仮面ライダーオーズ10thIF 大罪と欲望の輪唱 作:大島海峡
古代王を、そしてグリードたちを復活させたのは、火野映司。
あらためて本人から突きつけられた真実に、比奈以下衝撃を隠せずにいた。
「……大体は、鴻上会長から聞き出してはいる」
己が感情を懸命に押し殺したような低い声調で、後藤は言った。
「だが、説明しろ。お前自身の口で」
それがせめてもの義務だと、後藤の絞られた目元が圧をかけてくる。
その催促に、その場に身を落としたまま、映司は静かに頷いた。
「……みんな知っての通り、俺はこの十年間。アンクを生き返らせるために鴻上ファウンデーションの協力員として、世界を巡ってました」
ヨーロッパ各地に散逸した、かつての錬金術の痕跡。あるいは未知のエネルギーやテクノロジーを利用せんとする、『死の商人』と恐れられた財団関係者の暗躍。あるいは現代に在存すると噂される、別の系統の錬金術。
その中で多くの知識を得、見聞を広げ、そして手掛かりを模索し続けた。
アンクの影を、追い続けた十年だった。
「たしかにそこには足がかりになりそうなものはあって……奇跡的に復活に近づくことは、一度や二度あったんです」
だがそれは、あくまで一時的な、仮初に過ぎなかった。
結局は、それは現実に戻れば影として消えて、残された自分はまた別の方法を模索するため、一から旅をやり直す。
「……その内に、思うようになってしまった」
と、重い口調で映司は続けた。
「この俺の十年は、間違いだったんじゃないか、って。俺が見るべき明日は、別にあったんじゃないかって」
「そんな……そんなことないでしょ!」
比奈が、前へと進み出た。
「だって映司君はこれまで必死に、アンクを救いたいって、アンクのために頑張ってきたのに!」
悲鳴にも近い声でそう訴えかける彼女に、映司は静かに首を振った。
「違う……アンクのためじゃ、ないんだ……」
「え……?」
最後の時、別れの瞬間、消える間際。
手を伸ばす己を離して、あの右手は言った。
『ただのメダルの塊が、死ぬところまで来た……こんな面白い、満足できることがあるか!』
と。
……そう、あの時確かに、アンクは満たされていたのだと。
では、それをあえて呼び戻すのか。
(俺は、あの時)
アンクの負っていた致命傷に気付かず、その『核』を使って最後の決戦に挑んだ。その結果、彼はその負担がために二つに割れた。
……本当に?
気づいていなかったとどうして言える。あいつが本当に求めていたことだからと、そんな言い訳に甘えていなかったとどうして言える? すべて、承知の上であいつを死に追いやったのは、自分自身ではなかったのか。
その過ちを、償いたい。やり直したい。
その、一念が十年、駆り立ててきたのではなかったか。
嗚呼、つまるところそれは……
「全部、俺自身のためだった……アンク自身を含めて誰も、望んでいないことだったのに」
そう言い切った瞬間、伊達の太い腕が映司のストールを掴んで捻り上げた。
「お前、本気でそう思ってんのか……!?」
いつも飄々としている彼が、目をいからせて、映司を吊るす。ぐっと唇を噛んで、映司はくぐもった声を絞る。
「本気でそう思いかけている自分が嫌だったし、怖かった……!」
その言葉を聞いて、伊達は映司を突き放した。
つまりはそれもまた、映司の本懐ではないのだと知ったゆえに。
少なくとも今は、まだ。
「……そうして、だんだん焦っていた時に、鴻上さんがあるものを発見したんです」
「それは?」
「ベルトです、もう一つの」
「ひょっとして、それって」
「……王が使ってて、アンクが持ち去ったアレか」
映司が使っているもの以外で、オーズのベルトはあの一本しかない。
その出処は、限られてくる。
「はい、あれは……オーズのベルトのスペア。王が万が一に備えて造らせていたものか。それとも彼の強欲と力の増強を恐れた錬金術師たちが、対抗策として密造していたものかは知りませんが、ベルトはもう一本発掘されていたんです」
――そして、今回の発端の、三つが出揃う。
一つ、グリードたちを納めていた『棺』――否、王の亡骸そのもの。
二つ、二本存在していたベルト。
三つ、それを統御するために映司の欲望から生み出された、姿なき新生グリード。
「『棺』に財団Xが模倣したコアメダルを含めて入れ、王の欲望の残滓、俺、そしてもう一人の俺。その三者の欲望を動力源として、『棺』をコアメダルの再生装置として機能させる。そして『あいつ』が、新型のコアメダルの純粋なエネルギーを磁力として、アンクだけの意識とコアを抽出させる。そういう、計画でした」
「で……失敗したわけだ。その選り分けが上手くいかず、余計なオマケが丸ごとついて来ちまった」
映司は重く頷いた。
失敗だった。グリードたちは総て復活を果たし、そしてその直後に強欲な王さえも、大量のセルとコアを、そして二本目のベルトを依り代として顕現し、その彼らさえも取り込んで復活した。
あとの顛末は、すでに知る通りだ。
「……そしてその新しいグリード――ゴーダっていうんですけど、そいつが呑み込まれる前に、俺の身体に避難して、潜伏してて……そいつは今、凄まじい勢いで『俺』を呑み込もうとしています。油断すれば、そのまま乗っ取られかねないほどに」
「でも、そんなことが出来るのは、その……瀕死の俺がアンクに取り込まれたみたいな、そんな特殊なケースだけだろ?」
言葉を濁しながら、経験者たる信吾は尋ね、それに答えたのは後藤だった。
「とも限りません。ウヴァだって、コア一枚だけで、一般人を催眠状態にして操作できていたわけですから」
「ましてやそいつは火野から生まれたんだ。そういう『特殊なケース』に当てはまる」
伊達が続くところに、映司は胸を押さえつつ呟いた。
「バチが当たったのかな……自分がやったことに対する。今までの間違いに対しての」
そう、己に言い聞かせるように。
あの運命の日、アンクの右手を取り、メダルを取ったのは、決して間違いではなかった。絶対に。それだけは揺るがない。
それでも、その後のことは――
「――バチって、何? 間違いって何?」
それに反応したのは、比奈だった。
「私にだって、分からないよ……っ、アンクをあのまま行かせて良かったのか。映司君に、アンクのヒビのことを黙ってたことが正しかったのか。今でも……!」
スカートの裾を掴み、地を睨むようにして俯く彼女は、でも、と言葉を懸命に紡ぐ。
「お兄ちゃんがアンクに憑りつかれた時、アンクが別のアンクに取り込まれた時、みんながグリードやヤミーに苦しめられた時やミハル君が未来の仮面ライダーに支配された時、映司君はそれが正しいことかどうか考えてから手を伸ばしたの? 自分のためだとか相手のためだとか考えてた? 違うでしょ……映司君は、自分がしたいから身体が動いたんでしょ? それと同じだよ。正しいかどうかよりも、みんな映司君のことを助けたいから、今ここにいる」
「比奈ちゃん……」
言葉も無く、ただ彼女の名を呼ぶ映司に、後藤は、
「やっぱり、俺が殴った理由分かってなかったな」
と嘆息した。
「もしお前の決断や行動が世界を滅ぼしたのなら、いくらでも自分を呪えばいい、自分の命で罪滅ぼしでもすれば良い。でもそうはならなかった。俺が怒っているのはな、お前が俺たちに、今の今まで一言も相談しなかったことだ」
「それは……きっと後藤さんは反対したから」
「当たり前だ」
間髪を入れず、後藤は映司を目線で刺した。
「だが、共に考えることはできた」
「え……?」
「本当に道はそれしかないのか。話し合うことができたはずだ……どうしてもそうするしか無いっていうのなら……お前の背負っている半分ぐらい、肩代わりさせろ」
ただ、その鋭く細められた目の光は、不思議と柔らかかった。
「つか、一度は世界救ってんだ。そんでその次に滅ぼしかけたとして、プラマイゼロなんじゃねぇの?」
伊達がそうはにかみながら、やや強引な理論を打った。
「映司君」
信吾が、妹の肩に手を置きながら言った。
「警察官の俺が言うのも妙な話だが……誰だって、すべてに正しく生きられるわけじゃない。ここにいる誰も、君が都合の良い神様だとか、完璧な英雄だとかは思っていないし、なって欲しいとも思わない。だから君も無理せず、俺たちを頼って欲しい――俺だって、君とはあの朝からの、長い付き合いじゃないか」
全ての始まりに出会った男は、アンクと同じ顔で、そう屈託なく笑いかけた。
――信吾さん
――比奈ちゃん
――みんな
そうだった。自分はこんなにも、良き人々に恵まれてきたのだと、映司は再認識する。
そして、なおさらに胸は締め付けられる。
だからこそ、巻き込むわけには、いかない……
「映司君……映司くん……!?」
そう思いかけた映司の意識は、ふつりと糸が絶えるようにして、前触れなく暗い底へと落ちていく。
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「映司くん――きっとこの十年間……そして今も、『自分』と戦って、そして傷ついているのね」
皆に寄られ、比奈の腕の中で浅く呼吸を繰り返す映司。そんな弱り切った彼を見つつ、心底より痛ましげな調子で、知世子は呟いた。
言葉にせずとも、その場に居た全員が、同感であったことだろう。
「やはり、本当に映司君を救えるのは……そしておそらく、『彼』もそのために」
信吾は小さく低く呟いた。
頑なに帰ってこない、兄と似て非なる
「アンク……」
と、その名を紡ぐのだった。
そしてその晩は、手際よく知世子が手配したキャンピングカーにて映司を交代で介抱することになった。
ただし後藤だけは、
「鴻上ファウンデーションに、火野を救う手段が無いか確かめてみます」
と言い残し、財団本部へと帰っていった。ともすれば会長を殴ることも辞さない、張り詰めた表情で。
明くる朝、誰もが目を離したほんの一瞬後に。
全員の懸命も空しく、火野映司の姿は、その場から消えていた。