仮面ライダーオーズ10thIF 大罪と欲望の輪唱 作:大島海峡
二〇二一年。
都内の平穏は、突如として出現した
それは、一個の巨大な欲の塊。
人の形。王の形。
かつて欲望の怪物たちと、世界の終末とかけて戦った戦士、オーズと酷似した姿。
その猛々しさを象徴するかのような、いからせた双肩。二振りの剣。そして胸には、五種の
その手足は、あらゆるコンボの特徴を兼ね備えている。
酷似、というには語弊があるかもしれない。
その男こそが、始まりの
錬金術をもって人ならざる力を獲得した、八百年前の王。
それがかつての力を得て、かつさらなる力を取り込み、現世に復活したのだった。
迎撃に当たった新設ライドベンダー隊や警官隊を薙ぎ倒し、その剣を左右に振れば、切り裂かれた一切合財がメダルへと変換されて彼の肉体に取り込まれて、力の糧とされる。
その取りこぼしは無貌のミイラ男のごとき怪人……いわゆるクズヤミーとなって、無作為に一帯を闊歩している。
その一帯で被害を免れているのは、緑のカプセルをあしらった、銀色の戦士。仮面ライダーバースだった。
「くっ……! せめてバースXのロールアップさえできてさえいれば……!」
そのシステムを操る
せめてあと一日、時間を稼げれば。
だが、現状無いものに縋っても仕方がない。
今は全力を、ありったけのセルメダルを投入するまでだ。
幸い、そのための『燃料』は、数多散乱している。
〈クレーンアーム・ドリルアーム〉
〈ショベルアーム〉
〈キャタピラレッグ〉
〈カッターウィング〉
〈ブレストキャノン〉
各部位に精製されていく武装。それは一基の要塞のようでさえある。
バース・デイ。
セルメダルの大量消費と引き換えに火力と防御力を得る、現時点においては、もっとも強固なバースの形態だった。
四肢に展開された一式から中央の、砲口へとエネルギーが送り込まれ、赤熱とともに光が充溢する。
「ブレストキャノン……フルチャージ! シュートッ!」
キャタピラで、亀裂だらけのアスファルトを踏みしめて、反動から押し留まりながら熱線がバースから放たれた。
すでに廃墟と化した都心の一区画、それを阻む何物も存在せず、一直線に王に撃ち込まれた。
――だが、一閃。
鴻上ファウンデーションより収奪したと思われる両刃剣メダジャリバーの一薙ぎで、全戦力を傾注した一撃は弾かれ、あらぬ方向の廃ビルを砕いただけだった。
「下らん、所詮はセルメダルの玩具か」
事もなげにそう言い放った王は、自らのオースキャナーで、その剣に内蔵された三枚のメダルを読み取る。
〈トリプル・スキャニングチャージ!〉
後藤の知るそれより濁った音声と共に、その刃が輝度を高める。
ただ三枚。だが、《彼》も含めたオーズの取り込んだグリードたちの力が乗せられて、後藤の乾坤一擲の砲撃をはるかに上回るスピードと鋭利さで空間を切り裂いた。
咄嗟に飛んだバースだったが、その装備の多くが、その空間の断裂に呑み込まれ、爆散する。
そして後藤は、その爆風に呑み込まれる形で、地に叩きつけられ、変身が解かれた。
「ぐっ……!」
その屈強な精神性をもってしても、立ち上がることの出来ない痛みが、彼の全身を苛む。
黒いスーツ姿を粉塵で白く汚しながら這う彼の脳裏に、死の一字がちらつく。
――だが。
鉄錆びた色合いのそのオーズの意識は、今後藤とは別のところにあった。
「まだ、食い損ねがあったか」
と。
ヒビの入った赤眼の向けられた先には、一人分の小さな影が立ち尽くしていた。
親とは逸れたのか瓦礫の下か。
涙も枯れ、声をあげられずに立ち尽くした、年端もいかない女の子。
翻った剣先が、彼女へと向けられた。
ここに来るまでの道程がそうであったように。王の、自らの復活の貢物とするために。
「まずいっ!」
逃げろ、と声をあげることもせず、かといって助けに入ることも出来ず、後藤は歯噛みする。
そして無常に、その剣から飛ばされた真空の刃が、彼女に向って飛来する。
程なくして、それは目を覆いたくなるような惨状が、後藤の視界に入るはずだった。
しかし、そこに割って入る影があった。
飛んでくるように我が身をねじ込んだ彼は、その刃風に背を向けたまま、片手で少女を抱きかかえた。
無謀な挺身であった。やがてその刃は少女に代わって、彼に突き立つであろう。
そんな最悪の予感と共に、後藤は彼の姓を呼ぶ。
「……っ、変身!」
〈ブラカーワニ!〉
だが、その身体が、褐色に変わる。
血に代わり、火花が散る。大きくつんのめって声が漏れるも、崩れそうな身体を鰐の力を宿した脚部が支える。
身をもたげたその戦士は、目の前の敵対者と似た姿で振り返った。
当代のオーズ。真のオーズ。そして後藤の知るオーズ。
それこそが彼――
「……遅いぞ、火野! どこで油を売ってた!」
後藤は悪態をつく。だがその響きには、積み重ねられた友愛と信頼、そして安堵の情が込められていた。
「すみません、後藤さん……! 比奈ちゃん、この娘をお願い」
オレンジ色の、察するに爬虫類系を主体とするコンボで身を固めた映司は、そう言って後ろから駆け寄ってきた女性に少女を託す。
「分かった!」
「はいはい、後藤ちゃんは俺ね」
そう言って後藤の下に駆け寄ってきたのは、快男児という言葉をそのまま姿に表したような、如何にもワイルドな風貌の男。初見では到底信じられないが、医者である。
この男もまた、仮面ライダーバース。名を、
彼は倒れたままの後藤を仰向けに転がすと、脚の下に手を差し入れ、造作もなく抱え上げる。
……いわゆる、お姫様抱っこである。
「え、あ、ちょっと!?」
「火野、お前も無理すんなよ! ……じゃ、行こっか!」
抵抗できない後藤にニッカリと笑いかけ、彼を運びながら残された映司も医者として案じる。
映司はそれには応えず、腰を低く落とすようにして無言で構えをとった。
〜〜〜
足下に、砂塵が溜まっている。セルメダルが夢の跡の如く散る。
映司はそれを、奥歯を軋ませながら見遣った。
「貴様が今のオーズか。わざわざ残りのコアメダルを
現れた自分と似た姿とベルトを持つ騎士に、嘲るように王は下問する。
だがそれを増長や油断と言わせない、圧倒的な力の厚みと差を感じる。
「……返してもらうのは、こっちの方だ」
映司はこみ上げてきた感傷を押し殺し、意識と目線を引き上げる。
王の胸の紋章、その中央に浮き上がった赤き鳥の刻印に向けて、眦を絞る。
「貴方から、取り戻させてもらう! 『あいつ』を!」
「笑止。なけなしの数枚では、私には勝てん。復活させたグリードのを含めた、大半のコアメダルを接収した私、真なるオーズにはな」
「そんなこと……やってみなくちゃ分からない!」
気を吐き、映司は自らもメダジャリバーを振り上げて斬りかかった。
そして、剣劇の幕が開く。
王は二刀流にて、そして映司は右手で一太刀を、左手で亀甲の盾にて互いを撃ち合う。
だが、その優劣は誰の目にも明白だった。
グリードを呑んだ古代王の力、速度は、映司の技練の一切を無為とする。
やがてそれはオレンジのコンボの頑強さを上回り、明らかなダメージを与え続ける。
「くっ」
防御が意味を成さないのであれば、あえて捨てる。
映司は中央の亀のメダルを、別の甲殻類のそれへと取り換え、スキャナに読み取らせる。
〈コブラ・ヤドカリ・ワニ!〉
盾は巻貝のドリルへと置き換わる。
それを鋭く回転させながら、両の拳を突き出す。
直撃。だが、どれほど火花を散らして押し込もうにも、彼が内蔵するのは無尽蔵のセルメダル。その内壁に阻まれる。
さらに飛び上がって鰐口を模した両脚で挟み込むも、それも通用せず。あらためて両手で十字を組み、振り下ろすも、力づくで脚の挟撃は開かれ解かれ、返す一閃が彼に見舞われる。
咄嗟に両腕を重ねて防がんとするも、最奥の瓦礫にまで吹き飛ばされた。
――駄目だ。
コンボでなければ、それも、従来のコアの性能を上回って余りある『力』でなければ、『相棒』を取り戻し、世界を守るどころか傷の一つもつけられない。
だが、宣った通り、ほぼすべてのコアメダルは、余所の『複製分』も含めて彼の手に渡ってしまった。
一方で映司の方と言えば、もはや基本のタトバにさえなれない。
残されたのは――
――ダメだ。
オーズの影が、映司の影が、その輪郭をわずかにブレさせた。
――迷ってちゃあ、ダメだろ。
ジジ、と何かが焦げ付くような音が頭の中でする。声のようなものがその合間で鳴る。
――使えよ。それしか手段はないだろ?
……知らず、映司の手には三枚の、見たことも無い色と図柄のコアメダルが握られていた。
「貴様と戯れている暇などない……疾く、死ぬが良い」
その眼前で、王の手の中で、光の刃が躍っている。
それを舞わしたままに、それを映司に飛ばした。
――楽して助かる命はない……そうだよなぁ、映司?
声など聴こえない。幻に過ぎないはずだ。
だが、その声ならざる声に、従わざるを得ない。
歯噛みしつつ、映司はメダルを腰のホルダーから取り出し、セットする。
直後、その斬撃は映司に直撃した。
否、するはずだった。
〈シーガーゼシー! シーガゼシー! シーガーゼシー!〉
その爆心地より外れた辺りで、一陣の風が吹き荒れる。オーズの新たな姿が、そこにある。
地を掴むようにして黄金の角と上半身を屈め、白斑の脚甲の間隙より、霞の如きものを噴き上げながら。
「そのコアメダルは……まさか、完成させたというのか……!?」
初めて王の口から、動揺めいたものが零れた。
その隙を突いて、映司は反転する。
切り返したその脚で飛び蹴りを再び繰り出す。先とは比べ物にならない跳躍力がそのまま破壊力へと転嫁される。
その威に、王が押された。その後退は心理的空隙によるものでダメージには至らないが、利用しない手はない。
角による頭突きで畳みかけていく。
「舐めるなッ」
突き出した王の手から、重力の波が発せられた。
抉られる地面からその軌道を読み切り、映司のベルトには知らず、再び別のコンボが備わっている。
〈エビ・カニ・サソリ! ビーカーソ・ビカソ!〉
前面にせり出された鋏の盾が、衝撃の威力を殺す。なお消しきれない波動を、柔軟性をもってして回避し、懐中に潜り込むや、毒の爪先がその脇腹を衝く。
くぐもった声とともに、王の背が曲がる。その表面から、弾き出されたのは三枚のコアメダル。色は――紫。描かれれるのは絶滅種。
蛇行を繰り返しながらそれらは、かつての宿主の、火野映司の『虚』に忍び入らんと
――おっと、『ここ』はもう、俺のものだ。お前たちの居場所なんてない。
内なる幻音が響くと同時に、メダルたちが弾かれた。彷徨うそれらはベルトに自らの定まる場所を見出し、強引にスロットに割り込んだ。オースキャナーがひとりでに浮き上がり、それらを読み取る。
〈プテラ! トリケラ! ティラノ! プ・ト・ティラーノ・ザウルース!〉
紫のコンボ。他のコアメダルと対極にある、虚無を基とする異質な存在。
唯一無二、コアメダルの破壊を可能とする最強の一組。
であればこそ、一度は王に取り込まれたものの、その変調を機に支配からいち早く逃れ出たのだろう。
映司さえも暴走の可能性を孕む危険な形態に、今ふたたび彼は成った。
紫の皮翼を頭で蠢かせながら、背を仰け反らせ、咆哮。
その手には、その破壊性の象徴たる手斧メダガブリューが形成された。
少女の安全を確保した後、その場に舞い戻った比奈はその姿を目撃した。
「あの姿って……なんで、映司君……!?」
唖然とし、言葉を失う彼女の脳裏に蘇るのは、十年前の光景。
心身ともに傷つき、己が怪物に成りかけつつも、都合の良い神様然として皆を救い続けた、あの痛ましさだった。
立ち尽くす比奈の眼下で、斧を片手に映司が魔王に斬り込む。
疾走の傍ら、彼に応じるかの如く周囲のセルメダルが斧刃の内に吸い寄せられ、飲み込まれていく。
「ぐあっ!?」
何度も、何度も、王は斬撃を浴びせかけられる。
完全に形勢は逆転していた。今となってはむしろ憐れむべきは、その暴虐に晒された古代王の方であっただろう。
「おの、れぇ……!」
それでも王の矜持か。膝を屈することなくなお斬りかからんとした古代王。だがしかし、彼の上体が突如震え、振り上げた双剣を取り落とした。
何かが、『彼ら』が、その身体のうちで暴れている。胸部の刻印が不規則的に、明滅し始めた。
「寝起きで余程腹が減ってたらしいなぁ? 自分自身の力を蓄えることを差し置いて、咀嚼もせずかき込むから、一旦力が弱まればそうやって『反乱』を起こされる」
映司の口を借りて、誰かが言った。
「
と。
煽るように虚空を泳がせていた左手にメダガブリューを持ち替えるや、その紫刃を地面に叩きつける。
温度を
〈プトティラーのヒッサーツ!〉
その間に、ゆっくりとオーズはにじり寄る。
だが、砲へと組み変わり口を開いた『恐竜』は、凄まじい勢いで銀貨を貪っていく。還元された虚ろな妖光が、狙い定められる。
「馬鹿な……ッ、貴様、いったい……何者……」
名は知らず、関心もない。目の前にいるのが、現時点でのオーズドライバーの所有者であり、錬金術や欲望が何たるかも知らないまま
間も無く己の刃にかかって斃されるのだから。
だが……それだけではなかったことを、そうではない
しかし納得しうる答えなどないままに、彼は砲光を浴びて、取り込んでいた各種コア、セルのメダルと共に爆散した。
己の復活がために、誰ぞが用意した、第二のオーズのベルト。
彼が残せるのは、それのみだった。
〜〜〜
青白い焔が立ち上る。心理的体感か、それとも超常の現象か。見ているだけで、比奈は薄れ寒い気分にさせられる。
だが、それどころではなかった。
彼女の心を占めるのは、その中心地にいる男の安否。そして――
炎が風に煽られかき消える。
倒れ伏した火野映司を見た時、比奈は我を忘れて駆け寄った。
「映司君!」
悲痛に声を張って、持ち前の怪力で彼を助け起こす。
だが意識それ自体は保っているようで、目をすぐに開いて、首をもたげた。
「比奈ちゃん」
とか細い声で彼女の名前を紡ぐ。
だがその視線は、彼女へは向けられていない。その声と目線は、別の方角を示している。
虚空に、一枚のコアメダルが浮かぶの。
何物にも代え難い、格別の一枚。
かつて失われた大切な者の、魂を司る赤き鷹。
十年前の死闘で二分されたはずだが、間違いない。その痕跡たる亀裂が、うっすらと表面に残っている。
それを中心として風が踊る。銀貨が舞う。
かつてそのグリードは、アイスキャンディーに準えて、セルをアイス、コアを棒と喩えた。もっと生々しい表し方をするならば、セルはその名の通り細胞、血肉であり、コアは骨である。
だが、その骨子もまた、先の戦いで紫の攻撃を一度ならず受けて、破損していたはずであったが、それを補うかの如く、鷹のメダルの下に、銀縁の複製が並ぶ。
それらを中心にしてセルメダルが色を変え、形を変える。
シルエットが、異形の右手に。そこを基点に人型に。やがて一個の人間と遜色ない見た目に。
中性的な顔形こそ比奈の兄を模倣すれど、纏う荒々しい雰囲気と服装はまるで違う。
――そう、十年前と何も変わらない背が、そこにあった。
「アンク」
様々な感情感慨が入り混じる、名状し難い、張り詰めた表情で映司は彼の名を呼んだ。対して比奈はそれよりもひたむきに明るい。ただ純粋に彼の復活を喜び、涙さえ浮かべた。
そのグリード、アンクが二人を顧みた。
瞬間、その両目を歪に眇めた。そして鼻を鳴らしすや、唇を引き結んだ。
「良かった……ちゃんと、蘇ったんだな」
噛み締めるようにそう呟いた映司が、手を差し出さんと伸ばす。
だが――
アンクは、その手を振り払った。
「え……?」
笑顔を引きつらせ、当惑する比奈をよそにアンクは、
「今のお前の手を、俺が掴むことはない」
そう、冷たく言い放つ。
「なんで……、どうして!?」
呆然と立ち尽くす映司に代わり、烈しく問いかける比奈に、
「訳なら、そいつの胸に訊け」
と、要領を得ない答えが淡々と返ってくる。
そして足下に転がる王のベルトを拾い上げると、その背に極彩色の翼を生やして飛び上がる。
二人が止める手立ても暇もないままに、再会を思い焦がれた相棒は、天空の涯へ、雲の切れ間の向こう側へと消えて行ったのだった。