ブルーアーカイブ―連邦の活動記録― 作:一般連邦職員
仕事が忙しかったり体調崩してたりしてましたので許して。
【緊急速報】連邦生徒会 避難指示を発令
クロノススクール報道部 10:11配信 ぜ0件
防衛室消防局は先ほど、D.U.特別区、第三業務地区等に対し、避難指示を発令しました。
付近にいる方は直ちに屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください。
連邦生徒会は緊急警報システムを通じ、D.U.及び周辺自治区に対し、テロ・ゲリラによる避難情報を発表しました。対象となる地域は以下の通りです。
【避難勧告の対象地域】
D.U.特別区全域
第三業務地区全域
中部連合学校区全域
アシハラ独立学校区全域
タチバナ区の一部(サテル高等工科学校区、みどり経理学校区)
みなと事務共同学校区の一部(ペラン海上技術高等訓練学校区、ヴッパータール学園学校区)
◎避難情報について
避難指示が発表された場合
避難指示で対象となるのは発令された地域にいるすべての方です。危険な場所にいる方は直ぐに安全な場所へ避難してください。
最新情報はテレビ・ラジオで放送するほか、自治区のホームページでご確認ください。デマに注意して行動してください。
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―――11時20分 D.U.外殻地区 シャーレ前 外殻3号環状線 路上
すべては計算できる。そう信じることは、時に私を深い絶望へと誘うことがある。
弾が跳弾する音が、今日はやけに気になってしまう。
瓦礫が弾を防いでいるとはいえ、此方は防弾盾も、そして弾丸もない。
あるのは一人の先生と、たまたま集まった4人の生徒だけ。2人は戦闘経験があるけれど、私と、もう一人の子は生徒会や後方支援職で残念ながら戦闘経験は豊富とは言えない。
「ユウカ、もういい、下がろう」
「……ッ! 先生、まだ行けます!」
だけど、だからこそ。今ここで引くことは出来ない。
「ユウカさん、もう体が……」
「でも先生が!」
生身の人間、柔らかく、そして余りにも脆いその存在。キヴォトスという世界においてイレギュラーであり、我々と起源を異にする存在。
「ユウカ、僕は大丈夫。瓦礫に隠れれば弾は当たらない」
「ですが、跳弾の危険もあります!」
「それは君たちも同じだ……いくら弾丸に耐えれるとはいっても、もう」
あぁ、やはり悔しいな。計算が、未来予測がこんな形で自分を押しつぶそうとするなんて。ゲヘナの救急隊の子……チナツって名前の子だったかな。ぼろぼろの私を見かねて治療を施してくれる。
「すまない、僕がこんなところに来てしまったせいで」
「いえ、先生は悪くありません。むしろ先生の指揮がなければここまで来ることは出来ませんでした」
正義実現委員会、トリニティの警察組織の副委員長のハスミさんが先生を守る様に翼を広げる。あぁ、いいなぁそれ。私も伸縮式の盾、作ろうかしら。
「スズミ、閃光弾の残りは」
「後2つだけです」
「……そうか」
馬鹿みたいに眩しい閃光弾を放つのはスズミさん。ボトルアクションでは足りない、そしてSMGでは届かない敵に威力を発するそれも、既に付きかけている。これで目くらましも使えないとみていい。
ここにあるのは、しきりに無線機に耳を傾ける先生と、重い砲撃音が響きわたる最悪の事態だけ。弾薬は尽きかけ、目標わ目の前に私たちは足を留めざるを得なくなる。今は決定的に壊れてないけど、いずれそれも破綻する。今の私たちはは首の皮一枚で繋がっている。
「連邦生徒会の応援はいつになったら来るのよ……いッ!」
「ユウカさん、動かないで! もう限界なんですよ!」
動かそうとすると、体の各部が悲鳴を上げる。もう何度被弾したのか数えてはいないが、傷だらけの体はアドレナリンが切れて言うことを聞かなくなっている。
「先生、連邦生徒会はなんと」
「どうも時間がかかっているようだね。先ほど増援を送る、と通信があったきり通じなくなったから……」
そうしているうちに、一段と重い神秘が込められた弾丸が近くに着弾した。
戦車砲弾かと間違うほどの威力。だが、余りにも軽い発砲音と釣り合わない爆発の威力。
「あらあらあら、もう終わりですの? これから楽しいところでしたのに」
ずっと続いていた最悪の状況が、今ここで重なった。
心臓は嫌になるほど鼓動を立てている。
「さぁ、もっと楽しみましょう。もっともっと
足音が、声が段々と近づいてくる。嫌な汗が噴き出すのを感じた。化粧が崩れるなんてそんなことも考える余裕すらなかった。
視野が狭まる。悪い傾向だ。だがそれを自覚してもなお、焦りと嫌な鼓動は収まらない。
「……チナツさん、先生を連れて後方へ。スズミさん、閃光弾を私に一発分けてください。私が合図したら二方向から投げてワカモを撹乱します。ハスミさん」
「わかってます。この距離なら外すことはありません。ユウカさんこそ、無理しないで」
撤退。それが現実的なのはたぶん今の内だけだろう。今でもかなりの確率で失敗する可能性がある。SRTでさえ逮捕に手こずった凶悪犯。狐坂ワカモに対して勝利を収めたのはSRTの、それも最高峰の実力を誇るFOX小隊だけだ。
あぁ、心底イライラする。計算するまでもなく
とりとめのない思考が浮かんでは消える。まるで現実から逃れるように。
息が浅くなるのを感じた。良くない兆候だ。理性でそうわかってはいても、体は自分の制御から離れているように言うことを聞かなかった。
「ユウカ」
「……先生」
「大丈夫、きっと何とかなるよ」
「何とかって……」
そうして先生が手を握り締めた。だけどその手が小刻みに震えているのがわかる。わかってしまう。
「ッ! 先生?」
ユウカはそれに頭が冷えるようだった。背中が一気に冷たくなるのがわかった。呼吸が深く、そして長くなる。
そうだ。この人には
早瀬ユウカはこの時初めてそのことを納得と共に理解した。表層ではなく、その心の奥底から。
「私は大丈夫。ワカモ、という生徒だったね。スズミ、ユウカ。閃光弾を私の合図で投げるんだ。そして皆で後方へ下がろう」
「先生、それは危険です。来たばかりでご存じないでしょうがワカモは相当な凶悪犯です。背中を見せれば、彼女は確実に撃ってきます。先生に万が一当たれば」
「だが君たちも限界だ」
ちらりと弾倉を抜いて残弾数を見る。残り6発。とてもじゃないけど逃げ切るには足りない。だけどワカモはもうすぐそこまで迫っている。
「……あぁ、もう」
今までの短い時間でもわかることがある。先生を失ってはいけないと言う事を。理性ではなく、感覚としてユウカはそれを導き出した。指揮戦闘と、広い視野。短い時間で状況を把握したその才能。理性的に言っても、この人を今ここで喪うには余りにも惜しい。冷徹な思考は先生の価値を正確に導き出していた。
だからこそ、ユウカはこの人を
それはただ価値があるものを残そうとするのではない、ただこの人の震える手を、それでも戦い、私たちを守ろうとするその熱い想い触れたからだ。
「先生、よく、聞いてくださいね」
「どうしたんだい、
あぁ、この人はこんな状況でも私の名前を呼んでくれる。そして覚えていてくれる。
この状況、最悪の瞬間。
計算は常に私たちの敗北を告げている。万が一にも、億が一でも勝利はありえないと告げる思考。だけどそれを上書きするような想いがユウカの中には溢れていた。
暖かいその手が、どうしても愛しいと思えたから。
「……計算しても、明らかに間違いだとわかるときがあります。その時の絶望が嫌いです。それでも、負けるとわかっているのに行かなければならない場合もあることも知っています」
数字は嘘をつかない。変数が確定し、定数は変わることがない。入力が決まれば関数の出力はただ一つに決まる。それが崩れることはこの現実ではあってはならない。
「だけど、先生は大人ですから、私の知らない考え方も、身のこなしみたいなのも知ってるんだと思います」
だけど、その計算を超える何かがあるとするのなら。
「だから、先生」
それはきっと奇跡だ。定理も公理を全てねじ伏せる、そんな存在。
そして、先生はきっとそんな奇跡を手繰り寄せてくれる。
だから。
「後は何とかしてくださいね!」
「ッ! ユウカ何を―――」
ユウカはそう言って、瓦礫から単身飛び出した。
故に、ユウカは一つ選択をする。現在の確率計算で最も有効で、かつ先生を逃がすことが出来る手段。
計算ミスは嫌いだ。だが計算結果を運に委ねるような真似をするのも同じくらいに嫌いだ。
それでも計算可能な世界は、だけど計算する事が不可能な難題を突きつける。
だとするなら、私はその計算不可能な問いを認めるべきなのだろう。
先生という変数が、連邦生徒会という定数が変化するのなら、まだ一縷の望みがある。
どんな値が入るのかは知らない。だけど、確率は同様に確からしい。
ならば!
「さぁこっちよ、ついてきなさい!」
怪しい狐面が視界に入った。
瞬間、光が当たりを包み込んだ。
***
「何だ!」
轟音があたりを包み込んだ。今までよりもずっと大きい。
「先生!」
「大丈夫だ! ユウカは?」
「わかりません、まだそこにいるはずですが……」
土煙と轟音で何も聞こえない。
そして何かが金属に跳ね返る音がした。
唸るエンジン音、そして土煙。それが晴れるに従って、シルエットが戦車の形をしていたことを理解した。
目立つ白い塗装に、連邦生徒会の文字。その古めかしい戦車に、先生は何時ぞやかで見た国連軍を思い起こさせた。
「連邦生徒会、なぜ今になって……先生!」
ハスミが叫んだ。その瞬間、再び甲高い金属音が鳴り響く。
「伏せて!」
そう声が聞こえた。反射的に体を伏せて目と耳を覆う。この数十分で幾度も繰り返した動作の後、耳が張り裂けるような音が至近距離で耳に響いた。
そして、ゆっくりと目と耳を覆っていた手を離す。そして、先程の轟音が目の前の連邦生徒会と書かれた戦車から発せられたことを理解した。その砲身は真っすぐに狐坂ワカモに向けられていた。
「……なん、だ?」
「大丈夫ですか?」
声が聞こえた。そちらに目を向ければ、太陽の光を背に立つ―――連邦生徒会の白い制服を身に纏う―――生徒と目を合わせた。
「君は?」
「連邦生徒会、風越ミユキだ」
ミユキと名乗ったその生徒は、古めかしいライフルを手に持っていた。先生はそこにスズミと同じような、鋭い熱を身に宿しているのを直感した。
「私は連邦生徒会の指示により先生、貴方を助けるように指示を受け駆けつけました……ある程度状況は把握していますが、ここからはあなたの指揮に」
「ミユキ隊長! 来るッ!」
戦車の方からまた別の声がした。
「ッ! みんな伏せて!」
ミユキの警告の声と同時に、再び鋭い金属音、連続して重い破砕されるような音が響いた。
ミユキはそれに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「時間がありません、これから私たちもあなたの指揮下に入りますが……正直、連携は難しい。端的に言いますが、貴方たちには何としてもあのシャーレのビルへ向かってもらわないといけないんです」
「……ッ! 風越さん、貴方は」
「ハスミ、大丈夫」
ハスミが驚きの余りその目を見開くが、それを先生は静止する。
「勝利条件は、ビルに行くだけでいいんだね?」
「そこまでは私がなんとかします。だからあなたは早く、シャーレのビルへ」
ハスミに風越と呼ばれた少女は、しかしまっすぐに先生を見つめる。
「危険です、先生」
それをハスミが横から食い止める。
「既に私たちは不良集団と交戦し、弾丸が尽きかけています。それに先生も疲労が溜まっている状況、ここから無理をすれば、下手しなくとも……死ぬかもしれない」
「私も一度撤退することを推奨します……先生、足をひねってますよね。先ほどから少しだけ、庇うように歩いています」
ハスミが先生の安全を主張し、チナツが体の不調を見抜く。
「大丈夫、私はまだ」
「ダメです!」
スズミが先生の声を遮る。
「もう既に限界を過ぎているのに、これ以上は、私たちでも先生を守り切れない」
「スズミ、それでもだよ」
先生はそう言って、再びミユキの方へ向く。
「ですが、ワカモ以外も」
「大丈夫だ。少なくともここまでくる間に不良集団はせん滅した。後はあの狐坂ワカモだけだと言っていい」
その言葉に皆がミユキに注目する。
「ワカモだけでも、それ以外に居ても、私のやることは変わらないよ」
先生はそうミユキへ視線を逸らさずに言う。
「私の事は大丈夫だ。でもワカモの元で一人、私の生徒が戦っている」
私の生徒、とは先ほどワカモの元へ飛び出た生徒の事だろうかとミユキは思考を巡らせる。
「私は先生だ。そして先生は生徒のことを助ける存在だ」
「……だけど先生。あなたにしかできないことがある。それをするためにあなたがこの場所にいて、その道は私たちが切り開く為に居る」
「それは私のセリフだよ」
風向きが、状況が変わりつつある。ビルに辿り着くこと。その勝利条件の設定はこの状況では困難を極めるかもしれない。それでも先生は目の前の生徒たちに賭けた。
ベットしたのは己の命。賭けるのは、キヴォトスの未来。
「スズミ、ハスミ、チナツ。今から5つカウントする。そうしたら全力であのビルまで突っ込む。スズミは僕の合図で閃光弾を左手へ、できるだけ遠くへ投げてくれ。ハスミは狙撃でビルのガラスを破壊して。そうしたら、そのまま突っ込む」
先生は他三人に指示を出し、そしてその目を一人一人合わせる。
できるかい? そう言外に問いかける。
既に満身創痍、残弾は付きかけ、増援は連邦の戦車一台のみ。それでも皆は何も言わず、その視線を逸らさないことで応えた。
「だからミユキ、
先生と風越ミユキの視線が一瞬交錯する。
連邦生徒会長が指名した人物。それはどうもとんでもない頭のねじが飛んだ大人らしい。
「……そうか、そう……私の生徒、ね」
生徒を傷つけたくないと言いながら、それでもチャンスを逃さないという執念、そして今まで身一つで銃弾の雨をかいくぐり、ここまで来た胆力。
とんだ大馬鹿者がいたものだと感心するとともに……やはり、ここで散らすには惜しいとも思えた。
「あの飛び出した奴、ユウカ、だったか?」
「そうだ」
そう言って、ミユキは腰のホルスターから拳銃を抜き取り、先生へ突き出した。
「先生、丸腰でしょう? 終わるまでこれを預かっててください。使い方は簡単、その引き金を引くだけでいい……貴方がその気なら、こちらもそれに応えましょう」
「……。あぁ、ありがとう」
先生は、少しだけためらいながら、しかししっかりとそのグリップを握る。
意図は十分に伝わった。この極限の状況、限界ギリギリ。だけど、活路はかろうじて見えている。
それを見たミユキはそう言って戦車に乗り込んだ。そして戦車がエンジンのうなりを上げて発進する。急発進して、履帯が土煙を再び舞い上げる。
「先生……本当に」
「大丈夫」
スズミが心配そうに見つめる。だけどそれを見て、先生は拳銃を腰のベルトにねじ込んだ。何処かの映画の真似ではあるが、少なくとも二人から託されたのだ。ユウカにはこの後の事を、そしてミユキからはこの拳銃を。
「託されたんだ。なら、応えなきゃね」
その声に応えること。それをできることが、この世界においてたった一つの希望であり、そして武力を持たない先生の唯一できることだから。
土煙が晴れつつある。タイミングを計る。
「……よしみんな、私の指示に従って。カウント5で行くよ!」
土煙が晴れ、その隙間からビルが見えた。先生らその隙を見逃さなかった。
「5!」
遠くで大きな音がした。地面が揺れ、再び大きな轟音が響く。だがそれはこちらではなく、明らかに別の場所へ向けて放たれた一撃だ。
「4!」
再び大きな砲撃音。ミユキたちの戦車が見えた。
「3!」
近くのビルが爆発した。瓦礫が降り注ぐが、関係ない。
「2!」
そして、スズミを横目に見る。スズミは何も言わず、少しだけ頷いて、閃光弾のピンを抜く。力強く投げたそれは、綺麗な放物線を描いていく。
その閃光弾を横目に、ハスミへと視線を向けた。
「1!」
ハスミが正確に撃鉄を落とした。そして一発の弾丸が、大きな音と共に、まだ砂埃で濁る視界を切り裂くように飛んでいく。斯くして目の前に、開けた一筋の道が現れる。それはまっすぐにビルへと伸びていた。
「0、走れ!」
カウントが尽きだ瞬間、先生たちはビルへ向けて走り出した。
***
「あらあらあら、もうぼろぼろではありませんか」
「……うっさいわね」
早瀬ユウカは、満身創痍で地面に倒れた。服は破れ、髪の毛が額に張り付いていたが、それをどうこうできるほどの力も残っていなかった。
額を生暖かい何かが伝っていくのを感覚した。
「ふふ、でも少しは面白かったですわ……でもなぜでしょうね。あなたは私を見ていないようですの」
そして、倒れたユウカの目の前に、鋭い銃剣が向けられている。
「ねぇ、貴方の名前は?」
「……早瀬、ユウカ」
「そう」
ユウかはワカモの狐面の隙間から、その瞳を見た。
絶対零度の瞳。冷たく、鋭いその視線。
「残念。もう少し、歯ごたえのある戦いをしたかったのですが。まぁ……いいでしょう」
そして膨れ上がる気配。それは揺ら揺らと蜃気楼のように、ワカモの後ろに立ち上がるのを幻視した。
これが、神秘か。ユウカはそれを前にしてなお、未知を既知にしようとする思考を止めなかった。
そんな自分の習性、或いは癖か。いずれにせよもう意味のない事だけど。
「さて、終わりにしましょうか」
そう考えながら、ワカモの纏わりつくような神秘とその声を聞いた。
「おやすみなさい、ユウカさん」
そして、ユウカは目を閉じる。
願わくば、先生たちが無事に逃げ出せますように、と思いながら。そして、その先にある平和な日常を思い描きながら。
そして轟音が響いた。
だが、いつまでたっても痛みも衝撃も感じられなかった。
「……ふふ、ふふふ、アハハ!」
ワカモの声が、先程と異なりえらく攻撃的な物に変わったのを感じた。そうして、恐る恐る目を開ける。
そこに在ったのは、焼けるような熱と、押し潰されそうな気配、その割れた仮面から覗かせる、その端正なワカモの美貌だった。
「あぁッ! この身を焦がす衝動、そして痛み! あの狐どもにヤられて以来のこの感覚ッ! あぁ、わたくしも堕ちたものですわ」
「……なに、よ」
「えぇ、えぇ! 連邦生徒会! 貴方たちに、文官たる貴様らにここまでしてやられるとは!」
ワカモはユウカを見ていなかった。その代わりに、なんだか酷く苛立っているように見えた。ワカモの視線につられて目を向ければ、そこにはひどく目立つ白い戦車があった。
そして、ハッチから身を乗り出すその白い制服の生徒と、一瞬だが目が合ったような気がした。
特徴的な白い制服、そして肩から下がる権威の象徴たる飾緒。
「連邦、生徒会……」
「本当に、やってくれましたね……いいでしょう、あのよくわからないビルも、他の皆様も一緒に壊して差し上げますわ。丁寧に、蠱惑的に、そして徹底的に」
そうして戦車へ、そしてビルの方へと歩いていくワカモを、ユウカは視線で追いかける。
逃げろと言いたくても、口は渇き、息が吐き出されるだけで声にならず溶けていく。行かせてはならない。無理やり体を持ち上げようとして再びユウカは瓦礫に体を強かにぶつける。
痛みに呻き声が漏れた。
あぁ、無力だ。そんな諦念が脳裏をよぎった。どうせ勝てはしない勝負だった。そんな現実を見ながらでも、だけどユウカはそんな
でも、その理由は何だっけ。
痛みが思考を支配する。論理的思考はただ、ユウカに「もう動くな」としか言わなかった。事実ユウカは満身創痍だ。
根拠があっても、それを実現する可能性は、今ここに潰えたように思えた。最早体を動かしていた理由さえ、もう見つからない。
無駄な思考は加速し、体の力は抜けていく。そして痛みが脳を埋め尽くす。
「わたし、は」
空を見上げる。轟音と銃声が鳴り響く、ある意味いつもの日常。その日常を、大人の先生はどう思うんだろう。
そうして、ユウカはワカモの先、戦車の砲塔から身を出すその人と目が合った。
だが、その人物はあろうことか、ワカモと対峙しているにも関わらず、その小銃を上に向けた。
(なぜ、上に)
釣られてユウカは
「……あぁ、全くね」
物理法則。斜方投射。
スローモーションになった世界で、思考は、理性は、それ故に計算が可能な範囲で計算し、物理演算は正確に答えを弾き出した。
たったそれだけ。だがそれだけで、十分だ。
***
『ワカモに命中!』
「次弾装填急げ!」
戦車の中は独特の緊張に包まれていた。あのワカモを射撃したのだ。普通なら自殺行為、しかしミユキたちはそれを実行した。
その状況下で、戦車クルーたちの咽頭マイクとインターホンには恐怖が滲んでいるのをミユキは聞き逃さなかった。
『風越専門官』
「どうした、砲手」
『ワカモが………笑っています』
風越ミユキは砲手の言葉を聞いて、車長席から立ち上がり、ハッチを開けた。
『ッ! 風越さん! 危ないです!』
それに気づいた砲手の生徒がそう言ってもなお、ミユキはその上半身を外へ晒した。
独特の、まるでこの場所の空気を震わすかのようなひりつく雰囲気。それは明らかにワカモから漂い、そして支配せんと発せられているものなのは誰もが理解していた。
ワカモとミユキの間にはかなりの距離がある筈だが、しかしワカモがこちらに敵意を向けているのは直ぐにわかった。そして足元に転がるのは恐らく先ほどの早瀬ユウカとかいうセミナーの会計だろう。以前会議で何度か見たときは武闘派な印象はなかったが、あの感じだとまぁまぁやりあえたのだろう。
「そして、此方の射撃で面が割れてこっちに、か」
戦車が動くのよりも早く、ワカモが此方に向かってくる。
『ミユキさんっ、ワカモが!』
「構わない、引きつけて」
ミユキは指示を出す。それに不安げに応える戦車の隊員たちが、だが訓練された動き通りにその任務を遂行する。
「まだだ」
ゆっくりと此方へ歩く姿。ミユキは視線を決してそらさない。
『ミユキさん! もうすぐワカモの射程です!』
「進んで」
だが、クルー達の慌てる声に対し、何でもないようにミユキは前進の指示を出した。
『これ以上はいくら何でも装甲が抜かれます!』
「大丈夫」
ゆっくりと、キュルキュルと戦車が前進する。そのままワカモとの距離が急速に縮まっていく。
だが、ミユキはワカモを見ては居なかった。
「よし、止まって」
そして、ミユキは咽頭マイクでいくつかの指示を出した。それはいくら何でも無茶苦茶で、そして博打のような一手。
『……無茶苦茶ですよ、こんなの』
「それでもだ。私たちは連邦生徒会の生徒で、任務は先生の征く道を確保すること。やれと言われればやるし、できないなら何とかするのが仕事だ。だけど状況は複雑で、誰も彼も適当にかき乱してくるし、ワカモは心底お怒りだ」
ワカモが此方の前へ立ち止まる。
「普通なら勝てはしない。真正面でもワカモの弾はこっちを貫通する。あの神秘が込められた小銃弾は、それだけ計算を書き換える」
そして、ワカモがゆっくりとその銃を構える。緩慢で、私たちの事を舐め腐ったかのような、隙だらけの動き。
事実、今のワカモは収監されていたとはいえ、その狂暴な力が衰えていないのは今までの騒動で証明されている。その隙や勘の鈍りはこちらが有利になる要素ではありえないし、そうだったからこそ、ワカモは単独でFOX小隊とやりあえたのだ。
「
『……風越さん、何を』
「それでも線がまだ一本だけ繋がっている。引き金はそれを待ってからでも遅くはないよ」
後ろから発砲音。どうやら先生は賭けに出たようだ。ならばこちらもそれに乗らせてもらおう。閃光弾が飛んでくるのは承知している。あのトリニティの走る閃光弾の事だ。投擲はかなり遠くまで来るはず。
ミユキは敢えて小銃を上に向けた。傍から見れば小さな違和感、だがそれは明確なメッセージ。
「さぁ、お勉強の時間だ」
ミユキは手の力を込めた。その瞬間、ワカモから光が放たれる。
「砲手、右へ!」
ミユキは叫んだ。それとほぼ同時に戦車は急速に横腹を晒すように右に旋回する。そして、ある角度になったら所定通り急停止した。
瞬間、左を何かが擦れる激しい音と、火花を散らした。
「ッ!」
時間が引き延ばされる。ギリギリと、嫌な音が擦れて、鉄の塊である戦車が唸りを上げて。
誰もが死を頭によぎらせた。ただ一人を除いては。
「だから言ったでしょう。
そうして、ワカモの弾丸は大きな傷を残して、跳弾した。
***
神秘のこもった弾丸が、戦車へ向けて放たれる。小銃弾でも、そこに込められた神秘が大きければ一撃で破壊されるこの世界において、ワカモのそれは対戦車砲弾と変わらない。
だが、それでも
ワカモは確実に戦車を打ち抜くつもりで神秘を込めた。だが、それが
その物理計算と、その現象。
戦車に弾かれた弾丸が、ビルを打ち抜いた。それによりいくつもの建物が崩れ去る。
「く、ううぅぅぅああああ!」
そしてユウカは残り少ない体力を振り絞り立ち上がった。
タンクを張ったせいで血が全身から滲み、体中の痛みが動くなと警鐘を鳴らしてくる。だが、その生物的な本能をユウカは残った理性で抑えつけて立ち上がる。
もう既に、論理的思考はかなぐり捨てた。立ち上がるのに、残った理性は使い果たした。残るのはこのぼろぼろの体と、本の少しの意地、そして
計算をするまでもない。この状況を覆すことは、早瀬ユウカには不可能だ。
だけど、戦車のクルーはワカモの弾丸をはじいた。それは計算可能な現象だ。
それを踏まえて、先生たちがまだ諦めていないとしたら?
予測は不可能、複雑な状況を把握すらできていないが、それでも
その
「ワカ、モ」
自分の銃を、上がらない
「あんたの、相手は、私よ!」
激しい崩落の音に紛れ、そう声を張れば。一瞬ワカモが此方を向いた気がした。
瞬間、一段と重い衝撃が腹に突き刺さる。一瞬で意識が持っていかれた。何とか繋げた意識は、遅れてきた吐き気と、揺れる視界によってそのリソースを塗り潰される。
「黙れ、痴れ者が」
気づけば目の前にワカモが現れ、その神秘を膨らませている。
ユウカが何かを起こすより前に、その強大な神秘の圧力が体を凍り付かせる。絶対的な差、圧倒的な武力、絶望的な状況。
だけど、それだけでいい。一瞬でも、
「残念だけど」
そしてユウカは自身の銃から手を放して。
ワカモの小銃を、自分に引き寄せたままその銃身を掴む。逃げられぬよう、そして弾丸が自分を貫くように。
ユウカの絶対的不利。生徒会の会計と、矯正局の犯罪者。比べるまでもない勝負。
だからこそ。
最早論理は必要ない。サイコロは振られた。ならば後は確率の問題だ。だけどこれは、既にそうなるように作られている。
足元に転がる閃光弾。一瞬見えたそれが、
「ッ!」
それをワカモが一瞬遅れて反応するが、人間の反射速度には限界がある。銃身がユウカの手によって掴まれ、身動きは取れない。そんな状況を前に、ワカモの表情が酷く歪んだ気がした。
「ワカモ」
機械的なタイマーが、設定された通りに、閃光弾の信管を撃発させる。
「私たちの、勝ちよ」
光が視界を覆う瞬間、先生がビルへ滑り込むのが見えた。
避弾経始
戦車の装甲を砲弾の入射角に対して斜めに配置する事で、砲弾の運動エネルギーを分散させて、逸らして弾く(跳弾)こと。
どちらかと言うと傾斜装甲と言うよりは斜面効果で弾くイメージ。現代のAPFSDS弾とかには効果が無いが、小銃弾程度なら有効。