ブルーアーカイブ―連邦の活動記録― 作:一般連邦職員
あと特殊タグが面白すぎたんでついつい遊んでました。後悔はしていません。
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連邦生徒会トップ>広報・報道>報道資料一覧>連邦生徒会長による行政命令3045号発行の件
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D.U.1600番地 連邦生徒会本部
電話:202-333-0118(代表)
―――8時41分 D.U.外殻地区 連邦捜査部シャーレ前 ライオン第二ビル3階
暗い部屋のモニター前に、一人の少女が座っている。
モニターにはカメラの監視映像が映し出され、それが複数並んでいた。警備員の監視室のようなこの部屋には、モニターのほかに、大型のカメラなどの機材や荷物が所狭しと置かれており、狭い部屋がことさら狭く感じられた。
部屋の主である少女が気だるげにスマホをいじる。モニターの監視映像を時々注視しながらも、その姿は暇そうであったし、実際彼女は暇だった。
やがて玄関のドアが開く音がした。ドタバタしながら、何かにぶつかるような音をたてて、彼女のいる部屋の扉が開く。
「ただいーまー」
「お帰り」
「リオン、ほい、あんぱんと牛乳」
「お、サンキュー」
リオンと呼ばれた少女に、部屋に入ってきた生徒が袋を手渡す。
報道、と書かれた腕章をつけたその生徒――石川ナナミは袋から紙パックの紅茶とサンドウィッチを取り出した。
「そろそろ時間だね。監視かわるよ」
「ん、
篠川リオンはあんぱんを頬張りながらモニター前の席を譲った。交替で席に着く石川を横目に、気だるげにリオンは後ろのソファ兼仮眠用ベットに腰を下ろした。
「あら、そういやナオは?」
「さっき
「え、また? 自由だねーアイツも」
そう言いながら、ナナミはサンドウィッチを頬張った。
D.U.外郭地区、連邦捜査部シャーレ。その目の前の雑居ビル三階に、クロノススクール報道部は拠点を構えていた。
クロノススクールは普段飛ばし記事ばかり書いていると思われがちだ。それもそのはず、真実よりも面白さを求める連中が多いせいか、記事の質はまぁ、他者より良くないのは事実だった。だが今回、彼女たち報道部は事前に掴んだ連邦捜査部と会長の失踪についてスクープを、さらに緻密な取材と裏どりを行った報道を行い多くのインプレッションを獲得、結果予想以上の反響と売り上げを稼いだ。さらに先日の連邦生徒会の発表によってさらに信ぴょう性が裏付けられ、主力の日刊紙「クロノス・ジャーナル」はここ数週間で大きく発行部数を伸ばしていた。
これを受け、クロノススクール報道部D.U.総局は、連邦捜査部の入るビルの前に陣取り、カメラなどの機材、無線機や撮影用ドローンを持ち込み連邦捜査部を追うことを決定。そのメンバーとして抜擢されたのは、いち早くその存在に気付いた記者の山田ナオ、そして同僚のカメラマンと音響エンジニアである石田ナナミと篠川リオン。人手不足と連日の事件の多発で多くの人員が割けない中、同期の中でも優秀なメンバーを集めた専任の取材クルーたちだ。
彼女たちに与えられた任務は連邦捜査部の監視。もし何か動きがあれば直ぐに報道できるように常に待機することだ。
だから彼女たちはここ数週間、こうしてビルに籠りながら来るべき主を待ち続けていた。
「ふわぁぁ……」
とはいっても、いつ来るかもわからない何かを待つだけというのは案外退屈でつまらない。交替で監視していても、事件がなければただ画面を眺めるだけだ。
それに、監視していない間は休憩するか寝るぐらいしかやることがない。要するに暇なのだ。眠気もあまりないリオンは、ソファに寝転んでスマホを取り出し、ニュース記事をチェックする。
>連邦生徒会に不安の声 学園自治区から弾劾の叫び
>ヴァルキューレ警察学校、出動件数が先月の4倍を超えたと発表
>火器・爆発物取締局が緊急声明「不法武器の流通量が2000%を超えた」
>相次ぐ治安悪化と物資不足 キヴォトス崩壊はあり得るのか
だが、そこに在るのは変わらず、画面に溢れるのは治安悪化や政治不安を伝える報道ばかりだ。報道部員である彼女も承知のことではあるが、やはりこうしてみるとつらい気持ちになってしまう。
急激に悪化した治安、物資や物流を自動化して久しいこのキヴォトスでは、システム障害や会長の失踪という事件が重なり、前代未聞の大規模な混乱に陥った。その結果がこれだ。
「……はぁ」
いくら報道の種が尽きぬといっても、こうして事件ばかり起きていては気が滅入る。そろそろ明るい話題が欲しくなるところだ。
だが現実はそうもいかない。リオンはソファに寝ころびながらシミのついた天井を見上げた。
この部屋は狭い。ぼろくて小汚いし、断熱も手抜き工事のせいでほぼ皆無、当然空調の効きも悪い。壁も薄いからか、外の雑音や振動が常に入ってくる環境にずっと籠っていると息が詰まりそうになる。
今のキヴォトスは、微かな絶望感や薄っすらと漂う破滅の雰囲気が漂っている。まるで真綿で首を絞めるようなそれは、一般生徒たちにも広がり、確実にこの世界を蝕んでいる。記者として最前線でキヴォトスを見てきた彼女には、その空気が一等身近に感じられた。
息苦しい空気から逃げるようにリオンはソファから立ち上がり、カーテンに閉ざされた窓の外に視線を向ける。そして目の前に聳え立つ大きなビルを見上げた。
まるでそんなくらい雰囲気から逃れるようにか、あるいはそんな街の中でも見えるようになのか、窓から見えるシャーレは大きく、このキヴォトスの中でも一際目立つ高層建築物だ。
窓を開けようと窓枠に触れた。瞬間、窓枠が小刻みに揺れるのを感じた。同時にリオンは床から伝わってくる微かな振動を感じ取った。ぼろい建物は地面の振動も遮音することなく住人たちに伝達するが、それにしても異様な振動だった。
「……なぁナナミ、なんか音しないか?」
「んえ、音ぉ? ……いや、別に何も聞こえないけど。なんかあるんだな」
モニター前に座るナナミは顔をこちらに見せながらも、その手は既に充電済みのカメラに伸びていた。
リオンは全身の感覚を集中させた。記者として鍛え上げられた感覚と、同期の取材クルーの中でも頭一つ突き出た耳の良さが微かなノイズを感覚する。
(重低音の振動。トラック? いや、大型車両ではない感じ……重機? なんだ、これは)
それが急に激しくなり、建物全体が揺れるような轟音に変わるまで時間はかからなかった。
鳥肌が全身を刺激する。リオンの感覚――第六感が警戒を促す。理由はわからない、だがそれはきっと
「おい、なんだ、地震か?」
「ナナミ、ナオに連絡して。今すぐ帰って来いって。早く!」
「OK!」
ナナミがスマホで電話をかける横で、リオンがモニターを確認するが異常はない。
大きい騒音だが、この付近ではなくもう少し遠いところからきているだろうとあたりをつける。だが余りにもノイズが乗り過ぎて、ビルや建物に反響して場所が特定できない。
「リオン駄目だ、あいつ通話も出ない! へリ、いや爆撃機?」
「……いやちがう、これは! ナナミ伏せてッ!!!」
思考は追いついていたわけではなかった。ただ、この世界で生き抜いてきた感覚が体を突き動かした。訳も分からず、リオンはナナミに覆いかぶさった。
風を切る音がした。だがそれが聞こえた瞬間、視界が暗転した。
―――9時5分 D.U.連邦生徒会本部庁舎 正面エントランス
守月スズミにとって、手を差し伸べ、誰かのことを助けることに躊躇いなどない。
救える範囲で、誰かが助けを求めているのなら。スズミはその人の元に駆けつけ、手を差し伸べるだろう。
だけどそれは救える範囲だけ。我々がいくらヘイローを持っていようとも、洪水で溢れる濁流の中で助けを求める人間を救うことは出来ないように、
正義には力が必要で、同様に力も正義が備わっていなければ意味がない。キヴォトスで唯一それを持ちえた人は既にその席に居ない。
結論から言えば、連邦生徒会長が不在である連邦生徒会は、力と正義の両方とも持つことが出来なかった。
この混乱は既に行くところまで行ってしまった。崩壊した学校は数知れず、街には失業者や学校を失った子供たちに溢れている。
スズミはただの一般生徒だ。その手で救えるものは少ないが、それでも何もしないなんて、できるはずがなかった。
だからスズミは立ち上がった。自警団という非公式サークルではあるが、それ故に彼女は何物にも縛られることなく動くことが出来た。権力やルールがある中を、後ろ盾も何もない一生徒である彼女が一人でできることなどたかが知れている。それでもスズミは動いた。
その黄金の魂が導く先へ。
***
「なんですか、これ」
キヴォトスの都心でスズミが見た景色は、そんな正義とはかけ離れた現実だった。
街は荒れ果て、いたるところで煙が上がり、壊された車が放置されていた。店は全て閉まっており、そのほとんどがガラスやシャッターを壊され、店内を荒らされていた。そんな街には人影が、まるでゴーストタウンになったかのように誰も居ない。
今の連邦生徒会は危うい立ち位置にある。各学園の支持を急速に失いつつある中、政治的にも権威が地に堕ちたといってもいい。今はかろうじてもちこたえてはいるが、もし本当に崩壊してしまえば、キヴォトスは文字通り破滅の道を辿ることは火を見るよりも明らかだ。
スズミは走り出した。急がなければならない。
***
連邦の中心部に近づくにつれて、その異様な雰囲気は色濃くなってくる。
連邦生徒会の中枢部である庁舎周辺は普段は警察により厳重に警備されているはずだが、それも混乱ですべて破壊されていた。燃える警察車両、壊されたバリケード、その向こうではヴァルキューレの生徒が手当てを受けている有様だ。
いくら治安が悪化しているとはいえ、連邦生徒会本部の警戒線が機能していないのは異常事態だ。その光景を横目に、スズミは道路を駆け抜ける。
連邦生徒会本部の建物は何処まで続くかわからないほどの高さで聳え立っている。その足元もそれ相応に太い柱や大きな空間が複雑に編み込まれているようにできている。その内いくつかある入口の一つ、俗にいう正面エントランスは普段の清楚さや静けさはなく、多くの生徒たちが押しよせていた。
スズミがエントランスに近づくにつれ、大きな声が周囲に反響して響きわたっていた。近づくにつれ、それが何かの怒鳴り声だということに気づく。
「落ち着いて! 押さないで!」
「これが待っていられますか!」
「通してください! 執行役員を出しなさいよ!」
エントランスについたスズミがそこに見たのは、ただひたすらの混乱だった。本部の連邦生徒会はこの騒ぎを落ち着かせることもできず、前の方では行政官と生徒が押し問答を繰り広げている。
「連邦生徒会長に話があります! 通してください!」
「立ち入り許可が無い方は下がってください! ここは制限エリアです!」
「つべこべ言わず通しなさいよ! 言いたいことが山ほどあるんだから!」
「行政命令は無効です、生徒評議会の招集を要求します!」
「銃の使用は禁止です! 建物内では使わないで! 撃たないで!!!」
「おい誰か、倒れた人が居る! 救護を呼んでくれ!」
辛うじて銃撃戦は発生していないものの、いつ何が起きても不思議ではない状況だった。
その集団をよく見れば、そこにいるのは一般生徒というよりは、各学園の生徒会役員ばかりだ。普段は銃より書類や折衝を生業とする生徒たちの姿。腕章や飾緒などでわかるが少なくとも幹部や執行役員クラスだろう。
「いったい、これはどうなって……」
そんな生徒たちの姿は何処かぼろぼろだ。包帯を巻き、或いは友人に支えられながら立つ姿は痛々しい。普段は理性的に、言葉を尽くし政策を実行する姿はそこにはなく、暴徒や不良集団かと思うような出で立ちの者もいた。
「なんで、通しなさいよ!」
「落ち着け! 押すな!! いま行政官が対応中だ!」
「私たちの学校を守らないといけないの! 貴方達にそれが理解できる?!」
スズミはその喧騒の中に知っている顔を見つけた。黒制服に遠目からもわかる大きな黒濡れの翼。人ごみの中をかき分けながらスズミは近づく。
「ハスミさん!」
「ッ! スズミさん、なぜこんなところに? 立ち入り制限エリアですよ」
「わかってます、処罰も覚悟の上です。ですがハスミさん、この騒ぎはなんですか? まるで暴動が起きているようです」
スズミの言葉に、ハスミはため息をつく。それもそのはず、スズミはやると決めたらとことんやる人間だということをハスミは良く知っていた。トリニティの走る閃光弾との異名を持つ彼女はきっと止めようともその障害を押しのけていくのだろう。キヴォトスで二つ名を持つ意味はそれだけ重い。
「……また処遇は後程、しかし既にスズミさんたちの手に負える案件ではありませんよ」
そういう間にも、モッシュのように群衆が押し寄せ始めている。ハスミもスズミも、その外縁部に位置しながらも異常な集団の動きに釣られて押し出される。
「連邦生徒会の行政命令のニュースをご存じですね。昨日の発表に反発した学園自治区がこうして抗議に押し寄せているのです」
「抗議に?」
「……スズミさん、説明は後。とにかくこの場から離れて、今はまだよくても、連邦警察に捕まると面倒です。私たちでも何処まで庇い切れるか」
「しかしハスミさん」
「私たちのこと、何にも知らないくせに!」
劈くようにスズミたちにその悲壮な声が突き刺さると同時に、ついに銃声が響き渡った。
あっけにとられる周囲、時間が止まったかのように皆の動きが止まったかのように見えた。周囲を見渡し、伺うような生徒たちと、同じように応戦する体制をとる生徒たちとさらに混乱が広がる。
それもそのはず、連邦施設内での銃器の使用は禁じられている。使えば何処からともなく警備が飛んできて拘束されるのだが、この状況ではその警備すら出てくることもできないのだろう。
ハスミが何かを言った気がするが、スズミはそれを無視して、そこから弾かれるように人波の中を走り出す。
人の波をかき分ける。最前線に行くにつれ、ガラスや何かの破片が散乱し荒れ放題だ。
そうして出た先で見たのは、再び悲惨な光景だった。
何処かの学校の生徒が銃を向けているのを見た。
その銃口の先には、先ほどの銃撃で倒れた行政官が居て、それを別の行政官が庇おうと覆いかぶさっていた。
スズミは目を見開きながらその場に滑り込む。
世界がスローモーションになる。音も、色も、そして世界が緩慢になるのと同じく、動きもじれったいほどにゆっくりに感じられた。それに構わず生徒は銃口の引き金を引き絞る。その動作すらも、スズミは知覚することが出来た。手持ちの閃光弾を一発、滑り込みながら放つ。
そして、爆発。
「うわっ」
「な、何だお前……」
「銃を向けるのはやめて下さい!」
190デシベルの轟音と100万カンデラを超える閃光で一瞬あたりが太陽に照らされたかのように照らし出される。
誰もが一生懸命で、誰かが悪者であるわけではない。限界の中、ギリギリの状況で誰もが最善を尽くそうと努力していた。だけど最善を選ぶことは、今を受け入れるということよりさらに難しい。
だけど、誰も諦めなかった故に、誰もがなんとかしようとした結果がこれなのか。
「駄目です、暴力はダメ、それは何も解決しない!」
「……クソ、何だよ、お前は連邦の味方すんのかよ」
「銃を持っても何も解決することはありません。暴力でここの人たちを痛めても、何も解決しないのですよ」
銃を向ける生徒にスズミはそう冷静に語り掛けた。だがその生徒はそんなスズミを目を抑えながらも冷たく言い放つ。
「お前に、私らの何がわかるんだよ」
銃を下した彼女の腕には、ぼろぼろになった腕章が巻かれていた。薄くなったそれは、生徒会との文字が書かれていた。
「ですが」
「お前らみたいに学校ある連中に、うちらの何がわかるんだ? わかんねぇだろ!!」
彼女たちは不良とは違う。学校を率いて生徒の生活を守り、その青春を導く人たち。己の行動の影響や今後の立ち位置を理解し、それを考えて行動できる人たちだ。
だけど、今目の前の生徒にはそういった面影は見られなかった。どこかぼろぼろで、疲れ切ったその表情は痛々しくもある。
「そんなの言われなくてもわかってんだよ。だけど綺麗事だけじゃ何も変わらない、変わらなかった! でも自分で学校を守らないと皆が、こうしてる間にも危険にさらされてんだよ!」
その生徒が、自身の銃を握り締める。みしみしと音を立てるそれは、よく見ればところどころカラーリングが異なり、ガムテープや針金で補修されている。マガジンに至っては、恐らく互換性のある部品なのだろう。色と形状から純正品ではないのは容易に察せられた。
その彼女はかつかつとスズミに歩み寄る。
足を負傷しているのか、何処か不自然な歩き方だ。
「うちらじゃ何にも出来なかった。学校も襲われてる中、生徒会のみんなは今も必死に戦っている! だけど、お前らに何がわかんだよ! 学校がなくなって、こうして来ても何にもならないなんてわかってる、だけど……!」
ゆっくりとスズミに詰め寄り、胸倉をつかみながら訴えかけるその生徒の叫びがエントランスに響きわたる。疲労と感情が堰を切ったかのように溢れだした彼女は、その顔を歪ませながら悲痛な声を上げ続けた。
周りの行政官や生徒たちも、その悲痛な叫びに顔を俯け、あるいはそうだそうだと抗議の声を上げる。
ここに集った生徒たちは、ただ何も考えず来たわけではない。皆自分の出来る事を一生懸命にしただけなのだ。少しでも何とかしようと、どうにもならない現実に抗いたくてここに来た。だがここには現実と理想の乖離が横たわっていた。
「私たちは自主独立して学校を、生活を守る、それはあんたら行政官と見据えるものは同じじゃないのか!」
行政官も、学園生徒会の生徒たちも、共に学校を守るために、ただ自らが背負う義務に応答するが故に
「どうすればいいんだよ、あんたらは何もしてくれない、でも私たちはもう限界なんだ……どうすればいいんだよ! なぁ、答えてくれよ!」
「……それは」
スズミに縋り付くように座り込む生徒は、先ほどの殺気や気配は何処にもない。
ここでは誰もが追い詰められ、そして心のどこかに不安と、緊張を抱え込んでいる。限界など、とっくの昔に超えてしまった。
だけど、その中でも生きなければならない。誰もが学校の為に、生徒の為に戦っている。誰もが一生懸命で必死なのだ。それでも頑張れなくなって、どうにもならなくなった時。
「私は……」
「……」
スズミは縋り付き、涙を流すその生徒をただ見ることしかできなかった。
そして、周りの行政官も同じだった。俯き、あるいは唇を嚙みしめる行政官たちは既に限界を超えた稼働率で働いている。もうこれ以上の余力など、連邦生徒会には残ってはいない。
だから簡単に救えるなど、助けるなどとは言うことは出来ない。その責任や重責を、代わりに負うことはできないし、できるなんて言えるわけがない。
己の正義が、思う世界は皆も同じものだけど。力を持たない正義は無力であり、そして正義のない力はただの暴力でしか無い。力も正義も、それを押し通す勇気すらも足りないのなら早速それは
一度ずれた歯車は歪を貯めながら、ぶつかり合いながら広がっていく。だけど一度拗れた糸を解くことは出来なくて、ただ崩れ落ちていく様を見ていくしかないなんて。
「……誰か、何とかしてくれよ、なぁ」
その生徒の瞳から、涙と共に小さなつぶやきが口から零れ落ちた。音もなく落ちていく雫のような言葉が、引っかかることもなく滑り落ちていく。
誰かの手にも届かないような小さな雫が、涙が。地面のしみになって消えていくようなその悲しみや絶望が暗闇に消えていく。地面に落ちて、乾いていく。
そんな未来なんて、誰も望んでいない。
それでも私たちでは、その未来に手を伸ばすことは出来なくて。
”この捻じれた未来とは、また別の結果を”
”だから先生、どうか”
「たすけてよ」
「大丈夫。私に任せて」
零れ落ちた小さな言葉を救うように、拾うように。
座り込んだ生徒と同じ目線でそう優しく語り掛けるその姿を、きっと忘れることはないだろう。
その手はきっと誰も逃さない。きっと誰一人落とすことなどなく救いあげる。
スーツ姿の見慣れない人物。神秘の象徴たるヘイローを持たない、キヴォトスではまず見ることのない大人の姿。だが何処かで見たことのあるような、そんな不思議な雰囲気を纏っているその人物。
「あの、貴方は?」
「その方は、新たに連邦生徒会に着任する先生です」
スズミの問いかけに別方向から答えが返ってくる。
白い制服に、代行と書かれた腕章をつけたその人物は、報道で姿を目にする七神代行その人だった。
「七神代行、その、先生とは一体……」
「見つけた、代行! 待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」
スズミが声を上げるより先に、混乱したエントランスに突如現れた七神代行の元へ、一気に生徒達が集まり始め騒がしくなる。
「主席行政官、いえ、代行。先日発行された行政命令に重大な疑義があります。トリニティ総合学園行政部は協議の申し立てを行います」
「連邦生徒会長に会いに来ました。ゲヘナ学園はこの状況について納得のいく説明を求めます」
「どうして連邦生徒会長は出てこないの? 今すぐ会わせて!」
口々に説明を要求する学園の代表者たち。押し寄せる人の波を鎮めようとする行政官。
遠巻きにその様子を伺う通りすがりの生徒や報道の人。再びその場が混乱に包まれようとしていた。
「皆さん、どうか落ち着いて、静粛に願います。自治区の皆さんの不安や心配についてはこちらでも重々把握しているところです。また今まで繰り返し述べているように、それらの問題の解決に我々連邦生徒会は全力を尽くしている」
「尽くしてるってあんたねぇ……! そんなことより、連邦生徒会長はどうなってるのよ! 直接話をさせて!」
「それは……」
黒の制服に白いジャケットを羽織ったミレニアムの生徒の言葉に、集団の熱がヒートアップする。その集団の様子に、リンは少しだけ逡巡したのち口を開いた。
「……一つだけ申し上げるのならば、現在会長は席に居りません。正直に言いますと、数週間前から行方不明になりました」
「……! なッ、行方不明ってどういうことよ!」
「では、あの噂は……」
「!! おい、急いで走れ! 速報だ!」
リンの口から告げられた会長失踪の言葉に、どよめきと周囲の動揺は大きくなって、ある生徒は電話を、ある生徒は直接そのことを伝えに走り出す。
それと共に、否が応にも注目がリンに集中していく。
「連邦生徒会長の失踪により、先の報道の通り、連邦生徒会はサンクトゥムタワーの管理権を喪失しています。結果、このような混乱が広がり、学園の自治に重大な影響を及ぼしていました。そして解決するための、承認を迂回する方法も見つかっていませんでした……今までは」
「今までは、ということは、方法が見つかったということですか?」
「えぇ、その通りです」
リンが視線をずらして此方に向ける。
先ほどリンから先生と呼ばれた人物は、座り込んだ生徒の手を引いて立ち上がった。スズミやその生徒があっけにとられる中、歩みだすその背中はとても大きく見えたような気がした。
「誰です、その人は?」
周囲の視線がリンからその先生に移る。
そして、皆その頭の上にある筈のものがないことに目を見開く。ヘイローを持たない、大人の姿。硝煙と弾丸の飛び交うこの街において明確な弱点になりうる、生身の人間という存在。
「改めて、この方は連邦生徒会長が特別に指名した人物で、本日キヴォトスにいらっしゃった先生、そして連邦捜査部の顧問になる人物です」
「よろしくね」
先生、と呼ばれたその人物がにこやかに挨拶した。
リンの説明に、どよめきながらも皆隣同士で目を合わせ、あるいはどこか見定めるような視線を先生へと向ける。連邦生徒会長の指名した人物ということで、様々な感情が混ざった視線を向けられていた。
「よろしくって、今はそんな場合じゃなくて!」
「見慣れない方でしたが、先生だったのですね」
スズミは先生の元へと近づく。よく見ればそれほど大きな背丈ではないようだ。身長も平均程度だろう。
それなのに、どこか大きいような、安心感を感じる。それは”先生”という大人の存在故にだろうか。
「先生」
「なんだい?」
スズミは問いかける。己の信念に従ってあることを聞きたかったから。
「……先生は、私たちを助けてくれるのですか?」
「もちろん。君たちの隣で助け、支えるの大人の役目だからね」
先生は問いかけに即答する。
その回答はとても模範的なものだ。きっと大人なら、皆このような回答をするのだろう。
だけど、スズミが見渡せば周りにはぼろぼろの生徒の姿がたくさんいた。一連の混乱で崩壊した学校は数知れず、どこも街は荒れ果て、至るところで事件が発生している。
そしてたった一人で救えるものなどたかが知れている。その手で救えるものがとても少ないことをスズミは良く知っていた。
それは大人だとしても、先生だろうとも同じだろう。
だからこそ、スズミはさらに問いかける。
「それがどうしても……
届かない手を、救うこともできないものを救うことほど愚かで、悲しいものはない。スズミはそれを知ってもなお救いたいとする愚かさを、その末路も承知しているからこそ先生に聞きたかった。
貴方はそうして全てを救うつもりか、と。何もかも、このキヴォトス全てを救うつもりかと。
そんなスズミの問いかけに、先生は微笑みながらスズミに向き合った。
「大丈夫、誰一人見捨てないよ」
混じり合った目線のその先で、スズミは先生の瞳の奥にある、静かな熱を感じ取っていた。
黄金の魂とは違う、例えるならば、何処か古臭いような、でも知っている炎のぬくもりだった。
「君たちは一人じゃない。それでも一人になりそうなとき、一緒に寄り添うのが大人で、ここに私がいる理由だよ」
そう言って、頭に置かれる手はとても大きく感じられた。
「一人ではきっと誰も助けられない。そして一人ではきっと救われない。だから共に歩くし、その隣に寄り添っていく。それが生きることで、私のできることだからね」
「随分と、当たり前のことをおっしゃるんですね」
「それが大事なんだ。当たり前のことを当たり前にできるのは、簡単なようで難しい」
それに気づくのは、大抵大人になってからなんだけどね、と先生は笑った。
そうしている間にも、生徒会のメンバーと連邦の行政官の間で話がまとまったらしい。
「それでは、シャーレへ行きましょう、先生」
「OK、わかった」
先生は再びスズミに向き合い、手を差し伸べる。
「スズミも、力を貸してくれるかい?」
差し出された手を、スズミは少しだけ見つめた。
先ほどのぬくもりと、大きな背中を見た。キヴォトスでは考えられないくらいに弱い背中、一発でも撃たれてしまえば崩れ去る脆い肉体。
だけど、その手は誰よりも力を持ち、正義足りうると思った。きっとその燃え上がる優しい温もりこそ、大人の強さなのだろう。
「……わかりました。よろしくお願いしますね、先生」
そうしてスズミは先生の手を取った。
きっとこの時から始まっていた。
それは物語で、ありふれた日常で。そして青春の日々。そして選択した記録の数々。
奇跡というにはありふれて、そして歴史の渦に埋もれても、確かにそこに在った青春の記録。
その
行政命令
大統領命令のイメージです。まぁ連邦制のキヴォトスで生徒会長なんで実質大統領みたいなもんでしょう。
連邦生徒総会
連邦の最高意思決定機関。
国連総会のように、各自治区に一票の投票権があるという感じだと思って生やしました。
守月スズミ
黄金の精神を持つ少女。
プロローグで各学園の役職者グループの中で、自警団(非公式サークル)という立場で乗り込んできたやべー奴。お気づきかもしれないが、本作で先生が募集(手を差し伸べる)して初めて応じた生徒はスズミになります。
ということで別衣装そろそろ欲しいなって……(欲望駄々洩れ)