいな自信過剰な魔法使いを相手にした事も少なくはない」
痛みで、意識が纏まらない。魔法を使える程の集中に届かない。
身体が、ただ痛みを堪えるためだけに動こうとしてしまう。
「そういう手合いには、俺は大抵考え無しに動く。考える奴より、考えない奴の方が先に動ける、当然の理屈だよなぁ?」
男の言う通り、私は完全に出遅れていた。相手の剣と盾に注視したせいで、足元への注意が疎かになった隙に、蹴りを受けてしまった。
「……おっと、魔封じの首輪を付けるのを忘れてたな」
男は、懐から無骨な首輪を取り出すと、身動き取れない私の首に嵌めようとする。私は抵抗しようと両手を前に出した。けれどそれは男の手に掴まれ剥がされる。
「大人しくしねえと、もっと痛い目に遭うぞ?」
「っ、どきなさい!」
「そんな目で睨まれても可愛いだけだな」
あまりに屈辱的だった。このまま舌を噛み切りたい程に。けれど、それは母の思いを裏切る事になる。けれどこのままじゃ何もかも終わってしまう。
私が駄目になれば、傭兵はきっと稼ぎを失う筈。ならばと私は言葉を放つ。
「これ以上それを近付けたら、私は舌を噛み切って……」
「そうか、やってみろよ」
「え……?」
だが、それは男を僅かに揺さぶる事も叶わなかった。
「そんで死んじまったら仕方ねえ。金
「だったら……」
「んで、お前の死体で遊んでやる」
「っそんなの!」
「安心しろよ。遊び終わったら実家に送り付けてやるからな」
男は、満面の笑みでそう言った。
吐き気がした。私も王妃となるために、そうした知識は知っていたけれど、そんな悍ましい事をする者が居るなんて聞いた事がなかったから。
やめて、心が悲鳴を上げていた。なのに、私は何も言えなかった。
ただ折れていないフリをする為に睨む。頼り方を知らない私は、誰かに助けを求める事すら出来なくなっていた事に、今気付いた。声を発しても誰にも届かないと、とうに諦めてしまっていた。
男が四つん這いになり作る肉の檻の中、閉じ込められた私はむせ返る程の汗の匂いに涙すら浮かぶ。
「泣いてるのか? おお、可哀想に。これからもっと可哀想な目に遭うんだ、涙は取っといた方が良いぞ?」
「許さない! 許さない! 絶対に許さない!」
「じゃあ、人生終わりだ」
私の首に首輪が掛けられる。私の全てが、こんなところで蹂躙されようとしていた。
──その時だった。
「ゴールデンボールブレイカァァァァですッ!」
『ぶちゅっ』
──最近聞き慣れてしまった声と、男の下半身から何か弾ける様な音がしたのは。